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再訪したい地(世界一周)
  もう1度行きたい日本人宿。
  下記は順不同です。再訪したい順番ではありません。


 「日本人宿」は世界各地にある。
 有名な宿から、日本人が去っていった宿、今なお新しい宿ができつつある。

 快適な宿ができ、快適な宿がなくなり、各地で栄枯盛衰のように。
 旅人は常に新しい情報を得て、安く快適な宿を目指す。

 長期での旅に出れば出るほど、日本人宿の快適さを感じるかもしれない。
 私にとって、日本人宿は「憩いの場所」「出会いの場所」・・・そして、何よりも「日本そのもの」「日本の縮図」のようなものかもしれない。もっとも、そこに滞在しているからには「日本にいる」のとは違う。
 言ってみれば、「罪悪感なく快適に過ごせる日本」「何もせずに快適に過ごせる日本」「働くことを忘れ快適に過ごせる日本」「・・・」、そんな風に感じる場所なのかもしれない。いや、日本ではまったく接点も共通点もない旅人たちが、「そこにいる」という共通点だけで親近感を感じられる、孤独を忘れられる場所なのかも・・・。

 いろんな魅力もあり、もちろん「安さ」による「汚さ」「暗さ」・・・様々な不快な面もある。
 そして、なによりも「そこで出会う人々」が重要。要は、誰かが「その宿」についての全般の感想を言ったとしても、その感想は、これから行く自分にとってのある程度の「参考」にはなりこそすれ、正確な「情報」にはなり得ない。設備、立地についてのみ、信じることができるのかも。管理人は代わることも多い、オーナーは変わらずとも人間の印象は人それぞれ。だからこそ、自分が覗いてみて「初めて分かる」。


 そんなわけで、ここに書く日本人宿の印象もあくまで「個人的な」体験によるもの。

 場所が良くとも、物価が気に入らない人もいる。
 宿がきれいでも、料金が気に入らない人もいる。
 多くの旅人が集まっても、それが気に入らない人もいる。
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 場所が悪くとも、物価が気に入る人もいる。
 宿が汚くても、料金を気に入る人もいる。
 多くの旅人が集らなくても、それが快適に感じる人もいる。
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 私が、もう1度、長期で滞在してみたいと思う「日本人宿」、それは、きっと次に行っても「楽しめそうだ」と感じられるような宿。そんな宿が世界各地にある。今はなくなってしまった宿も含めて、印象に残っている宿を・・・。



長期で滞在し、多くの旅人と語り明かしたい宿たち。

 ・ペンション ソノダ (パラグアイ)



 特にこれといった観光的見所が近くにあるわけでもないが、日本からの移民が作った町にある宿。
 町では日本語が共通語として使われ、日系人(2重国籍で、日本の国籍も保有している方も多い) も多く、古き良き日本の文化が残されているように感じる。小学校には「土俵」があり、「農協」も作られている。「鳥居」もあるなど、パラグアイにいることを忘れるくらいの日本的雰囲気の中にある。
 もちろん「農協」があるからには、日本の食材も豊富にある。ブラジル・サンパウロのような種類の豊富さはないが、地元でつうられた納豆などをはじめとして、安くておいしい日本食に、当たり前のようにありつけるという意味では特別な場所。

 宿は各部屋にエアコンも付いており、キッチンも大きい。
 何と言ってもすべてのベッドがダブルサイズということもこの宿の特徴で、快適な睡眠が約束されている。
 また、漫画本も多数、DVDも多数、ネットも使える。もちろんNHKも視聴できる。

 宿のオーナーは若く、もちろん日本語もペラペラなハジメさん(オスカルさん)。
 宿だけでなく、いろいろなビジネスに挑戦している様子。
 アサード(BBQ)を企画してくれたり、皆で飲んだり、快適な滞在をサポートしてくれる。宿泊客の客層としては、南米なので長旅をしている人が多い。また、年齢層も平均は30歳にはなるかと思われる。

 何もない場所なので、とにかくのんびりと旅人や町の人と語り合い、納豆を食べ、英気を養って旅を再開させるのにお勧め!!
 ちょっと遠いけれど、イグアスの滝へも日帰りで行くことが可能な立地です。

 ・上野山荘(上野亭/上野大学) (アルゼンチン)



 観光客が訪れられるような普通の「町」としては、世界最南端ウシュアイアに位置している宿。
 分かりやすい特殊性のある場所のために、宿のオーナーであるアヤコおばさんはTVにも何回も登場している。山々に囲まれた美しい港町で、ビーグル水道に面している。小さな町だが、「世界最南端」に惹かれてか、豪華客船も多数寄航する。1本のメインストリートに、豪華客船の乗客が数千人も湧き出てくる様子はあまりにも過激で、町の様子を一変させる。そして、観光客は夜前に去っていき、穏やかな表情を取り戻す。
 また、南極観光の拠点としても知られ、夏の時期には多くの旅行者を惹きつけている。
 町はいたって穏やかで平和な雰囲気であり、いくつかの見所はあるものの「特別」な何かがあるというわけではない。

 宿は24時間セントラルヒーティングで暖房が効いており、寒さを感じることはない。
 NHKが見られる暖かい居間で、雑談をするうちに夜は過ぎていく。アルゼンチン中でも、免税地域でもあり、特にワインを中心に豊富なお酒が安く飲める。キッチンも快適で使いやすい。そして、なんといってもこの宿の特徴である「五右衛門風呂」は快適。1日中何度でも入れる(とは言ってもお湯代を考えれば「常識」が必要だが)環境は、旅先としてはありがたい。
 人懐こい犬「トルーチャ」も愛嬌をふるまき、宿のオーナーのアヤコおばさんも優しい。とは言っても、宿泊客に対して干渉してくることもないので、旅行者が多いシーズンには余り顔を合わすこともないかもしれない。

 クリスマスや新年などには、恒例のアサード(BBQ)企画等もあり、また、他にすることもないからこそ、皆で飲んだり、遊んだり、素敵な仲間が見つけられる場所でもある。宿泊客の客層としては、南米なので長旅をしている人が多い。また、年齢層も平均は30歳にはなるかと思われる。

 トルーチャを散歩に連れて行く歳には、凶暴な周辺の犬たちには要注意!!
 ・・・こんなことが話題になるほど、自然や街中で特別なことが起こらない平和な町なのだ・・・。

 ・Tree of Life (トルコ)



 大陸の交差点に位置するイスタンブール。
 その歴史的にも地理的にも重要な場所ゆえに、特別な町並み、建築物、文化的重なり合いが独特の雰囲気を作っている。アジアとヨーロッパ。アフリカともチリ的に近く、文化的にはアラブ圏にも近い。だからこそ、旅人にとっても重要な場所になりうるし、多くの旅行者がここで出会い、情報を交換し合う。
 ある者はアフリカから、ある者はヨーロッパから、ある者はアジアから集う。それぞれの旅の過程、経過により、旅のスタイルも大きく影響されている。

 世界遺産にも指定されるほどの歴史的市街は、まさに雰囲気がある。モスク、協会のような宗教的建築物から、地価神殿(貯水池など)旧市街・・・本当に雰囲気がある。活気のある町並みには、多くの市場が並び、屋台からが油や香辛料の香りが立ち上る。
 日本人旅行者に有名なサバサンドは、魚から離れた食生活をしていた場合には、特においしい。ガラタ橋近くの魚市場でサーモンやマグロを購入し、刺身を食べる。皆で旅の話をしながら、だらだらとした時間を感じながら、贅沢な時間を贅沢な場所で過ごすのも良い。
 
 ただし、トルコは、アジアから旅をしてきた者にとっては幾分物価を高く感じる場所でもある。なまじ、隣の国であるイラン(さらには、パキスタン、インド・・・)の物価が特別に安いばかりに、その物価が気になってしまうのだろう。それでも、その先のヨーロッパの更なる物価高、中東を越えたアフリカの物価高を考えれば、イスタンブールは物価を考えても快適な場所だと思う。シリアやエジプトも安く快適だが、物の豊富さなど、雰囲気も考えるとイスタンブールとは大きく異なる。そして、回適度が異なる。

 ただし、この宿は、立地はすばらしいが、設備も素晴らしいとは言いがたい。季節により、洗濯物も乾きにくくなる。また、キッチンが暗く、雰囲気が悪い。また、建物や設備が古いため、掃除をしていてもなにやら汚らしい雰囲気がある。夏の時期は暑くて仕方がなく、夜も寝苦しい。
  そんなマイナス面もあるのだが、それでも、この場所での旅人との出会いは貴重だ。シェア飯を楽しみ、おいしいものを食べ、物価の高いヨーロッパ前に英気を養う。アフリカ前にパワーを充電する。そして逆に、ヨーロッパから到着して、一息つく。アフリカを離れ、疲れを取る。

 ちなみに、漫画本や小説は充実している。ネットは有料。この宿には管理人がいるため、管理人の性格によっても宿の雰囲気は大きく異なる。幸運を!!

 ・Regale Internet Inn (ラホール/パキスタン)



 ラホールはアジアから西に向かう旅行者の多くが通過する町。
 インドから陸路で、中国などからフンザを通って、多くの旅人がそこを通る。パキスタンとしては、カラチに次ぐ都市だが、カラチの治安が悪いこと、訪れた際の交通の便が悪いことから、旅行者にとってはラホールが第一の都市と言えなくもない。
 大きな旧市街は雰囲気があり、迷路のような細い道は、中東の雰囲気を感じさせてくれる。インドとは違い、肉々しい料理が多く、好みではないが、やっぱり「変化」はいい。街を走るバスは女性と男性が仕切られているなど、いかにもイスラムという生活ぶり。

 そんな場所にある宿が、この宿。何と言っても世界各国から集まる旅行者。この町では、圧倒的にどこの国の旅行者からも支持されている。その多国籍、無国籍ぶりも良い。もっとも、人が集まるからこそ、不便もある。それでもまぁ

 そして、毎週のように執り行われるスーフィー・・・。スーフィーが何か知らない人も、とりあえず訪問することをお勧めする。宗教的な面もあるけれど、今はそれよりも、パキスタンの普段は見られない姿が見られる。現地人にとって、お祭りのような性格もあるのではないか。
 もっとも、会場では、チャラスなどが回り、煙もモクモクと日本人には想像もできないような雰囲気なので、それを件をする人もいるだろう。それでも、この雰囲気は間違いなく「ありのまま」。そう、そこには、そういう生活が当たり前の人がたくさん住んでいる。インドとはまた違った法律とは違う自由な世界だ。要するに単に法律で規制するのではなく、許される場所では許される。そんな現実が世界中にある。そして、彼らが更なるハードドラッグに進むという話は聞かない。

 いずれにしろ、この町では各国の旅行者に出会える。変わった人たちもたくさんいる。
 フンザ以外のパキスタンも堪能しよう!!

 ・サンタナ ロッジ (プリー/インド)



 コルカタから南下すると、日本人には有名な聖地プリーがある。
 「欧米人はゴアで、日本人はプリーで。」そんな年越し場所の言葉があるほどに、プリーは日本人にとっては有名な場所。でも、なぜそれほどに?

 聖地でもあり、巨大な寺院が町にはデンと構えている。しかし、異教徒である日本人は門をくぐることができない。向かいにある図書館から覗かせてもらうのが精一杯だ。そんな町の、そして、駅からも遠い場所に日本人宿はある。この町は聖地であるという以外に特徴はない。日本人宿に滞在する者の間で語り継がれて(?)いるのは、早朝のビーチの姿のことくらい(というと語弊もあるか・・・)。

 なぜ、この宿が快適なのか。それは、この宿に入ると、外に出なくてもすべての用が事足りてしまうから。懐かしい日本の小説・漫画が多数揃えらていて、好きな本を読むだけで時間が過ぎていく。もちろん、その時間の費やし方をもったいないと感じる方は、ここに長居しないかもしれない。それでも、長旅で日本語の情報に飢えているときには、多少は本に手を伸ばしてしまうのが人情かも。
 さらに、もちろん宿の中にインターネットがある。外に出ずにメールチェックできてしまう。漫画も小説も読めてしまう。さらに・・・食事まで付いてくるというのが、この宿の1番の特徴。朝食と夕食は選ぶだけで、時間が来ると呼ばれる。インド料理に疲れた身体にはやさしい日本料理風の料理。宿代も決して高いわけではないのに、この至れり尽くせりぶりにファンになってしまう旅行者が多いのもうなずける。観光資源が少ないからこその、ホスピタリティの高さなのかもしれない。さらに、昼食についても、安い料金で屋内で食べることができる。飲み物も注文できる。・・・ほかに何が必要なのか・・・。広い屋上に出れば、外気に触れることもできる。眺めもよく、十分に「そと」を満喫できる。
本当にホテル内ですべてが事足りてしまう。こんな宿も世界広しと言えども少ない。もちろんお金を出せば、ホテル内で完結することは当たり前。でも、そうではなく、格安料金で実現されているのだから。

 ちなみに、その他のこの町の特徴といえば「ガバメント・ショップ」がある。それについては、本文の日記を参照していただけたらと思う。決して、お勧めしたりするものではありませんので。

 1度入ったら逃げられない、そんな蟻地獄のような宿の魅力・・・。それが、ここ「サンタナ・ロッジ」かも。

 ・Paragon Hotel (コルカタ/インド)



 アジアからインドに向かった場合の玄関口の1つでもある。
 そして、その有名さから、宿泊客が多く、満室であることも多い。宿が快適というよりは、宿に集まる人の多さが魅力で、出会いや情報交換が容易ということが上げられるかも。サダル通りには、他にも安宿が多く、ちょっとお金を足せば快適な宿はいくらも見つかる。さらに、通りを少し外れるだけで宿代も安くなる。だから、この通りに宿を決めるなら、この通りの特徴を詰め込んだようなこの宿に泊まるのはお勧めなのかも。
 ちなみに、学生時代には、こういう安宿よりも、むしろリットンやフェアローンなどに宿泊していた。テニスなどの試合を見るために、衛星放送も見られる部屋を求めてわざわざ大都会に戻ってきたというのもあったが、嗜好が変わったというのもあるだろう。もっとも、前述の通りパラゴンは「快適な宿」というのとは違う。以前と変わらない設備のまま、・・・それはつまり時代に逆らうかのようにあるということ。
 旅人の客層も変わり、その良さは薄れつつあるのか、それとも、魅力は深まりつつあるのか。少なくとも最初に訪れたときとは随分と宿泊客が変わっているように見える。それは自分の視点が変わったからなのだろうか。

 パラゴンはサダル通りの端に位置し、立地としては申し分ない。旅行者にとって必要なものがそろうこの通り付近に位置していれば、その恩恵はどこにいけえられる。格安料金でおいしく食べられる屋台。電車や飛行機のチケットを取り扱う旅行代理店。駅が遠いことや空港からも便利とはいえないが、「そこに行けば」という魅力は確かにある。いつもどおりの渋滞も広がり、旅行者にとってのインドの魅力が詰め込まれているのは事実。マーケットも近いし、市内全般を訪れる拠点ともなる。

 雨季で通りが水浸しになる。暑さで旅行者が活発に動けなくなる。
 そんな毎年のように繰り返される風景は、どこまでも続くインドの悠久の歴史の一部なのかもしれない!?
 
 いずれにしろ、コルカタはインドの魅力を凝縮した町の1つ。ヴァラナシとともに、インドの都会的な面を代表している気がする。

 ・Sim's Cozy Guest House (成都/中国)

 中国の成都。
 四川料理で有名な四川省の省都というのが、1番分かりやすい説明?
 それとも、パンダで有名、というのが分かりやすい? ・・・ここ、成都では、多数のパンダがいるパンダ園がある。さらに、普通の動物園にも多数のパンダがいる。たくさんいるかわいいパンダを見るために、成都を訪れる人も多いだろう。
 さらには、不謹慎だが、大地震のあった場所、というと分かりやすいかもしれない。

 いずれにしろ、旅立つ前の旅行者にとって、決して有名ではないかもしれない成都だが、快適宿ができたことによって、成都を訪れる人が増えているのではないか。移転問題などもあって、閉鎖も危惧されたけれど、今も無事に営業されているようで、今も白人旅行者を中心に多くの旅行者でにぎわっているのだろう。そう、ここは日本人宿というよりは、全ての国の旅行者に支持されている宿と言える。確かにオーナーの奥さんが日本人でもあり、日本人旅行者も多いが、それ以上に各国の旅行者が多い。誰にとっても快適な、そんな宿なのだ。

 中国にあるのだから、もちろんのように料理もおいしい。便利で大きなスーパーもある。格安マッサージもある。
 雲南省から北へ、東へ、移動する中継点としてもシャングリラを向かうにしても、チベットに向かう際にも立ち寄ることができる。

 ともかく、この宿は本、DVD、ネット・・・設備が素晴らしい。
 広い庭も素敵だし、のんびりと中国に疲れたら羽を伸ばせる。


印象的だったが、今はなき宿たち。

 ・Thai Guest House (タイ/バンコク)

 懐かしい。
 この言葉に尽きる。最初に長居した、気に入った、そんな日本人宿かもしれない。

 もちろん日本人以外にも多くの宿泊者がいた。それでも、日本人の割合が高かったと思う。
 今で言う「RANEE’S GH」の近くだろうか。カオサンから1本南に入った細い通りで、当時としてもカオサンの喧騒から外れていた。そして、庭があり、ハンモックがあり、のんびりと過ごせた。VSのような退廃的な雰囲気ではなく、普通に、のんびりと過ごしていたように思う。
 ムエタイの修行に来ている日本人キックボクサーやら、タイ語を勉強している人、パッポンなどに通う人を含めて、旅行について、タイについてを夜な夜な語っていた。まだまだ、日本人バックパッカー自体が多くなかったこともあって、今よりも日本人同士が集まりやすかったのかもしれない。猿岩石でバックパッカーというスタイルが有名になり、さらに多くの日本人が集まるようになった。
 カオサンには、フアランポーン駅周辺やンガムドュプリとか比べられないほどの旅行者が集まり、とても便利に成長していく。Thai Guest Houseは、その流れに乗る前に姿を消してしまった。狭い部屋、中でも会談の上にある1畳一間の狭い部屋が特にお気に入りだった。格安ということもあるけれど、窓があって、外を眺めて、そんな狭い場所にいる自分、そういうことを含めて「そこにられる幸せ」をかみ締める場所だった。タイを移動する歳の拠点に、どこか別の国へ、どこか別の国から、そんな時必ず宿泊した。

 あそこで出会った人たちは今は何をしているのだろう。
 それぞれにとっての思い出の宿は、 きっと、こういう自分にとっての旅に魅了されるような原因の1つでもある宿になるのだろうか。あの宿の生活に戻ってみたい。まだ、今よりもずっと若かったあの頃に。

 それにしても、今のカオサンは便利な立地とは言い難い。空港から向かうにしても、バスターミナルから向かうにしても。駅から向かうにしても。その不便さに打ち勝っていく魅力を、カオサンは持ち続けることができるのだろうか、それとも、かつてあったバンコクの他の安宿街地域と同様に、少しずつ新しい場所に移行していくのだろうか。

 ・July Hotel (タイ/バンコク)

 あまりの有名宿だった?
 その部屋はきれいとはいえない。しかし、広い。
 その立地は清潔な町とはいえない。それでも、便利この上ない。

 ただ、あの異様にも感じられるかもしれない雰囲気というのは、どうにも説明が難しいかも。もっとも、単に「安宿」というだけでもあるのだけれど、殺伐とした雰囲気。日本人が多いけれど、「旅行者」ではない感じ。宿の者たちが黒板に書いている「日本人」の文字。
 それにしても、なぜあのように一部屋一部屋が広いんだろう。昔は家族が生活していたのだろうか。近くにある安宿は、売春宿であったり、看板さえ出ていない怪しげな場所だったりする。唯一というか、目立って普通の宿というのは「台北旅社」という名前の宿だっただろうか。少し値段がはったが、清潔さを求める場合には、そちらの宿に泊まることもあった。

 Julyに住む怪しげな日本人おじさんも含めて、特別な世界が広がっていた。Julyにも随分と泊まったけれど、私はあまり長期滞在する日本人たちと話すことはなかった。彼らにとっても、私のような通り過ぎて行く者と話す必要もなかっただろう。
 小汚い町にある、小汚い宿、だが、中華街ということもあって、ご飯はおいしい。独特の雰囲気もある。

 そして、何と言っても便利な立地。
  空港からエアコンバスでも1本。普通バスでも1本。駅にも近い。MBKやシーロム、スクンビット、どこに行くにもバス1本。カオサンよりも便利で、しかも市中心部にも近い。そんな便利さに惹かれて、ついここに泊まることも多かった。Julyがつぶれたと聞いた時には、驚いてその様子を覗きに行った。再開発ということもあるのだろうが、消えるべくして消えたのだろう。それでも、あの宿は日本人バックパッカー(?)には伝説的な宿なのかもしれない。私にとって、旅の最初の頃に使っていた宿ということもあって、思い出深い。もう泊まりたいとは思わないが、それでも思い出深い・・・。

 ・Sister's Inn (ブルガリア/ソフィア)

ここの快適さは、本当に特別だったかも。

なにせ、宿に管理人がいない!!
午前中にちょっとやってきて、お金を徴収(来ない日も稀にあるし、数日分払いも可能)、掃除をして帰っていく。
日中や夜間は、宿泊客のみ。本当に自由に楽しめる環境だった。

途中から3階も宿となり、規模が拡大したが、拡大前のほうが良かったかも。
人数が少人数(11人)にも関わらず、充実した共有部分があった。部屋×2、さらに玄関前のフロア、キッチンも部屋に数えれば4部屋? 当時としては、日本人宿でそれほど多くなかったネットフリー。さらにtvでは衛星放送も見放題。暖房も完備し、真冬でも暖かい。

そんな良いことずくめだったのだけれど、この宿は消えてしまった。他の多くの日本人宿と同様に、無許可営業だったからだろうか。それとも、EU統合の何らかの影響があったのだろうか。いずれにしても残念。 ま、新しい宿ができ、老舗の宿が消えていく。栄枯盛衰とは言わずとも、それも必要なことなのかも。

隣のブロックとを挟む通りは、市場であり、朝からにぎやかに野菜や肉、魚などを売っている。
お米もあるし、秋刀魚などもある。近くの店では、中華食材も売られているし、カレールーも取り扱っている。
中華料理レストランは、手ごろな値段でおいしいご飯を提供してくれるし!!
町に特別な何かがあるって、言うわけでも長居したくなってしまうのは、やっぱり、宿や環境が快適だったからだと思う。町自体は、季節にも寄るけれど、全体的に「灰色」なイメージがある。なんだか、ぱっとしないというか。

そういえば、お酒も安かった。ワインは樽から売ってくれるもので安いものは、1リットル100円未満。お酒もウォッカとか、瓶が400円とか。ビールも3リットルとかのペットボトルが200円とか。魅力的だったな〜。
特にヨーロッパよりずっと安く、トルコより安いし自由で。そんな立地的な条件も良かったのだろう。特に印象の面では!!隣国のルーマニアは、もっと暗いし、快適な場所が少ないし。

そう、この街には大きなカジノがあった。おいしいご飯が食べ放題、飲み放題、ということで通っている人もいた。ただ、あまり、お金を賭けずに食べてばかりいて、出入禁止になった人もいたみたい。恥ずかしい・・・(笑)。

あの宿だったら、また長期で滞在してみたい。
素敵な旅人と出会えるはずなのに・・・!!

 ・Uphar Guest House (デリー/インド)

ここって、本当に汚かった。
なんていうか・・・、こんなに汚い宿って、今までにそんなに泊まったことがないかも。
とは言っても、最後に泊まったのは15年も前。今、まだこのホテルはあるのだろうか??
その辺は未確認なので、よく分かりません。

学生のときに訪れたこの宿、小汚いし、雰囲気も変だし、とかいう第一印象にも関わらず、長居をしてしまった。
当時は沈没と呼ばれる長居の経験もなかったけれど、そういった人たちばかりがいて、何もせずにいることを楽しみ、誇りにしているような人たちがいることが楽しかった。
その後って、自分はそういう変に見られるキャラになったつもりもなかったのだけれど、1つの宿に長居したこともあったし、周りからは変な印象で見られていたのだろうとも思う。

このホテルは立地が特に良いというわけでもなかったけれど、長旅の人が集まる宿ということで、みんなが情報交換し、ダラダラすごすのにちょうど良かったと思う。今ほど日本人旅行者が多かったわけでもないので、地方に行くと日本人が少ない。そういう、ある種の寂しさを紛らわせる場所でもあったのかも。
インドは物価が安いから、今も昔も変わらずに、貧乏バックパッカーを引き寄せているということかも!?

ともかく、最初に強烈な印象を貰った宿だった。
こういう宿との出会いも、その後の旅に影響を与えたのかもしれない。

 ・Iqbal Hotel (ナイロビ/ケニア)

これも今はなきホテル。
本などにも出てくることがあるし、JULYホテルなどのように老舗の宿だったと思う。

入口が2重になっており、2重扉の間には、ガードマンが滞在している。
鉄格子でガードされた宿や商店、そんな荒れた雰囲気の中のオアシスのような快適宿だった。

立地等意味では、?かも・・・。窓から外を眺めていると、1晩で1件くらいは事件を目撃できてしまったり。
数メートルの小さい通りを挟んだバーに、袋入り(1oz)のウイスキーを買いに行っただけなのに、途中で教われる人がいたり。
クラブに遊びに良くと売春婦が寄ってきて、うるさくて踊れなかったり。 ちなみに、ある日の新聞に何かで日本人が捕まって、一緒にいた売春婦たち数人のうち半分以上がHIVだったとか・・・、恐ろしい!!

ナイロビでのちょっとした贅沢は、プリングルスを食べることだった。
ナイロビを訪れた当時は、学生だったこともあり、特に財布の中が寂しかった。その中で「おいしいもの」を探すのは難しい。酒は高くはなかったけれど・・・。ともかく、プリングルスは確実においしい、そして、高いのだけれど手が届く・・・そんな微妙な値段だった。
その後の旅でも、プリングルスが食べたくなったり、貴重に感じたりした。やっぱり、プリングルスを特別なお菓子と感じたのは、その頃の影響もあるのだろうか。

今は、Iqbal はなくなったので、当時もあった New Kenya Lodge に客は移った。そちらも悪くはないのだけれど、やっぱり Iqbal の方が作りも雰囲気も良かったと思う。

懐かしき思い出!!

 ・Lamai Central House (サムイ島/タイ)


・・・ 細かいことはこれから・・・


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