世界ぷらぷらロゴトップ


Chile チリ

【その1】
 2008.03.10 〜 03.16 ビーニャ・デル・マル
【その2】
 2008.03.16 〜 03.23 イースター島(ラパ・ヌイ)
【その3】
 2008.03.23 〜 03.25 サンチャゴ(サンチアゴ)
 2008.03.26 〜 03.30 サン・ペドロ・デ・アタカマ

チリ関係リンク
チリのホテル
チリの移動
チリの写真

 
  【チリでは・・・】 イースター島と中北部の都市を観光した。南部パタゴニアはバスで通過したのみ。魚介類の豊富な国と実感。
【感じること】 魚介類が豊富と言うことで、のんびり過ごす日本人もいるのに納得。チリはアルゼンチンに比べると割高感あり。
【お気に入り】 イースター島はモアイだけでなく自然も魚介類も素敵!! 
【お勧めは〜】 サン・ペドロ・デ・アタカマは物価が高いと言う人もいるが、意外に普通。そして、散歩が楽しい。
 
国境手続き、長すぎ。(メンドーサ-ビーニャ・デル・マル)

山間の景色を見ながら国境に向かう。
アコンカグアも眺めつつ、美しい景色を楽しんでいた気分もどこへやら・・・。

(もうイライラするな〜。)

チリ国境に着いてから既に2時間以上も待たされている。
チリは動植物の食材持込にうるさく、いちいち検査するのに時間がかかるのだ。

国境にバスがずらっと並び、手続きをただ待っているのもバカバカしい。
国境で待たされると言えば、ブルガリアとトルコ国境が懐かしい。あそこも常に3時間くらい待たされたものだが、ブルガリアがEUに入って何か変わったのだろうか。

3時間ほど待って、ようやく私の乗ったバスの順番になる。
アルゼンチン出国手続きはいたって簡単。
チリ入国手続きもいたって簡単。

そして、チリの関税である。
爆弾や麻薬、酒類を調べるのではなく、野菜・果物・種など、そして肉類などの有無を念入りに調べる。生態系を守るためなのだろうが、こんなことだけで本当に守れるのだろうか??

全荷物をX線検査機に通す。いくつかのバッグがひっかかり横にどけられている。

その他のバッグも、全て開けて調べられる。

(う〜ん、面倒くさい。)
結局、手続きが全て終了するまで3時間半もかかった。

他の人に聞くと、さすがにそこまで待たされるのは珍しいらしい。
でも、最初からチリの印象が悪くなった。



●ビーニャでキーボー。(ビーニャ・デル・マル)

国境で随分と待たされたので、随分と遅くなって街に到着した。

(汐見荘って、こっから遠いのかぁ〜。面倒だな。)

汐見荘とは南米でも評判の良い日本人宿の名前だ。
まだ、行っていないのでなんとも分からないが、とにかく期待の宿だ。

既にキーボーも行って待っている。毎日のように魚介類を食べているらしいので、その点は噂に違わずだろうか。

(さてさて、コレクティーボはどこかな・・・。)

「タカちゃ〜ん!!」

(ん??)
振り向くとそこにキーボーがいた。

「なんでこんなとこにいるの?」
「それはオレのセリフだよ。」
「郵便局に行くとこなんだけど。」
「郵便局はあとで良いよ。どうやって行けばいいの?」
「オレさ〜。行く時、間違えてバルパライソ(隣の町)まで行っちゃったよ。」
「しょうがないな〜。」

汐見荘の住所はバケダノ通りである。
隣町にもバケダノ通りがある。間違えて隣町のバケダノ通りに行ってしまう人が後をたたないと聞いていた。

まさか・・・いや、キーボーなら行きかねない!!(笑)

そんなわけで、キーボーの目的である郵便局は後回しにして、宿に連れて行ってもらう。
「宿はどう?」
「今ね。人が一杯なんだ。」
「雰囲気とかは?」
「管理人っぽい人がいてさ。怒られた。」
「なになに?」
「階段をドタドタ下りるなとかさ。うるさいんだよね。」
「そうなんだ〜。うるさいのはイヤだね。」

そんな風に汐見荘の話しを聞き、先入観を持って宿に行ってしまった(笑)。

●バルパライソのカラフルな街並み。

「バルパライソに行くんですか?」
「連れて行ってくれませんか?」

自分で行くのは面倒くさい。でも、誰かが行くならついていきたい。
そんないい加減な心で、バルパライソまで行くことにする。

バルパライソの街は世界遺産にも登録されている。
古い港らしいがカラフルな景観が見所らしい。

電車に乗ってすぐにバルパライソに到着する。
終点なので乗り過ごしもなく、ラクチンだ。

ソトマヨール広場を眺めて、皆で一斉に写真を撮る。
特にキーボーは嬉しげ。こういう歴史ある広場はまだまだ珍しいのだ。キーボーが一生懸命に写真を撮っているのを見るのも楽しい。

そのまま8人ほどの大集団で、まずは丘を目指す。
バルパライソは起伏の多い町で、あちこちにケーブルカーのような傾斜式エレベータ「アセンソール」がある。

その「アセンソール」を眺めて驚く。
小屋が斜めに上下しているような外見なのだ。

乗ってみてさらにビックリ。
扉は手動で、全てが木製。登る時にミシミシと変な音をたてている。
今にも壊れそう。

(こんなの日本では営業停止だな。)
あまりの古さに、皆がワイワイと喜んで写真を撮る。

丘の上からの景色は素晴らしかった。
街の景色よりも港のコンテナの景色だ。

カラフルのコンテナがブロックのように並ぶ。
赤、青、黄・・・とにかく凄い。こんなカラフルなコンテナの山を見たことがない。

その後、女のコ2人がお土産物をず〜〜っと見ているので、別行動を取る。
私とキーボーだけ、まずは出発する。私たちはお土産には全く興味がないので、街の観光を済ませて帰りたいのだ。

その後にお土産を見ている2人を待っていた4人を坂の向こうに見た。
どうやら彼らも待っていられなくなって、別行動をとったようだ。

それにしても女のコって、お土産物を見るのが好きなコがいるなぁ・・・。
そういうのが好きなんだろうって想像はできるけど、理解はできない。しかも、随分見ても買わなかったり、小さいの1個だけだったり。

up↑

ミニコラム

++ホテル予約++

割引価格
チリのホテル予約ならこちら!!



 









●外見だけ。(バルパライソ)

「ねぇ、この家さ。正面以外はコンクリのままだよ。」
「こっちなんて、ボロのトタンに正面だけペンキ塗ってあるよ。」
「あの丘の方。ひどいよ。崩れかけてるのにペンキが塗ってある!!」

この街はいったいどうなっているのだ??
キーボーと2人で言いたい放題だ。

見てくれだけきれいな街。
その実はスラムのように汚い町。
もちろんきれいな建物もあるけれど、汚い建物も凄く多い。

「すっごいね〜。このボロぶり。」
「ウシュアイアもボロ屋が多かったけど、手作り感があってまだかわいかったよね。」
「うん。全然違うよ。」
「こっちは不自然だよね。」
「でもま、きれいに見せるって言う点では成功だね。」

港から斜面にへばりつくような街を眺めれば、確かに美しいカラフルな街並みなのだ。
でも、こんな風にカラフルに見せるために費やしている労力ってなんなんだろう。

古くなって動かなくなったアセンソールも、斜面の途中に朽ち果てたまま放置されている。


不思議な気分でさらに丘を散歩する。
「おお〜い!!」
振り返るとお店の人が手を振って呼んでいる。
「なんだろうね?」
「なんかうるさいのはイヤだね。」
ともかく戻ってみると、それは忠告だった。
危ないので丘を更に進むなと言うのだ。

バルパライソでは強盗やら犯罪が多いらしい。
そう聞いていたし、商店主の言葉も、見て来ていた「ボロ屋」がそれ証明しているようだった。

貧しさが犯罪を増やす。
それもやむを得ないと思ってしまう。

「君子危うきには近寄らず。」退散だ!!

●噂に名高い魚市場は以外に小さい。(ビーニャ・デル・マル)

魚市場。
初日は早起きできずに諦め。

遅くまでお酒を飲みすぎた。
だって、キーボーも他の人も、多くの人がず〜っと酒を飲んでいるんだもの。
私も楽しくなってお酒に勢いづいてしまう!!
って、それは自分のせいだけれど。

なんとか目を覚まして訪れた魚市場。
汐見荘から坂を下って駅に、そして隣の駅まで歩くと魚市場だ。

意外に小さい。
漁船が戻ってきて、その場で売ってくれる。

他にどこかから運ばれてきたサーモンなどを並べるお店もある。
そちらの新鮮さはどうなのだろう。
刺身で食べられるものも多いとは言うが。

「眠いよ〜。」
「気合だよ。」
戻ってくる漁船を覗き込む。
おいしそうな魚はなかなか見当たらない。

「おなか減った。エンパナーダ食べたい!!」
さすがにキーボーは朝から食欲がある。

魚のエンパナーダがどうとか、ぶつぶつ言っている。
エンパナーダとは、餃子を大きくしたような南米の食べ物だ。具にはチーズや肉を入れるものもあるし、シーフードが入ることもある。特にシーフードは珍しいので、キーボーは海沿いにいる間に食べ飽きようということらしい(笑)。

私が買いたかったのは新鮮なサーモンだったが、どうも見つからないのでアナゴを買う。交渉したが安くならずに、仕方がなく妥協。1匹500ペソ(約100円)なり。

魚市場は歩いて回って10分もあれば終わってしまう。
鳥が餌を待ち構えて上空で待機している。
買うものも買い、特に目的もなくなったのでサッサと帰る。帰ってアナゴをさばかないとならないならない!!

●2年ぶりの再会。(ビーニャ・デル・マル)

「あれ?ブルガリアにいついました?」
「2006年5月ですかね。」
お互いに過去の旅を話していて、どうもニア・ミスが多いことに気がつく。
どうも会っていてもおかしくない。

「あ〜〜!!ソフィアで一緒に飲んでるじゃないですか!!」
「あの時、もう一組、キタ夫婦がいましたよね。」
「そうそう。皆で酔っ払って・・・。」
「懐かしい〜!!」
随分前だったこともあるだろう。
そして、私の髪の毛が短くなっていたこともあるだろう。

何日間も一緒に飲んでいたのに思い出さない私たちは、相当に抜けている。
ようやくにして思い出し、話に花が咲く。

その後をどう移動したのか。
楽しんでいたのか。

昼間にも関わらずに、飲み始める。
シュウさんが、奥さんを呼びに行く。
「お〜い、タカさんってソフィアで会ってたよ〜。」
「ええ〜!?」
驚くのも無理はない。本当に3人とも忘れているなんて。
旅では出会いも多いし、まぁ、私の記憶力もそんなものだろう。

そういえば・・・。
私は、人の名前を覚えられない!!

すぐに聞きなおす。
翌日にも聞きなおす。

なんで名前をあっさりと覚えられる人がいるのだろう。
それなりに「覚えよう」という努力や心構えがあるのだろうか。

最近は、エジプトのダハブ以来の再会もあった。
イタリアのローマ以来の再会もあった。

再会が多くてとても嬉しい!!

日本に戻って、いろんな人と再会するのも楽しみだし、帰国前にもバンコクに寄れば多くの旅人と出会えるだろう!!

up↑

 

●セントロで買出し。(ビーニャ・デル・マル)

セントロまで歩いていく。
汐見荘の近くには大きなスーパーがない。
汐見荘は住宅地の真ん中にあるのだ。

ビーニャの街まで行けば、中華食材も手に入る。野菜も安く手に入る。・・・。
とにかくセントロに出かけるのだ!!

荷物を背負っていなければ、散歩で行ける距離だ。
街を通っていっても良いし、海沿いを歩いていっても良い。

30分も歩けば、セントロに着く。
人通りも多く、賑やかな様子を見ると元気になる。人通りが多いといっても、東京のようにゴチャゴチャとしているわけではない。

中華ラーメンをたくさん購入。
DVDのレンズクリーナーを買う。いろいろ眺める。

「あれ? ナオミさんじゃないですか?」
「皆とはぐれちゃって・・・。」
キーボーと散歩していたら、ナオミさんが1人でションボリと座っているのに出くわした。まるで、捨てられてしまった子犬のように小さくなっていたので、ちょっと驚く。
「もう1時間くらい皆を待ってるんですけど・・・。」
「どうしたの?」
「LAN航空に行っていたら皆がいなくなってしまって・・・。」

その後に、皆に出会うことはできたのだが、逆にナオミさんを探しに行った人がはぐれてしまったらしい。はぐれてしまった人を待って、ずっと座っていたというのだ。優しいというか、気が長いというか・・・。1時間もただ座って待つなんて凄いな〜!!

3人でアイスを食べる。
しばらく座って街を眺めていたが、やはりナオミさんの仲間は現れない。
「諦めていきましょうよ!!」

街のはずれにある大きなスーパーマーケットLIDERに向かう。
巨大なスーパーに興奮し、たくさん買い物をして帰途についた。

●人数が多すぎて快適でなかった有名宿。(ビーニャ・デル・マル)

「そのベッドが空いていますよ。」

(この部屋かぁ・・・。)

案内された部屋は、半地下になっている。

電気をつけても暗い。
日中に日が差し込むことはないようだ。
そのためか、ベッドも微妙に湿っている。・・・そしてムシに刺されまくった。

(まぁ、評判の良い宿だし、きっと良い点がたくさんあるんだろう!!)


キッチンはとても狭い。
南米の宿で、これほど狭かった宿はない。この次に狭かったブエノスアイレスの上野山荘別館ですら、食材を置く部屋はあったし、スペースは広かった。
魚介類が豊富という街で、こんな貧弱なキッチンとは・・・。


時期による問題だが、宿泊客がとても多かった。
そのために談話室に全員が座ることもできない。中庭にあるテーブルがあるのでまだ良いが、夜は寒い。
薄暗くムシがいる部屋に戻る気もしないので、なぜか寒い外にいる時間が長くなってしまう。夜中になると寝る人が出始めて、ようやく談話室に入ることができるのだった・・・。


狭いキッチンと、狭い談話室を考えると、汐見荘が快適なのはせいぜい宿泊者が10人以下の時だろう。
そんな時に泊まれなかったのが残念だが、それも運と思って割り切るしかない。


個人的に、南米で快適だった日本人が多い宿ランキング。

 1.ペンション・ソノダ
 1.上野山荘(上野亭)
 3.上野山荘別館
 4.鹿児島会館
 5.Victoria
 6.Camping Mihinoa
 6.青い家
 7.Fuji旅館
 8.汐見荘

up↑

前へ  次へ