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Tanzania タンザニア
 2007.09.07 〜 09.08 アルーシャ
 2007.09.08 〜 09.16 モシ
 2007.09.16 〜 09.18 ダル・エス・サラーム
 2007.09.18 〜 09.20 ストーンタウン(ザンジバル島)
 2007.09.20 〜 09.23 パジェ(ザンジバル島)
 2007.09.23 〜 09.25 ダル・エス・サラーム
 2007.09.25 〜 09.26 ムベヤ


タンザニア関係リンク
タンザニアのホテル
タンザニアの移動
タンザニアの写真

 
  【タンザニアでは・・・】 有名な観光拠点の町を訪れたが、特にアクティビティはしていない。
【感じること】 タンザニアでは観光に関わる人の悪質化がヒドイ。道路が整備されているので移動は比較的ラク。
【お気に入り】 特になし。
【お勧めは〜】 近辺で海に行っていない人には、ザンジバルの海でのんびりも良いかも。
 

ついに南下を開始。(ナイロビ-アルーシャ)

ナイロビを出る朝がやって来た。
前日も遅くまで起きていたので朝が厳しいが、目覚まし時計という心強い味方があるので大丈夫だ。
朝5時半に、幾分うるさく感じる目覚ましの音で目覚める。

(もう少し寝ていよう・・・。)
いつもそんな感じである。
前夜には余裕を持とうと思って目覚まし時計をセットしても、朝になるとギリギリまで布団の中にいたくなる。ナイロビの朝は涼しいので、特に布団の中にいたいのかもしれない。

トイレを済まし、鍵の掛かった玄関を開けてもらう。
バス乗り場はホテルからすぐ近く。まだ真っ暗だが、この距離なら問題はない。

すでに人が集まっているバス乗り場には、バスも停まっている。しかし、アフリカは効率的ではないので、まだ乗客はどのバスに乗るべきか分からない。
直前のアナウンスを聞き逃さないように気をつけて待つ。アナウンスはスワヒリ語と英語で行われる。ケニアでは本当に英語を話す人が多いのに驚かされるが、それだけ国際的というか、異部族間でも言語が違うとかあるのだろう。

バス乗車予定時間は6時、出発予定時間は6時半。
予想通り遅れる。バスに6時半前に乗り込んだものの出発の様子はない。
(やっぱりなぁ〜!!)
布団の中で思ったものだ。
(どうせ出発は遅れるんだから、もっと寝ていたいなぁ〜。)
って。

たまには予定通りに出ることもあるかもしれない。だから、行かざるを得ないのだ。
ところで驚いたことが1つ。私の乗るバスはなぜか、横3列の快適な「アカンバ・ロイヤル」バスだった。このバスは通常のバスに比べて値段も1.5倍くらいする。通常のバスの車両が足りなくなったのだろうか。

以前にケニアからウガンダに行った際もアカンバを使ったのだが、バスはオンボロで途中で壊れてしまった。ああいうバスだらけなら、こういうことも起こりうるだろう。もっとも、バスが壊れやすいのは、古いということだけでなく、ケニアの道路状態が悪すぎることにもある。きちんと舗装された道路を走っていれば、いくらアフリカのバスとは言ってもそんなに簡単には壊れないだろう。

ところでアカンバ・ロイヤルだが、以前に乗ったときよりも前後座席のスペースが広い。足を窮屈にしないで余裕に伸ばせるのだ。これはありがたい。こういうバス変更があるなら、多少の時間遅れは仕方がないかな?(笑)

7時半になって出発する。
混雑したナイロビ市内を抜けるのには時間がかかる。これも出発の遅れが原因だろう。ともかく市内を出てタンザニアに向かって南下を開始する。
すぐにガタガタと揺れる悪路に入り本を読むこともできない。そんな悪路でも、ケニアの中ではいい部類の道路だろう。乾燥地帯を進み、点々と生える木々やいくらか残っている草は全てが茶色い。動物も稀に見られるが、乾燥している時期なので数は少ない。もっと動物のいる時期ならバスの車窓も楽しいだろう。

国境の手続きはとても簡単。
以前にこの国境を・・・タンザニアからケニアに・・・通ったとき、カメラを盗まれたことを思い出した。10年以上前の当時は、まだデジカメも普及しておらず、フィルムに全てを収めていた。そして、カメラと一緒にフィルムまで盗まれてしまったのが痛かった。カメラは良いけれど、フィルムだけ返して欲しい。そんなわけで、私の当時のアフリカ旅行は写真が1枚も残っていない。それ以来、今回の世界一周旅行まで、長期旅行でもカメラを持つことがなくなってしまったのは、トラウマがあったからだろうか?(笑)

ともかく、カメラやパソコンを盗難された場合に誰もが思うことを、その時も切実に感じたものだった。

国境間には100mもない中間地帯がある。その前後で手続きをするのだが、いつもと同じことを書くだけ。名前、日本人、パスポートNO・・・、もう手が勝手にすらすらと動く。
タンザニア側ではビザ代50ドルを払う。ビザ取得もすぐ。バスに戻って出発を待つだけだ。

タンザニアに入ると道路状態が良くなる。揺れも小さくなり、車窓をのんびりと眺めることもできる。ケニアに比べても大して変わらないような車窓。アルーシャが近づいてくるとメルー山が左側に見え始める。そして、緑も出てくる。
そうこうするうちにアルーシャに辿り着いた。

しかし!!
バスターミナルではない。いきなり路上に降ろされた。
(いったいここはどこだ?)
のんびり考えるまもなく、宿の強引な客引きがたくさんやってくる。10人以上の強引でうるさい客引きに取り囲まれたのは久しぶりだ。インドやネパール以来のことだろうか。1泊だけの予定なので、安めの宿ならどこでも良い。なので、宿への移動を無料にしてくれるという男に着いていく。
街までは1kmほどと、それほど遠くなかった。しかし、荷物を背負ってでは汗をかいてしまうから、客引きについていって正解だった。

●さすがに観光地、西洋人が多い。(アルーシャ)

街にはたくさんの旅行者が歩いている。
ナイロビのように大きな町ではないので、旅行者全体の数は少なくとも旅行者が目立つのだろう。

ネットカフェに入ったときのこと。
私がネットを始めたときには、旅行者らしき姿は見かけなかった。それがいつの間にかドンドンやってきて、私が出る頃には10人以上もいた。全く凄い。

通りを歩いていると、お土産物の客引きなどから声がかかる。
直接にいろいろなモノを持って、売ろうとする者も多い。
(観光地だなぁ〜。)
本当に実感できる。

アルーシャは、セレンゲティ国立公園などへの拠点である。
そろそろシーズンに入るということもあって、旅行者も増える時期なのだろう。手ごろな値段のホテルもたくさんあるし、レストランも多い。
快適といえば快適なのだ。・・・そういうものを求めない旅行者もいるとは思うけれど。

大きなスーパーや時計塔など、適当に散策しながら写真を撮る。
街の中にはまったく見所はないが、まぁ明日移動という決心が揺らがないですむのでちょうど良いかもしれない。

●快適移動・・・だよね?(アルーシャ-モシ)

バスターミナルに行ってモシ行きのバスに乗り込む。
中型のバスで座席数は21程度だろうか。ただし補助席を数に入れないでだが。
窓際の席に乗り込んで出発を待つ。人数が集まり次第に出発というのが、アフリカの一般的な移動手段ルールだ。私は運が良く、既に7〜8割ほどの座席が埋まっている。

(あれっ?出発?)
まだ座席には空きがあるというのにバスは進みだす。
(ありがたいなぁ〜。)
早めの出発を喜んでいたが、それは間違いだった。バスターミナルの周りをぐるぐると回り始めて客引きをはじめたのだ。
モシ方面に向かう客なら、わざわざ客引きをしなくても集まるだろう。何のためにガソリン代を使って、30分間もバスターミナルの周りをぐるぐると回るのかわけが分からない(笑)。

そして、いつの間にか補助席は全て埋まる。
(そろそろ出発するだろう・・・。)
いや、まだだった。狭い補助席に、2人乗せようとしているらしいのだ。もちろん補助席に2人も座れるわけがないから、補助席の左右とも席が狭くなる。

快適な移動を想像をしていたのに、こんなことがあろうとは!!

道がとても整備されていて、エジプトぶりにラクなものだった。でも、狭くて身動きができないのは頂けない。ケニアより道はいいが、バス運用の面では劣る。どうしてこうなのかなぁ・・・(理由は分かるけど、納得したくない!!)笑。

モシのほぼ中心にあるバスターミナルに到着。
以前に泊まったことがある宿はとても安いのだが、印象が良くなかった。とても暗くて、寂れていた。そして、レストランでは、メニューの半分も実際に提供できるものがなかった。改善されているかもしれないけれど、そういう場所よりは少し遠くとも、より快適そうな宿へと向かった。

ちなみに、モシの街は随分ときれいになっている。
以前はもっとこじんまりしていた気がするのだが、今はお店が立ち並び、立派に街っぽい(笑)。ATMのある銀行もあるし、ネットカフェも点在している。どこも発展しているのだ。

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ミニコラム

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●マラリアになって。(モシ)

マラリアだった・・・。

この旅行で大きな病気というとチベットのアリでの高山病と、今回のマラリアが思い浮かぶ。

モシに来て、どうも身体がだるかった。
ナイロビでも腰の骨の辺りの神経が痛む日があった。しかし、1日横になっていたら治ったので、疲労だと思っていた。考えてみると、サファリに行った日には少し頭痛もして、微熱もあった。あれも兆候だったのかもしれない。
そして、ケニアからタンザニアへ。再び腰が痛くなった。悪寒を感じるようになり、タンザニア人に相談するとマラリアかもしれないと言う。
自覚症状として高熱は無いのだが、疲労感や腰の痛さ、不安もあり病院に行く。運の悪いことに日曜日。ほとんどの病院はやっていない。

でも、善は急げだ。
病院に行こうと決めたので、日曜日でもやっているという CIIMA HOSPIAL に足をのばす。血液検査をして、診察をしてもらう。看護士には英語は通じないが、医者にはもちろん英語も通じる。

血液検査はとても簡単。
針のような鉄片・・・もちろん1人1人毎回新しいものを使用する・・・を指の先に軽く刺す。血液を数滴垂らす。あとは、血糖値とマラリアの検査。マラリアはもちろん有無をチェックする。数分でできる。血糖値は簡単な機械に血液を付けるとその場で出る。

結果・・・。
マラリアだった。薬を貰い安静にする。
血糖値も高い。マラリアになっていると数値が上がるらしい。
マラリアは脳にまで入り込むこともあるらしい。

「ナイロビで頭に細菌が入ったらしい・・・。」
と言っている人がいた。よく聞かなかったがマラリアだったのかもしれない。まぁ、他にもいくらでも脳に入る病気はあると思うが。マダガスカルで体調が崩れたとのことだったが。

さて、私はどこでマラリアにかかったのだろうか?
考えられるのは、マダガスカルかケニア。どちらだろう。ケニアではマサイ・マラ国立公園に行ったが、マサイ・マラに行くときに既に兆候があった。ナイロビに戻ってすぐに腰も痛くなった。
マラリアには潜伏期間もあり、そういったことを考えると、マダガスカルで罹患した気がする。マダガスカルでは蚊が多いのに、蚊帳のない宿が多かった。他にも何人もかかっていたし、時期によっては要注意の国かもしれない。もちろん東アフリカの標高の低い場所も同様だが。

それにしても分からない。
それほどの高熱が出た日があったのだろうか。外出しなかった日はない。早期発見なので症状が軽かったと言われはしたのだが、マラリアはもっと恐ろしい病気だと思っていた。もっとも、私の場合は運が良くて、実際に恐ろしい病気なのだと思うが。

そんなこんなで、タンザニアのモシと言う田舎町で静養している。
まさかモシで長居をすることになるとは思いもしなかった。快速で南アまで下るつもりだったのに・・・。

●のどかな風景。(モシ)

モシの町は小さい。
斜面にへばりつくような町で、少し斜面を下ったりすればすぐに町の外に出る。

町の南には線路が走っている。
その線路を越えると、本当に田舎町の様相に変わる。モシの目抜き通りはそれなりにお店もあり人々が往来しているが、少し離れると車の通れない道となる。建物の雰囲気も変わり、泥や木で作ったものばかりだ。

子供たちが走り回り、大人たちも仕事をする。
観光業には関係のない仕事をしている人たちの様子は様々だ。石工や農家など、作業風景を眺めているのも面白い。

清流が流れ、この水はキリマンジャロからやってきたのだろうと思うと嬉しい。水を手に浸すと確かに冷たいが、山は関係していないかもしれない(笑)。

泥の道はくねくねと続き、マダガスカルの風景を思い出させられた。
もちろんこれはタンザニアでも普通な風景なのだけれど、旅行者が普通に歩く場所だけにいると、こういう景色には出会わない。
私の場合には、マラリアの静養ということで時間が有り余っていたのであちこちに散歩できたのだ。怪我の功名ということだろうか。たまにはのんびりするのもいい。

でも、1人でいると日本語が話したくなることもある。
マダガスカルでも10日以上日本語を話さなかったが、・・・それが1ヶ月にもなると憂鬱になってくる。
やはり日本語で話すことは、私の精神衛生上は必要だ。もっとも、日本語の映画やTV番組などを持っているので、気が紛れるというか日本語欲が強まってくるのを先延ばしできてはいるのだろう。

●うざい客引きたち。(モシ)

マラリアにかかってしまったために予想以上にモシに滞在している。
そこで、初めには気にならなかったウザさも出てきた。

特にすることもないので毎日散歩に出かける。
そして、ネットカフェ、レストラン・・・。そうすると、しつこいように同じ輩が寄ってくる。キリマンジャロ登山とサファリの勧誘である。

毎回毎回同じことを言われて嫌になる。
それも1日に5回も6回も。下手をすれば10回も声をかけられる。面倒くさいことこの上ない。最初のうちは適当に相手をしていたのだが、もう今は半ば無視に近い状態である。
そうすると今度は、Fuck!! などという奴がいる。
無視するのも確かに良くないとは思う。でも、いつもいつも同じことを話しかけられる身にもなって欲しい。断ればすぐに去るならばまだしも、しつこく着いてくる相手に丁寧に対応などできない。しかも体調も悪いと言うのに。

その点、お土産物の客引きなどはマダいい。
多くは「興味がない」と言えばすぐに去っていくから。金額の大きさによるのだろうか。このしつこさの違いは!!

それにしても、何回も声をかけてくる輩ばかり。
最初のうちは「マラリア静養中」と断っていたが、そういうのを覚えていないのだろう。要するに外国人と見たら無条件に声をかける。条件反射みたいなものだ。
その点はアルーシャの方が快適に滞在できた。長期でのんびりするには、モシは観光地過ぎるのだろう。同じ宿にいる旅行者たちもどんどん入れ替わっていく。長くても2〜3日。私の滞在も決して「長い」とは言えないが、それでもこの町では長い方になってしまうのだから・・・。

ちなみに私が思う「長期滞在」とは、最低1ヶ月くらいだろうか。
さらに「沈没」を考えると、1つの町に最低でも合計で数ヶ月、できれば半年以上を思う。それくらい滞在すれば堂々と「沈没」と言えそうな気がする。
まぁ、辞書に載っている用法ではないので、言葉の認識には誤差がつきまとう。
でも思う。
1週間くらい滞在したからと言って「沈没」ではないでしょう?(笑)
1週間なんて誰でも(と言ったら言いすぎだけれど)可能性があるし、長期旅行者なら日常だもの・・・。

で、過去の旅行も含めて、私が「居過ぎてしまったな」と思うのは、トルコのイスタンブールとタイのバンコク、インドのコルカタ(当時はカルカッタだけど)だろうか。

完全に「沈没」してしまったなと思うのが、タイの「サムイ島(と付随してパンガン島)」。今でも通っているし、そういう場所は思い入れが違ってくる。

話が大きくそれてしまったけれど、ともかくモシを歩くのは面倒くさい。

●親切なタンザニア人たち。(モシ)

タンザニア人のウザサを書いたので、そうではない一般の人たちについても書く。

アフリカの人は基本的に興味を持てば誰にでも挨拶をする。
タンザニアに限らず、大都会以外ではどこでも同じ。それが時として「チャイナ!」「シナ!」「チナ!」などという呼び掛けにもなってしまう。悪意がある人も中にはいる気がするが、そうでない人も多い。
他に「ムズング!」という呼び掛けもある。バカにしたように「ムジュングゥ〜!」とか呼ぶ子供は明らかに悪意がある。

そんな言葉を別にすると、人々はとても親切だ。
性格には関係がないが、英語が通じると言うのも旅行者にとってはありがたい。彼らも日常的に英語を使っているので、一般的な日本人よりはずっと英語がうまいのだ。

ホテルの従業員もいつも愛想がいい。
レストランの従業員も同様。愛想は良いが、仕事は遅いので、私としてはサッサと仕事をすることを覚えて欲しいくらいだが、それも仕方がないだろう。

特に病気になってみて、彼らの親切心を感じた。
利害関係のない人でも、いつも体調を聞いてくる。そして、必ず「お気の毒に。早く良くなってね。」といった言葉をかけてくれれる。もちろん医者も、薬局の従業員も親切。


モシの町でも、大通りを離れ、郊外の方に入っていくと人の対応が変わる。
不審者を見守っている感じだ。それでも話しかければ、皆、笑顔で返事をしてくれる。

こういう素直な親切心や笑顔が、アフリカ人の良いところなのだろう・・・。

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ミニコラム

++キリマンジャロ++

登山は1人で行った場合で、800 〜 1,000 USD程度。他に要TIP。
ライセンスのあるオフィスを選ぶことが基本。
複数人いれば安くなる。

●下記料金は必須。
入山料 60USD/1D
保険 20USD
他 3USD

●バンガローに泊まる場合は下記も必須。
宿代 50USD/1D

※他に人件費や食費、装備レンタルなど。

●旅≠観光について。

「やすやす」さんのサイトの日記に、旅≠観光などが書かれていた。

どうも他の旅行者に「ちゃんと旅行した方が良い」みたいなことを言われたらしい。読んだ感想を思わず掲示板に書き込んでしまった。

どちらの気持ちも分かる。
旅≠観光
旅=観光
どちらも「人によって」なのはもちろん。

アンケートなどをとったことはないけれど、一般的にはこうなのだおるか。

(長期旅行者) 旅 ≠ 観光
(短期旅行者) 旅 ≒ 観光

私の場合を考えると、もちろん観光よりも滞在の方が時間が長くなる。
観光をだけを楽しみに、もしくは、観光を中心に据えて長い間旅をするのはかなりの強い目的意志や好奇心が必要になる。

私がこうやってのんびりと旅を旅を楽しんでいるのは、この「生活」を楽しんでいるからだ。場所が日本以外になっているけれど、それは、日本であっても同様の楽しみが得られるならば良い。私の旅は、いちおう世界一周ということになっているけれど、そのも実はどうでもいいことでもある。

世界一周という題目を置くことによって、前進意欲が沸いてくる。もしくは移動する意思が産まれてくる。今はそれにプラスして、サイトを作り始めた関係上「途中でやめたくない」という意思もあるのだが・・・。ちょっと自虐的。読んでくれる方がいるかどうかよりも、今となっては「途中で投げ出したくない」なのだ。自分にとってもいい思い出になると思うし。

まぁ、そんなわけで今はアフリカにいる。
前に旅行している地域でもあるし、私の興味は既に南米に飛んでいる。それでもアフリカを移動しようとしているのは、観光が目的なのではなくて、これが生活になってしまっているからのように思う。まぁ、以前とどう変わったか、っていうことにはもちろん興味がある。そして、もちろん行っていない国(ナミビア、ボツワナなど)もあるので、それらの国には興味がある。

最後に、サイトをせっかく作っているので、ちゃんとした旅行者らしく回っておこうという消極的理由もあるのだが(笑)。

●マラリアのその後。(モシ)

マラリアは治ったものの体力が著しく落ちているようだ。

風邪にかかったのか微熱が下がらない。
早朝は良いのだが、午後になり、夕方になり、夜になると熱が上がってくる。

寝苦しい夜を毎日過ごす。
体調の悪い日が続くと、気分も落ち込んでくる。日本人にも会わないし、話相手もいない。ナイロビで静養するならどんなに気が楽だっただろう。

パソコンで漫画を読み返し、映画を見る。
そんな生活をすれば、もちろんすぐにネタ切れになる。

いくら体調が悪いと言っても、ずっと部屋にいては気分がまいってしまう。
日課は・・・

・散歩
・ネットカフェ(&電話)
・食事

静養中なので、食事にはお金をかける。おいしいものを食べにいつも、INDOTALIANA というレストランに行く。そこはインド系のレストランなのだろう。メニューはインド料理(マサラやカレー、ナン等)、そしてイタリア料理(ピザ、パスタ等)、シズラーもあり、1品だけ(?)中華もある。
どれを食べてもおいしいが、値段は1人4,000〜8,000Tsh(約400円〜800円)はしてしまうだろう。他の旅行者にも奮発する日にはオススメ。

マラリアが治っても熱が下がらないので、ついに都会に移動することを決める。
体調が良くなったらキリマンジャロに、再度登ろう(カメラが盗まれて写真がなくなったのが大きな理由)と心に決めていたのだが、それも延期か断念だ。
ともかく、ダル・エス・サラームなら大きな病院もあるし安心できる。ザンジバルでのんびり静養して、どうしても登りたければ戻る。そうするのが賢いと思う。既に何も見る場所もないモシに9日目、明日ダル・エス・サラームに出発だ!!

●体調が悪いながらも。(モシ-ダル・エス・サラーム)

バス・ターミナルや、いくつかの大手のバス会社のオフィスにて値段を聞く。
12,500〜20,000Tsh(約1,200〜1,900円)までの値段の開きがある。ただし、横5人のバスには乗りたくない。体調が悪いので、その点は特に気になる。

宿の人に聞くと、スカンジナビアが良いと言う。
確かにケニアでもスカンジナビアは評判が良かった。

そんなわけで、前日にスカンジナビアのオフィスに行き、チケットを買う。私が買ったときは、前日の昼前だと言うのに残り4席のみ。高いけれど人気があるのだ。

当日、時間通りにバスはやってきた。
アルーシャ発のバスに、モシで途中乗車するかたちになる。

リクライニングするほど座席の前後間に余裕はないが、シートは快適だ。
すぐに、ペットボトルのジュース、それになぜか水も。そしてクッキーが配られた。こういったサービスにも力を入れているようだ。
いくつかの町で、乗降を繰り返しつつもスムーズに進む。トイレ休憩がないのが厳しい。1回食事を買う休憩があったが、それも15〜20分程度の休憩だった。

その時に嬉しいことが。
隣の若い女性が、私にお弁当を買ってきてくれた。彼女自身も少しだけつまんだが、ほとんどは私にくれた。彼女は「もともと小食だから。」と言いながら、私が何も食べないでいるのを見て買って来てくれたらしい。とても親切な人に出会えて嬉しくなる!!
ダル・エス・サラームから遊びに来ていたらしいが、キリマンジャロにも登ったらしい。そういうことをするのは、お金に余裕がある層だろう。普通のタンザニア人は、そんなことにお金をかけるわけがないものなぁ・・・。

車窓からは、果てしなく続くサバンナが見えている。
なるべく休息を取ろうとウトウトと眠るように進む。それでも次第に緑が増え、畑や木々が増える。巨大なアリ塚が立ち並ぶ。写真を撮りたいが、バスは凄いスピードで進んでいるのでうまく撮れない。

ジャングルのように木々も深くなり、いつのまにか標高がさらに下がり、再びサバンナに近い風景に変わる。それでも緑は比較的多く豊かな感じが伝わってくる。

ダル・エス・サラームが近づくと渋滞が始まった。
隣の女性に聞いてみると、最近はいつも渋滞なのだそうだ。

バス・ターミナルでほとんどの乗客が降りる。
隣の女性も降りていった。「ありがとう!!」と感謝を伝えると笑顔で去っていった。

そこから30分弱で市内の自社バスターミナルに到着する。
もう日も暮れて真っ暗。タクシーを使うかどうか悩むが、距離もそう遠くない(目的地まで1km弱)し、比較的体調も良いようなので歩くことにする。

真っ暗だが人通りもあり、特に危ない感じはない。
駅の方に向かって歩くと、予定通りすぐに目的の宿に到着した。値段が上がったとか、様々な情報があったけれど、そんなことはなかった。
おそらくハイ・シーズン料金の話なのだろう。首都でシングルが、5,000Tsh(約500円)なら格安と言える。ナイロビなどは、ドミトリーで約700円もするのだから!!

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●夜の街を散策。(ダル・エス・サラーム)

今夜も中華料理を食べに行く。
「歩き方」を見ると比較的安いレストランがあるようなのだ。

以前に来たときに泊まったエリアも近いようなので、少し遠回りをして見ながら行く。はっきりとは覚えていないが、通りの雰囲気はそれほど変わっていない。以前よりも多少はお店が増えているような気もするが・・・。

以前に泊まった宿は2軒。1軒はすぐに見つかった。外見は何も変わっていない。
どうも、この宿は最近まで日本人が多かったらしい。
私もそういう情報で泊まったのだろうか?
私が泊まったときには、他の宿に日本人が何人もいて、しかも安かったのでそちらに移動した記憶があるのだが。。。

ちなみに、旅行者が部屋で自炊しているのを、このダル・エス・サラームで初めて目にした。それから自炊にあこがれた気がする。
今回の旅に出るにあたって、ストーブを買うかどうか悩んだのも、その記憶があったからだ。結局はストーブは買わずに、旅の途中でコイルヒーターや電気鍋、電気プレート(鍋を置けば何でも料理できる)などを購入した。今のように多くの部屋にコンセントがある時代には、そういった電気器具の方が実用的だ。
もちろんキャンプを中心に考えるなら、ストーブがベストだとは思う。私の場合には、キャンプ生活をしたヨーロッパでは、キャンプ用のガス・ストーブを購入した。今でも「口」だけは持っているが、既に1年も利用していない・・・。捨てようかな!?(笑)

中華料理レストランはすぐに見つかった。
メニューを確認してちょっと困る。中国語のメニューだと、逆にメニューが少ないのだ。英語は語彙が貧弱と言うか、どうも中華料理の表現に適していないと思う。英語での中華料理の表現ほど分かりにくいものはない。結局なんでも、fried になってしまったり・・・。

で、仕方がなく、こちらで漢字で食べたいものを書いて注文する。
値段は安くない。モシでおいしいものを食べるようが安く上がる。あのモシのお店はやはり「当たり」だったんだなぁ〜!!

ちなみに味はまぁまぁおいしかった。
アジア風の味に飢えたときには良いかも。

●日本大使館に医療相談。(ダル・エス・サラーム)

体調について相談しに日本大使館に行く。
ダル・エス・サラームは首都ではないのだが、政府機能もあり、ほとんどの国の大使館が集中している港町である。

田舎町モシの病院はどうも信頼できない。
ダル・エス・サラームの信頼できる病院を教えてもらうのと、日本語でアドバイスを貰うのが目的だ。

日本大使館は、市内中心部にあり、歩いても行ける距離だ。
入口では当然のようにボディチェックなどもあるが、特に厳しくはない。

窓口のタンザニア人に用件を伝え、パスポートを提示する。
今までにない用件なので、何と言ってよいのかちょっと考えてしまう。
「健康と医療についての相談があるのですが、日本人の医務官と話すことはできないでしょうか?」
「タンザニア在住ですか?」
「旅行者です。」
「ちょっと待っていて下さい。」

しばらく待たされることも考え、新聞を読もうとしたがすぐに呼ばれた。
待合室ではなく、大使館内に入れと身振りで示された。

扉は2重になっており、安全に配慮されている作りだ。
日本人が2人おり、1人は白衣を着ており医務官(つまり医者)だろう。もう1人の方は、サファリスーツというタンザニアの正装をしている。
やわらかいソファがテーブルを囲む部屋に通され、要件に入る。

まずは、相談に訪れた目的を離す。
「これから病院に行こうと思うのですが、信頼できる病院を教えて頂きたいのと、日本語で体調について聞いて頂き、アドバイスを頂きたい。」

体調が悪くなってからの経緯を話す。
最近の訪問国についてを説明する。
そして、現在の体調を説明する。

丁寧に話を聞いて下さり、アドバイスも細かくして頂いた。
医務官が出て行かれた後に、サファリスーツの方から話があった。

最近のダル・エス・サラームでの犯罪についてや注意点など。
長旅のバックパッカーなども被害にあっているらしく、皆が口を揃えて言うらしい。
「まさか自分が被害にあうとは思わなかった。」
まぁ、そういうものだろうと思う。

ちなみに、多い犯罪は「睡眠薬強盗」「タクシー強盗」などとのこと。

タクシーも使わないし、地元民に興味のない私には危険は少ないようだ。
むしろ私の場合には強盗の方が怖い。夜などもつい外に出てしまうことがあるから。

話をしているうちに分かったのだが、サファリスーツの方は領事とのこと。
肩書きのある偉い人だったのだ!?
気さくな方でとても好感が持てたので、ちょっと嬉しい。

中学生時代だろうか。海外公館で仕事をしたいと思ったことがあった。現実には理系に進んでしまったし、全く関係のない仕事をしていたのだが、自分がもし大使館などで働いていたならば、きっと旅行者にとっての「良い」大使館員にはならなかったかもしれない。なぜなら、おそらく旅行者相手の業務を優先すべきとは考えなかったかもしれないから。
私は日本大使館や領事館で、嫌な思いをしたことはない。
むしろ他国の大使館や領事館でなら、いくらでもそういう思いをしているが。特に印象が悪いのは、ネパールのインド大使館。インドのイラン大使館も設備は良いのだが、人的サービスは悪かった。日本にあるタイ大使館も好きではない。そんな風に他国の大使館や領事館を考えれば印象の悪い場所はあるのだが、日本大使館などについては比較的印象が良い。

もちろん国によって、作業が早かったり遅かったりはある。
でも「特別に」遅いというようなこともなかったし、対応に出る係りの方も印象が良かった。

これは偏見かもしれないが、日本大使館や領事館に文句を言う人の多くは、多くを求めすぎているのではないだろうか。
例えば日本大使館に行って「医者に話を聞いてもらったが薬も貰えなかった」などと言って怒っている人にもあったことがある。それは当然という気もする。
日本人としての常識ある態度を忘れずに行動すれば、日本大使館や領事館でもいつもそれなりに接してくれるような気がする。

あまりにも汚い格好や、横柄な態度、何かして当然と言うような態度を出せば、相手も人間なので気分を害して当然だと思うから。

ちなみに、タンザニアの病院事情は悪いようだ。
ウイルス性の原因の特定などは、あまりできないらしい。検査などはナイロビに送るとのこと。
タンザニアで病気になった場合には、アフリカないであればケニアか南アに行くのが質が高いとのことだった(当たり前と言えば当たり前だが)。

そういえば以前は近くにヒルトン・ホテルがあったのだが、違うホテルに変わってしまっていた。富裕層の旅行者は少ないのかな!?

●Aga Khan Hospital にて。(ダル・エス・サラーム)

日本大使館に教えて頂いた3つの中の1つ Aga Khan Hospital に行く。
まずはレセプションで初診料を支払う(5,500Tsh、約550円)。そうするとカードとカルテ用のバインダーを用意してくれる。
受けとったカードとバインダーを持って、目的の科のレセプションを訪れて順番を待つ。

まず、お金を払わないと何も始まらないのがアフリカ流だ。いや、これが世界の主流なのかもしれない。

順番を待ち、自分の番になり状況について医者に説明する。
もちろん英語での説明になる。

血液検査と尿検査ということになり、2階のラボを訪れる。
ここでもまずは、レセプションに行き、代金の支払い。領収書を持ってラボを訪れないと何もしてくれない。

お金さえ払えば比較的ことはスムーズに進む。
検査結果を持って、再度、医者の場所に戻る。検査結果を見ながら診察結果を教えてくれると言うわけだ。

血液検査によって、私はこういう診断をされた。

・少なくとも現在はマラリアではない。
・ウイルスに犯されている兆候は出ていない。
・バクテリアが体内に入っている可能性が高い。
よって、バクテリアには特効薬はないので、鎮痛剤を飲み安静にしなさい。

肝炎についても心配があったのだが、それはないだろうということでチェックはしてくれなかった。数日安静にしても回復しないようなら、再度の病院訪問ということになったのだ。

ともかくウイルスでもマラリアでもないということで、少し安心。
ザンジバルでのんびりと休養して回復させるぞ!!

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●久々の本格的停電。(ダル・エス・サラーム)

ネットカフェを出た夜7時、市内が一斉に真っ暗になった。
ネット中でなかったことが唯一の救い。

停電だ!!
(すぐに戻るだろう・・・都会だし。)

その希望は見事に裏切られる。
真っ暗なホテルに戻ると、手際よくロウソクを付け始めている。
「電気は今夜は来ないの?」
「来ないよ。」
さも当然のことのように言う。

その後、本当に朝まで電気は来なかった。
熱がある私にとっては、本当に寝苦しい最悪の夜だった。

それにしても停電は久しぶりである。
もちろんタンザニアでは、田舎でもあったけれど寸断ばかりですぐに電気は戻ってきた。ナイロビでも停電はあったけれど、長くても1〜2時間で回復した。
エチオピアですら一晩中と言うことはなかった。私の運が良かったのだろうか?
その他の国を思い浮かべても、随分と遡らないとならない。

やはりタンザニアは発展途上の国なのだなぁ〜。

●海で静養に。(ダル・エス・サラーム-ストーンタウン(ザンジバル島)

12時半の便の船が安い。

ザンジバル島行きの船には外国人料金があり、しかもUSドル払いをしないとならない。気分は良くないがやむを得ない。そういえば、それで以前にはザンジバル島に行くのをやめてしまったのだ。

チェックアウトが10時、船までの時間にインターネットをして過ごせばちょうど良い。
ダル・エス・サラームにも高速のネット屋さんはあるのかもしれないが、私が訪れたお店はとてつもなく遅い。かつてないほどの遅さ。エチオピアと互角の遅さで、メールを開くだけでも数十分かかることもある。
前夜には、最初の1時間で3通を読み、うち2通に返信をするだけで終わってしまった実績もあるのだ!!・・・くだらない実績だけど。

まずは日本語の書き込みができるように設定を追加する。
今日は昨日よりは随分ましなようだ。メールを10通ほど読んだりすることができた。

フェリーの窓口に行き、チケットを購入する。
パスポートの提示も必要。ザンジバル島は独自のイミグレーションを持っているためだ。これは、マレーシアのボルネオ島などとも同じだろう。香港もしかり。1国2制度というほどではないが、そういう地域はいくつもあるのだ。


フェリーに乗り込み出発時間を待つ。
予想に反して、時刻調度に船は港を離れる。これなら予定通りの時間に着くかもしれない。座席に座り、何もすることのない3時間を過ごす。途中で床に寝ることにする。
私のほかにも何人か床で寝ている人たちがいた。ケニアの空港でもそうだったけれど、アフリカの人たちは日本人に比べて床で寝ると言うことに抵抗が少ないようだ。私が目立たずにすむのでありがたい。

ザンジバル島は白い砂で囲まれているようだ。島の周辺は薄い水色に囲まれている。珊瑚の砂だろうか。写真に収め、到着を今か今かと待つ。

船を降りるとイミグレがある。
いつもと同じことを記載するとすれで終わり。
荷物チェックももちろんない。

(到着だぁ〜!!)
しかし、気分良く町に向かうことはできない。
客引きか何か・・・、ほとんど無視してしまったので目的がコミッションなのか不明だがうるさい輩がハエのように寄ってくる。
途中で追い払ったりもするが、今度は別の輩が寄ってきたりする。彼らが先に宿については不都合が起こる可能性もある。私はイミグレの前に地図を確認していたので無視して突き進んだ。

泊まろうとしていた JUMBO GUEST HOUSE は満室だった。しかも高い値段を言われた。
よって、近くの FLAMINGO HOTEL に向かう。こちらは良心的だと「サンポ。さん」の情報で確認していた。
値段は相場のもの。

シングルは空いていないが翌日には移動できると言うことでチェックイン。レセプションの男性が、ハエのようについてきた男たちを追い払っている。どうも彼らに好感をもってはいないようだ。

ともかくこれで到着!!

移動は疲れるよ〜。

●ストーンタウンの旧市街。

雰囲気はある。

ただし、中東の多くの町を回ってきた人には印象に残らないだろう。
ザンジバル島のストーンタウンが世界遺産に登録されているのは、町自体の独自性というよりは、このアフリカ沿岸という地理性と歴史的背景によるのだろうか。

町並みはあくまでも普通の中東の旧市街である。
規模も大したことはない。もし、イスラム圏の旧市街を見たいという人がいるなら、ザンジバル島を勧めはしない。
シリアのダマスカスや、モロッコのフェズやマラケシュなど、もちろんイエメンのサナアも忘れることはできない。イランにも印象に残る町があったし、トルコのイスタンブールの下町も良い。

そんなわけで、ザンジバル島にあるのは美しい海と魚介類ということになる。
日本人には魚介類が豊富なのは嬉しいだろう。私は魚や海草以外は口にしないのであまり関係はないのだが。

細い路地を歩き、へジャブを着た女性と行きかう。
今はラマダン中なので、街角で何かを口にしている人はいないし、レストランの多くも閉まっている。私が行くのは中華レストランなので関係はないが・・・。
中華レストランは2軒ある。
「歩き方」に載っている店と載っていない店あるのだが、個人的には載っていない方のお店の方がオススメ。漢字版のメニューがあるし、海に近い3階という立地も良い。
漢字版のメニューがないと、正直なんの料理を注文するのか分かりかねる。いつも書いているけど、英語で中華を注文するのは難しい。
海が見える席に座り、のんびりと食事をしよう!!って、中華は少し高いかもしれないけど。

お土産物屋さんも多い。ネットカフェもそれなりにあるが、やはり遅い。
タンザニアでは、アルーシャやモシの方が圧倒的に速かった。ケニアに近いからだろうか。都会近辺が遅いというのも不思議だ。


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