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![]() namibia ナミビア |
2007.10.22 〜 10.22 ヴィントフック 2007.10.22 〜 10.24 セスリム&ソススフレイ 2007.10.24 〜 10.25 スワコップムント&ワルビス・ベイ 2007.10.25 〜 10.27 ヴィントフック |
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| 【ナミビアでは・・・】 有名な砂漠地帯のみを訪れた。(北部の野生動物を見るための国立公園には行っていない。) 【感じること】 厳しい自然ながら、とても美しい。砂漠地帯周辺でも、ゲームサファリではなくたくさんの野生動物が見られる。 【お気に入り】 ソススフレイの砂丘は凄い。 【お勧めは〜】 ソススフレイ&セスリム!! もし、砂漠に飽きていなければ。野生動物を見たことがなければエトーシャ国立公園も。 |
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![]() 【ナミブ砂漠について】 朝4時にタクシーを予約していたが、タクシーが来ない。 バスは時間通りにやって来る。 そして、ナミビア行きのバスに乗り換える。
到着は朝早い時間なので、バスターミナルの脇にあるツーリスト・インフォメーションも開いていない。 ところで話は戻るけれど、バスに枕を持ち込む人が多い。
なぜなら、金曜日の夜にヴィントフックを出るバスは、レソトの近くの町ブルームフォンテン行きのバスに接続している。そのバスに乗れればレソトに行く。乗れなければレソトは諦めて南アでのんびりと友人や彼女を待つ。そんな心づもりだ。 町にあるツーリスト・インフォメーションに出かける。 ツーリスト・インフォメーションは開いていた。
参加するツアーは、CHAMELEON CITY BACKPACKERS のツアーだった。この町に着いた時に、私は2つの宿を候補にしていた。当初は
CHAMELEON CITY BACKPACKERS に泊まろうとしていたのだが、直前になって別の宿に変更した。それは、そちらの宿が「歩き方」にも載っているからだった。運がよければ日本人もいるだろう。そして、日本人とツアーに参加した方が、楽しめるかもしれない。 (ついに砂漠に行けるぞ!!)
車はすぐに町から出る。 朝に到着ということもあり、私は疲れていたのだろう。
途中に町はなく、休憩所も売店やトイレ、ガソリンスタンドがあるくらい。 夕方にキャンプ場に到着。 |
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| ●ツアーメンバー。
イギリス(ウェールズ)人夫妻のトムとレース。トムは外科医とのことで、奥さんの誕生日には毎年旅行しているらしい。2人の英語が最初はちょっと聞き取りにくかった。少し困っただろうが、それでも最初から親切に接してくれた。 同じくイギリス人のエリオット、最年少で24歳。気さくな感じだが、時々考え込んだりしている。ナミビアでボランティアをしていたらしく、アフリカが気に入っているらしい。 ドイツ人のビビ。正しくはビビアンなのだが、普段からそう呼ばれているらしい。親切で、周囲に気を配る優しい女性だ。偶然ながら誕生日が一緒だった。大学に残って研究をしているとのことで、今はその一環で南アのヨハネス南西に住んでいるらしい。
インド人のサニー。いつも冗談ばかり言って、周囲の雰囲気を良くしてくれる。私もサニーとは随分話した。軍隊で働いているとのことで、コンゴの国連平和維持軍の仕事の合間の休暇らしい。曽祖父から4代続いて軍隊の家系らしい。 あとは、ガイドの3人。 ●赤い砂漠。(ソススフレイ)
キャンプ場から国立公園内に向けた入口に入っていく。 夕陽の加減もあり、確かに噂どおりの赤い砂丘。
1つ丘に登ると次の丘が姿を現す。
もう砂丘の向こうに太陽が沈もうとしている。 砂漠に来た・・・。
車に戻ると、5分も遅れていなかったためか、誰も気分を害してはいなかった。 「エリオットとサニーは?」 暗くなってからキャンプ場に戻った。 気持ちよくおいしいご飯をお腹に流し込む。 軽くビールを飲みつつ雑談し、今日の眺めについて語る。そして、明日以降の期待を語る。翌日は日の出前に出発し、日の出を見る。そんなわけで、全員が早めにテントに入り込んだ。 ●この朝日を見るために来た!!(ソススフレイ)
テントの外に用を足しに行くが、満点の星空。天の川がくっきりと見える。そして、その他の部分も星で埋め尽くされている。寝る前には月が煌々と輝いていたが、いつの間にか月が沈んでいる。月による光害(?)がなくなったために素晴らしい星空に出会えたのだ。 再びテントに入り眠り込む。
太陽が昇る時間が近づく。 稜線がきれいにのび、光と影のコントラストがその美しさを際立たせている。 既に多くの旅行者が登りはじめている。
頂上直前で太陽が昇り始めた。 辺りの雰囲気も変わり、人々のどよめきが起こる。 サニーとエリオットと更に進む。 砂丘を降り、目の前で朝食を取る。 |
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| ●大砂丘の頂上へ。(ソススフレイ)
舗装道路も終わり、4WDのみ走行可能な道に入る。 足跡だが、風が吹き、翌朝にはきれいになくなる。
この先は大西洋までひたすら砂丘のみが続く。 左右に巨大な砂丘がある。 今度もサニーとエリオットと3人で1番大きな砂丘の頂上を目指すことにした。 他のメンバーは手前の少し小さめの砂丘に登るようだ。
雨季のあとには湖になることもあるという草木が残る乾燥した湖の底を歩く。 「ここはベースキャンプだ。」
サンダルのつま先には、昨日よりも砂が入ってくるようだ。 「疲れる〜!」 足跡の少ない稜線を登る。 次第に周囲を見る余裕はなくなる。 息が上がってきた。
(おおっ!!白い!!) しばし周囲を眺め、域を整える。 (こんな場所にやってきたんだ!!)
この砂丘を目指しているのは私たちも含めて10人もいない。それゆえにまだ汚されていない砂がとても滑らかに、美しい姿のままで待っていてくれる。 300mを越える砂丘を登りきった。砂が崩れるために労力は300mどころではない。足を踏みしめ、踏みしめ、普通の山を登る倍近くの力が必要だった・・・。 頂上に辿り着き周囲を見渡す。
想像通りの景色がそこに広がる。 実は彼女とナミブ砂漠に来たかったのだが、タイト過ぎるスケジュールになってしまうのを恐れ今回は諦めた。彼女のためにもきれいな写真を撮らないとならない。この魅力が伝わるような写真を!! この風景は言葉で表すのは難しい。
のんびりと無言で風景を楽しむ。 いつの間にか戻る時間が近づいている。 帰りはここを走って降りれば良い。 一気に走り出す。
足がズボズボと砂に入り込み、それを引き抜き引き抜き走る。 砂が舞い上がる。 白い湖に到着した。上から見て思っていたよりもずっと大きい。 今、降りてきた砂丘をバックにサニー、エリオットと記念写真を撮る。 「ガブリエルは何回登ったの?」 白い湖で待っていたみんなと合流する。
ファインダーの中を左から走ってきて飛び上がった!! 「まるでスプリングボックだね〜。」 デッドフレイの木々の前で、全員で集合写真を撮る。 ナミビアに来た目的を達して充実感を持ってキャンプサイトに戻る。 ●こんなキャンプサイトが日本にもあったら!?(セスリム)
椅子に腰を下ろし、疲れた身体を癒す。 キャンプサイトには砂漠の中だというのにプールまである。
料理をするガイドの姿を見ながら本を読み、雑談する。 ビビとウォルフガングは昼寝を始めたようだ。 のんびりした時間が流れている。 コーヒーを片手に文庫本を読む。 なんて贅沢なんだろう。 夜はバーで遅くまで語り合った。 |
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![]() ●空を染める日の出。(セスリム)
(おおっ、空の色が凄い!!) 低い石垣の上に登り写真を撮る。空のような微妙な色を、そのままカメラに残すのは難しい。何回も撮り、ようやく満足の1枚が撮れる。 「もう少しだね。」 太陽が昇り、西の砂丘が赤く染まる。
砂丘を離れるといっても、ナミビアの海岸沿いは延々と砂丘が続く。 緑のない死んだような景色を眺め、チベットを思い出す。 ともかく、今日も結局は砂丘に辿り着くのだ。 うたた寝をしながらいつの間にか景色が変わっている。 舗装道路に変わり、文明圏に近づいたのが分かる。
フラミンゴが100匹単位で群れてたくさんいる。 写真を撮りたかったものの、運転手は「後で」と言う。 そして到着したのが塩の山! 写真を撮り、飛ぶたつ瞬間を待て眺める。 再び砂丘に囲まれた道を進む。 赤い砂漠から、黄色い砂漠へ。 ●砂漠に囲まれたビーチの町。(スワコップムント)
東は砂。 西は海。 南は砂。 北は砂。 東西南北を厳しい自然に囲まれ、スワコップムントは静かにたたずむ。 立体的なビルディングではなく、近代的できれいな平面的な建物が多い。
白人は犬の散歩をしたり、マラソンをしている人とは出会うのだが!?
サニーは写真を撮るのが大好き。 それでもすぐに別れるのもナンだし、自分の中で時間を決めて、それから砂丘に向かおうとする。 そろそろサニーを町に置いて、砂丘に行こうと思った。 サニーもすぐに食べ終わった。
サニーは砂丘はすぐだから大丈夫だというが、すぐとも思えない。 もう置いていくことにする。 小走りに走り、とにかくきれいな写真が撮れそうな場所に急ぐ。 結局は、目的があるときは妥協せずに「自分で」行動した方が良いということ。 改めて実感した。 目的が違う人間同士では、時間を無駄に浪費する。 目的に向け、一直線に進むことこそ大切な時がある。 |
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| ●最高だったツアー。
自分で書くのもなんだけど、けっこう慎重なほうだと思う。 って、実はその後に気がついたのだけれど・・・。 ナミビア出国の日の夜空に満月が輝く。 そういえばモロッコの砂漠では満月を見たっけなぁ・・・。 ナミビアに来る前には、日本人と砂漠に行けたら良いなと思っていた。
旅の最初の1年半は、彼女がいたために英語を話す機会は少なかった。別れてから、なんだかんだとほぼ英語だけで済ます日が多い。あのまま旅を続けていたら、こういうツアーで楽しむということもなかっただろう。私には2人旅は向かないのかなぁ〜。 私とビビ、トム、レースは、4日目にヴィントフックに戻る。他のメンバはそのまま北に向かう。前日の夜にレストランで食事会をした。 「短い期間だけど、本当に楽しかった。」 メールアドレスを交換して、あとで連絡を取ろうと約束する。 良かった良かった。 赤い砂漠をアフリカの最後に見られて・・・良かった良かった。
ヨーロッパ文化の国だろうか。 たまねぎを数個とってはかりに載せる。 ピッ、ピッ、ピッ。 (あれっ?) ケアレスミスにしても、ともかく自分で気がつかなければ高いお金を払わされていた。 レジにて・・・。
私もイライラするけれど、後ろにいるお客もイライラしている。 おそらく、後ろに並んでいる人も「よく確認しろ」とでも言ったのだろう。 そして、お釣りが 50Cents と表示される。 「stupid!」 ちなみに計算の出来ない人は多い。 ●やはり夜間は外出禁止!?(ヴィントフック)
ただ、それを聞いていて気がついたことがある。 白人中心で運営している宿は必ず「凄く危ない」と言う。 捉え方が違うのだ。 まぁ、そのどちらが正しいとかは知らない。
そう言われてみると、確かに誰も歩いていない。 私が女性と歩いても、そんなことは言われないわけで・・・、こういうのは聞いて初めて分かる知識だ。 ケニア以降、危ない都市ばかりが続いている。 ナイロビ、ダル・エス、ルサカ、リロングウェ(唯一、そんな危険な感じではない)、ハラレ、ヴィントフック、マプト、ヨハネスブルグ!!!
もしかしたら日本では危ないというイメージがある中東だが、治安は一般にとても良い。安全という意味では一部のヨーロッパよりも上ではないかと思う。夜中や早朝に1人で歩いても全く問題がないのだから。 でも外務省の危険情報では異なる。そういうのが不思議なんだよね。 政治的な理由で・・・。 危なくないところを危ない、とは言っていない。それは分かる。 無責任な作文より、使える情報を出して欲しいな。 |
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