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Ethiopia エチオピア
 2007.07.01 〜 07.07 アディス・アベバ

 

エチオピア関係リンク
エチオピアのホテル
エチオピアの移動
エチオピアの写真

 
  【エチオピアでは・・・】 雨季でもあり毎日が雨で、郊外に出るのをあきらめて、首都アディス・アベバだけの滞在で出国した。
【感じること】 エチオピア人は、中国人(アジア人)を馬鹿にしている。南京虫なども多い。民族など見所はあるらしいが。
【お気に入り】 敢えて言うならばイタリアン・レストラン。ピザ・コーナーはオススメかも・・・。
【お勧めは〜】 (行っていないけれど)南部での少数民族見学。北部のラリベラなどのキリスト教会遺跡。
 

私のイメージは、ダニと南京虫と悪路。
(サナア-アディス・アベバ)

シュウくんから借りていた目覚まし時計のおかげで、問題なく目を覚ました。

昨夜は寝る前にラーメンを食べてしまうなど、寝るのも少し遅くなってしまったので、目覚まし時計がないと寝られなかったかもしれない。最近は早朝発の場合、いつも前夜は寝たり起きたりの繰り返しで睡眠が浅くなってしまっていたのだ。

アラタさんも空港に用があるとのことで、私のタクシーに便乗していく。
早朝なのでタクシーの値段も高いが、まぁやむをえない。空港への道は、閑散としていてスイスイ進む。予定していた30分よりも、ずっと短い時間で到着した。

チェックインはすぐに終わり、エチオピアが途上国ということを考慮し、念のためにドルをATMから下ろす。そうしてチェックインのフロアーに戻ると、係員から呼ばれた。
行ってみると、片道航空券でエチオピアに行くのは駄目だというのだ。日本の空港から出発する時も、片道航空券だと稀にこのようなことがある。でも、渡航先によっては全く問題ないことが多い。
「友人たちは、誰も問題になっていませんよ。もし、入国できなければ、自分で出国用航空券を買いますので行かせてください。念書を書いても結構です。」
係員はスーパーバイザーと話し合ったりしている。少しやり取りがあり、問題なく搭乗できることになった。まずは一安心である。

しかし、そこで少し考える。
(ここで、アディス-ナイロビのチケットを購入するといくらなのだろう?)
いずれにしても、ナイロビ(ケニア)までは飛行機で行こうとしている。もし安ければ、ここでチケットを買ってしまっても良いのだ。
イエメニア航空のオフィスに行き、値段を聞いてみた。
「サナア-アディス間のチケットは持っているの?」
「はい。もうチェックインして、ボーディング・カードを持っています。」
「もし、サナア-アディス間のチケットがあれば安く売れますよ。」
「・・・。いくらくらいですか?」
「50,000YR(31,150円)くらいかな。」
(それくらいなら買ってもいいかなぁ・・・。)
私はアディスで購入するチケットを、最大400ドルで考えていた。おそらくもっと安いとは思うが、その値段なら買ってもいい値段だ。
「では買いますので、カウンターからチケットを持ってきます。」
既にチェックインしてしまっているので、チケットをカウンターに渡してしまっている。それを受け取って、持ってくると簡単にチケットを発券してくれた。

飛行機に搭乗できるかどうかもめていた係官も喜んでくれた(笑)。
登場時間にはギリギリで間に合い、いざ、エチオピアへ!!

飛行機はガラガラだったし、ウトウトしているうちにエチオピアに到着する。
機内食は軽食だけだったが、お腹は満たされた。

到着時に取得するビザは、やはり出国航空券など不要で簡単に取得できた。
値段も20ドルだし、写真もいらないし簡単なものだ。

ナイロビ行きのリコンファームと、フライト日付変更の際のために電話番号を聞こうと思い、どこが良いか聞く。
1人が教えてくれたのは、baggage claim のカウンター。それは違うだろうと思い、他の人にも聞くが同じ事を言う。
(う〜ん、まぁいいか。並んでみよう。)
さすがに、荷物の紛失などを扱っている列なので、なかなか列が消化されない。随分と待たされて、ようやく私の番だ。
「リコンファームしたいのですが。」
「ここでは無理です。別の場所でして下さい。」
(はぁ〜〜。)
一気に疲れてしまった。

ピアッサという市内中心部行きのミニバスを探す。
空港の係官などがやたらと寄ってきてはタクシーを勧める。もう本当にうるさい。荷物を持って町に向かう人たちにミニバスについて聞いてみる。
場所を教えてもらいその場所に向かうが、その途中でもやたらとタクシーの蚊y九匹が声をかける。エチオピア人が言うことは「ピアッサ行きのミニバスはない。」で一致している。そんなわけはないのに・・・。

ミニバス乗り場に行くと、まだしつこくタクシーを勧める人たちに囲まれる。
エチオピアは第一印象からかなり悪い。
こういう風にしつこいのは嫌いである。

しばらくのんびりガイドブックを読み、ミニバスがあることを確認する。
出発しそうなミニバスがいたので、行き先を聞いてみる。
「ピアッサ行きですか?」
「これは、メキシコ・スクエア行きですよ。途中で乗り換えても行けるし、ここで待っていても行けますよ。」
(やはり、待っていれば空港からミニバスはあるのだ。)
でも、待つのも面倒に感じて、英語が通じる女性の乗ったそのミニバスに乗っていくことにする。
空港を出て、大通りのすぐの場所で言われた。
「そのミニバスがピアッサ行きですよ。」
ありがたく、そちらのミニバスに乗り換えて町を目指す。

宿に行く途中でも不快なことがあった。
私は地図を見ながら正しく目的のホテルに向かっていたのだが、話しかけてきたエチオピア人が「敢えて」間違った方向を教えたのだ。
現地人の言うことでもあるし、思わず信じて方向転換をしたが、全くの間違いだった。他のホテルの客引きもうるさいし、やたらと妙な日本語で話しかけてくる。「中国人、中国人」という声もうるさいし、子供の物乞いもしつこい。話しかけてくるエチオピア人は、やたらとついてくるが、関わりたくないので無視をする(「1人でいたい」と言っても去らない)。

そんな風にしてホテルに着いたのだが、なんだか少し疲れてしまった。

●ネットが遅すぎるし・・・。(アディス・アベバ)

新しい町に着いたら、まずは散策に出る。

この町の見所らしい教会を目指す。
ごちゃごちゃした町だ。サナアのような旧市街の魅力もない。なんてことのないブラック・アフリカの都会のようだ。

残念ながら教会は修復中だった。
インターネットが比較的速く、値段も安いというブリティッシュ・カウンセルに行ったが、そこも日曜日と月曜日はお休みだった。しばらく中東圏にいたので、日曜日が休みというのもなんだか新鮮だ。
しかたがなく、宿の近くのネットカフェに入る。
自分のPCが接続できるので、それはありがたい。

しかし!!
遅い!!
SKYPEは接続すらできないし、メールの送受信ですらかなりの時間がかかる。
エチオピア。首都ですらこんな遅いのでは、ネットに関しては期待できそうにない。事情があって、しばらくはネットの速度が極めて重要。エチオピアは、やはりサッサと出国してしまうべきか。

電話屋さんもいまのところ目に入らない。
エチオピア国内であれば、簡単に電話を掛けられそうだけれど。


もともと、エチオピアの地方には余り興味がない。
興味がないというと語弊があるが、どこに行くのも1泊2日などで悪路と戦う必要がある。しかも、バスは早朝の1便のみ。朝5時にバスターミナルのゲートが開くので、その時間に待機し、バスまで走って席を取らなくてはならない。しかも、その乗り込んだバスで虫に刺されて痒くなることも多いという。
そういう「苦労をしてまでは行きたくない。」と思ってしまうのだ。

そういうわけで、エチオピア航空でチケットの値段を聞く。
北部で一番興味があるのは「ラリベラ」。往復で242ドルとのこと。想像よりも少し高い。南部で一番興味があるのは「ジンカ」。往復で164ドルとのこと。想像通りの値段だ。

どちらかと言うと、「ラリベラ」に興味があったので、ガッカリではある。
(どうしようか・・・。)
エチオピアを首都だけで終わらせていいものかどうか・・・!?

まだ決めるのは早い。
とりあえずは町の散策を続ける。お腹も減っているので、中華料理屋さんを目指す。3キロほどありそうなので、歩いて往復はちょっと遠い。でも、最近は歩くのが減っていたのでちょうど良い運動と思い行ってみる。今日は、その前にも歩いているし、久々に運動なのだ。

途中、酒屋を見たり、ピザ屋さんを見たり、楽しく歩く。
残念ながら中華料理屋さんは、17時半からだった。まだ2時間弱もある。

「あっちで、民族のダンスとかのフェスティバルをやっているよ。」
エチオピア各地から12の民族が集まっているという。入場料も3ブル(42円)と安いし入ってみる。人だかりができており、ライブで歌っていたり、映画が上映されていたり。
でも、期待していたダンスはそれほど楽しめなかった。
(やっぱり、私って根本的に「民族」には興味ないかも・・・。)
すぐに会場を後にし、宿に戻る。

もう少し、アディスを歩いて周り、それからどうするか決めよう。
フランスで「パリ」を切り捨てて訪れなかったように、ここでも首都アディスだけでいいかな。そんな風にも思い始めているけれど・・・(笑)。

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ミニコラム

++中華++

中華料理は結構高い。エチオピアでは、イタリアンが安いので、そちらを食べたほうが良いかも!?














●ケニア大使館へ。(アディス・アベバ)

朝8時半に目覚めるとすぐに起き上がる。
先ほど時計を確認した時は7時半だった。朝はいつの間にか、まるでビデオを早送りするかのように時間が経過するので不思議である。

ダニか何かに刺された痒い足をかきながら、ケニア大使館に行く。
片道航空券で入ろうとしているので、空港でのチェックインの際に面倒なことにならないためだ。そういえば最近はよく空港でもめている。
アムステルダムからバンコクへ飛ぶ時、成田からバンコクへ飛ぶ時、バンコクからアムステルダムへ飛ぶ時、イエメンからエチオピアに飛ぶ時。結局、到着してからもめるのではなく、出発する時にもめるだけなのがおかしい。
もっとも危険(責任)回避ということが目的だろうから、チェックイン時の空港でもめるのは分かるのだが・・・。それでも、面倒だと思う。お金を持っていることを確認し、念書を書かせるという手法が一般化しても良いのではないかと思ってしまう。全ては自己責任なのだから。

三位一体教会まで歩き、軽く見学する。特にどういったこともない。
すぐに出てくると、アラット・キロ(戦勝記念碑)からミニバスに乗る。
「ケニア大使館に行く?」
「行く、行く!」
バスに乗り込んで、再度確認する。
「ケニア大使館?」
「行きますよ。」
小雨が降り始め、早くも泥で汚くなった道を進む。どこもかしこも工事中のようで、車はスピードが出ない。まるで、ゴミ捨て場を走っているような錯覚さえ起こす。首都アディス・アベバですらこうなのだから、地方に行く道のりとはどんなものだろう。

以前の私だったら、迷わずエチオピアの田舎を周遊することに挑戦したと思う。

なんだろう??

どうも今は、そういう気が起きない。敢えて大変なことをすることは、話のネタにはなるだろうが、自分の経験として必要なものとは思えないのだ。それがいいことがどうなのかは分からないが、歳をとって考え方が変わったのだ。
もちろん、よほど興味がある目的地があり、そこへの移動手段がそれしかないというならば別なのだが。そういう意味では、今でも苦労をしても行きたいと思う場所はチベットだろうか。夏のチベットを見てみたいと思う。

ケニア大使館を随分と通り越してから、質問してしまったようだ。
「ケニア大使館は?」
後ろのほうを指さす。
「ずっと後ろです。」
(おいおい、皆、私が「ケニア大使館」って何回も言っていたのに、なんで誰も言ってくれないんだよ!?)

全く持ってわけが分からないが、とりあえず降りる。
そして、本当にケニア大使館を過ぎたのか、何人にも聞いて確認する。そして、どうもそれは正しかった。
再度ミニバスに乗って、来た道を戻ったのだが、今度は頻繁に「ケニア大使館?」と聞くことを忘れなかった。

ケニア大使館でのビザ取得手続きはきわめて簡単。
写真と50ドル、そして1枚の書類に記載すれば終わりだ。残念ながら当日受け取りではないが、翌日受け取りなら良いほうだろう。

帰りはピアッサ行きのミニバスに乗り、まっすぐ帰ってきた。
それにしても思う。ミニバスの値段もいい加減に徴収するし、お釣りもちゃんとくれないことも多い。これは外国人だからなのか、それとも単にいい加減なのか?
どうも外国人だからという気がしてならない。まぁ、その金額も5円とかだから「良いかな?」とも思ってしまうが、後からエチオピアを訪れる観光客のことを考えると「ちゃんと言ったほうがいいかな。」とも思ってしまうのだ・・・。

●スピーチの前はダンスのアフリカ流!?(アディス・アベバ)

派手な音楽が鳴っている。
ホテルの門をくぐると、立派な建物から音が漏れ聞こえてくる。

立派な建物というのは、私が泊まっているホテルの敷地内にあるものだ。とは言っても、同じような安宿ではなく、もっとずっとしっかりしたホテルのようだ。敷地内に安宿とホテルが同居しているのだ。

気になって覗いてみると、エチオピア人が飛び跳ねて踊っている。
そうか、昼間からクラブのようなイベントがある国なのか。エチオピアも楽しそうだなぁ・・・。しばらく眺めていたが、中に入るのはどうも憚られる。

エチオピア人以外が通ろうとすると、警備員がボディチェックをする。しばらくして再びその門を通ると、今度は雰囲気が違う。
(何だろう・・・?)
近くまで歩いていき、覗き込んでみる。

ステージに立った比較的若いエチオピア人が、何やら熱心に演説しているのだ。
おそらく政治的な集会だろう。先ほどに比べると聴衆は多少減っているかもしれないが、多くが熱心に聴き入っている。
こぶしを振り上げ、身振り手振りをしながら語る。

そう、あのクラブのような爆音と踊りは、スピーチの前の客寄せか、雰囲気を盛り上げるためのものだったのだ。こういうのは、アフリカ的というか途上国的というか・・・。

納得して会場を後にした。

●シャシャマネという場所。(アディス・アベバ)

エチオピアの南部にはラスタ・ビレッジがあるらしい。

レゲエはボブ・マーリーだけは聴く。

他はあまり聴かないが、1つだけ例外がある。
少し前にイスタンブールで鬼頭さん(使用人のキーちゃん)という旅行者に出会った。彼がいつも聴いていた曲が日本のレゲエだった。毎日のように聴かされた私は、すっかりと洗脳されて気に入ってしまったのだ(笑)。

シャシャマネという町に主体的な興味があるわけでもない。
ただ、多くの旅行者が行っているようでもあり、そういう意味で興味を持った。近くの宿にある情報ノートにも賛否が書き込まれている。
治安が悪いというものから、ガンジャの村といったもの、平和的で居心地が良いというもの。ともかく噂などというものは主観的、もしくは好奇心の塊のようなもので、本当の姿は見えない。

ただ、ガンジャがたくさんあることだけは確からしい。
あれこれ話しかけてきて、話をしていると、何人かのエチオピア人がこうやって言ってきたのだ。
「シャシャマネ産の持ってるよ。200ブルでどうだ。」
そう。それくらい有名なのだろう。
隣の部屋に泊まっていた留学生のアメリカ人もシャシャマネで買ってきたらしい(50ブルが相場だと言っていた・・・笑)。
エチオピアでもガンジャを吸うことは犯罪だと思われるが、こういうものはどこにでもあるのだ。

シャシャマネを目指す旅行者がいる。
なぜ、エチオピアにあるシャシャマネなのか、不思議だが・・・。

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●毎日降り続く雨。(アディス・アベバ)

(今日も雨か・・・。)
エチオピアに到着してから毎日降り続いている。
それも南国のスコールのような威勢の良い雨ではない。

夕方に勢いのある大粒の雨がザーッと降り、その後はカラッと晴れわたる。そんな雨なら良いのだが、エチオピアの雨季はどうも違う。
日本の梅雨のように、朝から晩までシトシトと降り続く。雨が降っていると道路は泥で汚れる。とてもそんな場所に行きたくはない。どこか目的地があるのなら頑張るのだが、エチオピアの首都アディス・アベバには、そんな魅力的な場所はない。

朝目覚めてから、ベランダに出て椅子に座る。
シトシトと降る雨を眺める。

隣室のアメリカ人や、近くの部屋の日本人がベランダに出てくると挨拶する。
「今日も雨ですね〜。」
「暇ですね〜。」

それが毎日繰り返される。

結局、1週間いたエチオピアで青空を見ることはなかった。

最悪である。

そんな雨に嫌気をさし、ナイロビ行きを早めることにした。

●奇声を発する者。(アディス・アベバ)

ホテルの近くの坂道を歩いている。

前方にいる真っ黒なエチオピア人が、近くの数人の子供に向かって奇声を発している。
どうもカタカナで表現しづらい。

アーッ とか、 オーッ とかではない。
動物的な咆哮とでも言うのだろうか。

君子危うきに近寄らない・・・。そんな風に様子を眺めつつ、離れた場所を歩く。
叫んでいる対象と思われた子供たちは、既に去っている。それでも奇声は止まらない。
(いったい何なの??)

頭がおかしいのだろうか?
姿かたちは普通だし、洋服も特別に汚いということもない。傘をささずに濡れているが、それとてもエチオピアでは珍しくもない。

100mほど歩いたが、まだ後ろから奇声が聞こえてくる。
ネット屋さんに入ったが、しばらく奇声がやむことはなかった。いったい何なんだろう?

その後、別の場所でも奇声を上げるエチオピア人に出会った。
そして、ナイロビでも奇声を発するケニア人に出会った。
偏見かもしれないが「黒人は奇声を発するの??」そんな疑問を持ってしまう日常なのだ(笑)。

●サングラスと傘があると・・・。(アディス・アベバ)

「ユー!ユー!ユー!」
「チン、チョン、チャーン!!」
「チャイナ、チャイナ!!」
「チャイニーズ!!」

エチオピアを歩いていれば、必ずといっていいほど声を掛けられる。

イランや多くにでも耳にしたが、エチオピアは No.1 でたちが悪い。
ルーマニアで、女子高生ほどのきれいな女の子に、すれ違いさまで「チン、チョン、チャーン!!」と言われたときもショックだったが・・・(笑)。

アジア人以外には、中国人や日本人、韓国人の顔を見分けることはできない。まったく同じに見えるのだ。以前の私も、白人の顔の見分けなどできなかったし、見慣れないものにとっては当然なのだろう。
実際、日本に住む多くの日本人も白人の顔を見分けられないだろうし、アジア人の見分けすらできないかもしれない。要は「慣れ」なのだから・・・。

極論すると、犬や猫の顔も慣れれば模様以外から見分けられるのだろうなぁ〜。

さて、歩いているとうるさいほどに声を掛けられるし、大声で馬鹿にするように叫ぶ子供たちにも遭遇する。噂に名高い(?)エチオピア人のレベルの低い攻撃だが、さすがにあまりに頻繁なので気分は悪くなる。

中国人を馬鹿にするのも良いが、いったい何を馬鹿にしているんだろう。
そんな疑問も持ってしまう。エチオピアこそ中国人に馬鹿にされてもおかしくない。被援助国家がそんなことで良いのだろうか・・・。

道路すらもロクにできていない。
・・・もっとも、それらは西洋的な価値観で、もしかしたら豊かさやいろいろなものについて違った考え方もあるのだろう。

「エチオピアは独自の文字を持っている。」
「エチオピアは王国を持ち、独自の文化でやってきた。」
そんな風なプライドある意見も聞く。
特に飲みにいって話をするとそんな話になったりする。隣国のケニアにも対抗心を持っている。現状では、発展とか箱モノ的な面では明らかにケニアの方が進んでしまった。それに対する複雑な気持ちがあるのだろう。

そういえばバーに行くと娼婦が多い。
初めはそうは気がつかなかった。イエメンや中東圏では女性の姿は少ない。特にバー街などで見かけることはない。・・・というか、バーなどが少ないというのもあるが・・・。ともかく、女性の姿が見えて、さすがにエチオピアは違うなと思ったのだが、どうもそういうことではなかった。
「200でどう?」
トイレに立ち上がった私にそういってきた女性がいた。
「??」
その瞬間には、何のことだか分からなかったが、様子で悟ったのだ。イスラム圏にいたためか、そういうことに考えが及ばなかった自分にちょっと驚いた。ちなみにエチオピアの女性は小柄な女性が多く、顔立ちもアフリカをイメージするようなものではない。アジア系の肌の色を黒くした感じだろうか。
「エチオピアの女性は、けっこうきれいだよね。」
アフリカを旅行する旅行者の間では、そんな話も聞く。確かに他の黒人エリアでは魅了を感じるのは難しい(少なくとも私には)ものなぁ・・・。

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