|  なかなか乗客が集まらない。(ホムス-トリポリ)
朝8時にセルビスターミナルに到着した。
そんなに早くなくても良かったのだろうけれど、泊まっていた宿の居心地がとても悪かった。何が最低って、いろいろあるのだけれど・・・。
1.トイレがとてぇ〜も臭い。最近では断トツでワーストNo.1!!
2.暗い。廃墟状態。宿の半分は使われていない。
3.従業員の態度が最悪。いきなり部屋の電気を外から消したりする。
などなど。
もう、起きたら出発したかった。すぐに荷物の整理をして、従業員が寝ている間に出発してしまう。
そこまで乗ったタクシーも最低だった。
何だかアラビア語で話しながら迫ってくる。初めは冗談だと思ったが、しまいには足とか触ってくる。ちなみに、髪が長いためだろうが、こういうことがよくある。
こういう話って、面白く書こうとすれば書けると思う。
でも、正直面倒くさい(笑)。
トルコの男もそうだったけれど、中東の男は馬鹿なのが多すぎると思う。というか単純なんだろう。狭い世界しか知らずに、自分たちの常識に外国人全般を当てはめようとする。好きでそこに来ているわけだから、仕方がないのだけれど・・・。
追加して、外国人の女性に対する扱いもひどい。セクハラとか平気でするし、どういう神経をしているのかと思う。
セルビスターミナルでも、ホモに絡まれつつ、出発を待つ。
人数がなかなか集まらず、ついに11時。タバコなんか吸っちゃまずいと思いつつ、ついシリア人にタバコをもらってしまう。
本を1冊+α読んで、ようやく出発となった。
バス路線が発達していないって言うのは、不便なものだなぁ・・・。やはり、コストパフォーマンスでは、東南アジアが1番旅行者に優しいのだろうか。
●トリポリの風景。レバノン杉はやめ。
トリポリに到着する。
大都会で、特に特徴はなさそう。
レバノン杉を見に行くならば、この街が拠点となる。
まずは宿の値段のチェック。
シングルがUS10ドルで見つかった。
(果たして泊まろうか!?)
正直言って初めから迷っていた。
レバノン杉にはそんなに興味がないけれど、イスタンブールで「お父さん」に勧められたのだけが、頭の片隅に残っていた。
街に魅力があるか、旧市街を散策してから宿について考えることにする。
街の散策、つまり旧市街の散策はあっという間に終わった。ガイドブックによると分かりにくいということだが、そもそもそんなに広くない(笑)。ただし、広くはないけれどゴチャゴチャした町並みは「古い町並み」イメージ通り。他で見ていなければ、ここをのんびり見るのも良いだろう。
ただし、私にとって重要なインターネットカフェは、そんなに無いようだ・・・。
一通りの見所を見て、出発を決意する。
2時間くらいで、特に迷うこともなく見所(知らない場所がある可能性はあり!!笑)を回ってしまった。街の散策自体は面白いんだけれど、狭いので滞在して見るほどでもなさそう。もちろん、(しつこい?)レバノン人と話をしたり、客引きのレバノン人をからかったりとかいう楽しみ方はあるけれど。
やはり、この街はレバノン杉を見に行く拠点なのかな?
そういえば「お父さん」も、「レバノン杉」じゃなくて「途中の道」が良かったって言っていたなぁ。何だかんだと理由を考えて、トリポリに滞在しない方向で考えていく(笑)。
ベイルートまで行けば、快適と評判の宿がある。何人からも聞いているし、やはり良い宿なのだろう。ここ数日は日本人にも会っていないことだし、きっと誰か日本人もいるだろう。
ベイルート行きのバスは、1,500LP(約120円)と安い。この辺の交通費は本当にやすいので助かる。その分、質も悪いことが多いし、時間もいい加減だったりするのだが。
軽油は約50円/1リットル。ガソリンは約90円/1リットル。
イランに比べると高いけれど、それでも世界的には安い。燃料費の安さとボロボロの車が活躍することで、交通費が安くなるのだろう。
今日は朝から何も食べていなかったので、バスの出発前にケバブを食べる。
夕方になるまで、お腹が減ったことも気になっていなかった。いつもこうなら痩せられるのになぁ〜(笑)。
バスは順調に進み、目的の宿のすぐ近くのバスターミナル「シャール・ヘロウ」に明るいうちに到着した。
●これが旧市街?(ベイルート)
中東によくある「旧市街」を想像していた。
しかし、そんなものはどこにもない。
あるのは「新しいビルディング」と「爆撃された跡を保存している建物」ばかり。
(もっと先に行けば旧市街になるんじゃないか!?)
そんなに期待を胸に、西へ西へと進むのだが、結局はあきらめざるを得なかった。まぁ、旧市街を取っておくかどうかは自国民の問題だし、レバノンの場合にはイスラエルの攻撃もあってこわされたりもしてしまうのだろう。
イスラエルといえば、ともかくこの国ではイスラエルは嫌われているようだ。
アメリカも嫌われているようだ。タクシーやセルビスの運転手なども、たどたどしい英語でそんなことを話しかけてくる。
イスラエルに壊されたインターコンチネンタル・ホテルの巨大な廃墟の脇に、新しいインターコンチネンタル・ホテルが建っている。まさに歴史を物語る一角だ。レバノン政府もそれゆえにわざわざ、廃墟を残しているのだろう。

街のそこここにイスラエルの爆撃や、戦争の爪跡が残っている。
橋なども壊されている場所が2箇所あった。レバノン人は、こういうことを日常として受け入れているのだろうか。受け入れざるを得ないにしても、それはいったいどういうことなのだろう。日本人が忘れてしまった(覚えていたいわけでもない)感覚なのではないだろうか。
戦争になっても、たとえ装備は良くても、自衛隊って活躍できるんだろうか。
ミサイルなどの遠距離線なら良いかもしれない。しかし、目の前に人間である敵がいて、躊躇することなく銃で撃つ(つまり相手を殺す)ことができるのだろうか。そんなことを考えてしまうのは、戦争の厳しさを少しだけでも感じられたからだろうか。
サラエボで見たお墓の数も凄かった。何万人もの人たちが、一気になくなってしまったという事実、鳥肌が立つようにゾクゾクする感覚があった。ここはそれとはもっと違う。なにか直接的な爆撃の怖さを見せられているようだ。
爆撃跡などもたくさん見て、「お腹いっぱい」になって帰路につくのだった。
●新しいMOVEMENT?(ベイルート)
「難民キャンプ!?」
「オレ、昨夜さぁ、この難民キャンプの前でセルビスから降ろされちゃったよ。」
同じ宿に泊まっている日本人が、昨夜、セルビスからそこで降ろされてしまい驚いたらしい。確かに夜に暗くなってから、こんなところに降ろされたらびっくりだ。
目の前にはテント生活をするたくさんの人たち。
周辺には警察や軍隊もいる。それは普通のことなのだろうけれど、キャンプ生活をする巨大な集団を見ると「そのためにいる」のではないかと思ってしまう。
初めはヒズボラの集団が、ヒズボラ地区以外でも生活しているのかと思ってしまった。
意外と生活感はなく、ゴロゴロしている人たちが目に付く。
それでも、ヒズボラかもしれないと思うと写真も取りずらい。
宿に帰ってオーナーに聞いてみる。
「この人たちって何ですか?」
「ああ・・・、政府に、そしてヒズボラにも。現体制に反対している人たちだよ。イランから1人20ドルずつもらっているんだ。」
「ヒズボラじゃないのかぁ・・・。」
「お金をもらえるのは、なまけものにはありがたいね。」
脇に居た西洋人が口を挟んできた。まさにその通りだ。
それにしても、今はどうだか分からないけれど、かつてはイランがヒズボラを援助していた。敵の敵は味方という発想らしいが、内政干渉も甚だしいことを実施してしまうイランもひどい。そして、今でもレバノンの反政府活動(といっても、活動家ではないようだが)に援助しているというのは驚きだ。イランは革命を輸出したがっているのだろうが、イスラム国はそれらの活動をどう思っているのだろう・・・。宿のオーナーは良い感情を持っているようではなかったが、否定もしなかった。
公園を占拠し、働かずに暮らす。
ゴロゴロ寝るだけの暮らしって、どんなものだろう。
もっとも、彼らなりに主張はあるかもしれないし、活動しているのだろうけれど。
●警察がそこにも、ここにも。(ベイルート)
「戦車がいるよ!!」
「装甲車も停まってる。しかも人が乗っているよ!!」
ベイルートの街角には、普通にこんな風景がある。もちろん写真を撮ろうとすると断られる。
機関銃を持つ兵士が町なかにたくさんいるのは、ちょっといい気がしない。撃たれないと分かってはいても、銃口の方向を歩きたくない。つい早足になってしまうのは私だけじゃないだろう。レバノン人には日常で、気にもしていないようだが。
それだけ、ヒズボラを含めて、警戒をする必要があるのだろう。
上にも書いたように、街中にはいたるところに戦争や爆撃の跡が残っている。
ゴラン高原には、壊されたままの街がそのまま保存されているという。
レバノンは発展した快適な国のようだが、現在も苦しい状況に置かれている国なのだ。
●バッカス神殿、ジュピター神殿。(バールベック)
ベイルートから乗合バス(ワゴン)で、簡単に行ける場所に世界遺産バールベックがある。中東に来るまで知らなかったのだが、行った人の評判が良い。
せっかくレバノンビザも無料で1ヶ月もらえた事だし足を伸ばして見ることにした。
「それならレバノン杉はなぜ行かないの?」
そんなことを言われてしまいそうだが、ただ大きな杉を見るだけっていうのも感動がなさそう(笑)。やっぱり、評判につられてしまうのだ。
ベイルートの街から2時間ほどでバールベックに着く。
もう車から降りたら近くに遺跡が見えている。遠めで見ても巨大。そして形がちゃんと残っている。シリアのパルミラ遺跡よりも保存状態がずっと良い。
まずはいつも通り、周囲をぐるっと回って歩いて様子を見る。
外からでは一部しか見えないが、全景の写真を撮るにはまずは一周するのが一番良い。
入口に行って、チケットを買う。
不思議なことに入口ではチケットを見られない。
もうチケットを捨てようと思ったのだが、念のため取っておいて良かった。最後に出るときにチケットを見せるシステムだったのだ!!きっと無払いの侵入者対策だろうか!?
入口から遺跡の階段を登って行く。
そこからして、既にかなりの大きさを感じる。
ちなみに大きさというのは、広さのことではない。1つ1つの建物の大きさだ。
6角形の庭を抜けると、広い中庭(?)にある2つの祭壇が見える。左右を囲む壁や建物もちゃんとした形として残っており、それだけでも見ごたえがある。これだけちゃんと残っている遺跡を見るのは久しぶりだ。しかも、これが紀元頃、つまり2000年も前のものかと思うと驚かされる。
そして、奥にジュピター神殿跡がある。ジュピター神殿は、高さ20mほどの石柱が6本残っているだけ。それでも、その巨大さは分かるのだが、それだけであればパルミラ遺跡とそうは変わらない。
バッカス神殿は、大きさこそ少しジュピター神殿よりも小さいものの、ほぼ原形をとどめている。巨大な石柱や細かい彫刻が掘り込まれた天井、壁。それらを見上げながら驚いていたところ、隣に落ちている「岩」を見て、さらに驚いた。
そこにあった「岩」は、5m×3m×1m以上はある!!そして、それが天井の岩のうちの1枚だったのだ。その岩のサイズを見て、バッカス神殿の大きさをようやく認識できた!!
(こんな巨大なものが、あんなに小さく見えているの!?)
まさに、そんな感じなのだ。
信号機の1つ1つの丸い青、黄、赤の直径って、小さく感じる。でも、実際にはかなりの大きさだ(うろ覚えだが、30cmくらいだったか?)。近くで見て、初めて認識できる。私の、いや、人間の認識力や想像力はそんなものじゃないだろうか。
そう気づいて回りを見渡してみて思った。
転がっている全ての岩のサイズが馬鹿でかい!!柱1つ1つの直径は1m以上あるし、高さ2m以上のものがゴロゴロ転がっている。そこにレリーフが描かれている。
こうして考えるとパルミラも巨大なものだったのだろう。
もっと私に想像力があれば、興奮できたかもしれない。でも、パルミラはレリーフがそんなに残っていないし、やっぱりパッと見の興奮はバールベックの方が大きいとは思う。
実はトルコを出たときには、パルミラ遺跡も、バールベック遺跡も、ヨルダンのぺトラ遺跡すらも見に行くつもりはなかった。それでも、あちこち見て回っている今も、それはそれで楽しい。きっとぺトラ遺跡も行くんだろうなぁ〜。
●やはり噂どおり快適。(ベイルート)
複数のたび友達から薦められていた宿がある。
中東での有名な快適宿は、シリアにあるハマのリヤドホテルである。しかし、そこは実際に泊まってみると「普通に快適」といったレベルだった。昔は良かったのかもしれないが、今は普通の宿だと思う。キッチンが使えることと、日当たりの良いドミトリーがあるので、快適は快適なのだが・・・。
だから、ベイルートの宿はどうだろうと半信半疑でもあった。
ただ、最近にレバノンを訪れた長旅の多くの人が薦めるので「きっと良いのだろう」とリヤドホテルよりも期待していた。
ドミトリーも窓、窓とは別の位置にベランダ、扉と3面が開けて風通しが良い。もちろん日当たりも良い。
ネットもほぼ無料で使える。実際には、1日15分まで無料となっているのだが、使いすぎない限りは請求されることはないようだ。
ビールや飲み物もフロントに完備しているし、情報ノートや、日本の本も置いてある。
キッチンもガスは8箇所で使えるし、鍋などもたくさんある。ちょっと包丁の切れが悪いのはいただけないが・・・(笑)。
水タバコも毎日無料で吸わせてもらえるし、チャーイなどのサービスもある。
掃除もきちんとされていて清潔。むしろ、汚く使うと注意されてしまうくらいで、私としては気持ち良い。
そして、何と言っても、ワイアレスでインターネットが使い放題!!
ドミトリーにすらTVが付いている!!
個室に泊まっていたのだが、冷蔵庫もあるし、専用のベランダ、TV、シャワー、洗面台。まさに、そこで生活できてしまう!!
人気があって、フルで泊まれないことがあるようだが、設備としてはホントに快適!!
ただし、注意点としては、オーナーが女性客を口説こうとすること。いつもではないかもしれないが、屋上で客と抱き合っていたりするのをバッチリ見てしまった。まったく・・・中東はどこも変わらないか!?(笑)
up↑
|