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今日はマシュハドに向かう日だ!! 久しぶりの飛行機でもあるし、何となくワクワクする。それに、もう今日の夕方前にはマシュハドに着いてしまっているというのが良い!!いつもは一晩かかって移動することが多いのに、何て贅沢なんだろう。 そもそも、恥ずかしながらマシュハドに対する知識はほとんどなかった。まぁ、ほとんどの日本人にとっては、いや、イスラム教以外の人にとってはマシュハドとは有名ではないだろう。私の場合は、ガイドブックを読んでだマユに教えられた。 「マシュハドではこれさえ見ればよい。イスファハーンのマスジェデ・イマームとシーラーズのシャー・チェラーグ聖廟を足して3倍にしたようなものと思えば良いか。」@旅行人「アジア横断(改訂版)」 「世界の半分」とまで言われたイスファハーンの中でも、最も美しいマスジェデ・イマーム。そして、その当時は知らなかったがイスファハーンと並べられるほどのシャー・チェラーグ聖廟。それを、足してしまって3倍!? (普通はそういう場合「足して半分にする」って言うんじゃないの!?) (いや、それだけ凄いんだぁ〜!!)
宿からタクシーで空港まで向かう。 「40,000リエル!!」 空港はとてもきれい。バスターミナルなどを考えればそれも当然だ。もしかしてパソコンのワイアレスが通じるのではないかとさえ期待してしまった。無理だったが、それほど近代的な設備だ。 (んっ?ロシア語!?) しかぁ〜し!! ●早速の親切。これがイラン!?(マシュハド) 飛行機を降りると、すぐに荷物が流れてきた。 「バスかね〜。」 バスの終点がハラムと呼ばれるイマーム(エマーム)・レザー廟である。私たちは、予定の宿に向かって歩き始めた。 ●キッチン付の部屋で、パスタ三昧。(マシュハド)
なかなか見つからない。単に遠いだけで、まだ辿り着かないのだがちょっと不安になってくる。 マシュハドに着いて早々、心温まる思いがした。 残念ながら、予想外にALJAVADのレセプションは英語を話さない。身振り手振りで話をし、キッチン・冷蔵庫・暖房&冷房・ホットシャワー・トイレ付のダブルルーム部屋を見せてもらった。 残念ながら、キッチンにはガステーブルはあるものの、ヤカンだけでフライパンがない。野菜炒めは諦めて、素直に自分たちの鍋とヤカン作れるものに専念することにした。 ちなみに、この宿、設備は良かったのだが人はイマイチ。わざわざ毎日部屋に来て、私たちが滞在していることを確認して行くのだ。パスポートだって預けているし、お金も毎日払っている。 |
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●雪が降る。凍えるような寒さ。(マシュハド)
そう、この部屋は隙間風が多い。 (資源の無駄だよな〜。イランは産油国だからこんなんでいいのかな〜。) 窓を開けると粉雪が降っていた。 TVを付けると、イランのどこかが大雪のようだった。 ●写真を咎められ、ヒヤッと。イラン体感。(マシュハド) サブズ廟から宿に戻る途中、突然イラン人に声を掛けられた。
その場を離れながら考えてみたのだが、サブズ廟の帰り道で、オフィスの中にかかっている絵の写真を撮った。それが怪しく見えたのだろうか。オフィスを覗き込んでいるように見えたかもしれないし。 ちょっと、写真を撮るのには注意が必要だなぁ〜と実感した。 電車でテヘランに行きたい。 「電車のチケットはどこで取れるの?」
ところで、彼女は「日本人が、ハラムに入るのにチケットが必要だと勘違いしている」と勘違いしてやって来てくれたのだった。 駅に行ったのだがチケット売り場が見つからない。どうも駅にはチケット売り場はないようなのだ。インフォメーションの女性に聞いて見る。 しかし、駅ではチケットは売っていないので旅行代理店に行ってくれと言われてしまった。どうも、インフォメーションでは空席の確認だけができるらしい。 どうしたら良いか分からないので、再びインフォメーションに行って、事情を説明する。 旅行代理店にキャンセル分のチケットの話をすると、すぐに言った。 翌朝に目余し時計が鳴ると、歩いて駅の近くの旅行代理店に向かう。 |
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●今までで最高の列車移動。(マシュハド-テヘラン)
「凄いね〜。」 インドなどとは全く比べ物にならないくらいに素晴らしいのだ!! 電車は定刻通りに出発した。騒音はほとんどないし、揺れも余りない。 ところで良くないことが1つ。定刻よりも早く電車がテヘランに着いてしまった。定刻の5時だって早いのに、そんなに早く着いても困る。イランは、バスもそうだけれど、未明に着くようなスケジュールは本当にやめて欲しいなぁ〜。 明るくなって、バスで町に向かう。 バスの車窓からは雪山も見え、テヘランも他の地域同様に寒いことを視覚的にも実感させられる。特にテヘランは市内でも標高差があるらしく、低い場所は1000mほどで高い場所は2000m弱にもなるらしい。 寒い中バスを降りる。そこは、トゥープハーネと呼ばれるイマーム・ホメイニ広場だ。そして、1kmほど離れた有名な日本人宿メヘルを目指す。2ヶ月ほど前は改装中だったとの情報はあったのだが、新規開店(?)しているかと期待を持つ。 部屋はまぁまぁ清潔だったが、シャワーの鍵が壊れているのが気になる。ちょっと失敗すると鍵がかかっている風に見えても、すぐに開いてしまうのだ。かつての事件があるだけに、他のホテルで感じるよりも更に悪い印象が・・・。 こんなことでは、メヘルが営業を再開したら(中級ホテルになったりしていなければ)またすぐに客の大半を占める日本人は消えてしまいそうだ。 ●日本食材がいっぱい。味噌やワカメを買い。(テヘラン) 日本食に飢えている私たちは、テヘランにあるという日本食レストランに期待していた。しかし、情報ノートを見ると酷評ばかり。とても高いにもかかわらず、味がイマイチだと言うのだ。この際でもあるから、値段が高いのはやむを得ない。しかし、味はおいしいものを食べたい!! 「どうしよっか?キャビア寿司食べたい?」 私たちは、日本食材の売られていると言うサブズィー・バザールに向かった。どんな素敵な場所かと期待を膨らませる。日本食材が売られているのは、大きなスーパーのような場所だろうか。それとも、日本食専門店があるのだろうか。 意外にもそこは、本当にただのバザールだった。ただし、どの店も日本食材を置いている、値段は日本での販売価格の2〜3倍程度だ。 ちなみにその夜に、日本から友人が来る際に持ってきてもらいたい物について話しあった。 私たちが買った日本食材は、味噌とカレールーに乾燥ワカメなど。これで、しばらくはマユは味噌汁を作れる。そして、私もカレーをいつでも食べられるという心の余裕(?)を持っていられる。 ●快適ネット。FIROOZEH HOTEL!!(テヘラン) FIROOZEH HOTEL昼間のレセプション担当であるMr.ムサビは、とてもとても親切でいい人である。とにかくちょっと話してみれば分かる。 マシュハド・ホテルよりも、安くて速度も速いという快適インターネットをさせてもらいに行ってみる。初めて行った時は、予想外にきれいなロビーにちょっと恐れをなす。でも、皆(マシュハドホテルの情報ノートでもイチオシになっている)言っているわけだしと、恐る恐る入ってみる。
「そちらに座って待っていても大丈夫ですよ。」 ネットも速いし、テヘランを出るまでこのホテルのロビーには随分といさせてもらった。日本の本や漫画もある。情報ノート(?)もある。チャーイも安いし、マシュハドホテルよりも本当に快適なのだ。ただ宿泊料がマシュハドホテルの倍くらいとちょっと高い。けれど、値段分くらいの価値があるホテルだなぁ〜と感じた。 最後にバスでタブリーズに行く際には、宿泊客でもないのにバス停の近くまで送ってもらってしまった。悪いと思って断るのだが、とても親切げに「なんでもないことです」といった感じで親切にしてくれるのだ。感謝感謝、イラン人には本当に親切な人が多いが、彼には特にお世話になった気がする。 |
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●地下鉄の料金と中国人。(テヘラン) 地下鉄だが、初回(木曜日)にマユと乗った際には、750リエル(約10円)で1日が乗り放題だった。翌日(金曜日)に乗った際には、1回の乗車で750リエルだった。 金曜日だけ高いのかとも思ったのだが、土曜日にも1回の乗車で750リエルだった。それとも、金土曜日だけ高いのだろうか。 テヘランの地下鉄は、現在3路線が開通している。引き続き、2路線は建設中とのことで、多くの中国人労働者が働いているらしい。中国人はイランでは生活しづらいだろう。私たちもよく中国人と思われてバカにされるが、日本人と分かるととても親切にされる。しかし、中国人にとってはバカにされる行為自体がさらにムカツクであろうし、気持ちよくは滞在できそうにない。 それにしてもイラン人の中には、どうも意識が幼稚というかレベルが低い人がいる。アフガン人を野蛮だとバカにしてみたり、中国人やパキスタン人も同じ。確かにイランは生活インフラも整っていて、とてもきれいなのだけれど、どうもそういった意識が強すぎる気がする。 ●サアド・アーバード(夏の宮殿)。(テヘラン)
地下鉄で終点に行き、バスに乗り換えて QODS SQ という交差点に行く。そこから更に歩いてサアド・アーバードに。その時点で既に出発してから2時間もかかっていた。 テヘランは、町の北に行って標高が上がるほど高級住宅地であるらしい。QODS SQ には、KFCのニセモノやらハンバーガー店のニセモノやら、テヘランでも珍しい中華料理店らが軒を並べている。 帰りもなかなかバスが来ず、随分と待った。そして、再びの渋滞。
が、ガッカリ。 イラン国立博物館も期待するほどのものではなかった。 サアド・アーバード(夏の宮殿)を見てきたタカもガッカリしている。私も同じくガッカリ。なんだかテヘランは見所が大したことないのだ。 もうテヘランを離れる。たった2泊しかせずに首都を離れるのは、旅の中でも珍しい方だ。特にビザを取るわけでもないし、町に魅力も感じない。さらに、トルコに急いで行く用事がある。2泊3日だけでも十分に思う。 バス・ターミナル最寄りの地下鉄駅で、ムサビさんにタクシーに乗せてもらう。乗り合いタクシーなので一緒に乗ったイラン人がいたのだが、彼もとても親切にしてくれた。私たちにタブリーズ行きのチケット売り場まで連れて行ってくれ、希望のチケットを買ってくれたのだ。大学生とのことだったが、ありがたい。 さらに!! さらにさらに!! ところで、バスは申し分なく快適で、お菓子も飲み物も付いていた。 |
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タブリーズはイランの西に位置し、トルコとの国境とも近い。特別な見所はないのだが、陸路を西に進む旅行者はだいたいこの町を通るだろう。この辺は標高が高く、肌寒い。国境といえば山か川などが境目となることが多いけど、ここは山があるのだ。バスを降りた瞬間、寒い空気に身体が反応し、身震いした。 街は他のイランの街とそう変わらず、新しいめの建物や整備された道路が街を覆いつくす。イランも入った時は(きれいだぁ。先進国みたいだぁ。)などどいろんな感想を持ったものだが、3週間もいるとそれも普通に感じてきてしまう。 (違う・・・??) タブリーズにはクルド人が多いらしい。 親切に話しかけてきたのはクルド人の某男性だった。 ●アルゲ・タブリーズと巨大なバザール。(タブリーズ)
が、ガッカリ。
私たちは行けなかったが、午前中にバザールに行くとおもしろいらしい。 ●キャンドバンという不思議な村 その1。 タブリーズの街から車で約1時間行ったところに、キャンドバンという村がある。そこは奇岩の中に住む人々が今でもいるのだ。絵葉書でそれを初めて見たときは実に驚いた!まるで絵本の世界のような風景なのだ! イランでは何度も会っていたヒサ君と一緒に村へ向かった。タブリーズからまずミニバスに乗り、手前の町「オスク」を目指す。そしてそこから乗り合いタクシーに乗ってキャンドバンへ。シーズンオフということもあり、私たちがオスクに降り立ったときには乗り合いタクシーは姿がなく、観光ズレしたような執拗なドライバーに声をかけられた。
仕方なく5000リエルだけ下げてもらって、乗り合いではなく専用タクシーで村へ向かった。だけれど意外に距離はあり、また山の間をぬって走るので5000リエル相当の価値はあるようにも思えた。 ●キャンドバンという不思議な村 その2。 カッパドキアはまだ行ったことがないが、それに近いらしい。
犬を避け、村の中央部分から上に登っていくと味のあるおばあちゃんが佇んでいた。しかし、仲良くしたいなぁと思う私に対し、おばあちゃんの仕打ちはひどかった。なんとマネーを要求してくるのだ。指と指をこすり合わせるその「世界共通のジェスチャー」は本当に私たちをがっかりさせた。村をもっと見たいなら金をよこせとでも言っているのだろう。ああ、ここも近い将来腐った観光地になるんだろう。
帰りは足がなくなってしまった。観光客らしき人は何人か来ているのだが、みな往復のタクシーで来ている。片道で来た私たちには、待ってくれるドライバーなどもちろんいない。雪がまだ残るキャンドバン村はオフシーズン真っ盛り!なのだろう。 なかなか楽しめたキャンドバンであった。 ●国境目指して。(タブリーズ-バーザルガーン) タブリーズからバーザルガーン(国境)行きのバスは、1日に数本出発している。しかし、大変混んでいるらしく、慢性的に乗れないこともあるらしい。前日に予約するのがベストなのだが、相も変わらず面倒くさがり屋な私たちはそれを怠った・・・。 「バスはもう空席なし。」 「直行便はもうないけれど、途中で乗り換える方法でなら行けるよ。」
なぜか、なぜか、運転手は日本語がペラペラ。 途中の交差点付近で降ろされ、そこに国境行きのバスが来るのを待った。近くにいたタクシードライバーは、 国境の町、バーザルガーンの手前にあるマークーは、山々に囲まれた素朴な町だった。山の麓には崖沿いに家が並び、この地域の特徴的な雰囲気になっている。 |
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