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| 【イランでは・・・】 名所を観光するのに時間を費やした。3月末の日食に向けての急いだ旅だったので、ほとんどのんびりしない滞在だった。 【感じること】 若い人の幼稚さも目立つが、親切でフレンドリーなイラン人も多い。名所は素晴らしいものが多く、見ごたえたっぷりだった。ご飯はまずい。 【お気に入り】 各町、大きな違いはないが、古都イスファハーンとシーラーズ。(マユ) 長居したいような町はなかった。観光名所はいいけど。(タカ) 【お勧めは〜】 どの町も歴史深いけど、特にバザール(シーラーズ)、シャー・チェラーグ聖廟、マスジェデ・イマーム、イマーム・レザー廟。 |
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ザーヘダーンのバス・ターミナルはきれい! まずは手始めに物価チェックだ。350mlの偽物コーラ(ペットボトル)が2000リエル。レストランでの朝食セットが6000リエル。(1,000リエル=約13円) 待ち時間にトイレへ行った。トイレは、まあまあきれいといったところだろうか。驚いたことは、外に足洗い場があり、お湯が出たことだ。また、全身黒で身を隠した女性も女子トイレの中では遠慮が不要なのか、トイレのドアを1/3ぐらい開けた状態で入っている。また、鍵がかからないトイレの個室も多い。これも「イスラム式トイレ」なのか?
日が暮れる前にバムの町に到着した。ケンさんとは、ここで一度お別れとなる。ケンさんはバムより先のシーラーズまで行くのだ。そして、3月下旬の日食パーティで再会する予定だ。だからここで本当のサヨナラではなく、とりあえずの別れで握手をしてバスを降りた。またトルコで会えることを願って・・・。
ただし、2年前の大地震により大規模な被害があったことは記憶にも新しい。かなりのダメージを受けたことは分かっていたが、興味はあったし、被害は受けてもそれなりの雰囲気は感じられるだろうと思ったのだ。 バムのバス・ターミナルでバスを降りると、一気にたくさんのイラン人に囲まれた。後から知ったことだが、バムのタクシーや客引きはツーリストに評判が悪く、もめることも多々あるそうだ。 私たちもタクシーをつかまえようとするが、英語は全く通じないし、その人たちが本当にタクシーの運転手なのかどうかすらよく分からない。そこで、タカが金持ち風の紳士に尋ねた。 バムはどこも地震の影響を受け、完全復興への道のりは遠い。町の至るところに半壊、もしくは全壊したまま放置されたビルや家がある。家や店舗はほとんどがプレハブで、中にはテントで暮らしている家族もいる。まだ本格的な建物に住んでいる人はごくまれだ。そのせいか、町はかなり閑散として静かだ。 こう言っちゃおかしいかもしれないが、プレハブにはプレハブで良さがある。まだ出来たてということもあり、室内は清潔できれい。天井が低く、カーペットにペタンと座れてしまう室内は、まるで自分の部屋のように寛げる。それはそれで良い。 ●バム日記。
イランの物価も食べ物もよく分からない。しかも、町は閑散としていて食べられる店さえも少ないように思える。しばらく歩いてみたが、ぱっとするレストランも屋台もない。 サンドウィッチは3000リエルも出せば食べられる。 そこで早速、自炊をした。余っていたラーメンを作って食べたのだ。自炊できる道具を持っているとこういう時に役立つ。
インドで会った女性は、ひとりでイランを旅したときにとてもストレスがたまったという。女性1人でイランを旅するということは、精神的にもキツイだろう。男性のいやらしい視線、"なぜ女性1人で旅をしているのか?"というイラン人には理解不可能な疑問にさらされる。 |
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●廃墟の遺跡?(バム)
ひっそりと、しかし規模の大きい神秘的な城塞都市の遺跡。そんな面影は薄れ、廃墟的要素だけが増えたかのように、取り残されてしまった悲しい遺跡・・・。 メインとなる高い城の部分は比較的残っており、階段や城の形そのものは思い描けるほどの形を残している。ただその前面に広がる住居跡、バザール跡など、低い建物群は全壊に近い。地震から年月は経っているが、修復はほとんど進んでおらず、破損状態がひどい。
アルゲバムの城壁の北東にも、たくさんの町の跡がある。そこのいくつかに穴が開いているので気になって近づいて見ると、なんと現地人がそこに住み着いているようだった。びっくり!おそらく、地震により家を失った人々なんだろう。町の中でもテント暮らしをしている人たちを見ることがある。地震は私が想像できないぐらい悲惨で悲しい出来事だったのであろう。 アルゲバムは、あと3〜4年もすれば以前と同じぐらいかそれ以上の姿に復旧するのだろう。その時にどれくらいのツーリストが戻ってくるだろう。どれぐらい町が潤うのだろう・・・? バム始発シーラーズ行のバスはない。ザーヘダーン発のバスなどに途中乗車する形となるようだ。プレハブ造りのバス会社でチケットを買い、バスが来るのを待った。待っている間にサンドウィッチ(2000リエル)とチャーイ(1000リエル)を買った。本当にイランは安いなぁ。 前回よりも質が多少落ちるものの、きれいなバスに乗り込んだ。ここから一晩かけてシーラーズに向かう。
バスターミナルは24時間OPENで、4時という時間にもかかわらず、電気は煌々としていて、危険な匂いがない。いろいろな人がベンチに腰掛け、時間潰しをしている。待合室はなんと、大きなものが4部屋もあり、暖房完備。軽食やお茶を出す店まである。素晴らしい。 私たちは、ベンチを一列占領し、横になった。暖房が効いているが寒いので軽く布をかけ、寝る体勢に入った。私はバスの中よりも熟睡してしまい、気付けば1時間近く寝てしまった。タカは気を使ってくれていたのか、横になったままで本を読んでいた。 だけれど、女性が控え目なこの国で、公共の場で横になり寝てしまう私も凄いのかもしれない。だけれど、女性と分かっていて、布をまくり上げようとするおじさんも凄い・・・。 ●シーラーズ、初の試み。 シーラーズのホテルはなかなかいい。 3ベットあるのに個室なのだ。割引もしてもらった(※)。トイレは付いていないが、シャワーが室内に付いていてこれまた便利。また、ガス暖房まで付いている。部屋の床にはペルシャ絨毯が敷かれていて温かい雰囲気を出している。イランのホテルには、こういう風に絨毯が敷かれていることが多い。イラン人にとって、絨毯は欠かせないものなんだろう。 バスターミナルで寝ていたとは言え、身体はまだ疲れていた。そんなわけで、昼過ぎまで身体を休めることにしたのだが、ベッドで横たわるのはやっぱりいい。
※イランでは、ホテルの言い値が高い。駄目モトで、高い値段を言ってみているのだろう。回りの旅行者に話を聞くと、特にカップルに対してはバカ高い値段を言っているようだ。 |
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マルヴタシュトからはペルセポリスまでは、ミニバスも出ているようだった。しかし、まだ誰も乗っておらず、なかなか出発しそうになかったので、タクシーで行くことにした。この辺ではタクシーはイコール乗り合いタクシーとなるようで、止めたタクシーに他の女性が乗っていたにも関わらず、私たちを乗せてくれた。女性はすぐに降り、そこでまた違う人が乗り込んできた。ということが5〜6回連続して起きた。みんなそれぞれに近距離移動にタクシーを利用するようだ。値段も1000リエル程度でとっても安そうだ。最後に残った私たちはペルセポリスまで乗っていった。 チケット売り場兼の飲食店などの設備、及び入場口がやたらきれい。周りを透明なガラスで囲み、まるで美術館のような雰囲気だ。だけれど入場料は他と同じように安く、財布は満足気。
丘になっている急な坂を上ると、王の墓がある。 雰囲気には、地中海沿岸の遺跡群を思わせるものがある。
この間はバスで6時間と、今までの移動距離に比べると短く済む。 イランのバスはボルボかベンツに分かれる。ベンツの方が値段が高く、質が上回るらしいのだが、私たちはボルボ運が強いのかいつもボルボだ。出会った日本人曰く、 ※バスの値段は一般的にこんな感じ。料金は政府がきちんと決めているらしい。
ヤズドはシルクロード途上のオアシス都市として歴史があり、マルコポーロの「東方見聞録」にも記されている。もっとも、イランはとても歴史ある街が多い国なので、イランの中ではごく普通のことかもしれない。 そんな街の地下には、砂漠のオアシスとしだけあって地下水路が張り巡らされている。マスジェデ・ジャーメの地下に入ると、その一部が見られるようだったが、お金もかかるしやめてしまった。やっぱり見ておくべきだったかな・・・。いつもこうして、ちょっとしたお金を節約(ケチって)しまうのは良くないかもしれない(でも必要とも思う)。う〜む、判断はいつも難しいのだ。 旧市街は泥でできた街だ。アルゲバムは全て壊れてしまっているし人も住んでいないが、こちらは、生きている泥の街だ。ヤズドから突然に人が消えたら、アルゲバムのように有名になるかもしれない。って、そんなことはないし、イランにはこういう泥で作られた町は多々あるのかもしれない。 細かい見所もいくつかあるのだが、見所よりも細い路地を散策する方が楽しい。そういった見所を目印にするのが、街を歩くのにちょうど良い。
「なんだかウイグルを思い出さない?」 ※夫婦で100ヶ国ほどを旅行し、ホームページに日記を公開している。 ●快適宿、SILK ROAD HOTEL。(ヤズド) SILK ROAD HOTELは有名宿である。 「ダブルは15万リエル。」
夜は、ソファや椅子がたくさん並ぶ快適な中庭で、水パイプをふかす。タバコはやめたのだが、水パイプはニコチンやタールもない(もしくは少ない?)らしいので挑戦。香りはあるが、どうも良さは分からない。でも、雰囲気だけ満喫したのだった。 |
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●沈黙の塔。永遠の火!!(ヤズド) ゾロアスター教徒が鳥葬を行っていた「沈黙の塔(ダフメ)」が、ヤズドの郊外に残っている。
とあるイラン人に聞いたところ、そういった若者の多くは、教育がない若者とのことだったが本当だろうか。確かに、ちょっと現実を眺めれば、中国人などどこにも観光していない。アジア人でいるのは日本人だけだ。まれに韓国人もいるようだが、かなり少ないだろう。 「沈黙の塔」も、イラン人にとってはちょうど良いオフロード場と化していて、バイクが走り回っている。他に楽しみもないのだろうが、日本の「暴走族」のようなものだろう。日本で「暴走族」を見たことなどほとんどないが、きっと今でもどこかでいるのだろう。 「沈黙の塔」は2つの丘の上にそれぞれ立っている。50年以上使われていないらしく「遺跡」といった面持ちだ。上って見るが、鳥葬を思い起こさせるのはガイドブックの文章くらいだ。
(燃え続けるってどういうことだろう。) オリンピックの聖火は大会のたびに、オリンピック発祥地ギリシャのオリンピアで太陽光から採火するらしい。こういった関係ないことを考えるうちに火についての思いは終わった。 ところで、ゾロアスターとは、預言者であるゾロアスターを開祖とする宗教だ。古代ペルシャにおこった宗教で、今のイランにあたる。本当にイランはかつては世界の中心の1つであったろうというくらいに遺跡や文化的な遺産が多い。ゾロアスターの「アベスター」とよばれる聖典には、ゾロアスター自身の言葉「ガーサー」がある。 ●パスタサンドが2500リエル。サラダは!?(ヤズド) ずっと自炊では面倒でもある。
安くておいしいパスタサンドに満足し、数回通った。そして最後に行った時、ずっと気になっていたサラダを注文した。そんなに高くはないだろうと、値段も確認しなかった。 パスタサンド2つ(5000リエル)、瓶コーラ(1000リエル)、そしてサラダ。10000リエルで足りるだろうとお札を出す。何やら店員が4000と言っている。ああぁ、サラダは4000リエルで、10000リエルぴったりだったのだなぁ〜。
他の町に比べ、やや見所の質が落ちる(?)ヤズドではインターネットカフェがやや多めだ。ざっと見ただけでも、泊まっているSILK ROAD HOTELの系列店を始めとして3〜4軒あった。 さて、その質だがなかなか悪くない。今まで見たPCは全てWindows XPだ。日本語読み書きはもともと入っていなくても、設定を変えれば簡単にできるようになる。XPでも設定不可能のPCも存在するのだが、特殊なイラン文字を抱えるこちらのPCは特殊な日本語の設定も含んでいるのだろう。今のところ、全部日本語読み書きOKだ。 ゾロアスター教寺院の目の前にも、インターネットカフェがある。 |
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