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| 【パキスタンでは・・・】 イスラム風刺画問題で治安に不安があるのと、トルコでの皆既日食に間に合わせる為に急いで通り過ぎた。 【感じること】 今回のパキスタン滞在は余りに短期のため、何とも分からないが、親切なパキスタン人が多いことは実感。 【お気に入り】 急ぎすぎ、体調不良などでお気に入りと言える町はなし。以前に旅した時は、フンザが良かった。 【お勧めは〜】 北部フンザはのんびりできて良い。南部にあるモヘンジョダロ遺跡。ラホールの旧市街。 |
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インド側のイミグレ担当官、カスタム担当官共に誰もいない!? そう!!今日は、インド対パキスタンのクリケットの重要な試合があるのだ。5試合マッチで、既にインドが2連勝している。今日、もしインドが勝利すれば3連勝でインドの勝ちが決まるのだ。 手続きを進めるものの、ターバンを巻いたシーク教徒風のイミグレ担当官は何だかお金をせしめようという雰囲気を発散している。ペンは日本製かとか言っては借りようとし、お金について話をし・・・。私たちは嫌な感じがしたので「英語はほとんど分かりませ〜ん!!」っていうことでやり過ごした。 パキスタンとインドの国境の間では、人間が蟻のように荷物を運んでいる。インドとパキスタンの関係は、現在もとても微妙である。トラックなどが国境を通過できない為、お互いのイミグレを挟んで2台のトラックが止まり、その間の数百メートルをたくさんのインド人とパキスタン人が国境を真ん中に挟みウジャウジャと動き回っている。 さて、パキスタン側に入ったものの、インド側と同様にカスタムやイミグレの担当官はいない。奥の部屋でTVに見入っているのもインド側と全く同じだ。こちらは、今日勝たないと"負け"が決定してしまうので、より真剣に見ているのかもしれない。 パキスタンを始めとして、イスラム諸国はお酒に厳しいところが多い。ブルネイのように国内では、お酒を全く飲めないのも普通なのだ。パキスタンもお酒は持ち込み禁止なのだが、見つかったらどうなっていたのだろう・・・? ●パキスタン人の洗礼。好奇心旺盛。(ワガ-ラホール)
路線バスが普通に走っているのは、とてもありがたい。タクシーなどに乗ると高くなるし、わざわざ交渉しなくてはならないのも面倒だからだ。路線バスなら固定料金だし、変に多く料金を請求されることもまずない。 バスに座り、乾いた風と砂埃に揉まれながら道を進む。 しばらく走ると、たくさんの子供たちが乗り込んできたのだ。バスは満員でギュウギュウになり、動く余裕は全くない。その混雑の中、子供たちは好奇の目を私たちに向ける。 ああぁ〜、以前にパキスタンを訪れた時のことを思い出した。パキスタン人はとても親切で良いのだが、親切すぎると言うか好奇心旺盛すぎて迷惑な時がある。その時は、路上で用を足そうとしていたのだが、人通りのない場所を探しているのにどんどん人が来る。 ああぁ、何とか彼らが降りるまで我慢した。
(やややっ?) 宿までは100mほどの距離だが、100人単位の警察官や軍人が、大通り沿いや交差点などで警戒している。おかしいなぁ〜と思いながら宿に着き、屋上の共有スペースで話しているうちにようやく事情が分かった。 私たちの着く前々日に、大規模な暴動があったというのだ。最近話題になっているデンマークの新聞に載った"イスラム風刺画"問題によりデモが暴発したらしい。銃声や玉の飛んでいく音、街で上がる煙、騒動の激しい音、それら全てが屋上から見えていたらしい。 さらに新聞を読むと、前日には近くの大学で銃撃戦までもがあったらしい!!恐ろしい!!私たちはまさに運良く、それらの騒動に当たらない日にラホールに到着したのだった。 そんな訳で、電車の切符の手配や必要な要件の為だけに街に出るというラホール生活が始まったのだ。 |
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●泥棒宿で有名なラホール。 ラホールの駅前にある宿などは、泥棒宿として有名である。 そんなわけで旅行者の多くは、信用のおけるYMCAやYWCAに宿泊することになる。私たちの泊まったリーガル・インターネット・インも、ここ2〜3年にできた信用のできる宿の1つだ。 ちなみに床に寝ても良いベッドに寝ても料金に差はない。一律で150Rs(約300円)と決まっている。夜に料金を徴収に来るのだが、値段が異なると面倒だとか、単純な理由だろうか。もっとも、ケンさん(ゴアで会った年配のケンさん)などは床で寝ても気にならないようで、2日目以降にベッドが空いてもそのまま床に居座っていた。私はベッドに移ったのだが、ケンさんにはマットレスがあり、私は床にそのまま寝ていたという大きな違いがあったからかもしれない。いずれにしろ、その夜からマユの体調がすぐれなかったので、マユのベッドだけでもあって良かった。 ホットシャワーが出ないときがあるとか、掃除が行き届いていないとか、いろいろ不満な面もあるが、それ以上に居心地が良く落ち着ける宿だ。やはり共有スペース(衛星放送付TV有)、ホットシャワー、インターネット、情報ノート、、、そういった旅行者向けのサービスが整っているのはありがたい。 きっと、ここには今後もさらに旅行者が集うのだろう。 でも、キッチン、なんであんなに汚くなるんだろう。オーストラリアでもそうだったけれど、ちゃんと片づけができない幼稚な旅行者が多すぎるような気がする。 ●ホテルの前は電気街。(ラホール) ホテル前の大通りを渡ると、小さな電気屋さんが軒を並べる電気街だ。どこのお店も同じような商品を扱っているようなのに、よく潰れないというか・・・。 売られている商品(完成品)の多くは、日本ブランドだ。カメラなど、何か良い物がないかと覗いてみたが、どうもカンボジアと同様(もしくはもっと!?)で古い型の物が多いようだった。 そして、もっと不思議なのが、なぜか電気屋街の中にアイスクリーム屋さんが密集してあったこと。1カップ14Rs(約28円)〜と安価な値段でおいしいアイスが食べられる。日本でも普通に売られている、サーティワンみたいなアイスがその値段なのは良い!!
そんな中で、宿の近くに1ケ所だけ洋食屋があった。 ラホールで再会したケンさんと共にAFCに行ってみる。ケンさんも口に合わない料理よりも、お金を出してもハンバーガーなどが食べたいと言うので意見が一致したのだ。 私が食べたのは、フィッシュバーガー(セットで110Rs=約220円)!!マクドナルドで食べるそれよりもおいしく感じた。カリッと上がっており、味付けも良い。ああぁ〜、魚っておいしいんだな〜と嬉しくなる味だった。 他に短いラホール滞在で気に入ったのは、サラダ屋台。日本で惣菜としてうられているような新鮮なサラダ類(直径7-8cm高さ4-5cm程度、25Rs=約50円)が、夕方になると大通りにやってくるのだ。食パンに挟んでサンドウィッチにして食べるだけでもおいしい。天の恵みのような素晴らしい屋台だった。 ●外国人は25%off、学生は50%off!!(ラホール)
さて、その割引手続きのために、鉄道予約オフィス(駅からちょっと離れた場所にある)の裏にあるDCオフィスに行く。そこで、パスポートのコピー、パキスタンビザのコピー、学生証のコピーを提出する。 割引証を手に入れ、チケットを購入する。噂に聞いていた通り、席に余裕はないようで希望の座席が足りない。私とマユ、それにケンさんの3人分を購入したいのだが2人分しか座席がないというのだ。 |
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●スーフィー!!大人の週末遊び。(ラホール)
イスラムでは金曜日が祝日とされている(パキスタンでは完全な祝日ではないようだが)ので、パキスタンでも木曜日の夜にそういった儀式が行われるのだろう。 ラホールに来るまで、スーフィーについてはそれほど興味を持っていなかった。スーフィーについて、名前以外ほとんど知らなかったというのもある。ただ、宿に泊まっているほとんどの人は興味があるようだし、以前にスーフィーを見たという人の感想も"良かった"というものばかりだった。 スーフィーは寺院の境内のような場所と、階段を上った建物内で行われる。夜の10時も過ぎ11時になろうかという頃にようやく音楽が始まる。 大きな太鼓を抱えた2人組の奏者が、複雑で速いテンポの音楽を作り出す。周囲はそれを見る観客で溢れる。徐々に音楽が盛り上がっていき、いつしか観客の幾人かが踊り始める。奏者自身もとても気持ち良さそうに、半ばトランス状態のまま太鼓を奏でている。 周囲が煙だらけで、一種独特の香りに包まれている。そう、これはマリファナの香りなのだ。ここパキスタンではガンジャと呼ばれているようだが、こんなに堂々と余りにも隠しだてなく吸っている姿はスゴイ。中にはスーツ姿でやってきて、いきなり吸い始めている人もいる。気持ち良さそうに、そしてのんびりと。そんな人たちがある時、思い立ったように立ち上がると激しく、わけも分からないように踊りだすのだ。 こういった光景を見ていると、野外パーティの本来の姿はこういったものだったのだろうか。などと思えてくる。本当にDJと観客の関係と全く同じなのだ。私たちが見たラホールのスーフィーは、見世物と言うわけでもなく現地の人しかいないのだが、宗教的な雰囲気はなく本当に"楽しんでいる"という感じだった。こういう大人の週末(?)は、どこにでもあるものなんだなぁ。 どうやらお腹の調子が悪い。 今回は、気がつくと微熱が出ていた。 夕方に一度熱が下がっていたが、夜になると熱は再び38度を越していた。インドで寝込んだ時は1日もすれば平熱に戻っていたのに、今回は一時的に多少下がるものの平熱に戻らない。いつもとは症状が違い、不安がよぎる。 宿のスタッフに事情を話し、信用できそうな病院を教えてもらった。オートリクシャーもつかまえてくれ、行き先を現地語で説明してくれた。 病院は、ガンガラーム病院と言う。思ったよりも大きく、中もきれい。大学病院のような感じで、施設もしっかりしている。ただ、1匹院内に入り込んでいるネコがいたのが少し気になったが。途上国では防ぎようもないことなんだろうか。 男性に紹介されたのは病院の診療責任者で、会計も行っているという偉い医者だった。並んで待っている現地人が多くいるというのに、外国人という理由だけで順番を抜かして診察してもらってしまった。案内してくれた男性、リアズ博士は、大きな新聞の編集者らしかった。 医者は熱を測り、症状を軽く話しただけで処方箋をくれた。熱もひどく出ているわけではないし、吐き気もないだけに軽い症状とみなしたのだろう。それから薬を受け取り、お金を払おうとすると、 ここで、ググッとパキスタン人の印象がアップした。たくさんの目線とToo Muchな好奇心に辟易される時もあるが、心底親切な人も多い。日本人に対する印象が良いというのも理由のひとつであるんだろうけれど、やっぱり嬉しい。 薬は抗生物質だったらしく、飲むとすぐに落ち着いた。夕方には読書できるほどに落ち着き、熱が下がってだるさも取れた。
是非、マユにはラホールの旧市街を見せてあげたかったが、街の緊張ぶりを見ると狭い路地などに行くなどはとても危ないように感じられた。マユが寝込んでいたこともあり、私も余り1人で観光する気にもなれなかった。以前にもラホールは来ていたこともあり、今回は本当に必要な場所にしか行っていない。こんなことでいいのかなぁ〜、と思いつつも、マユと ラホールを発つ日は、ラホールはゼネストに入ったようで観光どころではない。マユもようやく元気になったし、街の雰囲気も良ければ街に出たかったのだが。 ●揺れる電車。騒音の激しい電車。(ラホール-クエッタ)
寝台の設備はなかなか良い。1等寝台は4人のコンパートメントで、専用のトイレまで付いている。さらに、椅子(ベッド)もインドなどよりもフカフカで、クエッタまでの快適ライフが約束されたような気がしていた。 しかし!!
ところで、チケットは2枚しかないのに、私たちは3人いる。その問題の解決は意外と簡単だった。親切なパキスタン人が、STEと呼ばれるコンダクターに事情を説明してくれ、お金を払って終わりだった。鉄道予約センターでは、席はないとのことだったが、実際には席はたくさん開いているようだった。ちゃんと管理されていないというか、なんというかなのだ。 この電車の移動では、パキスタン人の校長先生やら、鉄道局の(ちょっと)お偉いさんだとか、軍人だとかいろんな人か私たちのコンパートメントに遊びに来て、あれこれと忙しかった。ちょっと面倒に感じるくらいだったが、まぁ親切にしてもらっているし仕方がない。 そんな風にして、砂埃ばかりの道を通りクエッタに無事辿り着いたのだった。 |
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ラホールは、あまり知らないままに終わってしまった。だから、ラホールとの比較はできないのだが、クエッタには好印象を持った。ラホールみたいにゴミゴミしていないし、道や建物も整然としてきれい。治安の方は相変わらずデモがあったりと安心はできないけれど、それなりの好奇心が沸いた。 ガイドブックに載っている有名宿(ムスリム ホテル)は値段の割に部屋が汚かったり、ぱっとしない宿だった。5人全員が納得するまで探すので、それなりに条件も厳しくなるのだ(一緒の方が割引交渉がしやすい)。 何軒か見て回るうちに1軒、良さそうなホテルが見つかった。建物は古いものだが、フロントもしっかりしているし、部屋もきれいめだ。トリプルの部屋もあり、ケンさんと3人で借りれば安くなる。ドイツ人たちも納得した様子で2部屋借りることにした。特に彼女のブラジル人は部屋のチェックが厳しく、シャワーからちゃんとお湯が出るだろうか?電気はちゃんと付くだろうか?と私たち以上に厳しい。もちろん、フロントで値段交渉も欠かなかった。 ラホールの宿は外国人だけが泊まっていたので、ホテル内では半袖で過ごしたり、頭をスカーフなどで覆う必要がなかった。 ケンさんと3人で荷物を解き、部屋に落ち着いた。早くもパキスタン最後の夜となるのであった。 ●マシュハド行きの飛行機!?(クエッタ) クエッタに着いて、まずやることは飛行機のチェックだ。 ガイドブックを見ると、クエッタからイランのマシュハドまでの便が週に1便あるという。宿のフロントで代理店を聞くと、その人は親切にも一緒に着いてきてくれた。 次の代理店へはオートリクシャーで向かった。同じように聞いてみるが、同じように「ない」との答えだった。ガイドブックが間違っているのか、昔の情報なのか定かではないが、今現在その便は存在しないそうだ。 マシュハドはイランの北西に位置し、旅の流れでいうと外れの方にある。飛行機で飛んでしまえば楽だし、旅がスムーズに進む。 それにしても建物がきれい、ピカピカだ。 ●クエッタでの短いトラベル日記。
翌朝、起きるとすでに11時をまわっていた。どうやら3人とも夜更かしし過ぎたようだ。ケンさんは早朝に起きたようだが、2度寝してしまったらしい。私も昨夜はなかなか寝付けず、朝方になってからようやく寝た。 本当は2時のチェックアウト前にマーケットへ行き、イラン通貨の両替を済ませるはずだったのにもう間に合わない。完全な寝坊だ。とにかくチェックアウトをし、荷物をフロントに預け、オートリクシャーでマーケットへ向かった マーケットは、中国のウイグル地区を彷彿とさせる雰囲気があった。 歩いていると、いろいろな声がかかる。 両替屋を探し求め歩くが、なかなか見つからない。すると、日本語ペラペラな人に声をかけられた。拒否反応で怪しい!と思ったが、絨毯屋ということを聞いて納得した。ラホールの情報ノートを読んで知っていたのだが、パキスタンの絨毯屋は日本語を話す人が多いのだそうだ。怪しいものばかりではなく、特別な買物をしなくてもタダでお茶のサービスをしてくれるなど、ただの親切心からの人も多いらしい。
なかなか楽しめたクエッタ滞在であった。 |
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●パキスタンからイラン入り。(クエッタ-ザーヘダーン) 国境(クーイ・タフタン)行きのバスは会社が複数ある。どれにするか悩んだが、席と席の間にゆとりがありそうなバスを選ぶ。 パキスタンの乗り物は、はっきり言って質が悪い!列車もガタンガタンと激しい揺れと音がしていたが、バスも同様に私たちを不眠にさせる。シートは硬くてお尻が痛むし、席と席の間も狭くて足を伸ばせない。タカと私には疲労となってしまった移動だったが、ケンさんはいつものように熟睡しているようだった。 パキスタン側の国境に着いたのは、国境が開く1時間前の朝8時頃だった。 何やら道路がきれいだ。 |
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