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Pakistan パキスタン

【その1】
 2006.02.16 〜 02.19 ラホール
 2006.02.20 〜 02.21 クエッタ

 

パキスタン関係リンク
パキスタンのホテル
パキスタンの移動
パキスタンの写真

 
  【パキスタンでは・・・】 イスラム風刺画問題で治安に不安があるのと、トルコでの皆既日食に間に合わせる為に急いで通り過ぎた。 
【感じること】 今回のパキスタン滞在は余りに短期のため、何とも分からないが、親切なパキスタン人が多いことは実感。
【お気に入り】 急ぎすぎ、体調不良などでお気に入りと言える町はなし。以前に旅した時は、フンザが良かった。
【お勧めは〜】 北部フンザはのんびりできて良い。南部にあるモヘンジョダロ遺跡。ラホールの旧市街。
 

インド-パキスタン国境。

インド側のイミグレ担当官、カスタム担当官共に誰もいない!?

そう!!今日は、インド対パキスタンのクリケットの重要な試合があるのだ。5試合マッチで、既にインドが2連勝している。今日、もしインドが勝利すれば3連勝でインドの勝ちが決まるのだ。
インドとパキスタンはクリケットにおいても宿敵同士で、この試合は日本で言うところの韓国戦のサッカーのようなものだ。インド人に話を聞くと「他の国には負けても良いから、パキスタンだけには絶対に負けたくない。」と言っていた。そんなわけで、国境の担当官も奥でTVに見入ってしまっているのだ。

手続きを進めるものの、ターバンを巻いたシーク教徒風のイミグレ担当官は何だかお金をせしめようという雰囲気を発散している。ペンは日本製かとか言っては借りようとし、お金について話をし・・・。私たちは嫌な感じがしたので「英語はほとんど分かりませ〜ん!!」っていうことでやり過ごした。
あとで聞いた話では、やはり同じ日に通過した日本人はお金を要求されたとのこと。一緒に並んでいたインド人は「これだから・・・」と、呆れながらも小額を払っていたらしい。

パキスタンとインドの国境の間では、人間が蟻のように荷物を運んでいる。インドとパキスタンの関係は、現在もとても微妙である。トラックなどが国境を通過できない為、お互いのイミグレを挟んで2台のトラックが止まり、その間の数百メートルをたくさんのインド人とパキスタン人が国境を真ん中に挟みウジャウジャと動き回っている。
インド人は青色、パキスタン人は赤色の服で、交じり合ったりしないように服が分かれていいるのも面白い。偉そうな感じの見張り役が、棒を持って下働きの人たちを監視している。両国とも同じその姿は、何だか違う国でありながら
(似てる面もあるんだぁ〜。)
と思わされた。

さて、パキスタン側に入ったものの、インド側と同様にカスタムやイミグレの担当官はいない。奥の部屋でTVに見入っているのもインド側と全く同じだ。こちらは、今日勝たないと"負け"が決定してしまうので、より真剣に見ているのかもしれない。
しばらく待たされて、ようやく担当官が来た。そして、ほとんど何も見ずにスタンプを押して終わり。
(おいおいっ、これならちょっと出てきてすぐに押してくれればいいのに・・・。)
そして、カスタム。荷物検査をするはずだが、ありがたいことに検査はなしだった。ただし、質問が1つ。
「お酒は持っていますか?」
「・・・持っていません。」
「本当にお酒を持っていませんね?」
ちょっと返事が遅かったためか、再度聞かれた。調べられたらまずいけれど、ここはないと答えるしかない。
「持っていません。」
それで事なきを得て、調べられることもなかった。良かった〜!!

パキスタンを始めとして、イスラム諸国はお酒に厳しいところが多い。ブルネイのように国内では、お酒を全く飲めないのも普通なのだ。パキスタンもお酒は持ち込み禁止なのだが、見つかったらどうなっていたのだろう・・・?

●パキスタン人の洗礼。好奇心旺盛。(ワガ-ラホール)

国境から、ラホール駅前行きのバスに乗り込む。

路線バスが普通に走っているのは、とてもありがたい。タクシーなどに乗ると高くなるし、わざわざ交渉しなくてはならないのも面倒だからだ。路線バスなら固定料金だし、変に多く料金を請求されることもまずない。

バスの車内は、男性用と女性用で前後に仕切られている。さすが、イスラム国!!

バスに座り、乾いた風と砂埃に揉まれながら道を進む。
飛んでくる砂は不快だが、それ以上に面倒なことが待ち受けていた!!

しばらく走ると、たくさんの子供たちが乗り込んできたのだ。バスは満員でギュウギュウになり、動く余裕は全くない。その混雑の中、子供たちは好奇の目を私たちに向ける。
パキスタンはインドと比べると、外国人旅行者が圧倒的に少ない。そのため、どうしても存在自体が珍しい外国人に目が行ってしまうのだろう。
「どこの国ですか?」
しばらく我慢していたものの、抑えきれなくなったのだろう。敢えてそちらの方を向かないようにしていた私たちに、片言の英語で話しかけてくる。
素直に答えたものの、もうこうなると押さえが利かない。あっちでもこっちでも、質問の嵐が巻き起こり、とてものんびり座っていることができないのだ。
こちらも元気でやる気があれば、それはそれで楽しいのだろうが、移動中でもあり早く宿に落ち着いてのんびりしたい。もう面倒くさくてしょうがない。

ああぁ〜、以前にパキスタンを訪れた時のことを思い出した。パキスタン人はとても親切で良いのだが、親切すぎると言うか好奇心旺盛すぎて迷惑な時がある。その時は、路上で用を足そうとしていたのだが、人通りのない場所を探しているのにどんどん人が来る。
「街に迷いましたか?」
「何か困っていますか?」
(う〜ん、私はただ誰もいなくなって欲しいだけだ!!)
でも、そんなこと言いづらいので我慢した。
現地の言葉が分からない私たち旅行者にとって、現地人の親切に頼って旅行しているという現実がある。道を1つ聞くだけでも、わざわざ英語を話せる人が来てくれたりと感謝しなくてはならないことが多い。そういうことを考えると、むげに冷たくしたりもできないのだ。

ああぁ、何とか彼らが降りるまで我慢した。
マユも疲れているっぽいし、早くベッドに落ち着きたい。

●バスを降りると焼け跡が!!(ラホール)

バスを降りると、目の前には全焼したKFCの店舗があった。
KFCだけでなく、付近の4つほどのビルも燃えてしまっている。

(やややっ?)

一瞬、デモで外資系が燃やされるニュースなどを思い出したが、まさかそんなことはあるまいとすぐに忘れた。
こういう燃え跡も珍しいとカメラを向けたが、周りの視線が厳しい気がする。急いで1枚だけ写真に収めて宿を探して立ち去る。

こうやって破壊された建物の前には、たいてい布やシートで「見えにくいように」してある。でも、建物全部なんて隠せるわけない・・・。

宿までは100mほどの距離だが、100人単位の警察官や軍人が、大通り沿いや交差点などで警戒している。おかしいなぁ〜と思いながら宿に着き、屋上の共有スペースで話しているうちにようやく事情が分かった。

私たちの着く前々日に、大規模な暴動があったというのだ。最近話題になっているデンマークの新聞に載った"イスラム風刺画"問題によりデモが暴発したらしい。銃声や玉の飛んでいく音、街で上がる煙、騒動の激しい音、それら全てが屋上から見えていたらしい。
その後に街を歩いて分かったことだが、CITIBANKは全壊し修理中。ピザハットは全焼。マクドナルドは全壊。他にもあちこちが壊され、燃やされていたが、駅の中のマクドナルドだけは警備が厳しい為か(外資系にもかかわらず)壊されていなかった。

さらに新聞を読むと、前日には近くの大学で銃撃戦までもがあったらしい!!恐ろしい!!私たちはまさに運良く、それらの騒動に当たらない日にラホールに到着したのだった。
翌日以降も新聞を読んでいると、カラチで暴動だの物騒な記事ばかりが目に入ってくる。パキスタンからはサッサと離れた方が良いという気配も漂う。
週末になるとゼネストで町中の商店が閉まり、さらに多くの警察と軍が街で警戒している。私たちの泊まっているホテルも、宿泊客の多くが外国人旅行者であるためか、警察官が5人ほど玄関前で警備してくれている。

そんな訳で、電車の切符の手配や必要な要件の為だけに街に出るというラホール生活が始まったのだ。

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ミニコラム

++最後の酒++

パキスタンでは、許可証を持たない限りお酒は禁止である。

そして、そもそも街ではお酒は売られていない。高級ホテルのバーなどだけにお酒が置かれているのだ。
そんなわけで、パキスタン入国前のインド側では客引きがやたらとビールなどを勧めてくる。時間とインドルピーに余裕があればそれも良い!!

ミニコラム

++男女別バス++

バスは基本は男女別に分かれているが、夫婦一緒の場合などは男性側に乗り込む女性も多い。

バスの中でも扉を開けると移動できるので(料金徴収係は行ったり来たりしている)、席が空くと移動したりすることもある。

宗教的な理由もあるだろうが、これだけしないと痴漢が防げないとかもありそう・・・。旅行者はパキスタンの痴漢の多さを嘆く。

まったくこの辺の国は駄目だ。

ミニコラム

++閲兵式?++

パキスタン側の国境では、毎日国境閉鎖の為の儀式が行われている。

国境はラホール市内からもバスで簡単に見に行けるので、旅行者にとっては良いアトラクションになっている。

 

 

ミニコラム

++英語力++

パキスタンでは、インドに比べると多少英語が通じなくなる。

インドでは、多くの言語が多い公用語となっている(小学校でも黒板には英語が書かれている)特殊事情もあるのだろう。

その点、パキスタンはインドほど英語教育に力を入れていないのだろうか?

ミニ情報

++ラホール行き++

国境ではたくさんのタクシーが待ち受けていて、客引きをしてくる。

しかし、時間があるならバスを待とう。バスは本数も多く、多少時間は掛かるものの直行なので座っていけばラク。

 

 

ミニコラム

++またデモ?++

3月3日は米国のブッシュ大統領がパキスタンを訪問する日。その後、インドの各都市を回る。

そんなわけで、パキスタン・インド各地でデモが続発。イスラム風刺画問題に続いてこの地域は荒れているのだった。

民衆に不満がたまっているとデモが暴動に変わる恐れが高いのだろうか。日本でもよく都内でデモが行われているが、暴動になるなど考えられない。
オーストラリアでも各地でデモを見たが、全く怖くはなかった・・・。


●泥棒宿で有名なラホール。

ラホールの駅前にある宿などは、泥棒宿として有名である。
全ての宿がたちが悪いと言うわけでもないだろうが、天井から従業員が泥棒に来たとか、鍵をしておいても窓自体を外して泥棒に来たとか、その手の噂に事欠かない。

そんなわけで旅行者の多くは、信用のおけるYMCAやYWCAに宿泊することになる。私たちの泊まったリーガル・インターネット・インも、ここ2〜3年にできた信用のできる宿の1つだ。
その居心地の良さなどが評判となり、多くの旅行者が集まる(lonely planetに載っている)。私たちが泊まった際も満室で、私はベッドではなく床に布団を敷いて寝ることになった。宿泊客の1/3くらいが日本人だろうか、皆、噂を聞いてここに集まっているらしい。

ちなみに床に寝ても良いベッドに寝ても料金に差はない。一律で150Rs(約300円)と決まっている。夜に料金を徴収に来るのだが、値段が異なると面倒だとか、単純な理由だろうか。もっとも、ケンさん(ゴアで会った年配のケンさん)などは床で寝ても気にならないようで、2日目以降にベッドが空いてもそのまま床に居座っていた。私はベッドに移ったのだが、ケンさんにはマットレスがあり、私は床にそのまま寝ていたという大きな違いがあったからかもしれない。いずれにしろ、その夜からマユの体調がすぐれなかったので、マユのベッドだけでもあって良かった。

ホットシャワーが出ないときがあるとか、掃除が行き届いていないとか、いろいろ不満な面もあるが、それ以上に居心地が良く落ち着ける宿だ。やはり共有スペース(衛星放送付TV有)、ホットシャワー、インターネット、情報ノート、、、そういった旅行者向けのサービスが整っているのはありがたい。

きっと、ここには今後もさらに旅行者が集うのだろう。
パキスタンや、これから向かうイランなど旅行者が少ない地域では、こういった落ち着ける宿の存在はとてもありがたいのだ。

でも、キッチン、なんであんなに汚くなるんだろう。オーストラリアでもそうだったけれど、ちゃんと片づけができない幼稚な旅行者が多すぎるような気がする。

パキスタン名物のハデハデ・カー。バスもトラックもやり過ぎ!?

●ホテルの前は電気街。(ラホール)

ホテル前の大通りを渡ると、小さな電気屋さんが軒を並べる電気街だ。どこのお店も同じような商品を扱っているようなのに、よく潰れないというか・・・。

売られている商品(完成品)の多くは、日本ブランドだ。カメラなど、何か良い物がないかと覗いてみたが、どうもカンボジアと同様(もしくはもっと!?)で古い型の物が多いようだった。
AV屋さんがもっとも多く、やたらとスピーカ屋さんもあるのが不思議だった。パキスタン人は音にこだわるのだろうか!?

そして、もっと不思議なのが、なぜか電気屋街の中にアイスクリーム屋さんが密集してあったこと。1カップ14Rs(約28円)〜と安価な値段でおいしいアイスが食べられる。日本でも普通に売られている、サーティワンみたいなアイスがその値段なのは良い!!
私とケンさんはもちろんそこでアイスをつまんだのだった。電気屋さんでは何か良いものがあったら、と思っていたのだが、何も興味を惹く物はなかった。

●ラホールの外食事情。AFCだけ・・・。(ラホール)

暴動の影響で洋食を提供するレストランは、ほとんど破壊されてしまっている。ラホールの街を歩くと、羊肉の料理ばかりが目に付き余りおいしそうに見えないのだ。
着いて早々に、近くの屋台で10Rs(約20円)の羊肉料理を食べたが、どうも味はイマイチだった。宿に泊まっている人の多くも、共同で利用できるキッチンでパスタを作ったりと自炊している人が多い。それは、お金の節約だけでなく、自炊した方が口に合うという理由も大きいのだろう。

夜だけ営業しているケバブ屋台。鶏肉なので食べやすい。

そんな中で、宿の近くに1ケ所だけ洋食屋があった。
その名も"AFC"。"KFC"の偽物で、ケンタッキーの"K"の代わりに、通りの名前の頭文字の"A"を付けたらしい。

ラホールで再会したケンさんと共にAFCに行ってみる。ケンさんも口に合わない料理よりも、お金を出してもハンバーガーなどが食べたいと言うので意見が一致したのだ。
AFCは値段が高いので、節約しているととても食べにいけない。しかし、ここは素早く意見が一致し、その足で"AFC"に向かった。

私が食べたのは、フィッシュバーガー(セットで110Rs=約220円)!!マクドナルドで食べるそれよりもおいしく感じた。カリッと上がっており、味付けも良い。ああぁ〜、魚っておいしいんだな〜と嬉しくなる味だった。

他に短いラホール滞在で気に入ったのは、サラダ屋台。日本で惣菜としてうられているような新鮮なサラダ類(直径7-8cm高さ4-5cm程度、25Rs=約50円)が、夕方になると大通りにやってくるのだ。食パンに挟んでサンドウィッチにして食べるだけでもおいしい。天の恵みのような素晴らしい屋台だった。

●外国人は25%off、学生は50%off!!(ラホール)

なんと!
パキスタンでは電車に乗るにあたって、ちゃんと手続きさえすれば旅行者は誰でも大きな割引をしてもらえる。学生の50%offなんて、とて〜もありがたい!!
って、学生割引なんて、私たちには関係がないようだが実はあるのだ。って、自慢できることでもないのだが、バンコクで偽の学生証を作っておいたからだ。カオサン通りを訪れたことがある人の多くが知っている通り、本物の国際学生証カードを使って誰でも学生証が作れる。本物の国際学生証カードなので、どこでも大体使えるのだ。悪いことをしていると言う罪悪感も少しあるが、この値引きはとても魅力的だ。今まではたまにしか使えなかったが、これからトルコやヨーロッパでは、きっと偽学生証が大活躍することだろう。

町中や駅、そして線路沿い。至る所に軍人や警察官が目を光らせている。

さて、その割引手続きのために、鉄道予約オフィス(駅からちょっと離れた場所にある)の裏にあるDCオフィスに行く。そこで、パスポートのコピー、パキスタンビザのコピー、学生証のコピーを提出する。
コピーは取っていなかったのだが、鉄道予約オフィスのコピー室を借りてコピーさせてもらった。ありがたい。きっと、これも外国人でなかったら借りられなかっただろう。パキスタン人は本当に旅行者に対して優しい。とは言いつつも、中国人をバカにするようなところもあり、たまに日本人のことも中国人と勘違いして侮蔑的な言葉を浴びせてくる(道を歩いているだけで)ことがある。そういった両面性を見ると、ちょっと幼稚と言うか、大人気ない国民性も見えてくる。
割引証をもらうための手続きはいたって簡単ながら、私の場合は
「コピーではなくオリジナルの学生証も見せてください。」
と言われてしまった。偽物なだけに、ドキッである!!おもむろに財布から出して担当者に渡す。内心ドキドキしつつも表情には表さない。何事もなく返却され、ホッと一安心なのだった。

割引証を手に入れ、チケットを購入する。噂に聞いていた通り、席に余裕はないようで希望の座席が足りない。私とマユ、それにケンさんの3人分を購入したいのだが2人分しか座席がないというのだ。
しかし、とりあえず2人分だけ買って、当日に残りの1人分を手配すれば大丈夫だとの予約オフィスの担当官の言葉もあり、素直に従うことにした。まぁ、いざとなれば床に寝てもいいし、どうにかなるだろうと前向きに考えて、ちょっと体調が崩れ気味のマユが寝て待っている宿に戻った。

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ミニコラム

++貴重品管理++

パキスタンのラホールは泥棒宿が有名だが、最近は実際に被害にあったと言う話は聞かない。
泥棒などして客がいなくなるより、客を集めて正しく商売をした方が長期的には儲かるに決まっているが、その浅はかさは日本の泥棒などとも同じか・・・?

さて、泥棒宿に限らずとも安宿では危険が多い。特にドミトリーでは注意が必要。一般に日本人同士の場合は被害は滅多にないようだが、自己管理は重要。モノが紛失した場合には、同室者全員が気まずい思いをする。

また、セイフティーボックスも必ずしも安全ではない。パキスタンではないが、カンボジアのサダG.H.などでは、中身が抜かれるのは有名。
従業員も人間なので、油断すると危険だと思っていた方が良い。・・・性善説をとりたいけれど。

 

 

ミニコラム

++偽学生証++

日本人の場合、旅の経路の関係上バンコクで作るのが一般的。カオサンどおりを歩けば、いくらでも目に入る。ちなみに、カード自体は本物の横流し品らしい。なので、磁気を通さなければだいたいばれる事はない。

以前は、インドなどで日本の免許証を学生証として持っていくと、本物の学生証を作れた。
今はどうなっているのだろう(きっとあちこちに裏道はある)。

 

 

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++駅内は別世界++

駅の中は警備が厳しい為か、マクドナルド、ピザハットともに破壊されていなかった。

ビッグマックセットを食べたのだが、とて〜も高い。AFCの1.5倍以上する。これは駅の中だったからなのか・・・?

 

 

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++旅行者歓迎?++

外国人であるというだけの理由で割引があるのは珍しい。一般には外国人料金と証して、現地の人よりも高い料金を取るほうが多い。
これは、旅行者に便宜を図ると共にたくさん来てほしいという表れだろうか。

ちなみに、インドなどのように外国人専用窓口というのもまたありがたいが。

 

 

ミニコラム

++ボッタクリ!?++

パキスタンでは、インドと比べて言い値が「バカ高い」ことは少ない。

旅行者ズレしていないのだろう。安心して(面倒くさくなく)載れるのはとてもありがたい。

イスラムの教えでは、旅人には親切にしろ(便宜をはかれ)みたいなのがあるらしいが、そういったのも関係あるのだろうか。

 

 


ミニコラム

++軍人・警察++

町中に警察がいる。軍人がいる。
それはそれで安心でもあるのだが、機関銃を付けたジープなどが通る際、引き金に指を入れている軍人たちが目立つ。
安全装置はOFFなのだろうが、銃口の先には立っていたくない。

路上の警官についても同様。やはり、銃口の先には立っていたくない。パキスタン人は慣れてしまっているのだろうか。全く気にしていないようだ。

●スーフィー!!大人の週末遊び。(ラホール)

木曜日の夜は、スーフィーナイトである!!

イスラムでは金曜日が祝日とされている(パキスタンでは完全な祝日ではないようだが)ので、パキスタンでも木曜日の夜にそういった儀式が行われるのだろう。

この後さらに盛り上がり、人ごみで踊る余裕もなくなっていくほど。

ラホールに来るまで、スーフィーについてはそれほど興味を持っていなかった。スーフィーについて、名前以外ほとんど知らなかったというのもある。ただ、宿に泊まっているほとんどの人は興味があるようだし、以前にスーフィーを見たという人の感想も"良かった"というものばかりだった。
マユも疲れているけれども、行きたいと言っているので私も一緒に行ってみることにした。

スーフィーは寺院の境内のような場所と、階段を上った建物内で行われる。夜の10時も過ぎ11時になろうかという頃にようやく音楽が始まる。

大きな太鼓を抱えた2人組の奏者が、複雑で速いテンポの音楽を作り出す。周囲はそれを見る観客で溢れる。徐々に音楽が盛り上がっていき、いつしか観客の幾人かが踊り始める。奏者自身もとても気持ち良さそうに、半ばトランス状態のまま太鼓を奏でている。

周囲が煙だらけで、一種独特の香りに包まれている。そう、これはマリファナの香りなのだ。ここパキスタンではガンジャと呼ばれているようだが、こんなに堂々と余りにも隠しだてなく吸っている姿はスゴイ。中にはスーツ姿でやってきて、いきなり吸い始めている人もいる。気持ち良さそうに、そしてのんびりと。そんな人たちがある時、思い立ったように立ち上がると激しく、わけも分からないように踊りだすのだ。
大人だけでなく、子供も。まるで、太鼓を叩く奏者はDJのように見える。そして踊っているのはクラブの観客。

こういった光景を見ていると、野外パーティの本来の姿はこういったものだったのだろうか。などと思えてくる。本当にDJと観客の関係と全く同じなのだ。私たちが見たラホールのスーフィーは、見世物と言うわけでもなく現地の人しかいないのだが、宗教的な雰囲気はなく本当に"楽しんでいる"という感じだった。こういう大人の週末(?)は、どこにでもあるものなんだなぁ。

パキスタン人の親切と私の病気。(ラホール)

どうやらお腹の調子が悪い。
完璧に下痢状態。いつもの軽いものではなくて、1日数回に及ぶ激しい腹痛を伴う重いものだ。旅に出てから何度か下痢をしているけど、こんなにつらいのは初めてだ。
そもそもはインドのコルカタから始まったように思う。熱が出て1日寝込んだが、すぐに治った。だが、再びデリーで再発し、今回はタカにまで移してしまった。お互い違うタイミングで熱を出し、ベッドに倒れていた。

今回は、気がつくと微熱が出ていた。
吐き気はないが、食欲がなく、トイレの往復も増えた。
インドで買った下痢の薬を飲み、その日1日はぐっすり寝たが翌朝起きても熱は下がっていない。その日は鉄道予約オフィスまで行き、クエッタ行きの列車チケットを買いに行く予定だったが、それもままならない。本人が行かなければチケットは買えなそうだが、私は動けないのでタカ1人で行ってもらうことにした。

夕方に一度熱が下がっていたが、夜になると熱は再び38度を越していた。インドで寝込んだ時は1日もすれば平熱に戻っていたのに、今回は一時的に多少下がるものの平熱に戻らない。いつもとは症状が違い、不安がよぎる。
解熱剤を飲んでみたが、翌朝起きても熱は下がらず身体のだるさは増える一方。ベッドの上で腹痛を訴えていると、タカが、
「病院へ行こう。」
と誘ってくれた。病院へ行けば安心するのは分かっているのだけれど「行こう」と思えるまでのエネルギーは、自ら奮い起こせなかったのでありがたい。

宿のスタッフに事情を話し、信用できそうな病院を教えてもらった。オートリクシャーもつかまえてくれ、行き先を現地語で説明してくれた。
宿でも私が寝込んでいると心配して声をかけてくれるスタッフもいたし、同室だったブラジル人女性(※チベットのアリで一緒だったが、ラホールの宿で久しぶりに再会した。カップルで、相手の男性はドイツ人。)が何度も心配して声をかけてくれた。同じく、ケンさんもいろいろ心配して声を掛けてくれ、「ヒエピタ」をくれた。申し訳ないと思うのと同時に、親切がとても嬉しかった

病院は、ガンガラーム病院と言う。思ったよりも大きく、中もきれい。大学病院のような感じで、施設もしっかりしている。ただ、1匹院内に入り込んでいるネコがいたのが少し気になったが。途上国では防ぎようもないことなんだろうか。
どこの部屋で診察してもらえるのか分からず、タカがいろんな人に聞いてくれているが、イマイチ分からない。近くにいた男性に聞いてみると、「こちらへおいで。」
と道案内をしてくれた。身なりのキチンとした人であった。

男性に紹介されたのは病院の診療責任者で、会計も行っているという偉い医者だった。並んで待っている現地人が多くいるというのに、外国人という理由だけで順番を抜かして診察してもらってしまった。案内してくれた男性、リアズ博士は、大きな新聞の編集者らしかった。

医者は熱を測り、症状を軽く話しただけで処方箋をくれた。熱もひどく出ているわけではないし、吐き気もないだけに軽い症状とみなしたのだろう。それから薬を受け取り、お金を払おうとすると、
「お金はいい。さっきの医者が会計責任者だから大丈夫なんだ。」
と言う。理由はよく分からないが、とにかくとても親切にしてもらった。
リアズさんにお礼を言い、オートリクシャーに乗り込もうとすると、リアズさんはリクシャー代を払おうとしてくれる。そこまではマズイと思い、断ろうとしてもリアズさんは受け取ろうとしない。しかも、ご飯までご馳走してくれそうな勢いであった。

ここで、ググッとパキスタン人の印象がアップした。たくさんの目線とToo Muchな好奇心に辟易される時もあるが、心底親切な人も多い。日本人に対する印象が良いというのも理由のひとつであるんだろうけれど、やっぱり嬉しい。

薬は抗生物質だったらしく、飲むとすぐに落ち着いた。夕方には読書できるほどに落ち着き、熱が下がってだるさも取れた。
ラホールは、結局、自分のベッドの上ばかりで過ごすはめになってしまったが、体調を取り戻せたのでよかった。また、外は情勢が悪く、気軽に観光できるような雰囲気でもなかったのでちょうど良かったのもかもしれないが・・・。

ゼネストで街は緊張状態。観光が無しに。(ラホール)

ラホールでは全く観光ができなかった。
無理をすればどこにでも行けたかもしれないが、危険を犯してまで観光に出かける気はなかった。

壊されたCITIBANK。数日後に営業を再開すべく、修理中。
街全体でATMが使えないなど、まさに不便なラホールだった。

是非、マユにはラホールの旧市街を見せてあげたかったが、街の緊張ぶりを見ると狭い路地などに行くなどはとても危ないように感じられた。マユが寝込んでいたこともあり、私も余り1人で観光する気にもなれなかった。以前にもラホールは来ていたこともあり、今回は本当に必要な場所にしか行っていない。こんなことでいいのかなぁ〜、と思いつつも、マユと
「どうせまたパキスタンには戻ってくるから、その時でいいかね〜」
なんて話したりした。ラホール観光をしないだけでなく、今回は季節が悪いこともあってフンザも訪れていない。そういった重要ポイントを残すと心残りなので、もう1回戻ってこようと約束した。でも、もう1回戻っていかなくてはならない場所が多すぎてどうなることやら。やはり世界一周をしようとなると、どうしても急ぎ足になり、1つの国を満足に見れなくなってしまう。贅沢な悩みながら、難しい問題なのだ。

ラホールを発つ日は、ラホールはゼネストに入ったようで観光どころではない。マユもようやく元気になったし、街の雰囲気も良ければ街に出たかったのだが。

●揺れる電車。騒音の激しい電車。(ラホール-クエッタ)

パキスタンの電車は、ちょっと質が悪い。電車が動き出すまでは、とても良い印象だったのだが、動き出した途端に印象が悪くなった。

寝台の設備はなかなか良い。1等寝台は4人のコンパートメントで、専用のトイレまで付いている。さらに、椅子(ベッド)もインドなどよりもフカフカで、クエッタまでの快適ライフが約束されたような気がしていた。

クエッタ在住の校長先生と鉄道関係の方たち。皆、親切で笑顔!!

しかし!!
ガタンッゴトンッ。激しく上下に揺れる。
ガタンッゴトンッ。激しくうるさい騒音。
車両の問題もあるだろうが、レールも平らに整備されていないようだ。
う〜ん、こういう問題がなければパキスタンの電車は本当に良い印象だったろうに。あと、トイレの水の補給を途中でするのか、その度に天井から水が漏れてくる。雨のように降ってくるので、しばらくはトイレを利用できない。なんだかちゃんと整備されてないんだよな〜。

パキスタンの列車チケットはこ−んなの。

ところで、チケットは2枚しかないのに、私たちは3人いる。その問題の解決は意外と簡単だった。親切なパキスタン人が、STEと呼ばれるコンダクターに事情を説明してくれ、お金を払って終わりだった。鉄道予約センターでは、席はないとのことだったが、実際には席はたくさん開いているようだった。ちゃんと管理されていないというか、なんというかなのだ。

この電車の移動では、パキスタン人の校長先生やら、鉄道局の(ちょっと)お偉いさんだとか、軍人だとかいろんな人か私たちのコンパートメントに遊びに来て、あれこれと忙しかった。ちょっと面倒に感じるくらいだったが、まぁ親切にしてもらっているし仕方がない。

そんな風にして、砂埃ばかりの道を通りクエッタに無事辿り着いたのだった。

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ミニコラム

++スーフィー会場へ++

リーガル・インターネット・インから、ミニバスが出る。

行く旅行者が少ない場合には、20Rs/1人。多い場合には安くなる(要交渉)。

帰宅は各自となるので、そのつもりで。夜中でもあるので、くれぐれも注意が必要。
オートリクシャーでは、20〜30Rs程度。

 

 

ミニコラム

++会場では・・・++

周り中がマリファナを吸っている。そして、どんどん誘いがかかる。

しかし、パキスタンでも違法であることに変わりはないので、くれぐれもタバコと勘違いしないように。

他にお菓子やココナツなども貰えたりする。みんな、何かと親切なのだ。

 

 

ミニコラム

++ATM++

ATMが使えないと、長期旅行者には本当に不便。
全ての予算を現金やTCで運ぶと重くなるし危険。
※TCといえども、再発行されないリスクもあり、時間もかかる。盗まれないに濾したことはない。
また、それ以上に「重い」のは困る。・・・貴重品袋も厚くなってしまうし・・・。

 

 

ミニコラム

++電車は1等++

質は悪いと書いたものの、やはり乗るなら1等がオススメ。
なにより、割引によりとても安くなる(現地の人と同室の場合は、申し訳ない)。それに個室なのでうるさく煩わされることもない。
→話し好きの人が一緒だと、うるさく感じるかもしれないが・・・(笑)、それは2等も同じ。

 

 

ミニ情報

++服レンタル++

ラホールの宿ではフリーでパキスタンスタイルの服を貸してくれる。(女性のみ)
オーナーの趣味なのか、たくさんの服が置かれてあり、自由に選んで来ていって良い。持ち帰りも自由。「No Thanks.」と断っても押しが強く、かなり勧めている様子。これらの服を借りれば、身体のラインを隠すことができるのし、問題なく街を歩けるので、遠慮なく借りよう。


 

ミニコラム

++ニセモノ注意++

電車に乗り込むと、電車内の注文を取るかのようにパキスタン人が現れる(おそらく外国人と見てやってくる)。

駅構内にあるマクドナルドや、普通のお店の商品などを売ろうとするのだが、とてもとても高い。
自分で買いに行く値段の倍近くもする。
これは、本当の従業員ではなく、ただの掃除夫だったり、その辺で働いている人たち。
自分たちで買いに行くのが面倒な場合以外は、注文するのはやめた方が良い。

 

 

ミニ情報

++電車内ご飯++

ビリヤーニがあるとのことで、早速注文してみた。

ベジ・ビリヤーニ
 (10Rs=約20円)
チキン・ビリヤーニ
 (60Rs=約120円)

こんなに値段が違うのは、よほどチキンが高いのかと思いきや・・・、量がぜんぜん違った。
チキンは、ベジの3〜4倍ほどの量があるのだ。女性が1人では食べきれない量だ。男性でもお腹がかなり減っていないと食べきれない。

パキスタン人は、大食い!?

 

 

ミニコラム

++寝台スペース++

1等寝台の場合、下段より上段の方が広い。
下段には、よりかかる分のクッションが付いているのだが(当たり前)、その分だけ狭くなってしまている。

ただし、上段にはなぜか砂ぼこりが溜まっている。利用する人が少ないからだろうか。砂漠を走るのでやむを得ないのだろうが、窓や扉を全部閉めても隙間が多いのは困りもの。

クエッタの印象。

ケンさん、ドイツ人とブラジル人カップルと共に駅を降り、宿探し。

ラホールは、あまり知らないままに終わってしまった。だから、ラホールとの比較はできないのだが、クエッタには好印象を持った。ラホールみたいにゴミゴミしていないし、道や建物も整然としてきれい。治安の方は相変わらずデモがあったりと安心はできないけれど、それなりの好奇心が沸いた。

皆、親切に道を教えてくれる。ジンナー通りは、駅前のちょっと寂れた(?)安宿街のようだ。

ガイドブックに載っている有名宿(ムスリム ホテル)は値段の割に部屋が汚かったり、ぱっとしない宿だった。5人全員が納得するまで探すので、それなりに条件も厳しくなるのだ(一緒の方が割引交渉がしやすい)。

何軒か見て回るうちに1軒、良さそうなホテルが見つかった。建物は古いものだが、フロントもしっかりしているし、部屋もきれいめだ。トリプルの部屋もあり、ケンさんと3人で借りれば安くなる。ドイツ人たちも納得した様子で2部屋借りることにした。特に彼女のブラジル人は部屋のチェックが厳しく、シャワーからちゃんとお湯が出るだろうか?電気はちゃんと付くだろうか?と私たち以上に厳しい。もちろん、フロントで値段交渉も欠かなかった。

ラホールの宿は外国人だけが泊まっていたので、ホテル内では半袖で過ごしたり、頭をスカーフなどで覆う必要がなかった。
クエッタでは外国人専用の宿というわけではないので、部屋のドアを開けてからの世界が変わる。本来ならスカーフを覆ったりして肌を見せないように心がけなければならないのだろう。私はあまり気にせず、そのまま屋上へ上がったりしてしまったりしたが、パキスタン人的にはきっとタブーなんだろう。怠惰な私は面倒だなぁと思ってしまったが、いちいち気にしていたらストレスがたまりそうではないか?
タカが訪れた約10年前はスカーフを頭に覆う人はあまりいなかった気がするそうだが、町の外に出れば女性は100%被っている。昔と今では違うようなのだ。

ケンさんと3人で荷物を解き、部屋に落ち着いた。早くもパキスタン最後の夜となるのであった。

●マシュハド行きの飛行機!?(クエッタ)

クエッタに着いて、まずやることは飛行機のチェックだ。

ガイドブックを見ると、クエッタからイランのマシュハドまでの便が週に1便あるという。宿のフロントで代理店を聞くと、その人は親切にも一緒に着いてきてくれた。
尋ねると、その便はないと言う。ラホールやカラチからの便はあるようだが、クエッタから出る便はないとのことだ。仕方がないので、念のため次の代理店へと足を運ぶことにした。

次の代理店へはオートリクシャーで向かった。同じように聞いてみるが、同じように「ない」との答えだった。ガイドブックが間違っているのか、昔の情報なのか定かではないが、今現在その便は存在しないそうだ。

マシュハドはイランの北西に位置し、旅の流れでいうと外れの方にある。飛行機で飛んでしまえば楽だし、旅がスムーズに進む。
しかし、便がないのであきらめるしかない。イスファーン辺りからマシュハドに飛び、そこからテヘランに向かおうということになった。イラン国内はガソリンが安いので、飛行機代も驚くほど安いと聞いていたし。

それにしても建物がきれい、ピカピカだ。
クエッタは新らしくできた町なのか?よくは分からないが、町の中心は新しい建物が多い。

靴屋さんのおじさん。

●クエッタでの短いトラベル日記。

パキスタン最後の夜は、インドで買っておいたジンをケンさんと一緒に飲んだ。
ケンさんは日本ではタバコもお酒もやらなかったそうだ。旅行に出て、それも最近になって両方とも始めたらしい。お酒は量は飲めないと言っていたが、それにも関わらず、ジンをドボドボ入れて飲んでいたのには驚いた。普段はビールを飲むようで、適量を知らなかったようだ。

バザール近辺の風景、中国のウイグルのようにロバが多い。イスラム圏に入るとロバが増えるのはなぜだろう?

翌朝、起きるとすでに11時をまわっていた。どうやら3人とも夜更かしし過ぎたようだ。ケンさんは早朝に起きたようだが、2度寝してしまったらしい。私も昨夜はなかなか寝付けず、朝方になってからようやく寝た。

本当は2時のチェックアウト前にマーケットへ行き、イラン通貨の両替を済ませるはずだったのにもう間に合わない。完全な寝坊だ。とにかくチェックアウトをし、荷物をフロントに預け、オートリクシャーでマーケットへ向かった

マーケットは、中国のウイグル地区を彷彿とさせる雰囲気があった。
大きいナーンを飛ばすように焼く人、道端に座り込み、雑貨を売る年配のおじいちゃん、ひっそりと隠れるように歩く女性たち。イスラム国独特のにおいや雰囲気が滲み出ていておもしろい。活気と喧騒が押し寄せる。

歩いていると、いろいろな声がかかる。
「こーにちはー!」
「How Are You?」
「チャン、チン、チョン」(中国人をバカにした声。)

両替屋を探し求め歩くが、なかなか見つからない。すると、日本語ペラペラな人に声をかけられた。拒否反応で怪しい!と思ったが、絨毯屋ということを聞いて納得した。ラホールの情報ノートを読んで知っていたのだが、パキスタンの絨毯屋は日本語を話す人が多いのだそうだ。怪しいものばかりではなく、特別な買物をしなくてもタダでお茶のサービスをしてくれるなど、ただの親切心からの人も多いらしい。
日本語もかなり上手なので、その人に甘えてついて行ってみることにした。
両替屋は本当にたくさんあり、その中でも彼は選りすぐり(?)の場所を紹介してくれた。
「これは?」
と聞くと、
「ここは怪しいからやめておけ。」
と教えてくれる。闇両替の世界にもいろいろあるんだろう。
ケンさんは短い期間なので20ドルだけをイラン・リヤルに、私たちは残ったパキスタン・ルピー全額をイラン・リヤルに両替した。これでひとまず安心だ。

それからお楽しみのランチだ。パキスタンではほとんど外食らしい外食をしていなかった。だから、散歩がてらにいろいろな店を物色した。

男性の目の前の穴の内部は、大きな窯になっている。ウマい具合にナーンを出し入れする。

入ったのはごく普通のレストランで、土の釜でナーンを上手に焼いている店だ。ナーンなどを焼いている姿を見ていると、自分もイスラム世界にやって来たんだなぁと実感する。
大根や肉をトマトソースで和えたようなおかずとナーンを頼んだ。意外にもキツめの香辛料は入っていないので、味は結構イケる。パキスタン料理の定番は、複数の鍋から自分の欲しいものをチョイスし、ナーンなどのパンなどと共に食べる。インドのようにノンベジじゃないので、肉がメインとなる。飲み物はあまり置いてなくて、店の水がサービスで付いてくる。

なかなか楽しめたクエッタ滞在であった。

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ミニコラム

++英字新聞++

5Rs(約10円)で売られている。クエッタ近辺の情報収集(安全確認とか)も兼ねて、ちょっと買ってみても良い値段。暇つぶしにもなる。

私たちがクエッタに来る少し前に中国人4人が殺害される事件が起きていた。
また、クエッタより少し南でバスが爆破されていた。

時期にもよるが、安全情報は重要!!

 

 

ミニコラム

++クエッタ発バス++

バスチケットを買っていなくとも、直接にバスターミナルに行けば良い。
そして、シートが良さそうなバスを選んで乗る。どれも、イマイチなバスだがクッションなど多少の違いはある。
また、座席は決まっていないので、早く行けば好きな場所に座れる。
※チケットを買う際に、シートを選ばせてくれるが、余り意味はない。

 

ミニコラム

++女性率++

パキスタンに入った途端、女性の姿が減ったように思われる。商人や運転手は当たり前のように男性、街で買物する女性は皆無に等しい。イスラム国に入ったことを実感する出来事だ。

 

ミニコラム

++カーテン++

パキスタンのオートリクシャーの客席は、外から見えないように囲まれてしまっている。ドアやカーテンなどで中を隠されているのだ。これもこの国特有「女性隠し」なのか??

 

 

ミニコラム

++シャワー++

冬は寒いだけあって、パキスタンのシャワー事情は良い。かなりの安宿に泊まらなければ、ホットシャワーはだいたい付いているように思われる。水量も申し分なく出るし、温まれる。さすがにここは東南アジアのような南国ではない?!

 

ミニコラム

++顔++

広いパキスタン、ラホールからクエッタに行くだけで随分現地人の顔が変わる。クエッタは西に近いだけあって、白い肌、目鼻立ちのはっきりした西洋系の人をたまに見かける。それとは逆にラホールはアジア系の濃い人が多いように思われる。

 

 

ミニコラム

++言葉++

クエッタの安食堂は英語が通じないことが多い。だいたいが指差し注文。でも自分の目で見て選べるので安心だ。いろいろ悩んでいると、英語を話せる人が必ず現れる。
ラホールはだいたいが通じる。

 

 

ミニ情報

++服装1++

インドやパキスタンで男性が着ている白やベージュの上下セット服は、イランではあまり役に立たない。イランは洋服を着ている人が大半なので、これらの服は逆に浮いてしまって格好悪い。女性も同じ。

ミニ情報

++服装2++

パキスタンでの女性は、頭にスカーフなどを巻いてい頭を隠さなくてはならない。服装は黒、茶い、グレーなどの地味めの上下セットが多い。またはチャドルを全身にまとう人も多い。ダボダボとしたもので身体のラインを見せないのが基本だ。
もちろん、外国人もそれに習わなければならない。

●パキスタンからイラン入り。(クエッタ-ザーヘダーン)

国境(クーイ・タフタン)行きのバスは会社が複数ある。どれにするか悩んだが、席と席の間にゆとりがありそうなバスを選ぶ。
バスは代理店の前ではなく、オートリクシャーで5分ほどかかる広場に停まっている。そこでは夕陽を背に、サッカーで遊ぶパキスタン人たちがいた。田舎の、のどかな光景といった感じだ。外国人が珍しいらしく、何人ものの人が集まりだした。バスの中に入り、座って待っていても窓の外から「hello、hello」といった声が飛ぶ。いかにもパキスタンといった光景だ。

パキスタンの乗り物は、はっきり言って質が悪い!列車もガタンガタンと激しい揺れと音がしていたが、バスも同様に私たちを不眠にさせる。シートは硬くてお尻が痛むし、席と席の間も狭くて足を伸ばせない。タカと私には疲労となってしまった移動だったが、ケンさんはいつものように熟睡しているようだった。
ケンさんは、本当にいつも寝つきが良い。途中、夜中に警察によるパスポートチェックが行われたが、現地の人のように頭にマフラーをくるくると巻いて熟睡していたケンはそれを免れた。おそらく、パキスタン人に間違われたのだろう。歳を召すと、国籍がごまかせることがあると思う。ラッキーなこともあるのだ。

パキスタン側の国境に着いたのは、国境が開く1時間前の朝8時頃だった。
適当にお茶をし、くつろいでいると、すぐに国境が開く時間になった。日本人はチェックがゆるいとは聞いていたが、ここでも簡単にパスした。何もチェックなしにパキスタンを出国し、イラン側でも荷物のチェックなしに難なく入国できた。私たちは不正にもお酒を持参していたので、内心は不安だった。だけれど、X線チェックもない。バレなくて良かった〜(笑)。

何やら道路がきれいだ。
ネパール、インド、パキスタンからやって来た身としては、余りの差にびっくりしてしまう。ボロバス、揺れる道路ばかりだったが、イランに入った途端、風景と共に道路も変わった。
イランの国境からは贅沢にもタクシーに乗り、約90km先の町ザーヘダーンへ向かった。1時間ほどで乗換え無しで着くこと、国境から出ている隣町への無料ミニバスが出ていなかったこと。そして、何と言ってもタクシー代が安かったからこそのことだ。石油の安いイランに入ってきたことを実感した。
道路は、国境からザーヘダーンまで同じように平らできれい。スピードを出しても何ら障害なく、スイスイと進んだ。とっても快適だ!

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ミニコラム

++バス停?++

私たち乗ったバスは、国境手前の街(タフタン)で停車してしまった。タだの町中で何もない場所である。
周りにはタクシーだらけ。しかも、100Rsとか言っている。

ただし、歩けば1kmもない場所だった。この街自体が小さいので、タクシーには乗らず歩いていける。

 

 
左:パキスタンのスウィート屋。 右:ナーンと肉と大根の炒めもの。鍋から好きなものを自由に取る仕組み。結構うまい!

 
左:パキスタンの定食?ナーンとダルー(豆と肉の炒め物)。 右:左の料理の屋台。

 
左:屋台のサンドウィッチ屋さん 右:列車の中で食べたビリヤーニ(ビーフ入りピラフみたいなもの。)

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