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ヴァラナシ駅に着くと、デリーに向かう列車は既に到着していた。 特に騒ぐこともなく、早めに寝台を作る。そして、気持ちよく横になり本を読む。今夜はうるさいインド人に邪魔されることなく快適に眠れる。いやぁ〜、ついているのだ。 電車はちょっと遅れてニューデリー駅に到着した。 そして、早々にホテルに腰を据えると、昼過ぎまでさらに寝てしまった。 イランビザ取得に必要なもの。 まずは日本大使館に向かう。ニューデリー駅の近くに泊まっている私たちにとって、日本大使館は随分と遠くにある。南に10kmほどもあるので、歩いていくことはできない。私たちは面倒くさがりなので、バス(乗換えが必要)ではなくオートリクシャ(タクシー)で向かった。 ニューデリーの日本大使館では、とても素早い対応でレターを発行してくれる。申請から10数分でレターが出来上がってしまうのだ。 次にイラン大使館に向かう。 さて、次は1週間後にイラン大使館を再訪だ。
インドは南から北へ上ってくると同時に「人の悪さ」度も上昇気味だ。コルカタに来てもそう思ったし、2度目であるヴァラナシでさえも「もおお!!」と怒ってしまうような出来事がよく起こった。 と、こんなことを書いているのも、私自身インド人に足を踏まれたからだろう。 デリーは足元に注意!なのだ! ●買物天国?(デリー) バザールでまた買物三昧してしまった! 以外にもデリーは買物天国で、安宿街にはツーリスト向けの店が軒を並べる。派手な衣類、アクセサリー、小物、お香、アユールヴェータ商品など様々だ。また、「ヘラ」と言って、インド人女性が腕などにタトゥーのように模様を塗ってくれる店も多数ある。韓国人男性が並んで塗ってもらう姿は少しおかしかった。 私もバンジャビードレスの上を2枚オーダーメイドしてもらったり、サンダルを購入したりした。インドは世界でも最安に近いぐらいの国なので、買物をしていても嬉しいことが多いのだ〜。 デリーは新市街や郊外の方まで足を伸ばせば、大きなショッピングセンターなどもある。
「無銭旅行記」のケイさんには、以前から会ってみたいと思っていた。 自転車に乗ってやってきたケイさんは、後ろに大きな荷台を取り付けた"ママチャリ"だった。それで世界を旅しているのだ。う〜ん、さすが!! それぞれの旅の話をする。 ちなみに、お金を持って日本を出たわけではないケイさんは、旅の途中でお金を稼いでいる。手品など大道芸で稼ぐのだそうだが、その時にはとても真剣でお客さんの迷惑な突込みには怒る時もあるそうだ。 そんな話をしたあと、ケイさんが立ち上がってバッグを開けようとした。しかし、どうも先ほど買ったばかりの鍵が開かない!!一生懸命に皆で挑戦するが開かない。買ったばかりなのに開かないとは、さすが中国製だ!! |
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朝早くに起きてニューデリー駅に向かう。 今日はちょっとした贅沢で、インド版新幹線ともいうようなスーパー特急に乗るのだ。普段はこんな贅沢はできないけれど、ニューデリー-アーグラー間は距離が短いので、高級な列車に乗っても法外な金額になることはない。 昨夜は同じ宿のジュン君と深夜まで酒を飲んでいたので、5時起きはつらい。電車に乗り込んだものの睡魔が襲ってくる。 それにしても飛行機のようなサービスの電車だった。 ●大騒音、鼓膜をぶち破るようなイスラム音楽。(アーグラー)
それにしても、ムスリムたちがこんな大音響を出してヒンドゥー信者たちは怒らないのだろうか!?そんな疑問を持ったが、あるヒンドゥー信者はこんなことを言っていた。
タージマハルは、ムガール帝国第5代皇帝が妻のために作ったお墓だ。全面、高級な大理石で造られていて、その姿は神々しい。このお墓には国を傾けるほどの財産を投入したらしい。愛する妻のためにここまでスゴイものを造り上げてしまうなんて、本当びっくりだ。愛は偉大だ〜。 1番びっくりするのは、その入場料である! 元を取ろうとするせせこましい(?)私たちは隅々までその壮大な姿を見物した。どこから見てもそれは真に美しく、輝いて見える。ガイドブックにある説明も誇張ではなく、本物なのだ! やはり高い値段を払っただけのことはある。入場料に加え、アーグラまでの往復電車料金、ホテル代を含めると、全く「観光ツアー」の部類に入ってしまうのであった!
入場料が5$とのこと。カメラ持参はさらに金額が増す。 1度目のチェックが終わり、さらに先に進んで中に入るとまたチェックがあった。今度はボディーチェックのようだ。チケットのチェックではない。 お城は思った以上に規模が大きく、威厳がある。大理石で造られた壁や床を見た。タージマハルを見てしまっていた今になってはちょっと見劣りするものの、やはり成金風ですごい。花や草木のデザインを実に細かく巧妙に描いた壁やお城風に切り取られた門のデザインはおもしろい。インドではあまり観光らしい観光をしてこなかったので、それがインドの中でどうすごいのかと聞かれたら分からない、と答えてしまいそうだが。とにかく、歴史の深いインドを納得できるお城なのであるのだ。 2人であーだこーだと感想を言い合いながら、1時間ほどで出口を出た。 |
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●パソコンが壊れ、中古品として売る!?(デリー) 「ああ!!!ごめん!」 直後は保存作業ができたりしたのだが、数分後の起動ではキーボードが全く反応しなくなった。ハードディスクなどには問題はないようだが、被害のあったキーボードはウンともスンとも言わないのだ。私のパソコンは起動の時にパスワードを入れるように設定してあるので、起動前で作業ができなくなってしまったのだ。 キレた私は怒りまかせにタカを責めるが、結果は何も変わらない。とにかく乾いて直ることを祈るしかない。 だが、2、3日たっても直らない。最初よりは動くキーが増えたのだが、肝心なパスワードの数字が打てない。さらにシフトキーが効いたままになっている。 4、5日たっても直る様子がないので、修理屋に持って行くことに決めた。宿の人に聞くと、歩いて行ける距離のところで直せると言う。 ニューデリーの方へオートリクシャーで戻り、ネットカフェへ行ってみた。 翌日、そのネールプレイスという、日本で言うところの秋葉原へと足を運んだ。距離はやはり遠く、オートリクシャーでも60Rsかかる。 「5000Rsでどうか?」 結局、パソコンは5500Rsで売った。ログインができたので、タカの方のパソコンに中身をコピーできていたし、失ったデータは何一つなかった。荷物が減り、かなり身軽になった。ディジュリドゥも送ったことだし、本当に一気に荷物が減ったのだった!!いいのか、悪いのか?(笑) ●イランビザ。(デリー) イランビザを申請してから1週間経った。 イランビザは、取得までに誰でもだいたい平均10日ぐらいかかっていて、それより短くできる可能性は低い。みんな均等になるように(?)、混んでいても混んでいなくても同じぐらいの日数に想定されているようだ。 イラン大使館でビザを申請している外国人を見ると、いつも半分以上日本人が占めているようだ。
パソコンのデータを交換したり、不要になったDVDをあげたりしながら雑談が続く。旅中でお酒好きに会うのは少ないが、インドでは2人目だ。ケイさんは、お酒は贅沢品とのことで普段は飲むことは全く無いらしい。 ボトルを1本強を空けながら、ケイさんの出たTV番組を見たりもした(友人が持ってきてくれたらしい)。 その日から新しいお宅にお世話になるとのことで、約束の時間を目指して20時頃に足取りもフラフラしながら自転車で帰って行った。バイクにぶつかって右足が凄く腫れてしまったのは、ご愛嬌らしいが・・・。 またどこかで会えたら、今度は余裕を持って一緒に飲みたい。 デリー〜アムリトサルの電車はとても空いていた。 そもそも、この列車は出発が2時間弱も遅れた。 インドの列車もこれで最後だ。インドは本当にでかいから、列車には相当にお世話になった。窮屈なバスに比べると、列車で足を伸ばして寝られるのは本当にありがたい。8時間ほどの移動なら慣れているし楽だが、10時間とか20時間とかになると絶対絶対列車で横になりたい。 夜中、どこかの田舎の駅で数人の家族が同じボックスに乗り込んできた。けれど、朝方にはもういない。夜中に乗り込んで朝方降りてしまったようだ。寝ていた私たちは顔さえ合わせていない。こんなこともあるのだ。 2時間遅れで出発した列車は、やはり2時間遅れのままだ。アムリトサルでは、のんびりゴールデン・テンプルを観光する予定だったのだが、それもままならない。早朝から昼頃まで観光し、パキスタンの国境を越える予定だったのに・・・。(国境は3:30で閉まる)一体どうなるのやら。 |
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●シーク教徒の総本山。(アムリトサル)
アムリトサルでは一大有名名所である"ゴールデンテンプル"だ。それは、シーク教の総本山である寺院なのだ。 シーク教徒もヒンドゥー教徒のように、沐浴をする。祈りを捧げた後、中央の池に軽装したまま入る。また、身体を地面に伏せて一心不乱に祈る人たちもいる。ここも生きた宗教の現場だ。 「キッチンがある・・・?」 シーク教徒は、タバコもお酒も厳禁らしい。タバコをこのゴールデンテンプルに持ち込もうとすると、厳しく怒られてしまったりもするらしい。さらには「毛」を切る習慣もなく、髭と髪は伸ばしっぱなし。長ーく伸びた髪の毛はクルクルと巻き、ターバンでまとめる。シーク教徒はインド人の中でも体格も良いし、ちょっと普通とは違って見える。本当いろいろな人がいるもんだ。 ●アムリトサルからパキスタン国境へ・・・。 「全部で50Rsでいいよ。」 ゴールデンテンプルまでの道は上り坂もあり、自転車での走りはキツい。その時は私たちも降りて歩いたし、運転手になるべく迷惑かけないようにしていたつもりだ。それなのに、バス停まで行く時になると、 偶然にも国境へ向かうという軽自動車が止まった。 軽自動車はとっても快適で、スイスイと国境を目指し走っていく。運転手も助手席の人も良くしてくれ、おいしいミカンをくれたりもした。 |
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