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年始のゴア発バス料金は高い! それにしても、インドのバスはレベルが高い。もちろんマレーシアのようには行かないが、リクライニング度とシートの快適度など意外にも高いのだ。今回のバスもシートがかなり倒れて良い。 バンガロールへは昼頃に到着した。 ●ファーストフードと酒屋が印象的な町?(バンガロール)
ホテルはいろいろ探したが、300Rs以下のものが見つからない。地球の歩き方は安宿なんて載せないもんね!と歌っているし、安宿通りが見つからない。さらには正月ボケときている。探すのも聞くのも気合が必要なのだ。タカは、 レストランは高い場所ばかりだが、1箇所だけ良いところが見つかった。ファーストフードでターリーやドーサーを安く出している店があるのだ。立ち食いで雰囲気こそないが、味がなかなかイケる。南部はほどよくマサラを使っているので良い。(2人とも強いマサラ味は苦手。)
インド料理。 はっきり言って、良いイメージを持っていない。以前に訪れた時、何でもかんでもカレー味で、滞在するうちに嫌気が来てしまったのだ。そのままずっと過ごしてきて、日本でもインド料理は決して食べなかった。 「インド料理、おいしいから食べに行こう!」 しかし最近になって、マサーラー・ドーサやらターリーを食べて思う。 ちなみに、インド自体に対する印象も以前のものと違うかもしれない。
今回の列車は贅沢にもACチェアーだ。これはエアコン付きの指定席だ。
チェンナイはインド四大都市のひとつ。面積もかなり広く、どこまで行っても都会らしい雰囲気が続く。 チェンナイの駅を出て長距離バスターミナル行きのバスを探した。あるインド人に場所を尋ねると200mほど離れたバス停まで付いてきてくれ、親切に教えてくれた。最初は不謹慎にも、 それから言われた通りの路線バスに乗り込んだ。超満員なバスだったので、ぎゅうぎゅうの中を重い荷物を担いで立っていた。タカがバスの行き先の再確認をすぐ近くにいた若いインド人にすると、親切に教えてくれた。また、さらに私に席を譲ってくれた。 |
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マハーバリプラムはそのいい例で、町に着いてすぐに、、 ホテル街はビーチから町の中心へ行く1本の通り沿いにある。そこの通りだけ外国人が多く行き来していて、他の通りとはぐっと雰囲気が変わる。お土産屋が並び、活気があるのかないのか、半端な感じも私好みだ。 気になることは、この町の貧しさだろうか。 こんな、いろんな面があるマハーバリプラムだが、私はすっかり気に入ってしまった。特別な「何か」があるわけではないし、半分以上の人が素通りしてしまうような町なのにである。 本当にいい・・・。
マハーバリプラムの小高い岩山とその周辺には、多くの遺跡が残されている。「アルジュナの苦行」もその1つで、幅29m高さ13mの巨大な岩の彫刻だ。ガンガーが生まれた時の様子などを描いている。保存状態も良く、そんな古い状態に見えないためか、マユが
その他にも岩山には、ガネーシャの寺院やティルムティーの寺院、灯台跡・・・といろいろなものが残されている。 ところで、小高い岩の西にある湖を越えた方に、さらに2つの遺跡がある。 ●遺跡巡り(No.2)。世界遺産を見に行く。(マハーバリプラム) 海岸寺院。7世紀後半に建てられた小さな寺院で、当時は波打ち際に立てられていた。今は波や風による侵食を防ぐために防風林や岩の堤防が築かれている。かつては、7つの寺院が並んでいたらしいが、今では1つが残るのみだ。 ファイブ・ラタ。岩彫り寺院が5つあり、それらは1つの巨大な花崗岩から掘り出されたものらしい。また、その5つの寺院の特徴が、その後のトラヴィダ建築様式に大きな影響を与えたようで歴史的にもとても重要らしい。
しかし、、、入場料が250Rsかかる。これは遺跡2つの共通チケットの値段だ。 「かゆいかゆい、かゆい〜。」 仕方なく私が蚊取り線香に火を付けに行く。火を付けながら、私にもたくさんの"蚊の跡"が残っていることに気づいた。 この部屋には、本当に蚊が多い。夕方から朝方にかけて、蚊が見えるくらい飛んでいるのだ。インドネシアのジャカルタの宿の蚊は、数も質も最悪だった。マハーバリプラムは、それに次ぐくらいの攻撃だ。最近、蚊の少ないところにいたので、特に感じるのかもしれないが、隣室でも同様に蚊の被害を言っているので、確かにここの蚊は頑張っているのだろう。 数日後・・・。 仕方なく私が蚊取り線香に火を付けに行く。う〜ん、蚊取り線香係は私になったのだろうか!? そもそもマハーバリプラムの町にやって来た理由は、この時期にちょうど開かれているダンス・フェスティバル※を見るためだ。
私たちの見たダンスは有名なバラタナーティヤム、足に重みのある鈴を付けて音を奏でるカタック、モヒーニアティヤムなど。地域ごと変わるそれぞれのダンスの違いに期待をしていたが、実際は大きな違いはないようだ。1日2ステージあり、1度目は若くて細い人が踊り、その後は大御所といった感じの太めのおばさんが踊るのがパターンのようであった。 どちらかと言うとインド舞踊はダンスの元祖であり、パントマイムであり、ミュージカルだ。 とにかく、インド舞踊を踊る人は気持ちが良さそうだ。私はバリ舞踊をやる時は、目、口、手、指、腰、足などいろいろなことに気をつけていなければならないので、笑顔という余裕はあまり生まれないのだが、このインド舞踊は即興性もあるようで、気持ちいい優雅なダンスに見えた。 初日、私は一番のりで席に着いた。30分も前から一番前のセンターを陣地取り、(きっと)ウキウキした形相でダンスを待ち望んでいた。後ろの席も結構満員で活気があった。 ※毎年クリスマス前後〜2月上旬頃の土日祝日に開催されるダンス・フェスティバル。料金は前方の席が(VIP)で100Rs、中方の席が同じく100Rs、後方の席は(Public)で無料。規模こそは大きくないが、このフェスティバルに合わせてやって来る観光客も多いようだ。遺跡がそのままステージになるのがおもしろい。ライティングやビデオ、カメラももちろんプロ仕様で本格的だった。 |
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はっきり言って、私は踊りに対して"特に"造詣がない。
マユの影響もあり、初めはインド舞踊とバリ舞踊の比較しながら見ていた。バリ舞踊を初めとして、東南アジアの踊りの多くはインド古典の「ラーマヤーナ」などをテーマとしているものが多い。そういう関係からも、踊りに類似性があるかと思っていた。 そんなことを考えながらフト気づいた。 そんな、ダンスとは直接に関係ないことも考えながら3日間見た感想は、 ●隣室の旅行者と。(マハーバリプラム)
マハーバリプラムでも、偶然に隣室が日本人だった。 初日は、軽く挨拶だけを交わした。 2人はチェンナイで何人かの日本人と知り合ったらしい。 そのうちの1人は、隣町のポンディシェリの北にあるオーロヴィルのコミュニティに行くのが目的らしい。私もその話を聞いて、グッと興味を持った。 隣室の2人とは酒を飲んだり、夜にだらだらと話したりして過ごした。 ところである夜、、、ホテルの前に何やら突然に観光バスが停まった。 「どうする?これに乗る?」 「乗ろう!」 随分とたってから座席に座ることはできたのだが、やはり、(乗車地が)始発のバスの時間を確認し"座れるように"念を入れる方が絶対に良い!! ●荒れた道の移動。(ポンディシェリ-タンジャーヴール(タンジョール)) ポンディシェリのバス停は、安宿がある街の中心エリアから少し離れている。そんなわけで、いつもの「歩き」ではなくオートリクシャで向かうことにした。 「タンジョールに行きたいのですけど・・・。」 タンジョール行きはないけれど、クンバコナム行きのバスがすぐに出発するらしい。そして、クンバコナムからタンジョールへは、バスが頻繁に出ているとのことだった。 ポンディシェリを出発し、1時間もしないうちに隣町(?)のバスターミナルに停車した。それが、30分ほども止まっているので、 クンバコナムからタンジョールのバスもすぐに出発した。両方のバスに、ほとんど待たずに乗れたのはとても運が良い。 |
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月に2回しかないセレモニーの日だ。 信者からの供え物である牛乳や色の付いた粉を入れた水を、ナンディ像にかけるのだ。たくさんの信者が、ブリハディーシュワラ寺院に集まる。広場はインド人に埋め尽くされる。遺跡を見に来たのではなく「今も生きている寺院を見に来た」のだと、あらためて実感する。 寺院には修復をはじめとして、大きな手は入っていないようだ。壁面の多くは黒くなり、神像も表面が削れている。塔門(ゴープラム)のみは、最近に完成を見たとかでとても新しいようだが、その作りもとても美しい。 ブリハディーシュワラ寺院は、チョーラ王朝の繁栄を築いたラージャラージャ1世によって、1010年に建立されたトラヴィダ様式の寺院だ。それ以前に建てられた、南インドの寺院本堂の5倍以上の高さがある。南インドはおろか、当時としては世界最高の高さを誇る建築物だったらしい。 本堂はとにかく大きい。 そんな寺院を眺め、満足して宿に向かった。 ●混雑ながらも快適な移動。(タンジャーヴール−マドゥライ) タンジャーヴールからマドゥライに向かうバスは、市郊外にあるニュー・バスターミナルとのこと。私たちはオールド・バスターミナルの前に泊まっていたので路線バス(No.74、3Rs)で向かう。 マドゥライに向かうバスは、すぐに見つかった。やはり、頻繁に出ているようだ。朝食もまだなので、揚げ物やスウィートなどを買い込んで、いざバスに乗車。なかなか混んでいる。相変わらずインド人は狭い席に身体を縮めて座っている。 最後列に席を確保し出発した。バスは大混雑で、立っている人は苦しそう。途中で減るのかとも思ったが、誰かが降りても別の乗客が入れ替わり、混雑は随分と続いた。道路はずっと問題なく、4時間程度の快適な移動だった。 マドゥライのニュー・セントラル・バスターミナルは、電車の駅や安宿街からは随分と離れている。そんなわけで、路線バスの番号3番が駅前を通ることを確認し、向かった。
ミーナークシ寺院は凄く良い。
黒のルンギーや黒の服を着た集団がいくつもいる。何だかかっこよく輝いているような気がして写真を撮らせてもらった。どこから来たのかとか、撮らせてもらった写真を見せながら話をしたが、なぜ黒い装束なのかなどが分からなかった。 話は戻って、寺院の良さについて。 ●やはり再会。マサくんとフミくん。(マドゥライ) (あっ、やっぱりいた!!) ポンディシェリで別れて、南部に向かっているので何処か出会うとは思っていた。おそらくカニャークマリでも会うのだろう。こういった別れと出会いが頻繁にあるのも旅の面白さだ。 宿に着いてチェックイン前に部屋を確認する時に、マサくんと廊下で出会ったのだが、夜は当然のように飲み会になった。 ●同じ路線バスでもかなり違う。(マドゥライ−カニャークマリ) カニャークマリまでのバスは、6時間ほどかかるらしい。 「おっ、もう出発しそうだよ。」 さすがに、ずっと腰を屈めているのはツライ。 (なんだぁ〜、普通のバスかぁ〜。) |
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(なんだ!?) ザァーッ。 乗客はすみやかに車内に出て、雨に打たれながらバスを見守っている。 ほっ。 皆がなんとなく心配そうに見守る中、バスのエンジンは意外にも簡単にかかる。皆がなんとなく心配そうに乗り込む中、バスは意外にも順調に進みだす。
カニャークマリはヴァラナシと同じようなガートがあり、そこから海へ入って沐浴できる。ヴァラナシと違い、いろんな意味での菌を気にする必要もないので気が楽だ。 マサ君やフミ君のいると思われるYHAに旅の荷を解いた。 雨が上がると、巡礼客や観光に来た外国人の姿も増えたきた。ガートまで出る通りにはいくつもの店やレストランが立ち並ぶ。翌日以降の休日には本当にたくさんの巡礼客でどの店もいっぱいになっていて凄いなぁと思った。巡礼には関係のなさそうなテイラーや時計屋なども混んでいるのだ。 ●黒い巡礼インド人客。(カニャークマリ)
「写真を一緒に撮っていいですか?」 ガンジー博物館では、そのために軽く人垣ができてしまった。 ●カニャークマリの観光。
あとはクマリ・アンマン寺院だろうか。 私たちも巡礼客に混じって列に並び、したたかにも(?)寺院の中へ中へと入っていった。寺院内は特別大きいわけでも、歴史が古いわけでもないが、エネルギーで充満している。厳かで重みのある雰囲気のマドゥライとは反対に、パワーと勢いがある。 すっかりヒンドゥー色に染まった2人は、その勢いあまって、
未明には大雨が終わり、私たちはマサくんの部屋から自分たちの部屋に戻る。昨夜はお酒などを飲んでいるうちに、凄い雨が降ってきて自分たちの部屋に帰れなくなってしまったのだ。 雨などは全く想像もせず、窓を開け放って出かけていたので、いったい部屋の中がどんな様子になっていることか・・・。ベッドまでビショビショだろうか? いや、もしかしたら、少し床が濡れているだけかもしれない。なるべく楽観的な想像しつつ部屋への足を速める。 階段を上り部屋に辿り着いた。私たちの隣の部屋の前は、水浸しになっている。扉の下の隙間から、水がはみ出して来ているのだ。隣の部屋も窓を閉めていなかったのだろう。もしかしたら、雨漏りがあったのかもしれない。幸いにも私たちの部屋からは水がはみ出していない。 恐る恐る私たちの部屋の扉を開ける。 「ああぁ〜!!」 水を部屋の外に出そうと、板で廊下に掃き出していたのだが、それではとても間に合わないと判断した。既に廊下も水で一杯で、掃き出す先もないのだ。 水を吸い取って、搾る。 そんなことをしばらく続けたが、水が無くなる気配はない。 そんなことを1時間近くもやっていただろうか。ようやく水が減ってきて、何とか扇風機さえ付けば1日で乾きそうな気がする。そう、今日はあいにくにも停電で扇風機さえも使えないのだが・・・。 もうこれくらいでいいだろう。床をモップで洗った状態よりは湿っているが、ある程度で終わりにすることにする。昨夜からほとんど寝ていないのに、早朝から大掃除をしてしまった。 起きると夕方だったが、幸いにも天井にある扇風機は、カタカタと静かな音を立てながら回っていた。私たちは扇風機を"強"にして、さらに部屋を乾かす。 カニャークマリからチェンナイに行く列車のチケットが手に入らない。 ちょうどこの日は大型連休が終わったところで、列車は混み混みの状態にあったのだ。 ようやく列車が来た。 私たちがいつも乗る列車は、2ndクラスのスリーパーだ。これは、指定席の中では下から2番目のランクで、横になって寝ることができる一番安い席だ。そして、このクラスだとパブリックバスに比べて割安に行ける。リクライニングするだけのバスより、完全に横になれる列車の方が安いなら、普通は列車を取るだろう。 だけれど、この時はどうにも列車のチケット入手は難しいので、ホテル近くの旅行代理店でバスを手配した。料金は1.5倍ほどしてしまうが、先に進めないよりはマシだ。既に1日待っていたので、どうしても出たくなってしまっていた。 バスは思っていた以上に良いシートだった。リクライニング角度も普通のものより大きいし、幅もやや広めで室内もきれい。さらに「足置き」もある。 ●南部大好き! ポンディシェリは、興味あったインド古典舞踊が習える数少ない場所だ。そんな噂を聞きつけ、ポンディシェリへ行き、到着後すぐに教室に出向いてみた。そして内容や料金を聞いたのだが、何だか何より前よりやる気が出ない。マハーバリプラムでフェスティバルで充分に堪能できたからか、正月ボケが続いているか、理由は定かではないが。 「ダンスどうしよ〜。ちょっと面倒だなぁ。何かを始めるのってかなりのエネルギーが必要だよね〜。」
旅の移動の面倒くささも、宿探しの大変さも、直接的には現地人とは関係ないのだが、南ののんびりとした穏やかな空気にゆらゆら揺られていると、ついつい「特別な何かをする」ことが面倒になってしまうのは否めない。 |
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