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尻をたたき、ゴアを出た。(ゴア-バンガロール)

年始のゴア発バス料金は高い!
かなり、ぼっているようだが仕方ない。私たちは中部にあるバンガロールというITシティを目指す。東海岸のチェンナイに行きたいのだが、一気に進むには正月ボケがあり過ぎる。バンガロールで一旦休めば移動もさほど苦ではない。

それにしても、インドのバスはレベルが高い。もちろんマレーシアのようには行かないが、リクライニング度とシートの快適度など意外にも高いのだ。今回のバスもシートがかなり倒れて良い。
ただ、久しぶりにバスで寝たせいか私の足がかなーり浮腫んだ。ずっと同じ体勢、同じ角度で足を伸ばしていると痛みを感じるのだ。しかも、片方の目が腫れてお岩さん状態になった。移動も楽ではない。

バンガロールへは昼頃に到着した。
バンガロールは標高が1000m弱あるらしいのだが、ゴアと気温がほとんど変わらずに暑い。ヴァラナシなどの涼しいところにいると暑さが懐かしくなるのだが、暑いところにいると涼しいところが懐かしくなる。人間勝手なものである。

●ファーストフードと酒屋が印象的な町?(バンガロール)

バンガロールは市街と下町とに大きく分かれる。ホテルを駅近くに取った私たちは市街の方へは行かなかったので分からないが、ここは立派なITシティである。その反対に下町の方はごく普通のインド人の町で、さほど印象の残るような町ではない。そのうえ普通の町であるはずなのに、ホテルやレストランが高い。そんなわけで、どちらかと言うと印象が悪い。

ホテルはいろいろ探したが、300Rs以下のものが見つからない。地球の歩き方は安宿なんて載せないもんね!と歌っているし、安宿通りが見つからない。さらには正月ボケときている。探すのも聞くのも気合が必要なのだ。タカは、
「俺はもう移動なんてしないもんねー。」
なんて言い張っている。私は声には出さなかったが、
(歩くのが面倒。お金がかかってもいいからリクシャーに乗りたいなぁ。)
と思っていた。(タカは見抜いていたようだが。)
正月後は涼しいところに行くのがベストなようである。(格言Byマユ)

レストランは高い場所ばかりだが、1箇所だけ良いところが見つかった。ファーストフードでターリーやドーサーを安く出している店があるのだ。立ち食いで雰囲気こそないが、味がなかなかイケる。南部はほどよくマサラを使っているので良い。(2人とも強いマサラ味は苦手。)
もう1つの良い点は酒屋が多いことだろうか。普通に店が並び、今まででは一番安い値段で手に入る。昼だろうが夜だろうが、咎められることは決してない。

インド料理も意外とイケル。(バンガロール)

インド料理。

はっきり言って、良いイメージを持っていない。以前に訪れた時、何でもかんでもカレー味で、滞在するうちに嫌気が来てしまったのだ。そのままずっと過ごしてきて、日本でもインド料理は決して食べなかった。

「インド料理、おいしいから食べに行こう!」
日本での、そんな声には耳も貸さずに忌み嫌ってきた。
インドに来ても、1ヶ月近くもインド料理を避けていた。

しかし最近になって、マサーラー・ドーサやらターリーを食べて思う。
(意外といけるな。)
これって、私の味覚が変わってきたのだろうか。
とても嬉しく思う。ただし、新しい食べ物にチャレンジする精神には相変わらず欠ける私なのだが。

ちなみに、インド自体に対する印象も以前のものと違うかもしれない。
(長期滞在したら面白そうだなぁ〜。)
(何だか自由で快適だなぁ〜。)
といった感じなのだ。今回のインド滞在は、それほど長くインドにいることができない。3月末に予定があるからなのだが、予定がなければ間違いなくビザギリギリまでの滞在を考えていただろう。
・・・というか、既にマユとこんな話をしている。
「インドにはまた戻ってこようね。」
インドは「物価が安い」以外にも、いろいろな魅力のある国のようだ。以前の私には、その辺の魅力が余り見えていなかったのだろう。

特急移動。(バンガロール-チェンナイ-マハーバリプラム)

今回の列車は贅沢にもACチェアーだ。これはエアコン付きの指定席だ。
2ndのスリーパーはそれよりも安いのだが、指定席である自分の席にインド人が勝手に居座っているなど面倒なことに巻き込まれることが多い。1つランク上のこのシートにすれば、完全な指定席として変なインド人に邪魔される心配もないのだ。(前回の列車のスリーパーでは、たまたま向かい合わせが外国人だったので、他の席に比べて部外のインド人が来る率がかなり低かったのでラッキーだったが。)

バンガロールの始発から席はガラガラだ。1/3ほども埋まっておらず、殺風景なぐらい。物売りも列車のスタッフだけだし、物乞いもやって来ない。スリーパーとは別世界だ。そういったインド人との触れ合いがないのは少し寂しくもあるが、たまにはこういった落ち着いた移動もいい。

チェンナイはインド四大都市のひとつ。面積もかなり広く、どこまで行っても都会らしい雰囲気が続く。
私たちはチェンナイに留まらず、すぐにマハーバリプラムを目指すことにした。マハーバリプラムはチェンナイから1.5時間で行けてしまう近場なのだ。

チェンナイの駅を出て長距離バスターミナル行きのバスを探した。あるインド人に場所を尋ねると200mほど離れたバス停まで付いてきてくれ、親切に教えてくれた。最初は不謹慎にも、
(この人、最後にお金くれって言ってきそうだなぁ〜。)
と思っていたが、単に親切心からだったようで何も言ってこない。断わらなければ一緒にバスに乗ってくれそうな勢いでもあった。ありがたい話だ。

それから言われた通りの路線バスに乗り込んだ。超満員なバスだったので、ぎゅうぎゅうの中を重い荷物を担いで立っていた。タカがバスの行き先の再確認をすぐ近くにいた若いインド人にすると、親切に教えてくれた。また、さらに私に席を譲ってくれた。
その後もバスを降り、一緒にバスターミナルへ行って、マハーバリプラム行きのバスを探すのもその彼が全部してくれた。彼は純粋に親切心でしてくれたようだ。
この短時間でこれだけ親切な人に会えた。南インドは親切な人が多いと聞くが、本当にその通りであった。特にチェンナイ、やるな!

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ミニコラム

++お酒++
(ゴア)

ボトルが150Rs〜(ギルビー・ジン)。
ビール大瓶が50Rs〜。
割と安い。ありがたい。

 

ミニコラム

++エコ++

インド人は自然のものを自然に使っている。
例えば、チャーイのカップは土に返る素材を使い、お皿はバナナの葉や新聞紙を使う。また、ペットボトルやビール瓶は再生する。
あとかっこいい〜と思ってしまうのが、モノの包み方。新聞でくるんだあと、麻の紐などでグルグルに縛り上げる。何だか小粋なのだ!

 

ミニコラム

++お酒++
(バンガロール)

缶ビールが26Rs〜。
ビール大瓶が40Rs〜。
割と安い。ありがたい。

 

ミニコラム

++定価++

インドの商品には必ずマックスプライスが書かれている。書かれた値段以上の金額を請求することはできないので、外国人料金などのことで交渉しないで済むのがラク。




●私が気に入った町。(マハーバリプラム)

最近思うことは、
(インドの町はそれぞれに雰囲気を異にしていて、おもしろい。しかも、だいたい町に着いて一眺めしただけで、何となく好きかそうでないかがはっきり分かる。)

マハーバリプラムはそのいい例で、町に着いてすぐに、、
(お!この町はいいではないかー!)
と思った。
ビーチ特有の開放的な雰囲気もいい。小さい規模の町なので、どこに行くのにも歩いていけるのもいい。濃すぎず薄すぎずのツーリスティックさもいい。さらに、普通のインド人街がすぐ近くにあるのも金銭的にいい。

ホテル街はビーチから町の中心へ行く1本の通り沿いにある。そこの通りだけ外国人が多く行き来していて、他の通りとはぐっと雰囲気が変わる。お土産屋が並び、活気があるのかないのか、半端な感じも私好みだ。
インド人は外国人には気軽に声をかけてくるし、親切な人が多い。また、この町は日本人率が高いらしく、片言の日本語で声をかけられることも多い。

気になることは、この町の貧しさだろうか。
今まで以上に物乞いが多い。小さな子供などは、腰付近に糸を一本巻いただけの、ほぼ裸の状態で走り回っている。道を歩いていると、大人も子供もお金、食べ物をちょうだいとジャスチャーで言って来る。
この町は世界遺産もあり、観光客もそれなりに訪れているようだが、やはりまだ貧しさが目立つようだ。毎年、ダンスフェスティバルが行われているのも、「村興し」みたいな要素も含まれて行われているのだろうか?

こんな、いろんな面があるマハーバリプラムだが、私はすっかり気に入ってしまった。特別な「何か」があるわけではないし、半分以上の人が素通りしてしまうような町なのにである。
気に入ったので、
「ここはいい!ここにレストラン&バンガローを開こうよ!」
とタカに迫ったのは言うまでもない。

本当にいい・・・。

遺跡巡り(No.1)。マユが「古くなさそう」と言う。(マハーバリプラム)

ダンス・フェスタの会場は「アルジュナの苦行」をバックに、ステージが作られている。そこを会場に選んだことも凄いし、見ている私たちにとっても印象はグッと高くなるかのようだ。
そんな風にマハーバリプラムでは、遺跡が生活に密着したような形で残されている。そこここに遺跡が残り、まるで特別な存在ではないかのように錯覚してしまう。

マハーバリプラムの小高い岩山とその周辺には、多くの遺跡が残されている。「アルジュナの苦行」もその1つで、幅29m高さ13mの巨大な岩の彫刻だ。ガンガーが生まれた時の様子などを描いている。保存状態も良く、そんな古い状態に見えないためか、マユが
「これはそんなに古くないよね〜。」
などと言っている。

私が見たかったのは「クリシュナのバターボール」と呼ばれる岩。遺跡でもないし、単に巨大な丸い岩が斜面の途中に止まっているように見える岩だ。
パッラヴァ朝時代に「象で動かそうとしたが動かなかった」と言うのは、個人的には眉唾な話のような気がするが、どちらにしてもその姿は面白い。今にも転がりそうに見えるけれど、意外と下の岩とくっついていたりするのだろうか!?

その他にも岩山には、ガネーシャの寺院やティルムティーの寺院、灯台跡・・・といろいろなものが残されている。
どれも保存状態が良いように見えるのは、全般に岩の色がきれいだからだろうか。
マユがまた、
「これもそんなに古くないよね〜。」
などと言っている。

ところで、小高い岩の西にある湖を越えた方に、さらに2つの遺跡がある。
見に行ったのだが、それらはジャングルのような林の中にあった。道は整備されていないし、棘のある木々が道まで伸びてからまっている。遺跡に辿り着くまでに随分と痛い思いをした。
痛い思いをしながら、
(ああぁ〜、遺跡マニアでもないし、来なければ良かったかなぁ〜。)
なんて思った。

●遺跡巡り(No.2)。世界遺産を見に行く。(マハーバリプラム)

海岸寺院。7世紀後半に建てられた小さな寺院で、当時は波打ち際に立てられていた。今は波や風による侵食を防ぐために防風林や岩の堤防が築かれている。かつては、7つの寺院が並んでいたらしいが、今では1つが残るのみだ。

ファイブ・ラタ。岩彫り寺院が5つあり、それらは1つの巨大な花崗岩から掘り出されたものらしい。また、その5つの寺院の特徴が、その後のトラヴィダ建築様式に大きな影響を与えたようで歴史的にもとても重要らしい。

ということを知ったのは、マハーバリプラムに行く直前だった。しかも、海岸寺院は世界遺産とのこと。
う〜ん、これは見なくてはイカン。有名なエローラやアジャンターをはじめ、オールドゴアの教会・・・全ての世界遺産を見ないで通過してきてしまったのだ。

"世界遺産だから"という理由で見る必要もないとは思うが、世界遺産に指定された自然や文化は価値のあるものなのだろう。そう考えると、私たちは貴重な旅の途中に、とてももったいないことをしているような気がする。
もっとも、あちらにも行きたいこちらにも行きたい、というのを削りながら旅をしていること自体がもったいないような気もするが、それはやむを得ないだろうか。
ともかく、今後、タージマハルには行きそうだが、ここで絶対に世界遺産を見ておくのだ、と意気込んだのだ。

しかし、、、入場料が250Rsかかる。これは遺跡2つの共通チケットの値段だ。
たいした金額ではないが、ここで1つ気になる点がある。そう、入場料など払わずとも、柵の外から覗くことができるのだ。柵は、寺院などから10〜20mほど離れた場所に立てられている。それも、ただの網なので背伸びなどしなくても筒抜けに見える。
(う〜ん。)
と少しだけ悩み、私たちは素直に外から眺めることにした。
私の個人的解釈では、歴史的な重要性はあるものの、その"モノ"自体は他の遺跡などの方が凄いように思う。南インドにもいろいろな寺院があるので、そちらに期待することにした。

●久々の蚊の大群による襲来。(マハーバリプラム)

「かゆいかゆい、かゆい〜。」
マユが夜に突然起きて言い出した。蚊取り線香が消えていたのだ。マユは、蚊取り線香が消えていたことには気づかなかったようだ。おそらく、蚊取り線香が消えて、すぐに蚊がやってきたのだろう。

仕方なく私が蚊取り線香に火を付けに行く。火を付けながら、私にもたくさんの"蚊の跡"が残っていることに気づいた。
(かゆいかゆい、かゆい〜。)

この部屋には、本当に蚊が多い。夕方から朝方にかけて、蚊が見えるくらい飛んでいるのだ。インドネシアのジャカルタの宿の蚊は、数も質も最悪だった。マハーバリプラムは、それに次ぐくらいの攻撃だ。最近、蚊の少ないところにいたので、特に感じるのかもしれないが、隣室でも同様に蚊の被害を言っているので、確かにここの蚊は頑張っているのだろう。
蚊取り線香に火をつけ、虫除けをシュッシュし、マユにも虫除けをシュッシュする。ああぁ、やっと安心してまた眠れる!

数日後・・・。
「かゆいかゆい、かゆい〜。蚊取り線香が消えてるのかなぁ〜。」
マユが夜に突然起きて言い出した。蚊取り線香が消えていたのだ。マユは、おそらく私に"蚊取り線香を付けろ"と言っているのだろう。

仕方なく私が蚊取り線香に火を付けに行く。う〜ん、蚊取り線香係は私になったのだろうか!?

ザ・ダンス・フェスティバル!!(マハーバリプラム)

そもそもマハーバリプラムの町にやって来た理由は、この時期にちょうど開かれているダンス・フェスティバル※を見るためだ。
チェンナイを含めたこの地域はタミルナードゥ州に当たるが、インド古典舞踊で一番有名な「バラタナーティヤム」の本場がここなのである。

プログラムを見ると、ダンスはちょうど滞在期間中、毎晩見れるようだ。着いてから分かったのだが、この州では4連休の始まりだった。(インドは州ごとに祝日が違う。だからカレンダーもその州専用のものが存在する。)連休を封切りに1週間先ぐらいまで連夜開催されているようだ。ちょうど良い。神様の思し召しだろうか?出にくかったゴアを、離れた意味がようやく見出せたカナ?

私たちの見たダンスは有名なバラタナーティヤム、足に重みのある鈴を付けて音を奏でるカタック、モヒーニアティヤムなど。地域ごと変わるそれぞれのダンスの違いに期待をしていたが、実際は大きな違いはないようだ。1日2ステージあり、1度目は若くて細い人が踊り、その後は大御所といった感じの太めのおばさんが踊るのがパターンのようであった。

どちらかと言うとインド舞踊はダンスの元祖であり、パントマイムであり、ミュージカルだ。
バリ舞踊が細かく繊細な動きで「特別な物語」を演出しているのに比べ、インドのそれはダイナミックで人の「Life」を身近に表現する。踊りは踊りでも、人の動きを大げさに表現したもので踊りの由来や原型が想像できる。
そして、インド舞踊やバリ舞踊などアジアに広く伝わる舞踊「宮廷舞踊」が、西のバレエ、ジャズダンス、またはアラブ系ダンスと対比していることに気がついた。西のダンスがグループ性のある大きな動きをするのに比べ、東の宮廷舞踊は目や口などの表情、手や足の指先まで細かく表現している。大きなステージに向く西のダンスと身近で見る室内鑑賞としての宮廷舞踊とでは大きな違いがあるように思えてならない。

とにかく、インド舞踊を踊る人は気持ちが良さそうだ。私はバリ舞踊をやる時は、目、口、手、指、腰、足などいろいろなことに気をつけていなければならないので、笑顔という余裕はあまり生まれないのだが、このインド舞踊は即興性もあるようで、気持ちいい優雅なダンスに見えた。
ダンスはやっぱり「エクスタシー」を感じながら踊れるのが一番なんだろうか・・・?

初日、私は一番のりで席に着いた。30分も前から一番前のセンターを陣地取り、(きっと)ウキウキした形相でダンスを待ち望んでいた。後ろの席も結構満員で活気があった。
だが、2、3日目には人がみるみる減少していって、最後には中央の有料席がかなり空席になってしまう状態になった。それに引き換え、後ろの無料席は日に日に増えているようだった。たぶん1日目で満足した人が大半なんだろう。例外に洩れず、2日目からは無料席の一番前を陣地取っていた私であった。だけど、目の悪い私はステージ目の前で見るのと、後方の席で見るのでは全く違う。
それにしても、「ダンスを見れば寝る」習性のあったタカが毎晩ダンスを見に来ていたのにはびっくり、そして嬉しかった。

※毎年クリスマス前後〜2月上旬頃の土日祝日に開催されるダンス・フェスティバル。料金は前方の席が(VIP)で100Rs、中方の席が同じく100Rs、後方の席は(Public)で無料。規模こそは大きくないが、このフェスティバルに合わせてやって来る観光客も多いようだ。遺跡がそのままステージになるのがおもしろい。ライティングやビデオ、カメラももちろんプロ仕様で本格的だった。

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ミニコラム

++入場料++

海岸寺院やパンチャ・ラタに入るには、250Rsの入場料が必要だ。
しかし、本当に興味がある人以外は払う必要はないかもしれない。それらの柵は、インドらしく鷹揚な感じで"いちおう"覆っているだけ。
間近までは行けないけれど、10mとかいう程度しか離れていない。なので、十分に眺めることができるのだ。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++アイスクリーム++

道端でアイスを食べていると、「それちょうだい。」と言ってたくさんの人が群がってくる。最初はアイスを買うお金を頂戴と言っているのかと思ったが、そうでもなく、私たちが今まさに食べているソレが欲しいと言っていることが分かった!
子供ならともかく、ヒゲを生やしたいいおっさんはやめてくれ〜と言いたい。また、ネックレス屋で片手に商品をぶら下げているくせに、「アイスクリ〜ム、アイスクリ〜ム」と要求するのもやめて欲しい(笑)。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++お酒++
(マハーバリプラム)

1/2ボトルが140Rs〜(地ウォッカ)。
ビール大瓶が65Rs〜。
高い。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++美容室++

othavadai street沿いの入口付近に美容室がある。そこには日本語をぺらぺらに話すインド人がいる。以前日本で仕事をしていたことがあったらしく、日本語はかなり上手。
美容室としてヘアカット、パーマなどからアユールヴェータ、マッサージなど広く手がけている。相談相手とかにも良いかも?

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++ブリヤーニ++

マハーバリプラムはローカル・プライスで購入できることが多い。例えば通り沿いのブリヤーニ屋さん(インド風プラフ)。10Rsも出せばチキン入りの小ビリヤーニが食べれる。味は他のものと違って癖がなく日本人の舌にも合う。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++シーフード++

海沿いの町だけに、シーフードレストランが軒を並べる。どれも新鮮なものだ。エビ、魚など、100Rs〜。
レストランで食べると高いが、ローカルなレストランで食べると安い。新しくないものだけど、焼いた魚などが置いてある。値段は聞いていないがたぶん安いと思う。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++きれい好き?++

ダンス・フェスティバルで見たおもしろい日本人の話。
席につく前に彼は椅子をきれいにウエットティッシュで拭き始めた!腰かけの部分から背もたれまでかなり念入りに!日本人のイメージが誤解されてしまいそうな一面であった。
彼は本当にインドを旅できているのだろうか??

 

 

ミニコラム

++フルムーン++

マハーバリプラムのビーチでは満月の日、フルムーン・パーティーが行われるそうな。規模は小さそうだが、意外と楽しそう〜。

インド舞踊の手さばき、足さばき。(マハーバリプラム)

はっきり言って、私は踊りに対して"特に"造詣がない。

そんな私が、ダンス・フェスタに3日間も連続で通った。マハーバリプラムには、他に娯楽がない(海や遺跡はある)。
そのことが、ダンス見学を1日のメリハリにおいて重要な位置に持ち上げている。

マユの影響もあり、初めはインド舞踊とバリ舞踊の比較しながら見ていた。バリ舞踊を初めとして、東南アジアの踊りの多くはインド古典の「ラーマヤーナ」などをテーマとしているものが多い。そういう関係からも、踊りに類似性があるかと思っていた。
しかし、実際は随分と違う。何がどう違うと言われても、説明はできない。ただ、腰の高さや指、腕の使い方などは全く違うようだ。
(う〜む、違うような・・・。)

そんなことを考えながらフト気づいた。
カタックを始めとして、インド舞踊では足首にたくさんの鈴を付けている。あの鈴は踊りだけではない。日常でも鈴を付けているインド人女性は多いのだ。そう、踊り以前にインド的美学では"鈴"はとても基本的なものなのかもしれない。そうすると、女性の舞踊に鈴の音が大きな意味を持っていったというのはごく当然のことのように思われる。

そんな、ダンスとは直接に関係ないことも考えながら3日間見た感想は、
(やっぱり"踊り"だけでは、夢中に見られないなぁ〜。)
なのだ。特に太ったおばさんが演じる時と、若くてスタイルの良い女性が演じる時では見ている私の気分が違う。
(そんな感じで、"踊り"だけでは、夢中に見られない。)
私だった。

●隣室の旅行者と。(マハーバリプラム)

隣室や近くの部屋に日本人が宿泊している場合、
(どうやって話しかけたらいいかなぁ〜。)
と考えてしまう。それは普通のことだろうか。それとも、何も考えずに自然に話しかけることができる人の方が多いのだろうか。

マハーバリプラムでも、偶然に隣室が日本人だった。
というか、この宿には多くの部屋があるのに、彼らと私たちしか泊まっていないようだった。・・・そのことが後日、私たちに悪夢のような夜を作るのであったが、それは後の話しだ。

初日は、軽く挨拶だけを交わした。
2日目に市内観光について聞いたりして、多少は"知人"になってきた感じ。
隣室には、日本人旅行者が2人。2人はネパールで知り合い、バングラディッシュにも寄って、インドを南下してきたとのこと。それにしても、旅先で知り合って1ヶ月もずっと一緒に旅行していると言うのは凄いなぁ・・・。
2人は外見も、やっていることも全く違う気がするけれど仲が良いのだろう。マサくんは"インド旅行者"といった感じで、長髪をしばったりしている。服装もそんな感じ。もう1人のフミ君は、パッと見、髪もスポーツ刈風で好青年といった感じ。日本では腰まである長髪だったというから驚きだ。

2人はチェンナイで何人かの日本人と知り合ったらしい。

そのうちの1人は、隣町のポンディシェリの北にあるオーロヴィルのコミュニティに行くのが目的らしい。私もその話を聞いて、グッと興味を持った。
インドでは、時間があればアシュラムに入って何か修行をしたいと思っていたが時間がない。サイババ(2代目、3代目とも)の街も素通りしてきたし、オショーの街も素通りしてきた。リシュケーシュなどにも行く時間はなさそうだ。
しかし、何かに参加するとか、勉強しにいくとかいうのは疲れる。パワーがいる。そんなわけで、ポンディシェリでは悩んだものの結局は行くのをやめて普通の観光旅行(?)に落ち着くのだった。
他にもディジュを吹く人や、長期でマハーバリプラムに滞在する人などもいた。さすがに、インドにはいろんな旅行者がいるなぁ。

隣室の2人とは酒を飲んだり、夜にだらだらと話したりして過ごした。
2人とも、これから南に行った後はゴアに向かうらしい。ちょっと羨ましい。

ところである夜、、、ホテルの前に何やら突然に観光バスが停まった。
(なにかなぁ〜?)
インド人がたくさん降りてくる。
ホテルに入ってくる。
ほとんどの部屋を借りてしまった。このホテルにいる部外者は、日本人4人だけのようだ。それだけなら良かったのだが、そんなことはなかった。やはりインド人の集団の力は大きい(マユと、中国人とインド人ではどちらが性質が悪いか真剣に話してしまった→インド人の方がまし。)。
昼間にはずっと廊下を歩き回っている(部屋が暑いので、扉を開けてある。インド人はイチイチ部屋を覗いていくので、気が休まらない)し、夜も騒がしい。しかも、未明になったら大騒ぎを始めた。もうとても寝ることができないくらいの大騒音だ。
しばらくは、我慢我慢と唱えていたが、ついに我慢ができなくなり言いに行った。
でも静かにならない。我慢していたら、隣室のマサ君が言いに行った。
でも静かにならない。我慢していたら、隣室のマサ君がキレて言いに行った。
さすがにそれで静かになったものの、インド人には困った。旅行など普段はすることもなく、興奮状態だったのだろうか。ともかくマサ君には感謝だ。

●満員のバスで。(マハーバリプラム-ポンディシェリ)

「どうする?これに乗る?」
前でマユが言っている。ちょっとだけ"乗りたくない"という主張をしているかのようでもある。私も少しだけ(?)"乗りたくないなぁ〜"などと感じてしまった。
しかし、私たちが一緒にいるのは"もっとやる気のある"若い旅行者(マサくんとフミくんの2人)である。
(当然、この混んだバスにだって乗っちゃうよぉ〜。)
という感じなのだ。
そう、そのバスは、チェンナイ発のポンディシェリ行きだったらしく、既に満席状態である。しかも、立っている人も多く、入り込むのさえ余裕がないのだった。

「乗ろう!」
先頭のマユを促し、なんとか乗車する。すぐに出発するものの、このまま立っているのは疲れそうだなぁ〜と先行きが心配になる。
マユはすぐに席に座れたようで、ちょっと安心している。私たち残りの3人は静かに空席ができるのを待つ。それにしても、混雑な車内で立っているのはつまらない。景色も楽しめないし、大きな荷物が他人の邪魔にもなりそうで気を使ってしまうし・・・。

随分とたってから座席に座ることはできたのだが、やはり、(乗車地が)始発のバスの時間を確認し"座れるように"念を入れる方が絶対に良い!!


●荒れた道の移動。(ポンディシェリ-タンジャーヴール(タンジョール))

ポンディシェリのバス停は、安宿がある街の中心エリアから少し離れている。そんなわけで、いつもの「歩き」ではなくオートリクシャで向かうことにした。

「タンジョールに行きたいのですけど・・・。」
近くにいた男性に聞くと、"向こうだ"という感じの仕草で答えた。
(バスはすぐに出るのかな・・・?時間など、全く確認していなかったけれど、時間の無駄なく出発できるだろうか・・・。)
ちょっと不安になりつつ、示された方に向かってみる。もし、バスがすぐに出なければ、ティルチィ(ティルチラパッリ)行きのバスが10時に出ることだけは知っていた。行き先にこだわらない私たちは、何事もいい加減に行動することが許されているのだ(笑)。

タンジョール行きはないけれど、クンバコナム行きのバスがすぐに出発するらしい。そして、クンバコナムからタンジョールへは、バスが頻繁に出ているとのことだった。
「乗っちゃおうか?」
答えが出るまもなく、勢いよくバスに乗り込み座席を確保した。

ポンディシェリを出発し、1時間もしないうちに隣町(?)のバスターミナルに停車した。それが、30分ほども止まっているので、
(一体このバスは何時にクンバコナムなんだぁ〜)
と後悔しかけたけれど、それ以後にそういう停車はなかった。路面は荒れ、工事も多く、ウトウトしかけてもすぐに起こされてしまう。そもそも座席も狭い(横に5人)上に混雑しているので、のんびりもできない。
ともかくもそんな状態でクンバコナムに着いたのだった。

クンバコナムからタンジョールのバスもすぐに出発した。両方のバスに、ほとんど待たずに乗れたのはとても運が良い。
ガイドブックによると1時間ほどとのことだったが、もう少しかかった。もっとも、座っている私たちにはとても快適な移動だった。周りは混んでいたけれど、座席の幅が前のバスよりも幾分広かったようなのだ。
ガイドブックには載っていないものの、タンジョールのオールド・バスターミナル近辺には安宿が多い。私たちはその1つにすぐに部屋を決め、レストランとブリハディーシュワラ寺院に向かった。

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ミニコラム

++古本屋++

本の種類は少ない(3〜40冊)けれど、本の交換は1冊10Rs。本の貸し出しだけなら無料。素晴らしい。
場所は east raja st. の othavadai st. 寄り、通りの東側にある小さな店(himaraya)。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++オムライス++

West Raja street沿いのスタラサヤナ・ベルマル寺院入口にある中華料理屋(屋台)がうまい!チョーメン(フライド・ヌードル)20Rs、ベジタブル・チョーメン22Rs、オムライス40Rs、チリチキン30Rs。特にオムライスは埼玉県の日本人から伝授してもらったものらしく、かなりうまい!作っている本人も「オムライス、超うまい!」と何度も何度も勧めてくる。おかしな日本語と人柄がまた笑わせてくれる。






ミニコラム

++お酒++
ポンディシェリ

1/2ボトルが52Rs〜(地ウイスキー)。
ビール大瓶が33Rs〜。
安い。ありがたい。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++ソフトクリーム++

ポンディシェリには、ソフトクリーム屋さんが多い。しかもおいしい。
これは都会だからか、フランス植民地時代の影響が幾分残っているのか!?

ポンディシェリには、オーロヴィルというアシュラムがあり、それを目的にポンディシェリを訪れる旅行者も多い。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++教会++

ポンディシェリはフランスの植民地であっただけに、キリスト教徒が多い(?)
いたるところに教会があり、規模も大きい。
街並みとしてもどこか西洋チックで古くて重厚な雰囲気の建物があって赴き深い。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++不便++

ポンディシェリーの町ははっきり言って不便だ。
ネットカフェを探せば、日本語導入PCは見当たらないし、洒落た店はあるがローカルなカレー屋がないなど。

 

●趣があるブリハディーシュワラ寺院。(タンジャーヴール)

月に2回しかないセレモニーの日だ。

信者からの供え物である牛乳や色の付いた粉を入れた水を、ナンディ像にかけるのだ。たくさんの信者が、ブリハディーシュワラ寺院に集まる。広場はインド人に埋め尽くされる。遺跡を見に来たのではなく「今も生きている寺院を見に来た」のだと、あらためて実感する。

寺院には修復をはじめとして、大きな手は入っていないようだ。壁面の多くは黒くなり、神像も表面が削れている。塔門(ゴープラム)のみは、最近に完成を見たとかでとても新しいようだが、その作りもとても美しい。
四方の回廊壁面には、神々の姿が印象的に描かれている。また、回廊にはとにかくたくさんのリンガが並んでいる。ヒンドゥー教徒が、それらのリンガに順番に祈りを捧げ、緑の葉を重ねる。
敷地の中央にある寺院の本体だけでなく、周囲にはいくつかの小さな寺院も配置されている。比較的大きな寺院には、ダンシング・シヴァが飾られていた。普段、お土産物屋さんで見るシヴァ神と何かが違う。金色に輝く像を眺めていて、今頃になって気づいた。ダンシング・シヴァの四肢は、マンジ(卍)を描いているのだ(私の勘違い?)。
最近に見てきたチベット仏教や日本のお寺のマーク(地図)など、ヒンドゥー教と仏教の密接なつながりを見た気がする。

ブリハディーシュワラ寺院は、チョーラ王朝の繁栄を築いたラージャラージャ1世によって、1010年に建立されたトラヴィダ様式の寺院だ。それ以前に建てられた、南インドの寺院本堂の5倍以上の高さがある。南インドはおろか、当時としては世界最高の高さを誇る建築物だったらしい。
高さだけでなく、高さ63mの頂部にある重さ81トンのシカラ(単石による冠石)なども、見所の1つだ。建設時に載せる際には、長さ数キロにもわたる緩やかな斜面を作ったらしい。スゴイ!!

本堂はとにかく大きい。
「大きいことは凄いことだ!!」
単純にそう思っている私にはとても印象的な寺院だ。それに、よくマユが言っているけれど、余りに修復がされているような寺院よりも「そのまま」風化して年月を感じさせてくれる方が歴史を感じられて嬉しい。
ナンディ像を後ろに見ながら階段を上り、薄暗い前殿に入る。前殿は簡素な感じで、暗いという印象が先にたってしまう。そして、前室、本殿。巨大な、黒と金色のリンガに目がいってしまう。周囲は7mもあるらしい。
「大きいことは凄いことだ!?」

そんな寺院を眺め、満足して宿に向かった。

●混雑ながらも快適な移動。(タンジャーヴール−マドゥライ)

タンジャーヴールからマドゥライに向かうバスは、市郊外にあるニュー・バスターミナルとのこと。私たちはオールド・バスターミナルの前に泊まっていたので路線バス(No.74、3Rs)で向かう。

マドゥライに向かうバスは、すぐに見つかった。やはり、頻繁に出ているようだ。朝食もまだなので、揚げ物やスウィートなどを買い込んで、いざバスに乗車。なかなか混んでいる。相変わらずインド人は狭い席に身体を縮めて座っている。

最後列に席を確保し出発した。バスは大混雑で、立っている人は苦しそう。途中で減るのかとも思ったが、誰かが降りても別の乗客が入れ替わり、混雑は随分と続いた。道路はずっと問題なく、4時間程度の快適な移動だった。

マドゥライのニュー・セントラル・バスターミナルは、電車の駅や安宿街からは随分と離れている。そんなわけで、路線バスの番号3番が駅前を通ることを確認し、向かった。

●荘厳。ミーナークシ寺院。来て良かった!!(マドゥライ)

「凄い!!凄くいい!!」
「来て良かったね〜。」
もう寺院は飽きたと言っていたマユも大興奮している。
「いいね〜。」
「うん。これは、チベットのジョカン以来にいいよ〜。本当にいいよ〜。」
「明日、もう1度ちゃんと見に来ないとね。」
「そうしよう。マドゥライはもう1泊だ!!」

ミーナークシ寺院は凄く良い。
大きいとかきれいだとかではなく、生きている宗教の場として、皆が真剣に祈り、活動している。ヒンドゥー教をそういった目で見たことのなかった私には、とても新鮮で魅力的で、聖なる力が満ちている気がする。
迷路のように広がる寺院内の通路は、天井がとても高い。そして、天井は円形のサイケデリックな模様で埋め尽くされている。南インドに来てから、各家庭などの玄関先に綺麗な模様が描かれているのが気になっていたが、それもこういった寺院の模様との関連性がありそうだ。玄関先の模様についてインド人に聞いたところ、神様との関連性ではないようなことを言っていたが、何か誤解があったような気がする。
また壁面には彫刻が刻まれ、東西南北にある門には多くの神様がカラフルに作られている。

ヒンドゥー信者のみが本殿に入れるが、中はどうなっているのかととても興味深い。
信仰心に薄い私などは、
(ヒンドゥーに改宗したら入れるのだろうか、そんな日本人はいるだろうか。)
などと考えてもみたりした。

黒のルンギーや黒の服を着た集団がいくつもいる。何だかかっこよく輝いているような気がして写真を撮らせてもらった。どこから来たのかとか、撮らせてもらった写真を見せながら話をしたが、なぜ黒い装束なのかなどが分からなかった。
インド南部に来ると、英語の通用度が北部よりも低い気がする。看板などの文字もアルファベットが減っている。ヒンドゥー教の寺院もとても印象的なドラヴィタ様式になる。この地域ごとの多様性が争いも生むのだろうが、インドの活気ある雰囲気を作っている。これがインドの魅力の1つだと、本当に実感だ。

話は戻って、寺院の良さについて。
寺院を見ているといろいろと気になるけれど、全体に醸し出される雰囲気がとてもいい。凄くいいのだ。これは、行って感じてみないと分からない部類の良さかもしれない。
それなりに歴史もあり、風格もあり、寺院の作り自体も美しく凝っている。それらを対象に信者の真剣な思いが凝縮されている。それを見てしまうと、もう何も言えないのだ。お勧めの観光スポットだ。

●やはり再会。マサくんとフミくん。(マドゥライ)

(あっ、やっぱりいた!!)
この宿に来たかったのは、安さもあることながら、彼らが宿泊している可能性があると思ったからだ。フミくんの持っている日本語版ロンリープラネットの、マドゥライの最も安い宿がこの宿だからだ。

ポンディシェリで別れて、南部に向かっているので何処か出会うとは思っていた。おそらくカニャークマリでも会うのだろう。こういった別れと出会いが頻繁にあるのも旅の面白さだ。
チベットに入って以来、日本人が多いのかとても多くの日本人と知り合うことができた。中でも特にインドでは出会いが多い。これから学生の冬休みシーズンになると、どうなっていくのだろう。

宿に着いてチェックイン前に部屋を確認する時に、マサくんと廊下で出会ったのだが、夜は当然のように飲み会になった。
旅人でお酒を飲む人は意外と少ない。ゴアで会ったコージくんのイメージによると、お酒を飲んで満足する人は余り旅に出ないらしい(あくまでコージくん説)。コージくん説の真偽はともかくとして、確かに酒好きの旅人とは余り会わない。
そんなわけで"今日は休肝日だ"と宣言していたマサくんの誓いは、決意後数分で崩れたのだった。

●同じ路線バスでもかなり違う。(マドゥライ−カニャークマリ)

カニャークマリまでのバスは、6時間ほどかかるらしい。
できたら快適なプライベートバス(ゴア近辺で利用)に乗って行きたいが、やはり高い。一般のバスで行けば、乗り心地はイマイチなものの随分と安く行ける。半額ぐらいだろうか。そんなわけで、今日も私たちは素直にバスターミナルに向かう。バスターミナルも宿からは遠いので、路線バスで。

「おっ、もう出発しそうだよ。」
「ラッキーだね〜。」
乗り込もうとすると、車掌さんがこちらに気付いて何か言ってきた。
「満席だよ。」
確かに中を見ると、もう空席はない。しかも、普段乗っているローカルバスは横に2人と3人の5人掛けなのに、日本などとも同じ4人掛けだ!!
う〜ん、さすがインドもちょっと距離が長い場合はこういうバスなのだなぁ〜。なかなか良い良い。
「ここなら座れるよ。」
車掌さんが親切に、運転手の後ろにある座席を空けてくれた。ただし、その座席はお客さんが座るようではない。他の席はリクライニングできるけれど、そこは無理だ。エンジンも近いので暑そう。さらに・・・マユは大丈夫のようだったが、私は天井が低すぎて普通に座ることができない。頭の上のスペースは、通常の座席の乗客が見るテレビに使われているのだ。

さすがに、ずっと腰を屈めているのはツライ。
私たちは、諦めて次のバスに乗ることにした。

(なんだぁ〜、普通のバスかぁ〜。)
そう、次にやって来たバスは、横4人掛けではなく横5人掛けのいつものバスだったのだ。マユと2人でちょっと落胆しつつ、それでも座席はちゃんと確保した。

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ミニコラム

++動物園++

ブリハディーシュワラ寺院の脇には、3Rsで入れる動物園(遊園地,プールは別途料金有り)がある。涼しげな公園内では、休日には多くのインド人が夕暮れ時をのんびり過ごす。
時間があったら、覗いてみるのも良い。ただし、私たちのように寺院と間違って入らないように!!(笑)



ミニコラム

++音と光のショー++

ティルマライ・ナーヤカ寺院で行われる音と光のショーは、10Rs席と5Rs席の2種類の入場券が売られている。しかし、中に入るとどちらの席に座ってもチェックはない。そんなわけで、どの座席にすわるかは、その人の"考え方"にかかっている。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++バナナ皿++

南インドの食事ミールズ(※北ではターリーと呼ばれる)がおいしい!
見た目は同じだけど、北よりも確実においしい。パンよりも米で食べる習慣も良い。
また、これらを乗せる皿もバナナの葉でオシャレ。これで皿洗いもラクになるんだろうか??

 

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++紙がない!++

インド南部ではトイレットペーパーが手に入りにくい。タンドゥールの町などでは一切売っている姿を見かけなかった。むしろ、店員がトイレットペーパーの存在すら知らないようであった。
またあったとしても値段が高い。南の人はどれだけ水使用率が高いのか想像できるだろう。

 

●煙幕!?煙を吐くバス!!(マドゥライ−カニャークマリ)

(なんだ!?)
「おっ、おおぉ〜??あ〜??」
よく分からないうちに、あっという間に車内は真っ白な煙に包まれた。何だかとても臭い。

ザァーッ。
まさに波のように、乗客が2つの出口に流れ込む。その様子も、場違いだが、またなぜか楽しい。
私たちは出口が遠い真ん中の座席に座っていたので、まずは窓を開ける。雨が降っているので、ほぼ全ての窓は閉じられている。煙が音を立てるように窓に吸い込まれている。しかし、前方からもさらに煙が発生している気配だ。

乗客はすみやかに車内に出て、雨に打たれながらバスを見守っている。
車内に出られなかったものの、既に大方の窓は開け放たれ、煙の発生も少なくなっている。どうやら何か単純な故障だったようだ。

ほっ。
まさに安心だ。まだこの先何かあるかもしれないが、先ほどまでの
(もしかして爆発とかするんじゃ・・・!?)
という切迫感はかなり減っている。

皆がなんとなく心配そうに見守る中、バスのエンジンは意外にも簡単にかかる。皆がなんとなく心配そうに乗り込む中、バスは意外にも順調に進みだす。
そのままバスは快適に走り続け、カニャークマリに到着した。

楽しげな聖地。インド亜大陸最南端!!(カニャークマリ)

到着の日は雨だった。
雨は中国雲南省以来で、とても久しぶり。でも、移動の時に降る雨は、本気でやめて欲しいと思う。荷物を濡らしたくないなどの事情からタクシーに乗ったり、適当に宿を決めなくてはならないとか不都合も多い。

カニャークマリはヴァラナシと同じようなガートがあり、そこから海へ入って沐浴できる。ヴァラナシと違い、いろんな意味での菌を気にする必要もないので気が楽だ。
さらには最南端のここでは、西のアラビア海、南のインド洋、東のベンガル湾が一気に見渡せる。夕日も朝日も同じ位置で眺めることができる、一石二鳥(?)な場所なのだ。

マサ君やフミ君のいると思われるYHAに旅の荷を解いた。
だけども泊まっている気配もないし、町の中でも会うことがない。一体どこへ行ったのだろう。しばらく旅を共にした人たちと一緒に旅を進めるのは、想像以上に旅が楽しくなる。

雨が上がると、巡礼客や観光に来た外国人の姿も増えたきた。ガートまで出る通りにはいくつもの店やレストランが立ち並ぶ。翌日以降の休日には本当にたくさんの巡礼客でどの店もいっぱいになっていて凄いなぁと思った。巡礼には関係のなさそうなテイラーや時計屋なども混んでいるのだ。

●黒い巡礼インド人客。(カニャークマリ)

カニャークマリはインドの中でも聖地なだけあって、いろいろな地方からやって来た巡礼客で賑わっている。上半身裸に菩提樹など大柄なネックレスを2、3本首にかけ、下は黒いルンギー(布)を巻く人々。筋肉はたくましく、真っ黒く焼けた肌も格好いい。そんな人たちが大勢町の中を行き来している姿は圧巻だ。

「写真を一緒に撮っていいですか?」
最初は「??」と状況把握ができなかったが、何てことない、単に外国人がかなり珍しいようで記念に写真に残したいだけのようだ。まさに私たちがインド人を撮りたい心境の逆パターンである。
そのインド人を2人で真ん中に挟み、笑顔でパシャリ。Thanksなど言い合って握手をし、これで1日1善!と思っていると、写真はこれで終わりではなかったらしく、次へ次へと撮られる側のインド人が入れ替わっていく。カメラは同じものを使っているので1グループなのだが、みんな1人ずつ撮って欲しいらしい。

ガンジー博物館では、そのために軽く人垣ができてしまった。
20人ぐらいの人たちとそんなやり取りをしていると、突然「ピー!!」と警備員に笛を鳴らされ注意された。みんなスゴスゴとその場を立ち去ったが、その後も数人が私たちを追いかけてきたのには笑えた。きっと珍しくてしょうがないんだろう。真っ黒な肌に白い歯がキラリの笑顔がかわいらしい。

●カニャークマリの観光。

ヴィヴェーカーナンダ岩というのが、海の上に浮かんでいて、そこに1つのかなーり大きな像が建っている。その名もヴィヴェーカーナンダ像。その大きさは近くに建つ、大きめのキリスト教会と同じぐらいの大きさがある。かなーりでかいのだ!
そこへは渡し船が出ていて、まずは祈念堂がある岩の方へ渡り、1周回って見る。その後、船は像の方へと乗せていってくれ、そこでもまた1周。私たちが乗ったのは最後の船だったようで、何度も何度も警備員が笛でピー!!と吹き、先を急がすのにはちょっと困ったが。旅中、何度も観光してきたが警備員に怒られるなんて前代未聞だ〜。

あとはクマリ・アンマン寺院だろうか。
ここはこの聖地では重要な寺院なんだろう。インド人巡礼客で溢れ返していてもの凄いエネルギー。入口も混雑していて、堂の入口まで列が連なっている。みんな地方からカニャークマリにやって来て興奮しているんだろう。我も我もと先を争って、小さな争いが勃発してしまうほどだ。

私たちも巡礼客に混じって列に並び、したたかにも(?)寺院の中へ中へと入っていった。寺院内は特別大きいわけでも、歴史が古いわけでもないが、エネルギーで充満している。厳かで重みのある雰囲気のマドゥライとは反対に、パワーと勢いがある。
みんなが目的としている場所は、バラモンが赤い粉をみんなに配っているところだった。みんなとっても嬉しそうな顔で、手のひらにそっと大事に乗せた粉を眺めていたりする。私たちも同じように粉をもらい、額やその辺の像にこすり付けたりしてみた。ヒンドゥーの祈りの一種なんだろう。

すっかりヒンドゥー色に染まった2人は、その勢いあまって、
「ヒンドゥー教に改宗しよっか?って、特別な宗教は持ってなかったけど。」
とか言ってみたり、ヒンドゥーの神様キーホルダーを出口で買ってしまったり、すっかり感化されてしまっているのであった。

水浸し。大洪水の朝。(カニャークマリ)

未明には大雨が終わり、私たちはマサくんの部屋から自分たちの部屋に戻る。昨夜はお酒などを飲んでいるうちに、凄い雨が降ってきて自分たちの部屋に帰れなくなってしまったのだ。

雨などは全く想像もせず、窓を開け放って出かけていたので、いったい部屋の中がどんな様子になっていることか・・・。ベッドまでビショビショだろうか? いや、もしかしたら、少し床が濡れているだけかもしれない。なるべく楽観的な想像しつつ部屋への足を速める。

階段を上り部屋に辿り着いた。私たちの隣の部屋の前は、水浸しになっている。扉の下の隙間から、水がはみ出して来ているのだ。隣の部屋も窓を閉めていなかったのだろう。もしかしたら、雨漏りがあったのかもしれない。幸いにも私たちの部屋からは水がはみ出していない。

恐る恐る私たちの部屋の扉を開ける。

「ああぁ〜!!」
「ひぃ〜!!」
やはり部屋は水浸しだった。幸いにも、ベッドは窓から離れている為に、濡れないで済んだ。それだけが不幸中の幸いだ。
部屋の広さは10畳強だろうか。窓から出口の扉の手前まで水が溜まっている。これを何とかしなくては、とても気分良く寝ることはできない。湿度は凄いし、乾かなければ当然チェックアウトもおぼつかない。弁償とかのお金を払えばチェックアウトはできそうだけれど、それは避けたい。

水を部屋の外に出そうと、板で廊下に掃き出していたのだが、それではとても間に合わないと判断した。既に廊下も水で一杯で、掃き出す先もないのだ。
「これ、使っちゃおうか?」
「そうだね・・・。」
ぼろぼろのカーテンが、窓に引っかかっていたのでまずは外す。ちゃんとしたカーテンの機能は果たしていなかったので、都合よく解釈し、不用品と思う。そして、カーテンを雑巾代わりに使う。

水を吸い取って、搾る。

そんなことをしばらく続けたが、水が無くなる気配はない。
水を吸い取って、きつく搾る。水を吸い取って、かなり搾る。

そんなことを1時間近くもやっていただろうか。ようやく水が減ってきて、何とか扇風機さえ付けば1日で乾きそうな気がする。そう、今日はあいにくにも停電で扇風機さえも使えないのだが・・・。

もうこれくらいでいいだろう。床をモップで洗った状態よりは湿っているが、ある程度で終わりにすることにする。昨夜からほとんど寝ていないのに、早朝から大掃除をしてしまった。
湿度が高く、蒸し蒸しする状態ながら、私たちはあっという間に寝入ってしまった。

起きると夕方だったが、幸いにも天井にある扇風機は、カタカタと静かな音を立てながら回っていた。私たちは扇風機を"強"にして、さらに部屋を乾かす。
いろいろ苦労はあったけれど、翌日の早朝には部屋はほぼ乾いていた。早朝に頑張ってカーテンで水を取り除いた成果だ。カーテンはまだビショビショだけれど仕方がない(私たちにとっては・・・)。
気持ちよく、そして、急いでチェックアウトしたことは言うまでもない。

最南端でつっかえる。(カニャークマリ)

カニャークマリからチェンナイに行く列車のチケットが手に入らない。
昨日、駅に行き、チケットの窓口で尋ねてみたら、
「チケットは当日の分だけ販売してます。」
と言われてしまった。
そんな訳で、今日並びなおした。だが、並んだ甲斐も空しく、今日も断わられてしまった。さらに、
「予約窓口は2時に閉まっているので、列車が来たら係員と交渉してください。」
とすごいことを言われた。予約窓口が2時に閉まってしまうなんて知らなかった・・・。仕方がないので、列車が来るまで1時間ぐらいあったが、待つことにした。

ちょうどこの日は大型連休が終わったところで、列車は混み混みの状態にあったのだ。

ようやく列車が来た。
長〜い電車沿い(インドの電車は、日本に比べて各車両も長いし幅も広い)に歩き、係員を探した。ようやく係員を見つけて聞いてみたところ、チケットは購入不可能。
(もしかしたらチケットが買えるかも!)
と密かに期待していたのだけれど、見事に裏切られてしまった。

私たちがいつも乗る列車は、2ndクラスのスリーパーだ。これは、指定席の中では下から2番目のランクで、横になって寝ることができる一番安い席だ。そして、このクラスだとパブリックバスに比べて割安に行ける。リクライニングするだけのバスより、完全に横になれる列車の方が安いなら、普通は列車を取るだろう。

だけれど、この時はどうにも列車のチケット入手は難しいので、ホテル近くの旅行代理店でバスを手配した。料金は1.5倍ほどしてしまうが、先に進めないよりはマシだ。既に1日待っていたので、どうしても出たくなってしまっていた。

バスは思っていた以上に良いシートだった。リクライニング角度も普通のものより大きいし、幅もやや広めで室内もきれい。さらに「足置き」もある。
インドのツーリスト・バスは意外にも進んでいるのだ!だけれど、それにしても、インドのバスの値段は高い。中国のようにバスが進化し、競争が激しくなって値段が安くならないかな〜??

●南部大好き!

ポンディシェリは、興味あったインド古典舞踊が習える数少ない場所だ。そんな噂を聞きつけ、ポンディシェリへ行き、到着後すぐに教室に出向いてみた。そして内容や料金を聞いたのだが、何だか何より前よりやる気が出ない。マハーバリプラムでフェスティバルで充分に堪能できたからか、正月ボケが続いているか、理由は定かではないが。

「ダンスどうしよ〜。ちょっと面倒だなぁ。何かを始めるのってかなりのエネルギーが必要だよね〜。」
な〜んてまったくダメダメな私なのである。
2日目に泊まったホテルの部屋はトリプルなのにダブル料金で泊まれた。室内は清潔でとっても広く、3面全部に窓が付いていてとにかく日当たりが良い。もちろん、風通りも素晴らしい。その上ファンが2つも付いていて、何もかもがいい。
そんな部屋に泊まってしまったものだから、ついつい気がさらに反れてしまったのだ。

話は反れてしまったと言うか、タイトルとは何ら関わりのない文章になってしまった。
そう、インド南部についてである。
南部はいい。人がいい。笑顔がいい。のんびりがいい。
北はヴァラナシぐらいしか知らないが、あのヴァラナシでのインド人のしつこさ、どうしようもない嘘、しょうもない値段交渉。あの北の人とは人種さえ違って見える。南の人はいつも穏やかな笑顔で迎えてくれ、親切だ。値段はいつも定価で嘘をつくことを知らない。(リクシャーもだいたい言い値から安い。)インド南部とても居心地がいい。

旅の移動の面倒くささも、宿探しの大変さも、直接的には現地人とは関係ないのだが、南ののんびりとした穏やかな空気にゆらゆら揺られていると、ついつい「特別な何かをする」ことが面倒になってしまうのは否めない。
ダンスもやる気がなくなってしまうのは、決して南のせいではなく、自分のせいなのだが、気候に気分も行動も委ねるのも悪いことではないなぁと思ってしまう。
南部は南部特有のビーチパラダイスが広がり、椰子の木の下でのんびりくつろぐのも良し、おいしいライスを頬張るのも良し!なのだ!

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ミニコラム

++お酒++
(カニャークマリ)

1/4ボトルが52Rs〜(地ウイスキー)。
高い。

 

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++5Rsショップ++

カニャークマリには、5Rsショップが軒を並べている。たくさんの女生徒などが群がり、日本と同じだなぁという感じ。他に10Rs,20Rsのお店もある。覗いてみるのも楽しい。

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++蚊取り線香++

6角形で大きなサイズの蚊取り線香が売られている。どうも円に比べてもろいようだが、6角形の蚊取り線香は初めて見た。さすがにインドは、蚊取り線香にも独創性がある。ちなみに効き目の方もストロングらしい。

 

 

 

 

 

 

 

ミニコラム

++らーめん++

インスタント・ラーメンだが、結構イケのが「MAGII chiken noodles」。インドの味は一切なく、素朴なラーメンのうまみが効いていおいしい。
ゴアからはまって、私たちの自炊のほとんどはこのラーメンとなった。さらにオクラ(インド産のオクラは太くて粘りがあっておいしい!)と生卵を混ぜただけのものも最高!