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Vietnam ベトナム

【その1】
2005.08.12 〜 08.15 ホーチミン
2005.08.15 〜 08.17 ダラット
2005.08.18 〜 08.20 ホイアン
2005.08.20 〜 08.22 フエ
【その2】
2005.08.23 〜 08.24 ハノイ
2005.08.25 〜 08.26 カットバ島(ハロン湾)
2005.08.27 〜 08.30 サパ
2005.08.31 〜 09.03 ハノイ

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ベトナムのホテル
ベトナムの移動

▼ベトナムの写真
南部編
北部編

 
 
 

【ベトナムでは・・・】 南のホーチミンから、北部まで急ぎ足で駆け抜けた。世界遺産のホイアン、フエ、ハロン湾も堪能した。
【感じること】 北から南まで見所たっぷり!人間に癖があり、大変なことも多いがパワフルで楽しめる。物価は以外と安い。(マユ)
【お気に入り】 古い町並みのホイアン(マユ)。活気があって、ご飯もウマいホーチミン(タカ)。
【お勧めは〜】 ベトナム料理、雑貨・小物などの買い物、ツアーに参加(値段の割りに質が良い。)

 

ベトナム入国!!(プノンペン−ホーチミン)

キャピトル・ツアーのバスは、軽快に走り出した。いつもと違うのは、微妙に日本人が多いことだ。そろそろ本格的に大学生たちも、夏休みの旅に出ているのだろう。あるカップルの女の子がタイヤゴロゴロの鞄だったり、女の子らしいサンダルを履いているのが何だか物珍しい。

プノンペンを出ると、もうなーんにもない。のどかな風景ばかりが続く。そんな中、"ドン"と出てくるのが国境の建物だ。それまでは貧しく慎ましい家々だったのに、ここだけゴージャスできれいだ。ここも10年前は掘っ立て小屋に過ぎなかったらしいが、復興や観光化が進み成長したのだろう。
ベトナム側の建物も同じくきれいだ。ベトナム人もカンボジア人も違いは分からないが、たぶんいろいろ違うのだろう。(当たり前・・・?)

ベトナムに入ると、まず道路が変わった!揺れも少なくきれいだ。平らで中央線のラインも美しくピシッと引いてある。同じように見えた人々も違いが見えてきた。ベトナム笠をかぶる人も圧倒的に増えた。
カンボジアは都市以外は大自然ばかりで他には何もないが、ベトナムは違う。だいたいどこを走っていても家や店があるし、人がいる。カンボジアの発展は都市集中型のようだ。

周辺が賑わっているので、(お、もう着いたのかな?)と思ったが、まだホーチミン市内ではないようだ。この辺はホーチミン市内に入らなくても人や車で騒がしい。街の規模が大きいようだ。
バスはいよいよホーチミンに到着し、旅行代理店前に停まった。安宿街の中だったので宿探しも楽だ。宿は1発決めしてしまった。

匂いが違う!
そう、今までの文化圏とは違う匂いを醸し出しているのだ。これはベトナムの醤油、ニョクマムの匂いなのだろうか?タカいわく"(マレーシアの一部にもあったような)中国系"の匂いだそうだ。なるほど、ベトナムはなんとなく中国に近い。言葉も何となく中国語に似ている。

●アオザイVSパジャマ(ホーチミン)

とにかくバイクが多い!バイク、バイク、バイクが続く!
車はあまり走っておらず、バイクが我が物顔で真ん中を突っ走る。自転車も何やら多い。天秤籠で物売りをするおばちゃん。ベトナム笠をかぶる人。何だか迫力いっぱいに広がる。

バイクに乗るオンナの人がおもしろい。
きっちり「日焼け止め対策」をしているお洒落な(?)国のようで、バイクに乗る時は帽子、マスク、サングラス、長袖もしくはロング腕袋、手袋と完全防備で防御している。その努力のせいか、色の白い女性は多いような気がする。
「一時の恥ずかしさより、永遠の白い肌を手に入れる。」
そんなものを心の中で掲げているのだろう。素晴らしい。


また、オンナの人で気になるのが、パジャマだ。ガイドブックによると正式にはパジャマではないらしいが、どう見ても「パジャマ」の上下を着てぶらぶら歩いている若い女性が多いのだ。最初見た時は、(夜だから、風呂上りなんだろう。)と思っていたが間違いであった。それは昼でも夜でも関わらず、日常の生活着であったのだ!

上に掲げたものを少し撤回し、
「最先端のファッションより、ラクなファッションしている方が本物のいい女。」
なんだろう・・・。(!?)

正直、ちょっとベトナム人女性はよく分からない。
パジャマを着てぷらぷらしてるかと思うと、美しいアオザイ姿で立っていたりするのだ。それは店の客引きであるのだが、背筋を真っ直ぐにして立つ姿は女の私でも見とれてしまう。本当きれいだ〜。
ベトナム女性は、アオザイを格好良く着こなすために日々努力をしているそうだ。姿勢を正し、痩せた身体を保たせ、小さい胸を大きく見せる。涙ぐましい努力の日々だ。だが、だが、そこから放たれるのはコレである。
「おネエさん〜。ヤスイです。マッサージ。どう?ヤスイよぉ〜。」

●美味ホーチミン!

はっきり言って、ベトナム料理はうまい!!

まず、見かけからして美味しいのである。その辺にたくさんいるおばちゃんが、いろいろと魅力的なおいしい食べ物を売っていて、つい覗きこんでしまうのだ。野菜と海老などを、ライスペーパーで巻いたゴイクンだったり、麺だったり、バインセオ(オムレツ)だったり。また、女子会社員の放課後・・・といった感じで手に手にスイート(ワッフルみたいなもの)を持って雑談している女性たちの姿だったもある。
ベトナムは、タイと中国の狭間でおいしいものをたくさん開発しているようだ。とてもいいことだ!

夜は夜で、日本風に言うと"サラリーマン居酒屋"といったところでご飯を食べたのが、これまたおいしかった。青菜を炒めたものと、卵と野菜を揚げたようなものにライス。絶妙なバランスに舌鼓を打った。

ホーチミンは大きい。が、1日歩いていれば、大抵のところは歩いて行けてしまう。デパートやスーパー、シティバンクは問題なく行けたし、戦争証跡博物館などにも足を伸ばした。
名づけて「日本人街」も見た。(名の由来は、その通りにだけ妙に日本食レストランが多かったからだが・・・。)そして、その通りに出没するのが、前述のマッサージ勧誘のアオザイ女性なのである。日本人は本当にマッサージが好きなんだろう。
オススメするのが「ドラエモン・カカ」。オーナーが大胆でおもしろい感じの男性だ。ランチに行ったが、お茶や食後のドリンクだけでなく、魚の揚げたものもサービスしてくださった。漫画や小説もたくさん揃っていて、暇つぶしには持ってこいだ。また、旅始まって以来ここで初めて、日本食レストランが日本人で満席というものを見た。おなじみ客がたくさんやって来るようだ。どうして人気があるのかは、とてもよく分かった気がする。

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ミニコラム

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++カメラ屋さん++

ベトナムの観光地に行くと、路上でカメラを持って商売している人たちをよく目にする。
彼らは外人には声をかけることはなく、ベトナム人の観光客のみに絞って商売しているようだ。カメラはデジカメでも一眼レフでもポラロイドカメラでもない、ごく普通のカメラで撮っているところが何とも微笑ましい。






独立60周年!(ホーチミン)

日本では、終戦60周年記念だのとテレビでやっていた。

しかし、多くのアジア諸国も含めて、ここベトナムでも独立60周年記念なのだ。植民地支配からの脱却など、いろいろな意味もあるだろうが、国ごとに全く視点が異なるということが見れるのは興味深い。

そして、ベトナムでは町中に赤い横断幕や看板、様々な飾りつけがされている。それらの全てに"2-9"などの数字が書かれているのだが、初めは私の無知により何のことだか分からなかった。
日本にとって8月15日が終戦記念日であったが、その日が他国にとって"勝利"または"開放"などの記念日であるとは限らない。ベトナムの独立宣言は9月2日に行われていたのだ。日本の敗戦である8月15日を機に8月革命が起こったが、8月15日は記念日ではないのだ。当たり前のことだが、これもベトナムにいたからこそ分かったことだ。

中国では、日本からの開放記念だろう。韓国も同様。そしてベトナム、インドネシア・・・、戦勝国であったアメリカも含め、多くの国では自分の国の視点を中心とした報道ばかりが目立つ。
カンボジア〜ベトナムでは、世界中のTVが放送されている。それらを見比べると、各国の視点が全く違うのが一目瞭然だ。ナショナリズムなども含めて、相互理解への道は遠いようだ。

●透け透けのアオザイ。(ホーチミン)

アオザイを着た女性の後姿は、とても魅力的だ。

スラッとしていて、黒髪も(そうでないのも・・・)美しく、何か女性的なイメージが強調されている。そういったイメージだけが、女性の魅力ではないけれど、男の目には訴えるものが大きい!?

ところでマユも書いているけれど、アオザイを着ている一般の市民というのはほとんどいない。

・女学生(制服として)
・OL(制服として)
がほとんどで、あとは結婚式などの時くらいらしい。特に観光関連産業に従事している女性の多くが、アオザイを身につけている気がする。そんなわけで、ベトナムでは、ホーチミンがアオザイ着用No1の街になるのだろうか。

ベトナムは割と暑い国なので、アオザイに限らず薄い生地の布で作られた服が多い。そんなわけで、アオザイも下着が透け透けである。周囲も皆が同様に透けているので、本人たちも気にならないのだろうか。そのうちに、こちらも気にならなくなってしまうので不思議だ。

●ベトナムの交通ルール。(ホーチミン)

(う〜ん、危ない!)
はっきり言って、こんな街に住んでいたら、いつ交通事故にあってもおかしくない。日本での事故発生率などとは比べ物にならないだろう。

それぞれに速度の異なる、バスやトラック、バイク、自転車、シクロ、歩行者、全てが入り乱れている。数ベースでの割合は、バイク6〜7割と車2〜3割といったところか。とにかく、バイクが多くて我が物顔に走っている。そんな状態なのに細い道が多い。こういった発展が想定されていない道ばかりなのだ。

(ふぅ〜、渡れた〜。)
マユを確認して、お互い無事に渡れたことで安心する。そんなことが交差点毎に必要なのだ。
道路を横断するだけでも、細心の注意が必要だ。バイク同士などでも抜きつ抜かれつしているので、歩行者に対する注意も散漫になっている。信号があって、警察などがいる交差点はまだいい。ロータリーなどは、なかば凶器のようなものだ。

運転も荒いし、交通ルールも滅茶苦茶。ベトナムの道路に平和はいつ訪れるのか・・・。

いろいろ問題のあるバス。(ホーチミン−ダラット)

気のせいかもしれないが、ベトナム人の運転は荒い。
何が気になるって、急ブレーキである。すごく大きいものではないのだが、この「小・急ブレーキ」を頻繁に繰り返すのである。バイクや自転を避けるとき、止まる時などなど。ゆっくり止まる余裕はあるはずなのに、必要以上にブレーキを強く踏むのだ。うつらうつら寝ていても、この急ブレーキでハッと目が覚めてしまうことが多い。本当、やめて欲しい。

あと、運転手(乗務員)のくせに車内でタバコを吸う。(なんか、臭いなぁ?)と思っていると、前方から臭うのがソレであるのだ。エアコンが付いていたら、禁煙なのは東南アジアではお約束である。外国人の多くは共通ルールをわきまえているので、よっぽどでなければタバコを吸うなどの非常識な行動はしない。一体どうなっているのだ、ベトナム人。
(ベトナムに関わらず、経済レベルが低い国ほどタバコに対する観念が低い気がする。)

案の上、と言うべきかミニ事故が起きた。
私たちの乗ったバスと、路線バスが小さく衝突したのだ。理由は"どちらが先に交差点を越えて行くのか?"という実に単純理由。私たちのバスは停まっていたのだが、左斜め後ろから路線バスが突き進んできて軽くぶつかり、こちらのバスのミラーが折れた。
(どうしようもない!)と憤慨すべき事故だ。特に客を乗せている時にはやめて欲しい。ベトナム人は本当に気性が荒い。

そんなこんなのトラブルを乗り越えて、バスは山道を走りに走る。といっても車のパワーがないので、上り坂ではのんびりとしか走れない。悲しくなるほどたくさんの車に追い越された。
そして、時間を1時間ほどオーバーした8時間でようやくバスはダラットに到着した。

●ベトナムの軽井沢。(ダラット)

エアコンの冷風も必要なくなった。
ダラットは海抜1400〜1500mにある高原の町だ。気温も低く、松の木が生えていたりと地形もがらっと変わる。
雰囲気は日本で言うと軽井沢だ。ホテルや民家はパステルカラーに彩られ、バラやジャスミンが咲き誇る。ダラットは、ベトナム人が新婚旅行で来たりする町らしいのだが、頷ける話である。

山間の小さな町だけあって風情がある。昼は強い太陽の光を避け、日陰でのんびり過ごすベトナム人。この町も普通にカフェが多い。ベトナム・コーヒーは専用の容器で豆を挽き、落ちてくるのを待つ、といった実にのんびりとした飲み方をする。まさにそういう飲み方が似合う町で、何だか雰囲気がほのぼのとしていて良いのである。
余談だが、ラオス、カンボジア、ベトナムはコーヒーにコンデンスミルクをたっぷり入れて飲むのが主流だ。甘党の私にはそれはとっても喜ばしいことで、ちょっと疲れた時なんかに飲むとおいしいのである。また、アイスコーヒーも同じようにおいしい。

ダラットは夜になると半袖ではいられない。私たちも「さむさむ!」と長袖を着た。部屋の掛け布団も普通に厚手のものだ。外ではおばちゃんがセーターやジャンバーを売っている。
厚手のジャンバーを着たおじちゃんが、バイクでブオーっと走り去って行く。街灯も薄暗く、屋台や食堂だけが晩酌をするおじちゃんたちで賑わっている。その光景は静かで、私にとっての中国の田舎町のイメージだ。

夜は早速に鍋を食べた。とてもヘルシーな味付けで白菜、香菜(ミント、パクチ・・・)などの大量の野菜と牛肉が少し入っている。タレは草の香りが強い味噌ダレのようなもので、唐子と混ぜて食べる。タレは奇妙な味がした。
鍋自体の雰囲気も温かい具もおいしいのだが、ベースの味がイマイチ。醤油を持ってくれば良かったと後悔した。でも懲りずにまた鍋をチャレンジしてみよう!と思う。
・・・それにしてもベトナムの旅日記は食べることばかりになってしまうなぁ・・・。

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++声調++

ベトナム語には6種の声調があり、難しい。特に言葉の勉強はしていないが、簡単な「カム・オン」(ありがとう)を言ってみても通じないことが多かった。ベトナム人のような発音ができるまでにかなり時間を要することだろう。

巨大で新しい・・・でも、廃墟。(ダラット)

(どこかダラットの全景が撮れるような高い場所ないかなぁ〜。)
フラフラと歩く。ダラットは高原で涼しいのだけれど、特別に特徴のない町並みばかりが続く。でも、高いところから覗けばちょっとは違うのだろうな、と期待したのだ。

(おっ?)
丘の上に白い大きな建物が見えた。とても綺麗でできたばかりらしい。柵もあるので入ってはいけないように見えた。
その白い建物は、4階建てだ。日本で言えば、小学校や中学校といったところ。それも、教室のスペースが数十は取れそう。お洒落なドーム型の屋根の部分もある。

(まっ、外国人だしいいかなぁ〜。いざとなったら分からないフリ。)
中に入っていく。柵の外を草むしりする人がいた。怒られるかなと思いつつも、白い建物の外なので単なる近所の人のようだ。

(あれっ、人がフラフラしてる。でも、なんかヘンな雰囲気だ・・・。)
建物のガラスから覗いて見える内部は、何も置かれていない。そして、ただガラーンとしているのだ。ガラスには"×"が書かれているところもある。新築で"ガラスがあるよ"という印に付けたままのようだ。
こんなにきれいな雰囲気なのに、工事が終わったばかりという感じでもないし、建物には表札や看板のようなものも一切ない。歩いている人も"管理人"という感じよりはむしろ"浮浪者(自由人?)"といった趣だ。

ビクビクしながらも高い建物で、良い景色が見えそうなので上の階に上がることにした。案の定、上の階も同様に不気味な静寂がある。
ただし、いくつかの部屋の窓だけは新聞紙で中を覗けなくしてあったりする。少しだけ洗濯物も干してあったりする。

(誰かが勝手に住み着いちゃったのかな?)
まさに、そんな感じ。この建物に似つかわしくない人たちが数人、それぞれに部屋を占拠しているのだ。しかも、部屋の中には家財道具のようなものはほとんどない。
最後まで全くの謎の建物だったが、景色は良かった。屋上にも寝ている人がいて怖かったが、問題は何も起こらなかった。

それにしても、何の目的で建てられて、何であのように放置されているのだろう・・・?
不思議だ。

予想外のニャチャンへ。(ダラット−ホイアン)

ダラットから乗ったバスはニャチャンで一時休憩し、すぐにホイアンへ向かうはずであった。が、が、である。ニャチャンで止まったら乗っていた客が全員降りてしまった。(え?私たちしかホイアンへ向かう人はいないの?)と思っていると、乗務員がやって来て、
「今日中にホイアンへ行きたいのか?ホイアンへはここから18:30のバスに乗ればいい。」
と言って来た。おいおい、予約した時に聞いた到着時間は今日の19時だ(それが間違っていたのだろう)。まだ出発まで5、6時間ほどある。荷物は預かってくれるものの、予想外のニャチャンは正直キツイなぁと思った。それに、ベトナムのバスはシート狭くて座り心地が良くないので、一晩過ごすと思うと憂鬱になる。

ニャチャンは本格的ビーチリゾートで、たくさんの白人が水着に布を巻いた開放的な格好で街を闊歩している。ダイビング・ショップやレストランもたくさん立ち並ぶ。海はさほどきれいではないが、ベトナムに多少長く滞在する+海好きの人にはもってこいの場所なんだろう。ちなみに私たちも海好きだが、ここのところ海ばっかり行っていたので、今回はやめておいたのだ。

目の前に「沖縄料理屋」という看板が見えた。海外で日本料理屋はよく見かけるが、沖縄料理は珍しい。マンガ本がたくさん置いてあり、日本料理屋にしては値段もそこそこ安かったので入ってみることにした。ここで、バス出発までの"時間潰し作戦"である。
ソーキそばとかゴーヤチャンプルとか、懐かしい名前が並ぶ。でも、寿司とかどんぶりものも気になる。ビールも安い!
喜びつつ、お互い好きなものをオーダーした。それから2人で4時間ほどもずっとマンガを読んで過ごした。私が読んでいたマンガは厚かったし、隅々まで読んでいたことでたった3冊しか読めなかったが、タカは23冊も読んだらしい。あっぱれ!だ。

ニャチャンからホイアン行きのバスは、30分ほど遅れて出発した。ほとんどが外国人であり、ほぼ満席だ。運転手は相変わらずで急ブレーキを頻繁に踏む。そんな荒い運転で山を越え、林を越え、畑を越え、ホイアンを目指す。車体が揺れたせいか、後ろに座っていた西洋人が窓越しに戻している。何だか私まで気分が悪くなりそうだ。
出発してからしばらくは、トイレ・ご飯休憩が全くなかったのだが0時頃にようやく休憩に入った。休憩は、レストランでとることが多い。この休憩のレストランだが、ベトナムに入ってからは特に"高くてまずい"レストランばかりだ。2倍くらいの料金を取っているのに量がごく少なかったり、まずかったりするのだ。足元を見られている。しかし、少しぐらいは料理を勉強してもらいたい・・・。

予定通り、朝7時に到着。ベトナムのツーリストバスは安宿街or街の中心に止まってくれるのでありがたい。そこから安宿を求め歩き始めた。

ニャチャンでダイビング。

広告を見ると、ニャチャンのダイビングは安い。

日本人のいるショップでの料金で FUN DIVE 1本 20US$、2本 28US$ となっていた。機材等は全て込み。他に、島への入場料が1日 2US$ かかるとのことだ。

海が特別綺麗だとは聞かないが、のんびり滞在して気軽に遊ぶにはいい値段だ。

パステルカラーの古い家々と自転車が絵になる町。(ホイアン)

むむむ!どこもかしこも絵になるなー。
ここは歴史ある町ホイアンである。古い町並みは世界遺産にも登録されている。鎖国前は1,000人以上もの日本人たちも住んでいたらしい。ふむふむ、親近感の持てる町だと1人納得。

ホイアンはお互い別行動に歩いてみた。
1人で歩くのも新鮮で楽しいもの。現地人と話す機会が増えるのも、1人でいる醍醐味であろうか。私は基本的に買い物に精を出した。今月に結婚式を挙げるという友人へのプレゼントや、自分で着るアオザイ(※)をオーダーメイドしたりした。とにかく、ベトナムは雑貨がおもしろい!売っているものはどこもそう変わらないのだが、古い町並みを歩きながら買い物するのは飽きることなく楽しい!最近では、(お金もないしぃ。買っても荷物が重くなるだけだしぃ・・・。)と、いじけて買い物はあまりしなかったのだが、今回は買い物らしい買い物をした。やっぱり買い物は楽しいー!

ここで感じるベトナム人とは・・・。(@雑貨屋)
目が合うとにっこり。ついこちらもにっこりしてしまうような微笑みをくれる。
商品をちらっと見る→そのベトナム人が商品を開けたりして見せてくれる→私は「No Thanks.」と言う。→
さっきの微笑みはどこに?とばかりにしつこく詰め寄ってくるベトナム人。
はがき売りの女の子なんて100mくらいずっとくっついてきた。ベトナム人の女性は顔は美人系が多くて見た目はいいのだが、やっぱりちょっと気が強いというか・・・。でもまあ、これもベトナムの魅力だろう。図々しいと逆に楽な場合もあるのだ。

ホイアンでは、お寺・古い民家・博物館などの数箇所の名所を見学するためのチケットがUS$5ドルで販売されている。チケットではたくさんある場所から5箇所を選んで入ることができるのだ。
だが、既に古い町並みの中をたくさん歩き、お腹いっぱいになってしまっていた。しかも(US$5ドルは高いぞ。)と思い、やめた。
もちろん、多少は古いお寺も家々も見てみたい気持ちはあったのだが、これからいくらでも見れるんだし・・・なんて怠惰なことを思ってしまった。

そういうチケットを買って見て回るのも、1つの楽しみ方であるんだろうけれど、自分の足でいろいろ歩いて発見していくのもまた1つの楽しみ方だ。アートギャラリーを巡ってみる、マーケットに行って得体の知れないものをつまみ食いする、細い路地を曲がっておばちゃんの写真を撮ってみるとか。どんな風に歩いても、ホイアンはのんびり楽しく過ごせるのていいのではないだろうか。

※アオザイ購入についての詳細はこちら!「太陽の下のcafe<世界の民族・文化」

観光化がひたすら進み!?(ホイアン)

ホイアンでは小さいエリアに、観光客が集中する。
そして、街自体も大きくない。

ベトナム人観光客はそれほど多くないようで、外国人旅行者率が非常に高いエリアなのだ。
狭いエリアだし、お店も特別多いわけではない。そこで、外国人料金が凄まじくなる。何の値段を聞いても、他の街よりも高いのだ。それも、数倍はする。値切っても他の街と同じような値段にするのは難しい。街の建物などの雰囲気はとても良いのだが、人がこうでは気分良く滞在できない。

同じような観光地であるダラットは、ベトナム人観光客も多いからか、店自体も多いからか、特別高い値段ばかり言われることはない。お店の売り物に値段が書いてある(お菓子など)店さえ多かった。

ホイアンは、ベトナムの一面を強調して表す鏡のような街かもしれない。

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++美人++

よく「アオザイ美人」とは聞くが、ベトナム人は本当にきれいな人が多い。子供も整っていて、「かわいい」より「きれいな」子が多い気がする。
血の混じった少数民族は美人のルーツと言われるが、やっぱり真実なのか??

2度のイヤなこと。(ホイアン−フエ)

「うわっ。もう8:30だ!」
タカのあせった声でようやく目が覚めた。

前日にホイアンからフエ行きのバスを予約していた。ホテルには8:00にピックアップに来てもらうはずであった。なのに既に30分の時が経っている。タカがレセプションに確認すると、
「バスは他のお客さんを乗せて既に行った。あなたたちがバスに乗ると聞いていなかったから分からなかったよ。」
と言われたそうだ。

このホテルでもバスチケットを販売している。だけれど、私たちは代理店で予約をしていたので、ここのホテルは関与していないから、それも当然だろう。しかし、旅行代理店にはホテル名とともに部屋ナンバーも教えている。寝過ごしていた私たちも悪いが、ノックぐらいしてもらえないものなのか・・・。

そのまま、代理店へ向かった。
「ピックアップに向かったが、あなたたちはいなかった。」
と一言目に言われたが、とにかく、既に払ってあるお金を無駄にしたくなかったので、
「私たちは部屋で待っていたのだ。」
と言い、次のバスに変更してもらうよう申し立てた。これにはあっさりとOKが出て、6時間遅れてでホイアンを出発できることになった。これで一安心だ。

パスポートを忘れた!
気のゆるみだろうか?泊まっていたホイアンのホテルのレセプションにパスポートを預けたまま、バスに乗り込んでしまっていたのだ。気づいた時には既に遅し。ホイアンを出発し、ダナンの町を越え、全体の道のりの半分以上を進んでいた。悪いことは2度続く・・・。忘れていた自分たちも悪いが、内心ではレセプションのスタッフをも責めた。・・・言ってくれればいいのに。
なぜだか、ベトナムの多くの宿はパスポートを預けることを要求する。しかし、もうパスポートを預けたくない気分だ。

ホイアンからフエまでは約4時間で到着した。思っていたより短い時間で着けたので良かった(今年の6月に新しくトンネルが完成していた)。ベトナムは細長いから移動が結構大変なのだ。

●古都の賑やかな町、フエ。

フエの町は、旧市街と新市街にと別れている。新市街は安宿やレストランなど旅人のベースとなるエリア。旧市街は王宮を始めとした文化遺産が残る古い町並みだ。
私たちは新市街のホテルに決め、夜ご飯を食べるべく夜の街へと徘徊に出た。

何だか食べたいと思える場所がない。旧市街のマーケットには目ぼしいものがあったのだが既に時遅し、そこは通過して新市街に戻って来てしまっていた。ホテルの近くにある「ぶっかけご飯」は何だかおいしそうには見えないし、気になっていた焼肉ご飯も通常の2倍くらい(?)の20,000ドンの値段を吹っかけられて、店を出てきてしまった。お腹の空いた時に食べるものがない、というのはとてもイライラする。

フエは、ベトナムを代表する古都だ。だが、街の中心は古都と言うよりは普通の街だ。広く整備されたきれいな道路には、常にたくさんの車やバイクが往来している。それでも、歴史ある建物や門も多いようだが、例えば日本の京都のような風情はあまり感じられない。


●トゥドゥック帝廟。(フエ)

宿で自転車を借り、帝廟巡りが始まった。
地図を見ながら、坂道をゆっくり走り出した。道はアップダウンを何度も繰り返すので息が切れてしまう。たまに自転車に乗ると自分の運動不足を思い知らされる。

トゥドゥック帝廟は30分ほど走ったところにあった。タカは10年前に一度見ているので、私だけ入場料を払って入った。(単に節約という話もあるが・・・。)
ここは絵画的な美しさがあると言われているが、なるほど分かる話だ。入口を入るとすぐに石に囲まれたハス池がある。それを中心に囲む形で、周りに古い寺が並ぶ。
寺はどちらかと言うと、中国式に近くて日本人には馴染みがある。横長な建物が存在感をアピールしてる。1軒だけかと思うと奥にもう1軒。さらに奥にもう1軒と、隠れるように奥の方にも建物が存在する。これらにはどういう意味があるんだろう?

さらに、皇帝の墓もある。古びた門を入ると、中央にも石の壁。沖縄の伝統的な家のスタイルと同じで、門を入ってすぐに中が見えないように造られている。ベトナムも沖縄も中国の影響が残っているのが分かる。
墓は2×4mくらいだろうか。大きくも小さくもないといった感じだ。他の寺はもっと華やかなのに、墓があるこの敷地内は静かで観光客も皆無だ。最もこの方が雰囲気があるけれど。

 


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自転車で田んぼの中へ!(フエ)

「はぁ〜、疲れたね。」
「失敗だね。」
「う〜ん、ともかく道まで頑張ろう!」
細い道を突き進むうちに、いつの間にか道はなくなり、ついに田んぼのあぜ道に。そして、ついにあぜ道ではなく、田んぼの境目を自転車を持ちあげて歩くはめに・・・!!
車が走る道路は随分先に見えている。そして、そこまで行かないとならないのだ。

足がぬかるみにはまって、泥のせいでサンダルと足の間が滑る。大き目のサンダルなので、坂では足だけが滑って落ちてきてしまうのだ。でも、ともかくも進むしかない。既にかなり来てしまっているのだ。
「自転車置いて行っていいよ。オレが持っていくから。」
マユはだいぶ疲れているようで、私が道路まで持ち上げて行ってしまったほうが早そうだった。
「大丈夫だよ。もう少しだし。」
でも、こんな時、マユはたいてい人任せにせずに頑張ってしまう。今回もそのまましばらく頑張った。

「あのさ、本当に自転車置いて行っていいよ。オレが持っていくからさ〜。」「う〜ん。じゃ、いいかな。ありがとね。」
マユが疲れた表情で歩いていく。私も汗ダラダラで、気持悪いTシャツながら自転車を持って道路まで2往復した。
もう道なき道を歩いてきたせいで、服は汚れているしサンダルは泥だらけだし、汗っぽいし、良いことなし。
「なんか飲もうよ。」
「そうそう。」

なんで、そんなことになったのか?
トゥドゥック帝廟(阮朝の4代皇帝)を見た後に、ティエウティ帝廟(3代皇帝)を見ようと細い道を進んだ。地球の歩き方には、どんな道かは書かれていなかったが、問題ないだろうと思われた。
何だか田舎道を進むうちに竹で編まれた橋にぶつかった。それは、4〜5mほどの細い小川を渡るための橋だ。
手作り風で、
(雰囲気のある橋だなぁ〜。)
なんて思ったのもつかの間、ベトナムおばさんが走ってきた。
「マネー!マネー!マネー!」
「???」
どうも通行料を払えと言っている。
しかも、10,000ドン。
(高すぎる!!!)
そう思って見ていたら、地元の人は払わなかったり、払っても1,000ドンなどだった。それを言ったが、どうも強情に払えと迫ってくる。何だか嫌な気分になって私たちは、その橋を越えるのをやめたのだ。

少し戻ると、地元の歩行者が小川を越えるような、数本の編まれた竹が渡されただけの橋(?)が見えた。真ん中はさすがに支える棒が付いているが、どうも頼りない。
その頼りない竹の橋の様子を眺めつつ、2人で行ったり来たり。
「(自転車を持った状態で)行けるかなぁ〜。」
「どうかなぁ〜。」
「試しに渡って、様子を見てくるよ。」

小川の向こうには村があり、ティエウティ帝廟にも行けると言われた。安心して、急いでマユのところに戻る。
「ティエウティ帝廟に、行けるみたいだよ。自転車は運んでみるよ!」
とりあえず恐々と自転車も持って竹に足をかける。かなり撓(しな)る。撓って川に落ちてしまいそうな・・・。嫌なイメージは捨てて気合で突き進むことに!!
なんとか渡って安心し、マユの自転車も。マユもフラフラしながらも無事に渡り、先に進めることになった。そんなことをしながら、細い道を突き進んだのだ。そんなわけで、もう戻るに戻れない状況。何とかして、大通りに出る決意で進んでいた。

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フエでは帝廟をめぐるボートツアーが1.5US$くらいからある。しかし、私たちは自転車で見学して回る方法を選んだ。ボートツアーで巡る場所に全てはいると料金がかさむと言うことと、私は既に見てしまっていることも原因だ。そして、マユもフエでお金を使うより、ベトナム北部の少数民族などを見てまわるツアーなどにお金を使いたいというのがあるようだ。

他にフエで一般的なツアーは、DMZツアーだ。DMZとは、ベトナムが南北に分かれていた際の非武装地帯である。その周辺には、ベトナム戦争において重要な地点となった場所も多い。それらを1日かけて、バァーッとまわってしまうツアーなのだ。

「あれれっ?」
何だか借りたばかりの自転車がおかしい。降りてみてみると、チェーンが外れていた。しかも、何だか少し絡まっている。
「チェーンが長すぎるんだね〜。段差を降りただけで外れちゃったよ。」
「すぐだし、宿に戻って自転車を別のに交換する?」
私は交換しないで先に進むことにした。戻っても良い自転車はないだろうし、サドルが柔らかめの自転車は他になかったからだ。
久しぶりに自転車に乗るからか、自転車のサドルが良くないからか、レンタル自転車に乗ると必ずお尻が痛くなる。サドルがお尻にフィットしていないのだろうけれど、日本人(いや、、、私だけ?)は変わった形のお尻をしているのだろうか?いや、そんなはずはないか。

南に向かいドンカイン帝廟(9代皇帝)を目指す。そして、トゥドゥック帝廟に向かう道のりだ。
上ったり下ったりと、緩やかな起伏がある道が続く。商店や床屋などが並ぶ道を3kmほど走るとようやく家屋も減ってくる。

(ドンカイン帝廟はどこかなぁ〜?)
マユと2人でどんどん進んでいく。すると古いお墓のようなものが見えてきた。
「これは何かの遺跡かな?どうだろうね〜。」
「特に書いてないから分からないなぁ〜。」
ともかく、道から少し上がった場所にある"それ"を見に行く。
いくつものお墓が並ぶが、どれも大きい。そして、気になったお墓は、10m四方以上に大きい。
「これって、ドンカイン帝廟?何だか違うよね??」
「うん。でも、大きいね。すごい金持ちとかなのかな。」
「他のお墓もだけど、こんなにお金を使うってスゴイね。」
そうなのだ。日本の一般的なお墓に比べるとどのお墓も凝っていて大きい。日本のように大理石だとか、石にお金をかけているわけではないので実際にはたいしたことがないのかもしれないけれど。

ちゃんとドンカイン帝廟を探そうと先を急ぐ。
(んっ?japanese?)
その看板には日本の酒を作っていると書かれていた。
「ねぇねぇ、こんなところで日本の酒を作ってるんだって!」
「見に行ってみる?」
「行く途中だしね〜。」
実際にはドンカイン帝廟も見つからずに、トゥドゥック帝廟にはちゃんと行こう!ということで、お酒は後回しにして行かなかった。偶然にハノイでそのお酒を見つけて買うことになるのだが、それは後のお話し。
ドンカイン帝廟は、それらしいものをマユは見ていたらしいのだが、とりあえず確信がなかったので通り越してしまったようだ。

「トゥドゥック帝廟だ、あったよ〜。」
「良かったね。」
「それにしても暑い。水、水!!」
私たちは1.5Lの水を既にほとんど飲んでしまっていた。直射日光の暑い中を、自転車で進むのはとても汗が出る。途中でコーラなども飲んでいるのにトイレに行きたくもならない。遠くにある帝廟にもちゃんと行けるか、少しだけ不安になりつつ、マユだけお金を払って見学に行った。
私は外から眺めていたのだが、以前の私のように後ろの方から塀を越えて(お金を払わずに)侵入している外国人を3人ほど見かけた。やっぱり、いるもんだよなぁ〜(笑)。

マユは満足して出てきた。
なかなか良かったようで、次をどこにするかという話になった。そして、まずは近いティエウティ帝廟に。地図を見ながら先を目指した。

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ティエウティ帝廟は田んぼから這い出した場所のすぐ近くだった。
(これも運命か!?)
入場料もかからず、とにかくのどかな田園風景の中に佇んでいる。生活の中に生きる遺跡(?)という感じで雰囲気はある。
ただし、入場料を払って入る帝廟と比べると規模が幾分小さい。マユもトゥドゥック帝廟と比べてイマイチに感じたらしく。
「どうする?もう1つ行く?(でも疲れた感じ)」
「これで十分かな。他の有名どころは見たことあるし。」

既に田んぼを越えて来たことで十分に疲れていた。そして、私たちはフエの街に戻ることにした。自転車のサドルに乗るお尻は、既にかなり痛い。今日もいい運動をして、いい汗を掻いてしまった。
2人で3Lの水と缶ジュース4本、そんなに飲んでいるのにトイレに行きたくならないのが不思議だった・・・。


●そのまま気合いでティエンムー寺にGO!(フエ)

すでにかなり疲れていたが、路上のアイスクリーム屋さんで休憩し、やる気を補充した。

マユはプリンを凍らせたスウィート 2,000D(約14円)を満喫。タカはアイスクリームに各種トッピング付 3,000D(約21円)ナリ。

はっきり言って、プリンはおいしかったのだが、アイスはイマイチ。値段の割には量が多すぎたので、質が良くないのだろう。
それでも、この値段で木陰で休憩がてらにスウィートを食べられるのは、なかなか素晴らしい!さらにお茶は飲み放題だったので、気持ちよく休憩できたのだ。

さて、それでもアイスを食べた後に、ティエンムー寺に行くのは少し面倒だった。既に自転車を担いで田んぼを横断したり、起伏のある道を乗り越えてきたりと、随分な距離を走っていたのだ。それに、自転車のサドルがイマイチなので、お尻が痛い!!
お尻が痛いと半分だけ立ちこぎになる。そうすると、その分だけ疲れるようになる。良くない循環なのだ。

でも、私たちはそんなことに負けずにティエンムー寺を目指す。理由は簡単で、借りている自転車は今夜までに返さなくてはならない。明日も借りるとお金がかかるので、節約のためには"今"行くしかないのだ。ちなみに自転車代は100円とかそんなものなので、日本での生活を考えてしまうとジュース1本にもならないお金なのだが。

阮朝王宮を右手に眺めつつ、フォーン川沿いを南に進む。この辺りは通りも大きく舗装されていて、気持ちよく自転車が進む。城壁がきれいに残っているのが不思議だが、"再建されたのかね〜?"なんて雑談をするうちに旧市街を通り越した。

「んっ?サングラス安いね!」
何だか道沿いにサングラス屋台が続く。屋台というのも変かもしれないが、たくさんのサングラスを板に貼り付けた人がたくさん並んでいるのだ。よく分からないけれど、東南アジアでは同じお店がズラァ〜と並ぶのを良く見る。ここも、いつのまにかサングラス通りになってしまったのだろうか。
「25,000〜35,000ドンだね。見てみれば!」
「うん。黄色いのがあったらね〜。」
私が好きなサングラスは、レンズの色が黄色いやつだ。ちょっと変なのか、タイ以外ではあまり見かけない。・・・日本でも割りとあるかもしれない。黄色い色で視界が満たされると、何やら不思議に気持ちよい。サングラスは黒系の色が多いし、UVやまぶしいのを防ぐのが1番の目的だと思うが、もっといろんないろが豊富でもいいのになぁ。
結局、ちゃんと自転車を停めて数軒覗いてみたが、好みのサングラスは見つからなかった。

右手に続いていた城壁がなくなっても、T字路をそのまま直進する。
ガタガタ道がはじまり、急に田舎っぽい雰囲気が漂い始めるが、さきほどまで自転車で走っていたような"車は一切通れないような村々の道"とは比べものにならない。今日はいいサイクリングをしたなぁ〜、なんて思いながら先へ進む。お尻が痛いので、ガタガタ道は厳しいものがあり、普段よりも遠く感じる。

ティエンムー寺の前に自転車を停めると、駐車代を請求された。1台当たり1,000ドン(約7円)なので、まぁ仕方がないと払ったが、手前に停めるべきだった。いくらでも空き地があり、自転車などいくらでも停められたのだ。
ティエンムー寺の付近にはやたらとボートの客引きが多い。帰りはボートでどうぞ、とかしきりに声を掛けている。

ティエンムー寺の前から川を眺めると、とてものんびりと流れる川を包み込むような自然豊かなフエが見えた。市場や王宮付近は人も多く騒々しいが、ちょっと離れると喧騒の気配すらない。こういうのは、人が多すぎる(?)日本などとは全く違う良さだ。
川から続く階段を上まで上ると、すぐに7層8角形の塔がドーンと目の前にそびえている。塔をきれいにしてしまっており、なんだか歴史を感じられない。古ぼけた感じの方が良いなぁ〜、なんて思うのはわがままか。ここから見える景色の方が、お寺よりも印象的だった。それと、ずっとかわいいコがあとを追いかけてきたのも気になった。私たちが悪いことをしないか見張っていたのだろうか!?(笑)

ティエンムー寺は、ベトナム戦争中に住職が抗議の焼身自殺をしたことでも有名らしい。ホーチミンの戦争証跡博物館では、アメリカ人が3人焼身自殺を計ったと書かれていた(うち、実際に死亡したのは2人とのこと)。効果の方はともかくとして、ベトナム人では、さらに多くの抗議の焼身自殺があったのだろう。
ガンジーの非暴力や、こういった自分を犠牲にする抗議などは、暴力よりは良いと思うが、時期が合わなければいくら努力しても取り上げられることはない気がする。もっとも、その"時期"を作り出すために行っているのかもしれないが、私にはそういうことはできないししたいとも思わない。

●フエのライトアップ。(フエ)

週末の王宮のライトアップは、カラフルでなく落ち着いた感じの雰囲気が素晴らしい。暗闇の中で、蝋燭の明かりで照らされているかのように浮き上がっているのだ。

それに比べると、新市街と旧市街をつなぐチャンティエン橋のライトアップはかなり派手だ。赤、青、黄、緑、白・・・次々に色が移り変わる。橋の歩道を歩いていると、ライトアップが眩し過ぎる。見栄えはいいかもしれない(うん、遠くから見るとかなりきれいだ)が、歩行者のことは考えられていないようだ。

町の雰囲気はホーチミンと比べると静かだが、ダラットと比べると騒々しい。なんとなく居心地が悪いなぁ〜。

●鯉が激しく餌を争う阮朝王宮!?(フエ)

旧市街の城門・城壁がかつてのまま、きれいに残っている。

フォーン川と王宮間には、巨大なフラッグタワーが聳えて(そびえて)いる。フラッグタワー自体も、歴史的な建造物な様で1809年にザーロン帝の時代に建てられたらしい(当初)。台座部分は、17.4m。フラッグポールも含めると、29.52m。
その後に戦争などで壊されるなどして、今あるものは再建したものらしい。

旧市街に入る門はたくさんある。トゥオントゥ門、ガン門、サップ門・・・どれも趣があっていい。週末の夜には、これらの門もライトアップされている。あまり大きくない通りと門なので、一方通行の道なのだが、自転車やバイクが大量に行き交っている。
ここまでは、入場料を払わずとも普通に歩いて見ることができる場所だ。

王宮の入り口は、午門であり、前述の週末のライトアップがとても印象的な場所だ。石畳がひかれ、中国式の2層建ての建物。上にも上ることができ、以前はここから帝が外を覗いたり、顔を見せたりしたのだろうと思いを馳せてしまう。
さて、門の雰囲気が良いので、中はどうなっているのかなぁ〜と入っていく。太和殿と呼ばれる建物があるが、紫禁城を真似て作られたらしい。紫禁城よりは小さいけれど、皇帝の座る椅子や、台座などが置いてある。
もっとも、これらも含めて建物のほとんどはベトナム戦争で破壊されてしまった。そんなわけで、今は修復や再建した建物が並んでいるのだが、かつてを想像するには十分なものだ。

この他、王宮の城壁内は、廃墟のように壁だけ残されていたり、やたらとだだっ広い土地があったり、ベトナム戦争の惨禍を感じさせる。帝がいた時代には壮観な建物が立ち並んでいただろうに。こういう歴史的建造物を惜しげもなく壊してしまう戦争って、、、やはりそういう時には、文化を考える余裕なんてないのだろう。アフガニスタンではタリバンが、バーミヤンの石仏を壊してしまったのを思い出した。アメリカもやってることは大して変わらないんだよなぁ〜。

太和殿の奥には、整地された土地やいくつかの小さな建物、建物の跡がある。特に何を見たいというわけでもなかったが、せっかくなので1番奥まで歩いて、グルッとまわって帰ることにする。

右側からまわることにして、何だか小さな建物だけれど、壊れたレンガの壁に囲まれた雰囲気のある建物の方に向かった。その社殿の正面には池があり、その池の中には、山水画にでてくるような山のミニチュアが石で作られている。その石の山はとてもきれいで、なかなかよくできている。

そして、その池の中にやたらと大量の赤い鯉たちがウヨウヨいたのだ。マユと2人で眺めていたが、やはり鯉は群れて生きるようで、ほとんど皆が同じ方向に泳いでいる。はぐれ者もいるけれど、それは私たちのようなものか。
餌が2,000ドンと書かれて、無造作に置かれていた。お金はどこにも置かれていないが、誰も鯉に餌をあげていないか、お金を払っていないかどちらかだろう。
私は2,000ドンを透明なプラスチックの箱に押し込むと、小さな餌袋を持ち上げた。マユの手のひらに少し分けて、池の中に餌を何気なく落とす。

バチャバチャッ!バチャ!バチャッ!!

我先に餌を食べようとする鯉たちの争い。大きな音を立てながら争っている。その密集ぶりと、大きな水音、鯉たちのすばやい動きには見ごたえがある。次々に餌を与え、あっという間に餌が無くなってしまった。
私たちが熱心に池を覗き込んでいたのでか、他の旅行者も集まってきていた。私たちの餌がなくなると、彼らも購入。そして、思い切ったことに1袋をヒトイキに池の中に!!

ドチャバチャッ!ドチャ!バチャッ!!
ドチャバチャッ!ドチャ!バチャッ!!

さらに凄い音が響く。鯉たちは半狂乱に、餌に向かって踊っているようだ。
う〜ん、何だか鯉に夢中になってしまった阮朝王宮だ。鯉なんてどこにでも、いるのにね。

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