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| 【マレーシアでは・・・】 マレー半島を南下し、ボルネオ島を北上。まさにマレーシアを満喫!
キナバル山に登ったりと充実の旅。 【感じること】 旅行者が多いとは言えない国だが、よい場所がたくさんある。お酒が自由に飲めればさらに良い。 【お気に入り】 ご飯がおいしく人が優しい「コタ・キナバル」(タカ)。歴史と情緒があるのんびりした街「マラッカ」(マユ)。 【お勧めは〜】 中華料理、キナバル山登山、3列シートの快適バス。 |
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●セッカチの為に表示する「残り信号待ち時間表示」。(ペナン) 「青信号まで、あと10秒だよ〜!長〜!」 そんな風に思う人も多いのだろうが、タイの信号は青信号までの時間を表示したりしているものがある。それは、タイ人のせっかちな性格と、次の青信号までの時間が長いためだと思っていた。 しかし、マレーシアのペナン島にも残りの秒数を表示する信号があった。もしかしたら私は見たことはないが、残りの秒数を表示する信号は日本にもあるのではないかという気さえしてきた(どうなのでしょう?)。 ともかくも残りの秒数を表示する信号は、赤信号の間は常にカウントダウンをしている。そんな信号をみる度に、自分と同じようにせっかちな人は多いんだなぁ〜と思ってしまうのであった(せっかちとかの理由以外にも、設置理由はあるのでしょうが)。 ※シンガポールにもありました!もしかして、世界のスタンダード!?
夜中の2時過ぎに、そんなことをぼんやりと感じていた。我に帰ると、寝ている部屋の状況は普通ではない。 私とマユは目を覚ますと、何やら異常なものを感じて部屋の外を覗こうとした。何やら殺気だった雰囲気や音を感じて、窓を大きく開けるのではなく、隙間から覗き込んだ。 隣の家が燃えている!オレンジ色の光の街灯に照らされて、火はさらに大きく見えた。 実際には隣家の1室が燃えただけで、近所の方の協力もあって消化された。燃えていた隣家はホテルであり、地球の歩き方にも載っている宿であった。私たちは前日にハジャイから乗ってきたミニバスに、その宿の目の前で降ろされていた。当然、そのまま宿の中も覗いたし、特に問題もなかったので泊まろうかとさえ思った宿だった。 結局は他にもいくつかの宿を見て、安くて2階にテラスがある隣の宿(WAI HAI HOTEL)に落ち着いていた。もし、火事のあった宿に泊まっていた場合には、火事の部屋からすぐ近くで5mも離れていない部屋だっただろう。紹介された部屋は2つ隣くらいの部屋だったのだ。 先日にあった津波(アチェ沖地震による)も怖かったが、隣家の火事はさらに現実的に怖かった。2人でしばらく興奮して眠れなかったので、話をしていた。 何が起こるか本当に分からない。一寸先は闇だ。だからこそ be here now! ●屋台街が WI-FI の HOT SPOT だなんて!(ペナン) ペナン島のジョージタウンの時計台近くの屋台街は、ワイアレスでインタネットが使い放題だ! 私たちは、気づいた日の夜に早速パソコンを持って屋台を訪れた。しかし残念ながら屋台は全て閉店していた。私たちは、諦めきれずにパソコンをバッグから出して接続に挑戦!・・・できちゃいました。どうも24時間接続可能なようです。 再度インターネット接続をするために、ペナン島の滞在を延長することとした。そして、翌日に再び屋台へと訪れた。 その日は午前中から夜前まで、8時間ほど屋台に居座ることとなった。閉店しているが、ビールを注文しお昼も注文してしまった。彼らが親切心からお酒のオーダーを聞いてきたのか、それとも、商売の為に聞いてきたのかは分からない。どちらにしても、ずっとそこに居続けるつもりであった私たちにはとてもありがたい申し出であった。 |
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知らない場所に着いた時には、いつも不安を持つ。今回のイポーも同様であった。さらに、コピーしていた地図の「長距離バスステーション」が、どうも正しくなかったようだ(移転していたらしい)。 near Super
Kinta in Ipoh, Malaysia
そんな訳で、自分たちがどこにいるのかも分からずに、宿探しなどの前に「自分のいる場所探し」が必要になってしまった。 旅ではこういうことは頻繁にあると思う。いつも地図やガイドブックを持っているわけでもないし、それらが古くなったり(誤っていたり)することもある。タクシーを使えばどうにかなるのだが、こういった状況も楽しみたい。 何人かに街まで行く方法や距離を確認し(お店の店員、道端の人など)、路線バスに乗った。バスの終点からは、歩いてホテルを探した。どうも、この街には安宿が少ない気がする。イポーくらいの大きな街であれば、バス停や駅の近くには安宿が並んでいてもおかしくない。 街の人にホテルの位置を聞きながら、しばらく歩いてようやく中国人系の「旅社」を見つけた。「旅社」はホテルのことで、安宿であることが多い。1つの宿を見つけると回りにもいくつかあるので、いくつか見て回った。どこもエアコンがあって、普段に宿泊している宿よりも高かった。しかし、汗をだらだら流していることもあり、エアコンの宿にすぐに決めた。 宿を決めさえすれば、あとは不安もない。荷物を置いて、シャワーを浴び、街の散策に出かけた。迷子になった場合には、散策をする前に街の様子が分かってしまっている。やはり、迷子は迷子で楽しい時間を過ごしていたのだと、最後に実感できるのであった・・・ ●お酒を買えずにしょんぼりする私たち。(マレーシア) マレーシアに入り、お酒の販売場所が減ってきている。それと、お酒の値段が上がってきている。 ビール好きのマユには、タイと比べてビールの値段が倍近くにもなってしまっていることがショックなようだ。私はウイスキーなどをコーラで薄めて飲んでいるので被害は小さい(ビールは値段の差が大きいが、リカー類は30%程度の違いのみのようだ)。 これからは、お酒に不足が生じる可能性がある国に入る前には必ず「数本のボトルを用意しよう」などと決意(?)を新たにする私たちであった。 ちなみに町でお酒を堂々と飲めるようなお店も、あまり見かけることがない(屋台で飲んでいたりはするけれど)。 ●マレーシアの屋台の安さに喜び。
マレーシアの屋台は、タイの屋台と比べて値段が安い。 平均して1〜2割は安い気がする。1回の食事ではたいした差は生じないのだが、毎日食べるとなるとそうでもなくなる。 マユも中華料理があれば満足している。よって、2人で毎日喜んで屋台街にでかける。マレーシアではしばらくこんな感じで節約ができそうだ。 友人の日本食レストランがあったということもあるが、サムイ島では日本食を連日で食べたり贅沢をしていた。しばらくは日本食を控えて、また、日本食に飢えるような状態まで中華で行きたい!? ちなみに、ワンタンメン(WAN TAN MEE)と水餃子が今のところの2人のお気に入りだ。 ・・・・ただし、マレーシアには「飲み水」のサービスとテーブルの上の「ちり紙」のサービスはないようだ。 |
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| ●キャメロンハイランドへの道。
山肌を大胆に削り、自然な姿ではないがかなり「ダイナミックな風景」を見ながらキャメロンハイランドの町に入った。 どうも新しい道らしく、大胆に人間の手を入れて走りやすい道を作ったようだ。ただ「そんなにしなくても!」というくらいに、大胆に山を削っている。バスから見える山のほとんどが、段々状に削られ固められている姿は異常な感じだ。あちこちで山崩れがあるようで(大胆に手を入れているので当然だが)、その工事も行っている。そんなマレーシアを凄いと思った。 さて、旧道はやはりくねくねしていた。気持ち悪くなるほどではなかったが、旧道を通ったら「新道もいいなぁ〜」と宗旨替えした。それまでは、あんな大胆に道なんか作らなくてもと思っていたのだが。 たくさんの蜘蛛の巣を、顔につけてしまった・・・。
今までいた海辺とは明らかに異なる緑の樹木に囲まれて、トレッキングで楽しい時間を過ごせた。ガイドマップにしたがって歩いたのだが、どうも書いてある内容と違った(「険しい」とかいろいろ書いてあったが)。 Top of G.Beremban(Mt.Beremban)
in Cameron Highland, malaysia 4はなだらかに進み、6はあまりに急な下り坂だった。6は道が急すぎるためか、私たちのガイドマップには「いくのは厳しい。道が分かりずらい。」と書いてあった。もう1つの売られていたマップには、そのようなコースは書かれていなかった。・・・でも気にせずに行ってしまったのだけど。5の道は分かりやすく緩やかに下って町まで戻った。 2日目:path7→path8→path9(一部のみ) 登山コース。グヌン・ベレンバン(1841m)に登った。午前中のために草の葉が朝露に濡れていてズボンは濡れてしまった。薄いズボンであったため、濡れたズボンが足に張り付き、お尻の辺りが破れてしまった。でも恥ずかしいのは後の話なのだ。
狭いのに日本食を提供するレストランが多い。 レストランは1軒しか行かなかったが、味はイマイチだった。というわけで、自炊をすることにした。今回の旅行が始まって以来の、初の本格的な自炊でカレーとパスタを作った。 料理をすると、何やら充実した生活になる気がするのは気のせいか?野菜を見たり、何を作るか考えるのは楽しい。日本の食材も少ないながら売っていた。そういった店でも年配の日本人とよく出会った。旅行代理店に日本人の女性が働いていた。とても小さな町なのに、わざわざ日本人が働いている(日本人旅行者が多い場所であれば、日本人がいることは普通)ことを珍しいと感じたが、それも日本人のリタイア組が多いからかもしれない。 自炊道具として、コイルヒーターの他に電熱器(ホットプレートのように鉄板が熱くなる。その上に鍋などを置く機器。何か正確な名前がありそう。)も購入したので、一通りの料理はできる。醤油やカレールーなどもなるべく常備するようにして、節約しつつ日本食を楽しみたい。やはり自炊すると、日本食といえども安くなるので一石二鳥だ。 夜になるととても涼しく、寝袋にくるまった。そう、寝袋といえば予想外にとてもお世話になっている。旅行に出る前は、あまり使わないかと思っていた。しかし、さすがに南国でも夜は寒い。昼夜の寒暖差が大きいために、寒く感じるのだろうか。タイでもマレーシアでもお世話になったと考えると、この先、随分と使い込むことになりそうだ。 |
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| ●サティア・サイ・ババ・センター。 (キャメロンハイランド)
タナ・ラータとブリンチャンの間に、サイババの瞑想センターか何かがあった。町の間を5kmほども歩いている最中で疲れていたので、建物は覗かなかった。10m以上も登った坂の上にあったのだ。今にして思うと、何だかとても興味があるので行ってみれば良かった。 タナ・ラータに比べ、ブリンチャンは安宿が少ないようだ。旅社はあるので、泊まることに苦労はしなそうだが、全体にマレーシア人以外に出会うことが少ない。 町で売っているものや、食事でみても外国人にはタナ・ラータでの生活が簡単なように思う。 ●登山用にスニーカーを購入〜!(キャメロンハイランド)
紀伊国屋書店を求めて町を彷徨った。 3年程前の某ガイドブックの地図のコピーを頼りにしていたのだが、既に紀伊国屋書店は移転していたのだ。 ちなみに、イポーの長距離バスターミナルも違っていた。マレーシアに入って、ペナンとイポー、キャメロンハイランド(地図は持っていなかった)、クアラルンプールと4箇所目の町で、既に2つも地図に変更があったことになる。 ガイドブックや地図の更新が追いつくのは大変だし、当たり前のことながら自分の足で確認しないと駄目だと実感。初めにインターネットで調べたりすれば、無駄足をすることもなかった。 |
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クアラルンプールのチャイナタウンはおもしろい。ペナンもたくさんの屋台が並んだけど、さすがに大都会のチャイナタウン。街の路地はおいしい香りや煙で充満している。最近の定番になっている"ワンタン・ミー"や揚げ餃子を食べる。味はだいたいどこも同じだけど、いろいろな店が並んでいるのは見ているだけでもおもしろい。 ジョホールバルはマレーシアで2番目の街になるらしい。
もう1軒見つかった。パソコンも多数あって一見、普通のネットカフェなのだけど、満席でしかも8割くらいの人が、ビデオチャットをしてニヤニヤしている。なかなか席も空かなそうなので、諦めて宿に戻った。ちょうどシンガポールの友達に連絡を取りたいだけだったのだけど、やっぱりネットが繋がらないのはつらい。決してネット禁断症状ではないのだけれど。 ジョホールバルには安宿がない。 |
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●エア・エイジアのチケット購入のために街を移動しまくり?(クアラルンプール、ジョホールバル) ペナン島で「エア・エイジア」のポスターを見た。クアラルンプールからボルネオ島のコタ・キナバルへ飛ぶチケットが99RM(約2,700円)と激安だ。 クアラルンプールにはエア・エイジアのオフィスが見当たらない。この街はもう用事も済ませてしまっていることでもあるし、街の中にオフィスがあるジョホールバルの街へ移動した。 空港のオフィスに行けばチケットは買えると言う。
「ここも40RM以上もするの〜?」 ともかく、納得できる部屋が少ないので探し回った。順番に通りの端から聞いて回り、部屋を決めるまでに1時間ほどもかかったかもしれない。宿泊した部屋も、エアコンはあるのだがシャワーは共有だった。それで、37RMナリ。部屋も旅社(中国系のホテル。何だか、暗いイメージが漂っちゃったりするのは私だけか?)で、そんなにきれいでもない。シーツには「HONG
KONG HOTEL」とたくさん書き込まれている。話を聞くと「マレー人はシーツや枕カバーまで持って帰っちゃうんだよね〜」と言っていた。 そう考えると、、、私にとっては随分とレベルが違う(機内毛布と宿のシーツ)のだが、そういうことに縁がない方には「同レベル」かもしれない。 ともかくも、37RM(約1000円)はこの街では安い方だと思う。もしかしたら週末に泊まったので高かったということもあるのだろうか?? |
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●インド人みたいな嘘つくなよ・・・(ジョホールバル) マレーシアに入ってくるなり言われた。 そんなはずはない。まだ、お昼の12時にもなっていない時間なのだ。そんな嘘をついてしまうマレーシア人を見て、10年以上前に訪れたインド人を思い出した。そして、ここジョホールバルでそんなことを言っている彼らもインド系なようだった。 タイからマレーシアに入った際には、マレーシアは幾分かきれいな気がした。マレーシア滞在中には、マレーシアの汚さやインド的(?)な部分は目に付かなかった。 シンガポールは物価が高いので、敬遠してしまうということもある。ただ、それ以外にも旅をしていての「面白さ」という点では、シンガポールは特別なものが感じられなかった。私たちは3日間しか滞在していないので、シンガポール通の方にはいろいろと反論されてしまいそうだけれど。
案の定、道は大渋滞(車線なども無視され、大混乱状態)。私たちのバスの運転手は中国人で、バスが出発する前からイライラしているようだ。運転手はちょっとの隙間も見逃さない。バイク1台の隙間も作らせず、少しでも先に進もうと必死だ。派手にクラクションを鳴らし合う音が続く。 結局、シンガポールには1時間強で到着できた。 |
| ●旅人に優しい。(マラッカ)
マラッカは居心地が良い。 まずは、いつものようにスーパー(デパート)を一通り吟味し、その後に街を徘徊。 安宿の設備も旅人に優しい。 ひとつの宿でひとつのサービスを始めると、他の宿でも競って同じサービスを始める。これは旅人にとっても嬉しいことだ。とにかくマラッカは値段の割に親切な宿が多くて沈没気味になるところのようだ。
チャイナタウンのナイトマーケットは、おいしいもの天国。 普段はあまり見かけないお菓子や、食事の屋台が姿を見せる。はしゃいだ私たちは、いろいろなものをつまんだ。揚げ豆腐(単純に豆腐を焼いてタレをつけて食べる)、RADISH CAKE(じゃが芋や野菜の炒めもの)、鶏肉まん、豚肉まんを次々にほうばった。特に、豚の肉まんはジューシーでとろみのかかった何とも言えない旨みがさいこう。しかも大きいし安い(1.8RM=\50)。マレーシアを出る前にもう一度!と自分の中でリクエストしてしまった一品であった。 具体的には"食べること"がメインだったけど、芸や歌や演奏などのステージもあって楽しめた。中国正月が近いこともあって、通りは人人人・・・。きょろきょろしては新発見!の繰り返しでおもしろかった。
髪の毛も後退し始めているその中華系の男は、特に背が高いわけでもガッチリした体格でもない。後ろに貼ってある垂れ幕から、マレーシアの記録ブック(ギネスブックのようなものか)にも載っている男ということだけが分かった。 気合の声と共に、ココナツに指を突き立てる!2回、3回!そして・・・左手を金槌のようにして、右手親指をココナツに突き刺した。その間たった4〜5秒だった。確かに凄い。私などにはとてもできない、ココナツの厚い皮に素手で数秒で穴を開けるなんて。 ただし、ココナツから抜いた彼の人差し指は曲がっていた。見ている私の方が、痛そうで病院に連れていきたくなってしまう感じ。その後に、何だか湿布のような塗り薬の宣伝をして、しばらく指をもんでいると指はまっすぐになった。脱臼していたのだと思われるが、身体をはった宣伝活動で頭が下がる思いだ。さすが中国人。インチキ中国人も多いが、雑技団をはじめ、やっちゃう時には本当にやってしまうのだ! ちなみに、その男はクライマックスの「ココナツ穴あけ」までは、延々と1時間ほど手品などをやっていた。それらは、気功とは関係なさそうかな? |
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| ●同じ商品の値段(値札)がバラバラのスーパーが多い!(マラッカ)
「安い!」と思ってかごに入れたつもりのペプシ・ツイストの値段が、こちらの棚では1.5倍ほどの値札が付けられている。 マレーシアのスーパーでは、そんなことが普通にある。セールして販売した際の値段を、直しきれていないとか、その逆でセール中なのに普段の値札が残っているのだろう。 普通に町で売られている商品についても思うが(話はかなり変わるけれど)、同じ商品が店によって全く異なる値段で売られていたりする。値引き交渉などをすれば良いのかもしれないけれど(?)、普通のスーパーのような場所ではさすがにそれもない気がする。 ともかくも、マレーシア人のおおらかさが現れているのだなぁ〜と納得するしかないのである? 裏のフェンスをよじ登り、ついに潜入に成功! タマン・ミニ・マレーシアとは、マレーシア各地の伝統家屋の様子を再現した展示物や踊りなどを披露している。また、アセアン各国の伝統家屋を再現したエリアも付属で公開している(ただし、アセアンの家屋は、あまり掃除などされていない)。それらの入場料は7RMである。 アイル・クローに興味はあったのだが、値段が多少高いと思っていた私たちはタマン・ミニ・マレーシアに何とかお金を払わずに入れないかと考えた。マラッカ市内にあるスタダイズ(博物館)なども料金を払わずに入れる感じだったからだ。
隣接するホテルの敷地を散策して、タマン・ミニ・マレーシアのフェンスを覗きながら奥へ進む。夜のディナーの準備を進めていたプールサイドも越えて、更に奥に進む。テニスコートなども越えて小さな坂を登ると、ついにフェンスに大きな穴が開いていた!その穴の場所までは、ずっとフェンスが続いているか、崖や森でとても侵入できそうになかったのだ。 穴をくぐって敷地内に。足音を忍ばせと思ったが、前方に人影が見えるので2人でしゃがんで隠れた。と、写真を撮っているではないか!?お客さんということで安心。2人はようやく心を落ち着かせた(笑)。 ちなみに本当にお客は少なくて、全部で2〜30人くらいだった。 ●茄子には虫がいる。(マラッカ) 「うぁ〜っ」 "手を切ったのかな!?病院はどこだ!?連れていかないと!!" 急いでマユのいる部屋に行き、覗き込んだ先に見えたものは「何かの幼虫」だった。気持ち悪いのは分かるが、凄い悲鳴をあげるのは勘弁して欲しい。その後も茄子を数本買うたびに、必ず1本には虫がひそんでいた。 しょうがないので、今日も恐る恐る茄子を半分に切るのである。 ●イブニング・タイムはおいしいケーキが30%OFF。(マラッカ) おいしいケーキを食べようとして奮発して入ったカフェ。日本の高校生が滞在しているらしく、奮発して入った自分たちと高校生を比較して何だか意気消沈する私たち・・・ そんなことには負けずに、おいしそうなケーキを選んで席に座った。恥ずかしながら、飲み物は注文せずにケーキだけの注文だ。 「んっ?」 ちなみに、安宿の多い通りにほど近い ホテル・エクアトリアル・ムラカ のカフェだ。 |
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| ●有名な夕陽。丘の上のセント・ポール教会から。(マラッカ)
朝日も同様に海から昇る姿が良い。 そんなことを考えつつ見た訳でもないが、聞いたり読んだりした通りに美しい夕陽が見れた。マレーシア(マレー半島)の日の入りは遅い。ボルネオ島と時差を設定していないために、夕陽が沈むのは20時頃などと周辺の国よりも1時間ほども遅いのだ。
時間の感覚といえば、旅に出てしばらくして・・・まずは曜日が分からなくなる。そして、日付も分からなくなる。目的があったり、滞在期限のために日付はさすがにチェックする必要がある。ただし、曜日については「いるだけ」であれば全く気にする必要がない。ビザ(査証)取得などのために、公的機関を利用する時だけ気にすれば良い。 ともかくも、夕陽を見に訪れたたくさんの観光客の1人として夕陽を眺めた。近くには、海を臨んでいるフランシスコ・ザビエルの石像があった。その石造には、日本のものと思われる「手ぬぐい」が頭に被せられていた。農作業をしている様で、何か不思議な光景だった。1人の白人旅行者は、その手ぬぐいが偉く気になった(?)ようで、写真をたくさん撮っていた。 ●ムツゴロウがたくさん!(マラッカ)
よく見るとムツゴロウで、写真をアップにして撮ったり楽しんだ。それにしても、ムツゴロウって何だか汚いところにいる(少なくとも、マラッカは汚い)。エラで動く姿は、愛嬌があってかわいい。もう少し清潔な感じがすると、もっとかわいいのになぁ〜と思った。が、私に「かわいい」と思われても、何も良いことはないが。 有名なツーリストタウンでもあるマラッカから、あまりパッとしないイメージのムアルに移動することにした。
ただ、バスに乗って良かったことが1つだけあった。同じバスには、白髪の日本人が乗っていた。そして、マラッカの地図とにらめっこしていたのだ。どこにいるのか分からずに、どこで降りるか悩んでいたのだ。中華街に行きたいようであったので、中華街の入り口が来たら声を掛けた。たまには、こういうのも気分が良い(自己満足!)。 バスはノンA/Cであったが、風が窓から吹き込んできてなかなか気持ちよい移動だった。 バスはムアル市内を走る。どうも中華街のようだ。今度は私たちが降りる場所を迷う番だ。地図すらも持っていないのだ。「地球の歩き方」には、地名だけ。ロンリープラネットでさえも、地図は載っていなかった。 ともかく、バス停が郊外かもしれないので、バスを降りる決断をした。バスを降りて安宿を探す。今回は幸運だったようで、降りた場所近くには安宿がいくつかあった。しかも、そこが街の中心近くであった。 ちなみにバスの終点は、かなり街から離れた場所だった。最後まで乗っていたら、戻ってくるのに随分と困ったことだろう。 ●屋台のハンバーグにおける卵料理法。(ムアル) 卵をとぐ、そして、薄く延ばして焼く。 ハンバーグに入れる卵というと、目玉焼きのようなイメージがある。どうも、それは「私の常識」だったようで、マレーシアでは違っていた。 薄く焼いた卵で、肉を包み、パンにはさむのだ。 ペナンからムアルまで、マレーシアを縦断しながらハンバーガー(卵付き)を食べて来た。各地で同様の包み方があったので、これが一般的なのだろう。。。 また1つ、異なる常識を知れてラッキー! 前方の道を、大きな動物が横切っていく・・・ 写真を撮りたくて、恐る恐るも近づく!ワニのような「ソレ」は、私に気づくと勢いよく逃亡する。ドブに飛び込み、私を撒いたつもりだったろうが、しつこくもまだ写真を撮ろうと狙っていた。
蛇のような舌をチョロチョロさせていたことや、体の特徴からそう判断した。ボルネオ島などのジャングルで見るものと思っていたが、マレーシアの町にもいたのだ。 オオトカゲのいたすぐ近くに「林兄弟動物店」という名前の店があった。もしかするとそこから逃げた1匹だったのかもしれない・・・。
ところで、以前はカメラを構えて写真を撮ることを恥ずかしいと感じていることがあった。どうも、旅行者然として、写真ばかり撮るような旅行者になりたくないと感じていたのだ。 川の写真を撮り、汚れた泥を覗き込むとマラッカと同様にムツゴロウが見える。しかし、ここでは更に細かい動きも見られた。 カニが所狭しといるのだ。しかも、よく見ると片方の鋏だけがでかい!日本でもそういうカニは見かけるけれど、ここでは全てのカニの片方の鋏が小さい!(逆に言うと、全てのカニの片方の鋏が大きい!) ●日本食の食材がなぜか豊富に売られている・・・(ムアル)
醤油は、大きなお店であれば良く見かける。醤油があれば、1通りの料理ができるのでとても助かる。 ●不法VCD普及の早いこと風の如し(マレーシア) 「ハウルの動く城」のVCDが、たったの 5RM で売られていた。まだ、マレーシアでは公開すらしていないようだったのに。 「ハウルの動く城」を見たいと思っていた。 その後に読んだマレーシアの日本語版フリーコピー誌によると、マレーシアでは海賊版で儲けた億万長者が生まれているらしい。海賊版を世界中に輸出しているのだそうだ。 ちなみに音楽CDの海賊版も、昔と変わらずにたくさんある。 |
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●おいしいケーキがあるカフェが多い(ムアル)
スターバックスのようなチェーン店もあるが、海外ではどうも高いと感じてしまう。日本でも値段が高いと思っていたが、節約生活をしているとなおさらだ。 そんなわけで、スーパーで買う値段より少し高いだけのカフェなどがあるムアルは居心地がいい。実際には1日だけの滞在だったが、この町であれば更に数日滞在しても、居心地良いままでいられそうだった。 ●ムアルからバトゥ・パハへ路線バスでの移動。(バトゥ・パハ)
しかし、エクスプレスバスは高いのだ。私たちは、歩いて郊外のバスターミナルを探した。その際に、オオトカゲを見つけるなど楽しんでもいた。ただ、重い荷物を担いで、あそこまで歩くのはやっかいだった。 朝早くに起きて、近くの大きな交差点(ロータリー)を眺めた。ムアル発バトゥ・パハ行のバスもどこか街を経由していくだろうと期待したのだ(宿の従業員に聞いたら「エクスプレスバスで行け」と言われたりしていた)。ありがたいことに、30分ほどで目的のバスを目撃した。 バトゥ・パハ行きのバスに、交差点から乗り込んだ。ありがたいことに、エアコンも効いている。暑い中で待っていたので、ことさら嬉しい。一緒に待っていたムスリムのおばさん軍団(6〜7人)も一様にホッとしている様子だ。待っている場所には、ちょうど良い日陰がなく、皆で仲良く汗を流していたのだ。エアコンの効いた車内などで「汗が引いていく」のを感じるのは嬉しい。だから、部屋にエアコンがない場合には、頻繁にスーパーやコンビニに行ってしまうのだ(スーパー自体も好きだけど)。 バスはバトゥ・パハの中心に到着した。特に迷う必要もなく、街中に着いてくれるととてもありがたい。 ●詩人・金子光晴が滞在した街らしい。(バトゥ・パハ)
詩人・金子光晴を知らなかった。 「地球の歩き方」にはその詩人が”紀行文をしたためた場所だった。”と書いてある。面影もほとんどなく、寂れた町といった感じ。 高級なガーデンホテルを覗くと、日本食レストラン(居酒屋)があった。この町って日本人が多いのか?壁に貼ってあるメニューは全て日本語だったのだ。雰囲気を出すためにしてはやりすぎである。 ●旅人や安宿の少ないバトゥ・パハ。 安宿が少なくて困った。 中級ホテルであれば、いくつか(それでも少ない)簡単に見つかったが、期待する安宿がなかなか見つからない。結局ロンリープラネットに書いてあった町の郊外にあるホテルまで辿り着いてしまった。
●バトゥ・パハからジョホール・バルへの移動。(ジョホール・バル) バトゥ・パハのバス停から、ジョホール・バルへは近郊バスではなく長距離バスがあるだけであった。頻繁にバスが出ており、バスターミナルに行けばすぐにチケットを買える。 ともかく、綺麗なバスで2時間ほど。快適に郊外のラーキンバスターミナルに到着した。ラーキンは先日も来ていたので、CITY SQUARE 行きにすぐに乗り込んで、町に向かった。他のバスでも良いのだが、なぜか毎回そのバスが最初に目につくのだ。 宿は前回と同じところも考えたが、翌朝の出発が近いためにコタラヤ2(空港行きバスの出発地点)近くの宿を覗いた。・・・しかし、残念ながら売春宿のようであった。しかも、おかまがいた。 ●きれいなインド女性に声を掛けられ。(ジョホール・バル) きれいな、しかも若いインド系の女性がバスの中で声を掛けてきた。 「どこの国の人ですか?」 そう、私はシヴァ神のTシャツを着ていたのだ。シヴァ神とは、ヒンドゥー教の3大神のうちの1つの神である。ヒンドゥー教は多くのインド系に信仰されており、その神の姿を胸に大きく書いたTシャツにショックを受けたらしいのだ。 ソレとは別に、イスラム教の信者の多い地域でシヴァ神のTシャツを着ることには、漠然とした恐怖も感じる。インドでは、イスラム教信者とヒンドゥー教信者の争いが発生することもあるからだ。
川もきたないし、下水道がなんとか普及すると良いのだけれど。もっとも、現地の人たちは、下水道の必要性を感じていないかもしれない。 臭いといえば、日本以外のトイレは臭い。これは、国民性の問題なのだろうか(清潔好き)。私も清潔で良い香りのするトイレがいいに決まっているが最近はあきらめてしまっていることが多い。・・・と、ここまで書いて思ったが、家やデパートなどのトイレはきれいだが、公衆のものはそうでもない。やはり、単に管理の問題のようだ。 ●エア・エイジアは自由席。(ジョホール・バル)
エア・エイジアのチケットは、定価が便毎に変化する。日本で買う格安航空券なども料金が変わるが、更に極端な変動がある。 クチン行きの飛行機に乗るために、ジョホール・バル市内のコタラヤ2から始発バスに乗り込んだ。5:30で辺りが暗いうちにバス停に向かう必要があるので、酔っ払いがいる中を歩くのは少し気を使う。 クチンの空港に降りて町に向かおうとしたがバスが来ない。そう、バスは1時間に1本とかいう頻度なのだ。 |
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