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パクセーからチャンパサックへ。

チャンパサックなんて名前は、最近初めて知った。
町の近くに世界遺産であるワット・プーがあり、そこを訪れるための拠点の町になっているのだ。

チャンパサックに行くためには、パクセーの南部バスターミナルに行かなくてはならない。私たちは宿の前を通りかかったトゥクトゥクを停めて乗り込んだ。
「チャンパサックに行きたいので、南部バス・ターミナルへ!」
町の景色を眺めながら、風を気持ちよく受けながら進んでいく。すると、運転手が近くのバスターミナルに入った。
(んっ?もう着いたのかな?)
ガイドブックには、トゥクトゥクで15分ほどと書かれていた。それにしては随分と早かった。
「ここからチャンパサックに行ける?」
運転手はそんなことを聞いている。
(何だろう、この運転手分かっていないのかな?)
(もしかしたら発着バス・ターミナルが変わったのかな?)

結局、そのバス・ターミナルからはチャンパサック行のバスは出ていなかった。そして運転手は別のバス・ターミナルを目指した。
(んっ?もう着いたの?)
そう、新たに目指したバス・ターミナルは先ほどの場所に比べると幾分大きいようだが、2〜3分で着いてしまった。しかも、方向を考えると南部バス・ターミナルとは思えなかった。
(なんだ、なんだ〜?)
「ここからチャンパサックに行ける?」
運転手はまたそんなことを聞いている。要は南部バス・ターミナルまで、私たちを連れて行くのは面倒なので、近場からも行けないか探していたのではないだろうか。事実はどうだか分からないが、
(早く行け、こらっ!)
と言いたい気分だ(でも我慢・・・)。

ついに運転手も諦めたのか、トゥクトゥクを勢いよく走らせる。途中で客を拾いつつ疾走!
(初めからこうしてくれればいいのに・・・。)
「思ったより遠いね。」
「うん、もう15分以上に走ってるね。」
「こんなに遠いからフラフラしてたのかな〜。」

泥だらけの雨で地面がぐちゃぐちゃになっている南部バス・ターミナルには、トラックの荷台を改造したバスが並んでいた。外国人がいる辺りに向かい、チャンパサック行きであることを確認。気持ちよく乗り込んだ!

しかし、なかなか、なかなか出発しない。乗客で荷台が一杯になるまで出発しないのだ。仕方なく本を読みながら、雑談をしながら待ち、10時ちょっと前に出発となった。1時間以上待たされたが、これも仕方がない・・・。
(と思うしかない?)

チャンパサックは、メコン川の対岸にある。フェリー乗り場に来て、乗り場が余りにぬかるんで車のタイヤが滑っているのを見た。
その時は、簡単に思った。
(ああぁ〜ひどいよ。フェリー乗り場くらいちゃんと作れば良いのに・・・。)しかし、ことは単純ではないと後で分かった。雨季と乾季で余りに水位が違うために、簡単にコンクリートで桟橋を作るというわけには行かないのだ。水位は5mとか、そういった位に大きく変化するらしかった。

まぁ、なんとかバスごとフェリーに乗り込み対岸へ。200m、いや300m・・・もっとあるような川を渡って、バスがフェリーを降りると思いつつもなかなか降りないのだ。
チャンパサック側のフェリー乗り場は、さらにぬかるみがひどく、川の中を4〜5mほど走らないとフェリーに乗れないのだった。そして、力の無い車などは川の途中で停まってしまいフェリーに乗れない。人力で引いたり、アレコレやっているものだから時間はどんどんたつ。
そんな様子を眺めているうちに1時間もたち、
(もうどうにでもなれ!)
という頃にようやく私たちの乗ったトラック(バス)も大地に降りられた。ホッとすると同時になんだか、
(ラオスの旅を実感するのは"移動"でなんだなぁ〜。)
だった。

フェリー乗り場からチャンパサックの町はすぐ。数分走って、宿の前で降ろしてもらった。ただし、何も言わないとチャンパサックを通り越してしまうので、事前に周りに降りる場所を言っておくか、町並みを知っていることが必要なようだった。

●ワット・プーは世界遺産、でも・・・。(チャンパサック)

チャンパサックで川沿いの眺めの良い宿に部屋を決めた。小雨が降り続けているが、濡れるほどの雨ではない。
朝からの移動に幾分疲れて、チャーハンを食べた。ラオスでは、もち米でチャーハンを作ることが多いようで"ちょっとした驚き"を味わえる。
(日本でもち米のチャーハンなんて考えられないなぁ〜。)
「もち米って、日本はお祝いごと?」
「葬式とかも?」
「ふ〜ん、じゃあ、儀式の時かな?」
「なんでだろうね。日持ちがいいのかなぁ・・・。」

※ラオスやタイのイサーン地方では、主食は"もち米"である。

宿で自転車を借りて、目的のワット・プーへ向かう。のどかな町並みで、メインの大通りの1本道が続いているだけだ。それも小さな商店や畑、というか雨季なので水溜りがあるばかりだ。昔は地方の政治の中心だったらしいが、とてもそんな風には感じられない。

自転車はあちこち調子が悪いし、なんだかサドルも硬い。お尻も痛くなってくるが、ともかく気合で扱ぐのだ!!
しかし、気合を入れた途端に雨が!
(世の中、こんなもんだなぁ。)
近所の軒下を借りて雨宿りしつつ、雨脚が弱まると先に進むのを繰り返す。後戻りも考えたが、カンボジアでの友人との待ち合わせを考えると、日程的にワット・プーは今日中に終わらせておきたいのだ。

頻繁に雨宿りをしたので、8kmの道のりに随分と時間がかかった。そして、遺跡公園の入り口が見えた。
「どうしよっか。素直にお金払って入る?」
「う〜ん、取りあえずどんな遺跡か脇から見れないかな?」
「入れちゃうかもしれないしね〜(笑)。」
遺跡公園の入口には入らずに、左から回り込む農道を進んで行くことにした。農道はすぐに遺跡方面に方向を変え、ぬかるみの道は続く。
(なんか気まずいなぁ〜。)
こんなところを走っていると、ずるをしようとしていると思われる(というか現に半分はそう。)のではないかと下を向きながらになってしまう。

「遺跡ってあれじゃない!?」
「そうだそうだ。入れそうだね〜。でも何だか、アレだけ?」
「う〜ん、たいしたことないね。」
「どうしよっか・・・。」
柵の外から見えている遺跡の規模はたいしたことがない。インドネシアで見たボルブドゥールなどと比べても、小さいように見える。遺跡は大きさだけで云々するものではないとも思う。でも、私たちにとっては、大きさも重要な要素だ。世界遺産ということもあり、私たちの期待が大きすぎたのかもしれない。
私たちは、潜入ではなく私だけの"1人"で遺跡を見に行くことに決めた。取りあえず、せっかく来たのだからどんな遺跡なのか写真だけは撮っておこうという"ちょっとやる気のない決断"なのだった。
ちなみに入場料は、US3$とたいした金額ではない。ただし、ラオスに入って移動ばかりでお金を使っているので、少しでも節約したかったのだ。情けないかなぁ〜。

●ワット・プー遺跡の実際。(チャンパサック)

パクセーの南西約38kmのメコン川沿いにあるワット・プー遺跡は、「山のお寺」というような意味らしい。クメール文化の遺跡で、世界遺産にも登録されている。

US3$のチケットを買い、入口に向かう。
せっかくここまで来たのにと思われそうだが、マユはのんびりと読書をしながら待つことになった。
入口でチケットを出そうとしたが、なんと係員がいなかった。さすがにラオスはいい加減なのか!?裏から入り込まなくても、入口からチケット無しでも入れてしまうのだ。
(むむぅ〜、入口までマユと一緒に来れば良かった〜。残念!)
ともかく中に進む。

崩れかかったリンガが左右に立ち並び、石畳が続く道を進む。左右は池だったようだが、今はその面影があるだけだ。
奥は山になっており、森の木々が遺跡を取り囲んでいる。自然の中にある遺跡というのは趣があっていい。それはただの嗜好なのだけれど。
その先には崩れかかった遺跡が左右にあり、どちらも3〜40m四方くらいありそうだ。ただし、残っているのは壁だけで入口も崩壊寸前。中から見るのは禁止されていて、外から眺めるだけ。それもちょっとガッカリだ。
海外の援助にて修復活動をしたようだが、大して広さもないのに地面も雨でぐちゃぐちゃ。危険とのことであちこち立入禁止。

(う〜む、とにかくどんどん写真を撮って戻るかな〜。)
階段が続き、登る。階段も石が外れかかったり、歪んだままの状態、足元に気とつけないとならない。こういったところは、発見された当時のままの状態を大切にしているかのようで好きだ。
テラスのような踊り場を越え、さらに険しい階段を登りきると祠のような建物がある。中には仏像が安置されている。

何かに「以前はリンガが置かれていたが、仏像に変えられた」というようなことを読んだ気がする。

周囲には崩れた壁の跡や、湧き水の小さな滝などがある。さらに随分と登ったのでそこから眺める景色は素晴らしい。ラオスはどこに行っても自然に溢れている。こうやってちょっと小高いところに登るだけで、山や川、広がる田んぼが視野に広がるのは心に優しい。
遺跡としてはまぁ、それほどでもなかったのだが、景色なども含めると
(良かったかなぁ〜)
という感想だ。





●チャンパサックからドン・デットへ。

チャンパサックからのフェリー乗り場。
ここは雨季には本当に旅行者を悩ませる。いや、イライラさせられる。ラオス人はそれを当たり前だと思っているのだろうか?

いくら水位が上昇しているからと言って、フェリーで対岸に渡るだけで2時間もかかるなんて!
しかもみんな頑張って早くフェリーに乗ろう。そして、早く対岸に渡ろうとした結果の時間なのだ。日本などでは、待っている人間が怒ってしまい大変なことになってしまいそうだ。

(ああぁ〜、また車が泥にはまった・・・。もういいから、あの車は置いて出発して欲しいよ。)
フェリーと言っても、3台の20mほどの船を横に並べて、その上に"いかだ"を置いただけのものだ。そのままだと、高すぎて直接に車が乗れない。そんなわけで、車が乗り込んで来れるように木材で車用の板(道?)を脇にぶら下げている。

ともかく川の反対側に渡るとあとは順調に進める。国道に出るとそこはラック30という場所であり、多くのバスが通るのだ。
コーラを飲みながら待ち、バスやソンテウが通る度に行き先を確認する。私たちの乗りたい「バン・ナカサン」行きはすぐにやってきて、気持よく乗り込んだ。

「バン・ナカサン」は、ドン・デットやドン・コンからすぐのメコン川ほとりの村だ。船がたくさん出ているアクセスの拠点でもあり、行くことについては何も問題はない。
しかし。
(また外国人料金だよ・・・。船しかないからって足元見やがって!)
たいした距離でもないのに、高い料金を言ってくる。いくら最近はガソリンの値段が上がっているからと言って、数年前に船一艘2ドルだったものが、1人2ドルは高すぎるだろう。今回は客が6人乗るので、値段は6倍になっている計算だ。しかし、交渉にもならず私たちは諦めて乗り込む。

ちなみに、帰りは宿の人に送ってもらえば1ドル以下で送ってもらうことが可能だ。そう考えると、それが普通の料金であり、すさまじい外国人料金が発生しているということだ。
ドン・デットは確かに良い場所だったけれど、昔はともかく今では普通の"良い場所"といった程度ではないだろうか。
(こんなことをしていると外国人は来なくなるぞ。)
なんて思ってみても意味はないのだった・・・。

ラオス南部(パクセー以南)は船に限らず、公共交通機関でも外国人料金というかボッタクリが横行している。今回、旅に出てから、こんなに酷いところはなかった。何だかもう来たくないくらいにひどい。

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ミニコラム

++ワットプー観光++

普段の時期であれば、パクセーからの日帰り観光は可能だ。

ただし、雨季には車をチャーターして行かないと時間が足りなくなる可能性が大きい。
雨季は時間に余裕を持たないと、予定外の1泊をさせられることになるかも。十分に注意!



●メコン川の中にあるゲストハウス。(ドン・デット)

(おいおいぃ〜、宿がメコン川の中に浮いてるじゃないかぁ〜!!)
「どうしよっか?」
(本当にここに泊まるのかと疑問を持ちつつマユに聞いた。)
「う〜ん、ともかく休みたいね。何か飲もうよ。」
ここまで雨の中を気合で歩いてきた。水で満たされた田んぼや、水没した田畑を越えて辿り着くまでに精神的に疲れてしまっていた。

MR.VONG'S BUNGALOWは、レストランを始めとして全てがメコン川の中にあるように見えた。普段は島の中にあるらしいのだが、川の水位が上昇し、どこまでが川でどこからが島なのかもうめちゃくちゃな状態だったのだ。

「もう何でもいいからここに1泊しよう。」
「明日以降はまた考えるかね。」
なんでもいいから落ち着きたかった。私たちは荷物を降ろし、笑って・・・というか
(こんな中、よく来たなぁ〜。)
という苦笑する奥さんに出迎えられたのであった。安心安心、かなりホッとした。

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さてさて・・・そこに着くまでがかなり大変だったのだ。
ボートはドン・デット(デット島)の北端に着いた。私たちが行きたかったのは南端なのだが、南端まで行くと値段が高くなるということで、距離はあるが気合で歩くことにした。

南端までは歩いて45分との看板がある。バックパックやディジュリドゥを持っての歩きなのでかなり厳しい。しかも、今にも雨が降り出しそうでもあり嫌な予感もする。でもまぁ、お金の問題だけでなく、なんでもホイホイと高いお金を払うのは気分が良くない。くだらない意地かもしれないが、頑張って歩くことで"少しだけ見返せる"ような気分になるのだ。

「結構遠いね。気合だね、気合。」
「雨が降らなければいいなぁ〜。」
トボトボと歩き続ける。そもそも、南端に行かなくてはならないということはないのだ。理由はただ1つ、ラオスに向かう国境越えの情報が欲しかったのだ。そのためだけに、情報ノートが置かれていると読んだ宿を目指した。

しばらく歩いてドン・デットからドン・コンに渡る橋まで辿り着いた。ここにもゲストハウスがあり、部屋を見せてもらう。部屋がイマイチだったこともあり、予定通りMR.VONG'S BUNGALOWを目指すことにした。
(汗で身体中臭いなぁ〜。)
「もうちょっとだけ頑張ろうね。」
「うん。着いたらビールでも飲みたいね!」
ガイドブックによると、ここから上流に歩いて5分とある。私たちはこの時、水没していた道を見落としたので、しばらく時間を無駄にしてしまった。そう、この時にはメコン川の水位がいかに上昇しているか、まだ分かっていなかったのだ。
橋からつながる道をまっすぐに北の方に進む。
(もう5分以上歩いているよな・・・。)
「やっぱりガイドブックの徒歩5分とかは信用できないのかな?」
「ともかくもうちょっと歩いてみよう。」
「あそこにいる人に聞いてみようか。」
「道でおしっこしている人?」
道端でしゃがみこんで子供と用を足しているように見える。そんなことはないのだろうが、何だかそう見えてしまった。

「MR.VONG BUNGALOWはどこですか?」
だいぶ北の方を指差して言った。
「あれですよ。」
「この道(畑の中を川の方に向かう道があった)を行けば行けます?」
「駄目駄目!あっちからなら行けます。」
なんで、田んぼの中の道で行けないのか良く分からなかったが、言われた通りの道で進むことにした。
近くにいた子供が先導してくれることになったのだが、凄い道を行く。というか、全てが水没していて、子供なりには歩きやすい道を辿ってくれているようではあった。
水没した田んぼの中でも作業している農民がいる。蛇がいたりしないかと恐怖を覚えながら進むが出会うのは蛙ばかりだ。
段々と雨脚が強まり、樹木の間を抜け、さらに田んぼを抜け、ようやく川沿いに辿り着いた。

川沿いには道があった。今はないが道があったようだと、その時にようやく分かった。雨季以外には南端の橋付近から、川沿いに歩いてくる道があるはずだったのだ。
そして水没した道を少し進むと、子供が指で指し示した!!

●メコン川シャワー、電気もない。(ドン・デット)

MR.VONG BUNGALOWは雨季で水没した道の影響もあってか、お客がいない。近くのバンガローにもお客はいないようだ。

シャワーはメコン川の水のようだし、電気もない。電気がないからファンもない。宿によっては自家発電があるようで、ところどころ明かりが見えるが、水没した道を歩くわけにもいかず、私たちは暗くなる前には必ず部屋に戻るようにした。

MR.VONG BUNGALOWはかなりの高床式なので、床上浸水の危険は少ない。しかし、対岸に見える電気のある宿は、そろそろ限界に来ている。
宿のオーナーであるVONGさんによると、乾季は対岸まで歩いて渡れるらしい。しかし、今はとても無理である。今の深さは5m以上あるとのことだ。宿に置いてあった情報ノートを見ても、ここまで増水しているとの記載はない。
"道の手前まで川が広がっている"などと書かれているのが、最大であろうか。VONGさんもこれ以上は水は来ないから大丈夫だよと言っており、この位が例年の最大なのだろう。

私たちはほぼ全ての食事をMR.VONG BUNGALOWで食べた。雨が降っていて余り外出できないこと、夕食はとても外に出られないので、宿で食べるしかない、というのが理由だった。
ただ、ここはとてもご飯がおいしい。何を食べてもおいしかったので、他の人にもオススメできる。

●MR.VONG BUNGALOWを訪れた旅人たち。(ドン・デット)

旅立つ前にネットで見たことのある「たる&あいさん」「放浪乙女」の方たちもこの宿に泊まられていた。
情報ノートに記載があったのだ。会ったことがあるわけでもないし、なんでもないのだけれど、なんとなく親近感を覚えた。

日本食をメニューに追加しようと、宿泊した日本人が教えてあげたりしているらしく、情報ノートにも「教えてあげましょう」との記載がある。VONGさんたちもメニューを増やしたいと思っているようだ。
2005/8現在の日本食メニューは「お好み焼き」「肉じゃが」のみ。「お好み焼き」を食べてみたところ、「お好み焼き」はいいのだが日本のソースはなく、手作りソースが洋風ピザソースといった感だった。

その他にも国境情報や、ラオス北部の記載も充実していてとても生きている情報ノートだった。
情報ノートを読むと、かつては3姉妹がいたようだが、今は奥さんしかいない。日記や役立たない情報ばかり書かれている情報ノートも多いが、この宿の情報ノートはちゃんと機能していた。ラオスに向かう移動の情報も十分書かれていて役に立った。先人たちに感謝、なのだ!

●騙された!ドン・デットからストゥンレンへ。(クラティエ付近)

「いないよ!」
「え?あの車じゃないの?」
「そうだといいけど・・・。」
私たちの乗るはずの車は(茶色だったような・・・。)

車はやはり見あたらないので、周りにいるカンボジア人に聞いてみる。
「このチケットのストゥンレン行きの車はどれですか?」
「・・・いないよ。」
(えっ・・・!)
「その車は?」
「違うよ。その車はこのチケットの車だよ。」
彼は別の旅行代理店のチケットを見せてくれた。

やられてしまった。
ドン・デットで、カンボジアのストゥンレン行きのジョイント・チケットを買ったのだが、その途中で移動手段も旅行代理店の関係者も皆、消えてしまったのだ。
ドン・デットに戻って、お金の返還を戦うか、それともお金は諦めて突き進むか・・・。
(ふざけんなよ・・・。)
「ラオスって、どうなってるの?」
「これだから、こういう国は・・・。」
ラオスのイメージは良かったのに、この1件で悪い印象が強まる。こんなひどいことは過去の旅でもそうはなかった。

イライライラ・・・
ムカムカムカ・・・

それは、ラオス出国側のイミグレーションでのことだった。ラオスのイミグレで、担当官への賄賂を1ドルに値切り、手続きが終わって一安心できるはずだったのに・・・。
まだラオスにいるので、ドン・デットに戻ることは簡単だ。しかし、時間は浪費する。私たちは、カンボジアのシエムリアプで友人と待ち合わせをしているので、時間を無駄にする訳にもいかなかった。

行ったり来たり、どうしたらいいかと悩んだし、ドン・デットのオフィスにも電話をかけた。電話はつながらないし、もうドン・デットに戻らない限りどうにもならなそうだった。騙されたお金自体は、1人につき6ドルくらいだろうか。何か自分たちに影響が起こるような問題でもないが、そういった悪意ある行為自体に腹が立つ。
ちなみに旅行会社は LaneXang Travel という名だった。

自分たちで、このままカンボジアのストゥンレンを目指すとなると、対岸のカンボジア・イミグレへ。そして、スピードボートでストゥンレンへと向かうことになる。

対岸のカンボジア・イミグレへの船は通常は外国人には2ドル請求するようだが、私たちの現状を知っていて1ドルで連れて行ってくれた。それでも、安くはないが少し嬉しい。対岸のボートの運転手にも、LaneXang Travel と交渉すればお金は貰える筈だから私たちからはお金を取らずに連れて行ってくれとも言ってくれた。
ただ、私たちとしても関係の無いボートの運転手に迷惑をかけるわけにも行かず、金額も大きくないので普通にお金を払い乗り込んだ。

ちなみにカンボジア側のイミグレ担当官には賄賂2ドルが必要だった。
ここの国境は正式には外国人旅行者には開いていない。そんなわけで、賄賂を要求されてしまう。外国人旅行者としては、通してもらいたいし、担当官が通してくれなくても文句は言えない。それゆえに、賄賂を拒む立場は弱く、いくらかは必ず払わなくてはならない。
こういった賄賂文化も東南アジアっぽい、それは決して良い印象ではないが、これが東南アジアの現実なのだ。
・・・賄賂は、こういったところだけでない。ビザ(査証)をはじめとして何にでも有効で、お金でどうにでもなるのが逆にラクだとも言えるかもしれない。良くないけれど。

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ミニコラム

++デット島南部++

雨季の時期には、南部にあるバンガローには泊まらない方が良い。情報ノートが必要な場合には、荷物を持たずに軽い身なりでご飯を食べに行けば十分。

私たちはそれなりに楽しんだが、道が水没していて気軽にどこにも行けない。
北部のバンガローは、全く問題がない。そちらを利用しよう!

 
左はフライドライス。右はクイッティオ。

 
左はソム・タム(パパイヤサラダ)とカオニャオ(もち米)。右は魚の揚げ物とか。


野菜たっぷりクイッティオ。(ミントなどの香菜が入っている)

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