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ジャワ島は値段が安い。(ソロ)

ソロに着いて安宿を探したのだが、どこも値段が安い。
ソロだけで判断することはできないけれど、やはりバリ島のクタやウブドは特別に宿代が高い地域なのだろう。

街角で食べる屋台料理も安い。2,500RP(30円弱)くらいで普通に食事ができてしまう。旅行者が行くようなワルンに行っても、安めの値段だった。

ソロにも王宮や寺院があるらしいのだが、私たちは街歩きだけをした。相変わらずスーパーを覗いたり、パン屋でケーキを買ってつまんだり。ソロは狭い範囲しか知らないけれど、物価が安く、旅行者も余りいないからか高い値段をふっかけられるようなこともない。ちょっと心温まるようなのんびりした街だ。

ちなみに、マユがバティックを購入した。ソロはバティック(IKAT)でも有名だそうだが、バリ島などと比べるととても質の良いものが安目の値段で手に入るようだ。有名店が定価販売してくれているのも良い。
バッグなども1万数千ルピアからあり、日本に帰るのであればお土産に買って帰りたいようなものがたくさんあった。

●海賊版のVCDやDVDなども安い。(ソロ)

(やたらと安い!)
海賊版のVCDやDVDが格安で売られている。
VCDは1枚で5,000ルピア(約60円)、DVDは1枚で10,000ルピア(約120円)。ちゃんと箱も付くし、表面にはきれいにホンモノのように印刷されている。

(いやぁ〜素晴らしいなぁ〜、買いたいなぁ〜・・・)
ただし日本語のものは少ない。マレーシアはもう少し高かったが、種類はさらに多かった。種類が多いと日本の映画やアニメもあり、日本語のものもあったのだ。

お店を覗いていると、日本語ペラペラのインドネシア人に話しかけられた。ソロではそんなこともあるまいと無意識に思っていたのでちょっと新鮮な驚きだった。日本で3年間働いていたことがあるらしい。4ヵ月後も日本に働きに行く予定だという。

●意外と!時間に正確な電車。(ソロ)

ソロからジョグジャカルタには、電車で向かった。
安宿街から駅までは数キロある。大荷物を背負って暑い中に移動するのはちょっときつい。そんなわけで、久しぶりにベチャにお世話になった。ベチャとは3輪自転車タクシーで、客席が着いている自転車だ。

切符売り場に行くと、ジョグジャカルタ行きの切符を売る専用カウンターがあった。何も言わずにお金を出すと、何も言わずに切符を返された。まるで自動販売機のようだ。
駅の構内には物売りがのんびりと座っている。日本の駅のように人が待っている場所は線路に比べて高くなっているということもない。電車が来たらよじ登るように電車に乗り込むのだ。

電車は時間通りにやってきて、時間通りに出発した。ビジネスクラスは、エアコンがなく扇風機だけだった。薄汚れている車内だが、つばを吐いたりゴミを撒き散らす人は少ないようで気になるほどではない。ただし、バスと同様に車内でタバコを黙々と吸い続ける人がいるのは勘弁して欲しかった。

ジョグジャカルタへの到着も時間通りだった。駅に降りると宿の客引きに声を掛けられ、駅を出るとタクシーやベチャのドライバーに囲まれた。
駅の近くの安宿を探す予定だったので、気にせずに突き進む。屋台や食堂のような小屋も多く、あれこれ楽しそうな街だった。

ソロまで忘れ物を取りに戻り、帰りに再び電車に乗った。
(何だか臭いなぁ〜、まぁ気のせいかな?)
しばらくすると周囲の客もザワザワと動き始める。窓を閉めたり、外を覗いたりと慌しい。
(やっぱり臭いよなぁ、何だろう?焦げているような、石油臭いような。)
天井や内部に機械がある部分の壁を触っているものもいる。どうもガタガタ揺れつつ、熱くなっている。

何だかだんだんとあやしい雰囲気が漂う。周囲を窺う。頭の中には「インドネイアで再びテロ!」などの文字も浮かぶ。
意を決したように1つの集団が立ち上がり前の車両に移動していった。そして、バラバラと順番に立ち上がる人が増える。車内には煙がたまってきているようでもあり、私も移動した。
ほどなくして終点のジョグジャカルタ駅に着いたのだが、あれは一体何だったのだろう?あれが日常だとすると、ちょっとインドネシアの電車は怖い。それでも、時間には正確だったけれども。

ローカルバスで遺跡に行く。(ジョグジャカルタ)

袋をシートカバー代わりにした(!)椅子を持つバスに乗り込んだ。
ツアーで行けば極楽エアコンの移動になるが、ここはじっと我慢。私は1人でエアコンなしのローカルバスで遺跡まで向かう。
タカは忘れ物を取りに、再びソロへ向かっている。

到着後、お腹が空いたのでまずは腹ごしらえ。「Mie Ayam」(チキン麺)をインドネシア語で注文した。出てきたのはまるで日本のラーメンようで結構いける。
食べていると数人の人に囲まれてしまった。そして、いつものようにインドネシア語早口で話しかけられた。(意味が分からないなー)という顔をしていると、ゆっくり話してくれた。
遺跡までバイクで送っていくとか、この近所のホテルに泊まる?と相変わらず商売上手な彼らであったが、親切でフレンドリー。笑顔が素敵。楽しいひと時を過ごせた。

到着したバス停から遺跡公園まで10〜15分ほど歩く。ローカルバスは親切にも遺跡公園の目の前まで行かない。そこはバイバス沿いで車の行き来も激しく、横断するのも難しい。道もよく分からなくフラフラしていると、さきほどの麺屋さんがなぜかそぐそこにいて、「こっちだよー」と教えてくれる。
親切にも教えてに来てくれたのか、ガイドをしたくて来たのは実際のところは分からないけど・・・。

帰りはバスがいなくなってしまった。
ベモと交渉したら、行きと同じ値段だったので普通に乗車。最初は誰も乗っていなかったので、タクシーのように高いお金になってしまうのではないかと、どことなく不安だった。けれど、すぐにおばあちゃんが乗り込んできたので一安心。次々に客が乗り込んできた。
だいたいどこの地域でも乗り合いバスは人で埋まる。儲けこそ少ないだろうが、さすがに庶民の足。地元の人はよく使っているようだ。

ベモは、ジョグジャカルタ市内の大きな交差点に停まった。ここからは、言われていた通りに4番のバスに乗り込むだけだ。だが、なかなかやって来ない。もう夜になっていたし、1人だったが辛抱強く待つこと10分。(辛抱じゃないって?)バスがやって来た。途中10分ほど待たされたりしたものの、スムーズに宿まで辿り着けた。
途中途中いろいろな現地人に助けられたり、話しかけられたり、ちょっかい出されたり。こんなインドネシア人と離れるのもあと数日後だ。うるさく感じる時もあるけど、やっぱり寂しい。

●遺跡とダンスと。(ジョグジャカルタ)

バスで到着した時から、その大きな姿が目に入った。
遠めからでも分かるほどの大きさと高さを持つ。古代遺跡「プランバナン」。8〜10世紀に中部ジャワでさかえたヒンドゥー教系、仏教系王国の遺跡のひとつだ。200以上ものヒンドゥー教や仏教の遺構がある。

フリーペーパーや街中のパンフレットで何度か写真を見たが、夕日の中に映し出されるシルエットが美しい。写真撮影の技術もあるのだろうけど、「行きたい遺跡のひとつ」であった。

まずはメインのプランバナン寺院を見た。6つの塔を見上げる。
遺跡には特に興味もないし、深い感慨は感じないが、それなりに感動。
レリーフや石ひとつひとつは歴史を物語っている。特に夕日を背にした姿は神秘的に映った。

塔に上がる階段が中央にあり、そこに古代ジャワスタイルの衣装に身を包んだ人が呆然とした表情で座っている。写真のモデルなのか雰囲気作りのためなのか、役割はよく分からない。
しばらくするとショーが始まった。さっき座っていた人たちがゆっくり立ち上がり、中央に向かって集まる。金の肌をしたライオン・キングのような男性、ジャワ舞踊の衣装を着た女性、普通の黒の上下の服を着た女性がインストゥル・メンタルの音楽に合わせ、ゆっくりゆっくり中央に歩み寄る姿は奇妙だ。
中央に全員が集まると、今度は踊り始めた。遺跡の雰囲気に合わせた「祈り」の意味を持つダンスなのだろうけど、「これはこれで良いのだろうか?」と疑問に思う人が私以外にいてもおかしくないと思う。

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ミニコラム

++情報ノート++

ソロの安宿「ウエスタナー」には、1980年からの情報ノートがある。
いろいろと書き込みもあり楽しい。ただし、最近は旅行者が減ってしまっているようだ。




●後ろの美。(ジョグジャカルタ)

プランバナン寺院より数分歩いたところに、3つの寺院が静かに佇んでいる。
大半の観光客はメインのプランバナン寺院だけに行くようだ。3つの寺院方向に向かって歩いているのは私くらいなのだから。

手入れされた芝生沿いを歩いていると、バイクに乗った地元民、サッカーで遊ぶ子供たちなど「普通の生活の場」みたいな光景に変わる。(本当にここは遺跡公園なのだろうか?)
時間が遅くなっているので早足で写真チェック(=目で見るというより写真に収めて安心するという行為の意)。「Lumbung Temple」は小さな遺跡で、高さも300mほどだろうか。「Bubrah
Temple
」ははっきり言ってヘボい。崩れていて石がゴロゴロしているだけだ。これから修復されて遺跡らしくなっていくのだろう・・・。
Sewu Temple」はこの中では一番美しい。正面から見た姿はガイドブックにも載せられている。大きさはプランバナン寺院ほどないが、人の姿も全くと言っていいほどなく静かで、雰囲気がある。夕日も一番似合うのではないだろうか。

またバス運ちゃんとの戦いが勃発!!(ジョグジャカルタ)

(ふざけんなよぉ〜!)
ボルブドゥールに向かうバスにて、再び料金でもめた。新たな戦いの勃発に気分も悪く、せっかく観光に向かうのに気分が沈んでいくのが分かる。

(だからインドネシアは嫌なんだよ!!)
だいたい他の国でバスに乗るのに料金でもめるなどと言うことが頻繁にあるだろうか?インドネシアはまことに面倒くさい。もっともインドネシア人にすれば勝手に来ているわけだし、お金を持っているところからとるという考えは極めて自然なのだろう。それは他の物価の安い国も同じだけれど、バスや公共的なものでというのは気分が悪くなる。
ベチャやタクシーなどと同様にバスも個人採算性なのだろうか。そうであれば納得もいく。だいたいどこでも、個々人の採算で儲けが決まるよな商売では、外国人料金が発生するのが一般的だからだ。
ともかくもこんなことで気分が悪くさせられ、イライラ状態がつのるとマユとの会話も幾分ぎごちなくなる。そして、外の景色も見る余裕もなくなり、
(どうしてくれるんだよぉ〜)
なのだ。

(はぁ〜)
嫌ぁ〜な気分でマユが頑張ってくれているのを聞いている。
「高い!ソロに行ってももっと安かった!」
「距離が長いから高い!」

「(マユが地図を開きつつ)そんなことない!」
マユがインドネシア語で頑張っている。
(悪いなぁ〜。ごめん・・・。)
そんなことを思いつつ、
(料金徴収係も暇だよな〜)

しばらくマユが頑張った後で諦めたような顔でこちらを向いた。
「もう降りちゃおうか?」
「・・・そうだね。」
お金を料金徴収係から取り戻すと立ち上がって出口に向かった。
「ok!ok!」
料金徴収係は諦めて言った。
う〜ん、こちらも降りて次のバスを待つのは面倒なので、それが1番ありがたい。しかし、どうも後味が悪い。

そもそも、バス代などは日本円で考えればたいした金額ではない。たとえ倍になろうが3倍になろうが、小銭であることにかわりはない。実際に払ってしまっても良いと思う。ただし、何でも言われた通りに払っていると、こういった国では本来必要な経費の数倍も払わなくてはならなくなってしまう。また、後に来る旅行者にとっても迷惑な前例を増やすことになってしまう。そんなわけで面倒だし、どうでも良いと半ば思いながらも料金交渉をしているのだ。

●ボルブドゥール遺跡に侵入!突撃!(ジョグジャカルタ)

(入場料が90,000ルピアって高すぎるよ!)
申し訳ないが私たちにとっては、そう感じてしまう金額だ。宿代の数倍もするし、食事なんて2人で数日食べられる。遺跡の保存にお金がかかるのは分かるけれど、他の物価と比べられないほどの外国人料金はいただけない想いだ。

「とりあえず言ってみよっか?」
ソロの安宿にあった情報ノートにも入場口以外からの侵入が可能だとか、不可能だとかあれこれ書かれていた。私たちも何とか侵入できないかと諮っていたのだ。実際に今回の旅でもマレーシアやタイなどで侵入に成功しているし、以前にはベトナムなどでも成功している。そんなわけで自慢にもならない(半ば犯罪気味だ・・・)節約に走ってしまった。

「情報ノートに書かれていたのってここかな?」
私たちはそもそも入口を確認してこなかったので、どこに入ったらよいのか分かっていなかった。あちこち柵を越えるように木で梯子のようなものが作られている場所がある。おそらく柵の近くにある屋台の従業員が使う為のものなのだろう。しかし、そこから柵を越えることは簡単そうなのだ。
「う〜ん、そこに入ればいいのかなぁ〜」
「あっ!あっちの方に遺跡が見えるよ!」
「あぁ〜、あれかぁ〜」
半ば感心しつつも遺跡は遠くに見えている。とりあえずどこに入ればいいのか、そして入口付近から侵入できないか確認しに行くことにした。

やはり入り口付近のガードは固い。情報ノートに書いてあった入口もなんとなく想像がついたが、警備員もいるし入ることは無理そうだった。
「とりあえず裏のほうに行ってみよっか?オレ1人だったら入れそうな気がするけど。」

「でもさ、2人で(お金を払わずに)入れたら、かなり節約になるよね。」
「そうだね。」
「ともかく行ってみよう!それで駄目だったら諦めてお金払って入ろう。」

柵が続く道路沿いを歩いていく。かなり続いているが通りには人通りがあるし安心して入れる場所がない。そんなわけで柵が直角に曲がる角の部分まで歩いてしまった。随分と距離があったが、入場料の節約を考える一心で歩いてしまったのだ。
柵が曲がって続く方は道路から離れ畑の中へと続いている。
(むむっ!これなら人目につかないで入れるよ!)
そんな感じでマユと道路から離れて奥に進んでいく。
まずはオレが柵を越えて、マユが登りやすいように荷物を受け取る。そして足をかけられるように、手で階段を作ってあげる。
よっこいしょ〜、そんな感じでマユも登って柵を越えた。

でもまだ不安はよぎっている。
(ここって、観光客が入っていいエリアなのだろうか?)
舗装された道路は続いているが、観光客は全くいないし、遺跡からも随分遠いはずだった。とりあえず遺跡の方向を目指して舗装路を歩く。
前方に草むしりをするインドネシア人の姿が見えたので、道路沿いに進むのをやめて丘に足を向けた。丘を登ると、やはりそこにも草むしりをするインドネシア人がいた。
不思議な顔をこちらに向け、
(こんなとこで何してるんだ〜?)
という視線をずっと送っている。
私たちは堂々と前を通り過ぎる。前方に何やら建物が見える。

(大丈夫かなぁ〜。従業員詰所じゃないよな・・・。あそこを越えたらもう間違いなさそうだけれど。)
その建物は博物館だった。建物付近には観光客もおり、かな〜りホッとしたのだった。

そして遺跡に向かって歩く。遺跡はまだ随分と先に見える。前方に立入禁止(出口)という感じの看板がたっている。どうも遺跡はその先らしいのに。

(まだ侵入は終わってなかった!?)
「気にせずに行っちぁお〜か?何か言われても外国人だから分からないフリしてさ。」

「う〜ん、そうだね!」
実際は博物館のエリアは既に遺跡公園の敷地内なので、緊張の必要はなく正しい入口から入れば良いだけだった。しかし、私たちは従業員詰所の脇の坂道を足を忍ばせて登っていったのだ。

登り終わる頃目の前に遺跡が見えた!
(おぉ〜!)
「遠かったけれどやっと来たね!」
「うんっ」
遺跡が見れたとか、遺跡の姿がどうこうではなく、辿り着いたことの感慨が大きかった(笑)。

●ボルブドゥール遺跡は大きかった。(ジョグジャカルタ)

ボルブドゥール遺跡は、インドネシアのジャワ島中部にある。
大乗仏教遺跡であり、9世紀ごろにジャワ島に栄えたシャイレンドラ王朝によって作られたらしい。
20世紀になって考古学者が発掘をはじめ、今は世界遺産にも指定され多くの観光客が訪れている。丘の上には、1辺が約120mの正方形で高さが46mの階段状の仏塔がある。何層にも渡ってレリーフの彫られた美しい壁面と、丈夫には多数の仏塔と、その中に仏像が安置されている。

カンボジアのアンコール・ワットやミャンマーのバガンとともに、仏教の三大遺跡とも言われており、以前から行ってみたいとは思っていたものの訪れていなかった遺跡だ。

まずは大きいことに圧倒される。
そして全景の写真を撮り、慌しく遺跡に突き進む。そう、カメラなどを持っていると味あう暇もなく写真撮影に走ってしまうのだ。良くない現象だが、サイトを作るためにとか、そういった雑念が入ってしまう。
(アンコール・ワットに比べると何だか小さいなぁ〜)
などと不謹慎な考えが浮かびつつも彫られたレリーフの仏教的な意味って何だろうとかあれこれ気になる部分を見る。

インドネシア人の観光客はとても多いけれど、ほぼ全員が最上部に集結しており下層の壁面のレリーフなどに興味を持っている人はほとんどいないようだ。前面にほどこされた物語のようなレリーフは美しくもあるけれど、石のあるべき位置がずれていたりと現在も進んでいる修復がちょっとイマイチなのではないかと疑ってしまう。

仏像に関してはアンコール・ワットを始めとして頭部が破壊されているのは一般的だ。ボルブドゥールでも同様で、ほとんどが身体だけの仏像となり、荒れた姿をさらしている。悲しくもあり、その間の歴史や宗教の遷移による影響の大きさに思い至る。

最上層からの景色はとてもきれいだ。
夕陽の時間までは残っていなかったが、その時間までいられたら印象的だろう。周囲には山や自然も多く残っており、その点も観光客としては嬉しい。

(うん。来て良かった。)
そう思える遺跡だった。


●遺跡公園の出口は迷路!?(ジョグジャカルタ)

出口と書いてある方に進む。
何だかお土産物屋さんがたくさん並んでいるが、その向こうが出口なのだろうと思った。


(う〜ん、ひどいっ)
道はくねくねといろは坂のように一本道で長く続いているが、折り返し折り返しで出口に辿り着かない。しかも、お土産物屋さんの続く道を進む以外にないのだ。嫌になってお店の中を越えて再び公園の方に戻った。

出口と書かれている場所はいくつかあるようだが、見える出口の周りはどこも同様にお店でバリケードを作られている。遺跡公園への侵入や、観光で疲れてしまっている私たちは、そんな面倒を勘弁してもらってサッサとバス停にでも戻ってジュースを飲みたい。

1つの出口は、柵を越えると向こう側に出れそうだった。
ズンズンと進み、その柵を越えた。回りにいるインドネシア人は「そちらは通路じゃない」とか何とか言っていたようだけれど、そんなことは気にしたくない気分だった。
だいたい、出口の周りに迷路のような屋台道路をクネクネと作ってしまう感覚もちょっと狂っている。通行人が全てのお店の前を通らなくては出られない、というのはお店の論理としては良いだろうが、お客のここは全く配慮されていない。

その後に分かったのだが、一箇所だけはそういったお土産物屋の屋台が密集していない出口があったようだ。

(まったく・・・)
なのである。

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ミニコラム

++VCD++

ジョグジャカルタでは、VCDがなんと3000RPで売られていた!
欲しいのが見つかればかなり嬉しい!

本当にしつこい物売り。(ジョグジャカルタ)

ボロブドゥールから出るとたくさんの物売りに囲まれた。一番初めはリアルなミニ自転車を売るおじちゃんと影絵(ワヤン)のあやつり人形版みたいなものを売るおばちゃんの強敵2人だった。不法侵入をした私たちにとって、物売りと一緒ならチケットの半券を見せろと言われることもないだろうと、都合が良いと思っていた。
だが、出口を出るのに成功してしまうと、あとはもうおさらば。もうどうでも良いのだ。自転車のおじちゃんはいなくなったが、おばちゃんが何やらしつこい。人形を手に取ったわけでもなく、見たわけでもなく、ただ何なのかを判断する程度の一瞥しかしていないのに、勝手に値段を言って付いてくるのだ。その後も何人かの物売りに声を掛けられたり、ついてこられたりしたが、このおばちゃんは、最後までしっかり後ろにいるのだ。もうさすがにいないだろう、と思い後ろを振り返ると、「まだいる」のだ!
でもおもしろい。最初は10万と言っていた値段が自動で下がっていく。(私たちは一言も値段を言ってない。)9万、5万、4万、2万!普通に考えたら激安な値段である。もし、これが旅中でなければ買ってもいいくらいだ。おばちゃんには悪いが、消えてもらった・・・。

しつこかったね〜と2人で話しをしていたら、思い出した。このボロブドゥールに入る前もしつこい奴がいたのだった。ベチャの運転手でバス停から遺跡公園まで乗せると言って来たのだが、その間約15分の半分くらい着いて来たのだ。歩ける距離だから結構!と断わってもずぅ〜っと後ろを着いて来る。最初は5千だったのが千にまでなった。だが、千になった頃にはもう入口が見えているのだ。安いけど乗る気にはなれない。

そんなかんなでこの辺りは暇で懸命な物売りが多い。どなたか愛の手を差し伸べてあげてくださいな。

またまたバス運ちゃんとの戦いが勃発!!(ジョグジャカルタ)

(うむぅ〜、また言っているよ。)
往路と同じに高い料金を言ってきている。
(こいつら外国人と見ると、皆同じような高い料金を言うことで結託してるのか!?)
またもや嫌ぁ〜な雰囲気が漂う。
「来る時もそんなに払ってない!」
ままもやマユが頑張ってくれる。実は復路も私が窓際に座ってしまった。必然的に通路側に座ったマユが戦いに三線となってしまったのだ。申し訳ないと思いつつ、戦いの行方を眺める。しかし、今回は援軍がいた!

ニコッと笑顔を見せながら通路の反対側にいた女の子が、
(その金額で大丈夫だよ)
と、合図してきてくれたのだ。
私たちと料金徴収係が金額でもめていたのが聞こえて、かわいそうに思ってくれたのだろうか。
そういってもらえたことでマユも強気に出られる。
私からすると、助けてくれたコなんかとてもかわいく見えちゃったりして現金なものだ・・・(笑)。
「足りないから払って!」
「・・・」
もう無視を決め込んで、料金徴収係が諦めるのを待つ。
しばらくして何も言ってこなくなった。戦いは終わったのだ。そう思って安心した。

私たちに合図を送ってくれた女の子たちがバスを降りた。すると料金徴収係が突然に私たちのところにやってきていう。
「足りないから払って!」
「・・・」
(今さら何を言っているんだ??)
もう無視しかない。そうして料金徴収係が諦めるのを再び待ったのだった。

笑い上戸のベチャ運転手。(ジョグジャカルタ)

「私は本屋でー、本をー読ーむーー。うひゃっひゃっひゃっひゃっっ!」
なーんて怪しい笑い声をたてるのはべチャ(日本で言う自転車のリキシャ)の運転手だ。

2人でジョグジャカルタの街を散歩&買い物していると、妙にニタニタ笑うベチャ運転手に話しかけられた。

片言の日本語を話すし、何やら凄ぉ〜く怪しい!
ベチャも1時間で2000RP(約25円)でいいと言う。日本語を教えてもらいたいから、という理由もあるようだ。
最後に高い値段を言ったりして「ぼろう」としそうだし、言い争いするのはまっぴら!と思っていたので断わろうと逃げ腰になっていた私たち。だけど、その運転手はやたら愛想がいい。目はキラキラしてきれいだし、笑顔が素晴らしい。逃げるつもりが、ベチャに乗る羽目になってしまった。

何か話す度に「ひゃっひゃっひゃっ!」と笑う。かなりの笑い上戸のようだ。あやしぃ〜。ちょっと”いかれている”のではないだろうか?こちらまでつられて笑ってしまう。
オールド・シティーや王宮を回ってもらって観光らしいことをした。安い値段にしては丁寧にガイドしてくれる。心の底では疑問がフツフツと沸く。(本当に2000RPだろうか・・・?)

「ここで。はい、歩いてみてみてねーーー。」
と半ば強引に店の前で降ろされた。ジャワスタイルの絵画屋さんだ。たぶん、ここで私たちが買い物すれば運転手にバックチャージがいくのだろう。仕方なく店内を1周したが買い物はしなかった。

その後、また遠くに行こうとする運転手に、
「もういい。DVD屋さん(ジョグジャカルタはDVDやVCDが安いことで有名。)で降ろしてもらえればいい!」
とやめて攻撃。その距離まで走っていたら余裕で1時間を越えてしまうし、そこに特別興味があるわけではない。
約束の時間まであと10分ほどとなってしまった。
心の底では疑問がフツフツと沸く。(後味悪くなって終わるのだけは勘弁!)

彼(ヤツ)は本当に親切な人だったようで2000RPでも大丈夫であった。もちろん時間もきっかり1時間。
なかなかおもしろかったし、こんなんで一家の大黒柱で家族を支えているらしいのでチップをやった。さらにはタカがオーストラリア1ドルまでプレゼント!ベチャ代の約4倍の金額だ。もちろん彼は大喜びだ。
無理にぼろうとしない人にはいいことがあるものだ!

本当にあやしかった運転手。(ジョグジャカルタ)

あの運転手は本当におかしかった。

会話に笑いを含めなくては話せない感じで、しかも、笑い方がおかしい。
そして、話している内容も何だか変だ。

完全にイカレテいると思った。

でも最後に思ったのだが、シャイな運転手だったのだろう。
後半になると話し方が、段々と普通になってきたのだ。
それにおかしな行動(話し方と笑顔以外は)もなく、とても親切だった。

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ミニコラム

++ベチャ++

ジャワ島では特にベチャ余り現象があるのか、安い値段で1時間チャーターを持ちかけてくる運転手がいた。
お土産物屋さんに寄ったりして、購入した場合にはリベートが入るなどの収入の道もあるのだろうか。

フレンドリーで安い。(ジョグジャカルタ)

バリ島やその他の島ではほとんど使わなかった小銭(100〜500RP)を使うようになった。

今までは四捨五入され、なくなっていた100RPもここでは人にあげると喜ばれる額だ。
ご飯も500RP単位であるし、値切るのも500RP単位だ。

ジャワ島は首都のある島だし、物価は高いんだろうなーと思っていたが誤算だった。やはり観光地バリ島が一番高い。こちらの人にとってもバリ人はお金持ちのようだ。
タクシーはともかく、ベチャやベモ、バスの料金も割安だ。
そして、衣類やお土産品も安い。Tシャツもみんな揃って12,500RP(約140円)。普通の1/3くらいの値段だろうか。言い値から安いので値切ったら驚くべき値段にもなるだろう。

都会だからこそだろうか。
失業者が多く溢れているようで、浮浪者、物乞いの人たちがわんさかいる。
通り沿いには同じような商品を並べた店が延々と並び、ベチャの運転手が必死の形相で客引きをする。

散歩中に出会った日本語上手なジャワ人が言っていた。
「ジョグジャカルタはバリみたいにお金にうるさくない。人は親切だし、とても居心地が良いよー。」
それはどこか分かる話だ。”値切る”という行為は移動の時以外、さほど必要ないし、人は優しい。
もっとも私にとってインドネシア人はフレンドリーで笑顔のある人種だけど。

●きれい好きなインドネシア人。(ジョグジャカルタ)

2ヶ月の期間内で、カリマンタン、スラヴェシ、パプア、バリ、ロンボク、ジャワとだいたいの大きな島は制覇した。インドネシアは本当に奥が深く、島ごとに人種も言葉も習慣も違うので知れば知るほどおもしろい。各島とも軽く触れたに過ぎないけれど、どの島もその島の魅力がある。

インドネシア人は「きれい好き」という共通点があるような気がする。
驚いたのは、空港にマンディ(シャワー)室があったことだ。と言っても、「トイレだけどシャワーも浴びれるよ〜」という個室があるだけだけど。
東南アジアなど暑い国の人は基本的にはきれい好きである。1日2回以上のシャワーは当たり前だし、汗を大量にかくだけ「匂い」に敏感だ。各国それぞれどんな風にきれい好きであるかという特徴みたいなものは異なるのだろうけど、インドネシアはどちからと言うと、「決まった時間に必ずマンディをする。例え、空港にいようと長距離バスに乗っていようが同じ。」と思っているようだ。
空港と同様に、長距離バスに乗った客が休憩するレストハウスのトイレ、同じく長距離バスのトイレの中、講習トイレの一部ではマンディができてしまうのだ。ただトイレに行きたいだけの私などは、マンディをするインドネシア人のせいで長時間待たねばならない時もあるほどだ。

公衆トイレでおもしろいものを見たことがある。
それには「トイレ小 ○○円 大 ○○円 マンディ ○○円」と書かれてあった。トイレとマンディを分かるだけなら分かる気もするが、おい、小大までお金を別に請求しないで〜と、乙女はどうなるの?と思ってしまったのだ。

また、パプアでショッキングな出来事があった。
忘れもしない、パプア到着のセンタニ空港(ジャヤ・プラ)でトイレに行った時に、なぜか女子トイレなのに現地人男性がソコにいた。しかも、排水溝の穴に向かって放尿・・・。さすがの私もびっくりだ!こういうのをカルチャーショックというのだろうか?今まで生きて来て、決して見たことのない光景だった。しかも周りは平然としていた。びっくりだ。
(あ、タイトルと反する内容を書いてしまった!)

●ある日の電車の物語。(ジョグジャカルタ)

旅も半年過ぎ、振り返ってみると贅沢にダイビングや飛行機を使って移動したりもした。
私たちは明らかに予算オーバー気味。少し反省の意味もあり、今回の移動は安く済ませることにした。
バスは時間がかかる上に高いので、すぐに電車に決まった。当然のようにエアコン付きのエグゼクティブではなく、ファンのビジネスである。ビジネスだとエグゼクティブに比べ、約半額で行けてしまうのだ。

ジョグジャカルタからジャカルタまでは電車で8時間。ジャワ島の中心から西まで一気に移動するので長い距離だ。電車だから「歩ける」し、私にとっては海外で初である「長距離電車」に好奇心があったので新鮮で良い。

噂には聞いていたが、物売りがやっぱりすごい。
電車内のサービスはあり、制服を着たスタッフが食べ物や飲み物を注文を取りに来る。値段を見ると、街中の値段より割高なのでとりあえず我慢。でも何度でも注文を取りにやって来る。ちょっとしつこいなぁ、と思っていると、待っていました「一般物売り子」が勝手になのか、許可を取ってかなのか、お菓子や食べ物、飲み物、日用品など売りにまわる。ご飯も安いのでナシチャンプルを注文。なかなかおいしい。
彼ら、「一般物売り子」は、いつも路上で物を売っているような普通の人たちで、自分で作ったご飯を売ったり、安く仕入れた日用品などを少し高い値段で売っている。電車賃はおそらく払っていないのだろう。最初は駅に着いた瞬間に車内に乗り込み、発車と同時に降りるのだろうと思っていたらそうではなく、電車が走り出してもしばらく車内をぐるぐる売りに回っているのだ。行けるところまで行き、帰りはまた違う電車に乗って自分の最寄駅に帰るのだろう。
売っているものもユニークだ。子供向けのおもちゃ、人形だったり、爪きり、ノート、肩たたき棒、怪しげな光る銀の板(何なのか分からなかった。)などだ。8時間の長い移動の中ではそれらを見ているだけで暇つぶしになる。商品は目の前に置かれ、客がその場でじっくり検討できる。だけど弱気な私は手に取って見ただけで、「欲しいんだろう??」と迫られるのが怖いので、見て見ないフリをするのだけど。

それにしても暑い。本当に暑い!
昼を過ぎた頃は特に暑い。暑くなっているというのにファンが止まってしまった。長距離電車で風景をゆっくり眺めつつ、うとうとと眠りだす、というのは何だかとっても優雅で贅沢な気がするけど、それどころでないのだ。風景は窓があまりにも汚くて、「曇りガラスから見る風景」みたいになってしまうし、何といっても暑い。寝ても暑くて汗ダラダラにして目が覚めてしまうのだ。

たまたま前に座っていたインドネシア人は日本語を話す。彼は3年ほど日本で働いていたそうだ。しかも、その間住んでいた場所が私の実家とかなり近い。びっくり!実家が東京とかなら分かるが、茨城なので偶然感が強まる。驚きだ。車で20分ほどの距離だろうか。私の「町」も知っているし、お互い近所が分かるのもおもしろい。
お菓子をもらったり、枕代を払ってくれたり、親切にしてもらった。楽しい出会いだ。

インドネシアでは日本語を話す現地人を多く見た。バリ島はともかく、スラヴェシ、ジャワなどでよく会った。タイやマレーシアなどでは日本語を話す人と出会ったら「おおお!」と驚きを隠せなくなってしまうほどだが、インドネシアでは多すぎて当たり前に思ってしまうほどなのだ。だいたい決まって言うのは「日本で働いていた。」という答えだ。インドネシアと日本は関係が深いのだろうか・・・?

トイレがおもしろい。合理的なのだ。
まずはそのまま下に落ちる穴に放出。終ったらその穴に向けて水を流しお掃除。そして手を洗う。その洗って使った水はそのまま下のバケツに落ち、その水は己のモノを洗う時に使われる、というシステム(??)だ。
ちなみに電車内で出たゴミはインドネシア人らしく、窓から放り投げる。もしくは椅子の下や横に放り置く。、しばらくすると掃除屋さんがやって来て掃除をしてくれる。しかもいつも違う人がやって来る。
「もしかして、これは乗客が暇潰し&小遣い稼ぎにやっている?」
と私たちの意見は一致したのだった。(お金を乞う乞食も同様。)

・・・電車は物語があっておもしろい。

●客引きを判別する。(ジャカルタ)

電車の線路沿いの住む人たちの家はスラムだ。
線路と線路の間にも掘っ立て小屋が建っていて、人が住んでいるのにはびっくりだ。電車が走るすぐそこに家が並んでいるのだから仰天だ。
到着駅は「パサール・セネン」という駅。中央駅よりやや離れた場所にある駅だ。だからなのか高層ビルの姿はほとんどないし、ビルよりは赤く古いトタン屋根の家々が続いているのが見えるくらいだ。
「これがジャカルタ・・・?」
と最初の印象はこうだった。
もっと華やかで都会っぽい雰囲気を想像していたのが外れたという気がした。最も、この周辺は街の中心ではないし、線路沿いだから仕方ないということは聞いて分かっていたが。

駅に降り立った瞬間、しつこい客引きにつかまりそうになった。駅周辺&都会という要素は客引きのしつこさを倍増させる。英語を話すとか、慣れた手つきは逆に怪しいのだ。(※インドネシアでは英語を話す人の方が少ない。)
私たちはそんな彼らを無視。逆に何も言って来ない人に値段を聞きまわる。少し値段の話をしただけでその男はバイクのエンジンを付け始めた。だけどタカは値段も高いこともあって、そこから去ろうとする。まだ旅慣れない(?)私はそんな時、尊敬の眼差しを彼に送る。旅中は自分の判断で行動するのが正しく、客引きの言いなりになってはいけないし、決して同情心や優しい気まぐれな気持ちで接してはいけない。最初から怪しい客引きは最後まで怪しいし、旅を繰り返すたびに、「どんな人が最後に違う値段を言ってくるか?」など何となく判断できるようになってくるのだ。おもしろい。

大通りに出て、走っている車をつかまえるのが一番いい。それが鉄則のようだ。
予想は当たり、さきほどの交渉の半分ほどで交渉成立。運転手も真面目そうで問題はなさそうだ。
ジャカルタは一方通行の道が多い。駅から安宿街まではさほど離れていないのに、一方通行のせいで遠回りをして行くという羽目になった。
安宿街はのんびり、ほのぼのした雰囲気だ。

●ジャカルタの危険地帯。

宿から駅に向かって歩いていると、ガードマンの中のガードマン、といった風貌のガードマンが無線で連絡を取り合っている。何やらここはアメリカ大使館のようだ。
いやはや、こういう場所は早足で通り過ぎるに限る。今はいろいろな国でテロ予告がされているらしいので、こういう場所だけは避けておきたいものだ。

友達も夢で私を見て、なぜか心配して連絡をしてきた。彼女は感が鋭いので「まさか、私たちはジャカルタのテロで死んでしまうのでは??」と心配になってきた。曜日を確認すると今日はまさに日曜日。さらには、前日見た夢が爆弾から逃げている夢であったことを思い出す。それをタカに話すと、「オレも。」とのこと。そーんなわけない!とタカの言っていることは無視するとしても、何だか不安だ。
今これを書いているのはその夜のジャカルタの宿だ。何もなかったし、何もなさそうだ。

イスラム国にいるとこういう心配があるのが面倒だ・・・。

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ミニコラム

++電車内サービス++

食事をはじめとして、全てにお金がかかる。
枕やティーなどをサービスと勘違いして受け取ると後ほど清算人が現れるので不要なものは受け取ってはいけない。

食事時になると電車の係官がメニューをもって、注文を取りに来る。しかし、車内を歩き回る売り子さんから買った方が半額以下と安い。

●空港へのちょっとした贅沢。(ジャカルタ)

インドネシア・ルピアが少し余っている。
そんなわけで私たちは、普段は欲しいけれど買わずに我慢しているものを購入した。
マユは、ちょっと値段のはるコンディジョナー。私はウォッカ。う〜ん、なんて慎ましい〜。

そしてインドネシアを離れる当日、まだお金があるので空港まではタクシー!!
バスの出発する駅まで歩くと10分ほどの距離だが、重い荷物を背負ってだと汗が出てきてしまう。とにかく今日はそういうことは避けて快適に過ごすのだ!!
「いやぁ〜、いいね〜」
「いつもこうやって移動したいね〜」
そう、最近話し合っているのだが、宿や食事代を削っても移動をラクにしたいということ。旅をするには良くないのだけれど、荷物が増えてきている。それで、なるべく歩く距離を減らそうという「願望」なのだ。2人で夜な夜な荷物削減会議を開き、お互いの荷物を捨てるように意見しあった。余り効果はなかったが、紙類や小物は幾分減った。
ちなみに、今もっとも捨てるべき荷物だとマユが狙い定めているのは、私の靴だ。確かにしばらく使用する予定はないのだけれど、毎回購入すると高いし・・・。う〜む。

駅前からDAMRI社のバスに乗る。こちらもエアコンが付いていて、今日は空港も含めてず〜っとエアコンの中だ。こんな風に気持ちよく、予定の時間にジャカルタの空港に着いたのだった。

●エア・エイジアの要領の悪さ!(ジャカルタ)

エア・エイジアはフリーチケット、ノーサービスで格安の航空会社だ。
前回、マレーシア国内で使った時に値段と共に満足できたので、今回はインドネシアのジャカルタよりマレーシアのクアラ・ルンプールの国際便をオーストラリアにて予約しておいたのだ。

「まだ?まだ?まだーー?」
2人でイライラが募る。離陸予定時間が近づいても全く動きが見られない。アナウンスもない。不信に思った人だけが係員に攻め寄るばかりである。この空港にはスピーカーはないのか?と思ってしまったが、ないはずはないのである。あるのに使わない、たぶんそうだ。

安いから仕方ない。
そうは思いたくないが、エア・エイジアのスタッフも利用客もそう思う節があるのだろうか。
変に「キレる」人も皆無だし、「遅くなって申し訳ない」のサービスはたった1本のジュースだけ。(それを不満にブツブツ文句を言っているのは私くらい?)同じ待合室にいさせられるどころか、面倒にも隣のゲートに移された。その時も、ただ移せばいいだけなのに、いちいち搭乗券を手書きで変更し、名前などを紙に写していく。そんな作業をしているうちに行列ができてしまった。本当に要領が悪い。

1時間や2時間ならこんな状態が続くなら我慢できる。
しかも、「1時間後には・・・」と言っているのに、1時間後には「1時間後には・・・」と同じことを繰り返すのだ。これじゃ、信用度ゼロいうもんだ。こんなに待たされるならホテルでも用意してもらって明日発った方がずっとずっと良い。
しかも、お腹が減ってきた。朝一番で起き、朝食を食べてやって来てもう昼過ぎだから当たり前の現象だ。もちろん、お昼のサービスも出ない。しかも私たちはインドネシア・ルピアを使い切っていたので、空港で食べれるものもない。もちろん値段も高いから溜息ものだ。怒りは膨れ上がる一方だ。

5時間待たされた挙句、ようやく離陸。既に夕方の6時だ。
マレーシアのシンガポールに到着は昼過ぎの予定が、夜遅くになってしまった。宿探しを夜にすることが嫌なので朝発便にしているのに、怒りは膨れ上がる一方だ。
ジュース1本のごめんなさい、だから機内食くらいサービスすれば良いものを、バカ高い値段の食べ物を乗務員が売りに来る。絶対買いたくない。怒りは膨れ上がる一方だ。

何年後か、エア・エイジアを使いたくなる日が来るだろう。そしてもちろん利用するだろう。
価格重視の私たちにとっては仕方ないことだ。
全ては運にゆだねるしかないのか?


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ミニコラム

++都会?++

ジャカルタは首都で大都市、人口も多いが、街は他の国の都市に比べると遥かに規模が小さい。ビルもかなり少ないし、貧しい建物が目立つ。

 
タラカンにて。左:ホテルの目の前でナシゴレンを食べた。右:村の中で食べたBAKSO。・・・両方とも味はまあまあ。

 

 
タラカンの食堂で食べたナシ・アヤム・ゴレン。たくさんのライス(ナシ)に鶏肉(アヤム)とスープとスパイス。味は上記よりおいしい。

 
ソロにて。左:屋台で食べたナシチャンプル。味付け卵がおいしかった〜。右:レストランで食べたナシ・ルマッ。ソロの伝統料理。ココナッツミルクで炊いたご飯にゆで卵や小魚、ナッツなどが付いてくる。


ジャカルタの「Hoka Hoka Bento」で食べたカツ定食。とんかつソースでないのが残念!


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ミニコラム

++料理++

ナシはインドネシア語でご飯、ゴレンは炒める。よって「ナシゴレン」は炒飯(チャーハン)。ミーは麺で「ミーゴレン」は焼きそば。
ヒンドゥー教のバリ島、キリスト教のパプア、タナ・トラジャでは鳥、豚肉も食べるが、イスラム圏はほとんど鳥のみ。鳥は「アヤム」、豚は「バビ」、魚は「イカン」だ。