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●カイラス山巡礼の旅!Part.4 夕日が沈むちょっと前にゴンパに到着した。今回のゴンパは食事が付かないが、部屋にストーブが付いているのが嬉しい。ヤクの糞を火にくべ、ヤカンのお湯を飲み、カップラーメンを食べる。とても質素な生活だけど、慣れてしまうとこれも普通に感じてくる。 3日目の道のりは一番楽。距離も短いし、下るだけだ。 そんな私の楽しい気分とは裏腹に、タカの体調が優れないようだ。 いよいよ見慣れた景色が広がり、タルチェンの町並みが見えてきた。道も車が通れる充分な広さに変わり、生活の匂いさえ感じられるような気がした。 先に到着していたノブさんが、私たちにカタ(※)を巻いてくれた。 ゴールは果たした。 ※スカーフ状の薄いシルクの布(安い物は綿)。お祝いやお別れの席で「タシデレ(おめでとう)」と言いながら相手の幸せを祈って首にかける。ゴンパの仏像にかけたりもする。 ●カイラス山巡礼の旅とその仲間たち。 ノブさんと最後に会ったのは2日目のドルマ・ラだった。 翌日に、ノブさんが身体を休めているところに私たちは帰ってきた。そして、翌々日に彼は再びコルラをスタートした。2日で1周するつもりで11時頃に出ると話していたのに、なぜか6時に起きて1日1周に予定をチェンジ!その日の夕方、
ドルマ・ラからチベタンと一緒に下りて来たノリコさんは、2日目に泊まったゴンパを翌日の早朝に飛び出した。前夜はワクワクしてなかなか寝れなかったらしい。急ぎ足でタルチェンに向かい、到着したのが昼前。寝袋などの荷物を減らし、休憩もままならないうちに再びコルラをスタート。その日のうちに1日目に泊まったゴンパに辿り着き、翌日にはタルチェンにゴール。 翌日すぐに3周目をスタートしたノリコさん。 誰よりもスローペースで歩いていた岩崎さんは4日で1周した。 ※深夜・早朝の外気温はマイナス15度を下回る。 1日目のゴンパにて・・・。 帰ってきた彼はとてもつらかったという話をするのだが、なぜだか本人はあっけらかーんとしている。 タルチェンをスタートした時から、犬が何匹かついてきた。 チベット犬は寒さに対応しているからか、大型のものが多い。毛も長く、温かそうな毛皮の犬が多い。そして、ガイドブックには「噛まれる可能性があるので注意(※)」と書かれている。 ※遊牧民の飼うチベット犬は町にいるチベット犬とは違い、侵入者が来ると追い払おうとする。
その犬を「コルちゃん」と名づけた。 そしてコルちゃんは、タルチェンのホテルでも私たちの部屋の「番犬」をしてくれていた。もともとの縄張りでもないのに、他の犬に負けずにそこに「居てくれた。」のだ。コルちゃんはメスで、オスにお尻の匂いを嗅がれていたりしたのが良かったのだろうか? |
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辺鄙な場所だし、オフシーズンだから車がない! 足を探す方法として、
翌朝、前回ラマに会った家に行ってみると嬉しい奇跡が。 バルガでは検問がある、という理由で夜の出発となった。メンバーは探していた4人と岩崎さん。岩崎さんはマナサロワール湖を目指す。マナサロワール湖はバルガを拠点として行く場所なので好都合なのだ。 「パスポートを見せろ、荷物も見せろ。」 けれど、彼もパスポートの提示を求められただけで旅行許可証の提示は求められなかった。彼は最初に車に乗っておらず、外からふとやって来たことも咎められず、何も問題はなかった。 バルガは町の入口にロープが張っており、検問をした車でないと入れないことになっている。中国はとても厳しく、車に制限人数以上の人を乗せていたら罰金だし、旅客輸送の免許を持っていなければお金をもらって人を乗せることができないことになっている。
それから、退屈で疲れる生活がはじまった・・・。 アリに行きたい浜チャンも、ラサに行きたい私たちも運転手に断われてばかり。しかも、ここの検問が曲者なのだ!警察がいると運転手は定員以上の人を乗せることが不可能。だいたい定員一杯に乗っていて、必然的に私たちは断わられてしまう。無念!(とは言え、警察とは仲良くなった。林檎やお菓子を頂いたり、筆談を楽しんだりした。) 車は滅多にやって来ない。 ノリコさんの姿が! ●再びランクルチャーターでバルガからシガツェへ。 バルガを抜けられる! だが、この車とっても狭い。旧型のランクルの後ろの座席を改造し横に3人乗れるようにして、無理やり9人乗りにしてあるのだ(満席)。これで1000元はやり過ぎ〜と3人で憤慨した。また標高が高いせいもあって非常に寒い!足が伸ばせないので腰に負担があるし、お尻も痛い・・・。 翌朝、サガの町に到着した。サガはこの辺ではかなり大きい町に見える。そして、、、バスもいる。しかも、シガツェ(ラサの手前の町)行きだ。乗りたい・・・。車はオーバープライスだし、条件が全然良くない。ダメだろう、とは思ったが運転手に、 私たちは最初に言われた条件と実際が違っていることを理由に車を降りようとしたのだが、認めてもらえない。また、お金のないマンギョンは必死になっているうちにキレ始めた。また、運転手の中国人ボスとチベット人も怒りが増幅されたかのように切れて怒っている。
シガツェはタシルンポ寺が有名。私たちは中には入らず、周りの道をコルラすることにした。 タシルンポ以外にはシガツェ・ゾンという城塞跡がある。ここはちょうど工事中であるし、修復が進み過ぎていて全くいいとは感じられなかった。中国は本当に(修復好き)だ。きれいになるのはいいが、変にいじり過ぎるのは絶対良くない・・・。 ●チベタン・外国人向けレストラン。(シガツェ) シガツェで西洋料理を食べた。結果、まずい・・・。 そもそもこの町は少し変わっている。中国料理屋に英語のメニューがあるのだ。普通の漢民族は、メニューを英語で書くなんて手の込んだことは絶対しない。たぶん他の地域に比べて、外国人観光客が多く来るのだろう。しかも、それらの値段はローカルメニューのものとは違っていて高い。そんなもの頼みたくもない。 西洋料理は、ほとんどがチベタンが経営する店だ。中国人よりは英語を上手に操れるチベタンは仕事熱心のようだ。だけれど問題は味。材料が足りななどの問題点は分かるが、おいしいとは言い難いのだ。ピザのパンはチベタンスタイルだし、ソースの味も今一歩足りないのだ。 西チベットでは食べ物がなかったり、妙に値段が高かったりしたのが理由で持参のカップラーメンをメインに食べてきた。その中にわずかに入れる白菜が貴重でさえあったぐらいなのだ。それに比べれば遥かにマシだけれど。 ●古都のおもしろいゴンパ。(ギャンツェ) シガツェからはギャンツェという古都に日帰りで気軽に行ける。車で1時間程度で行けてしまうし、前は必要であった旅行許可証も今は不要なのだ(同室の日本人が公安で聞いてきた)。 バスで行こうと思っていたが、ミニバス(乗用車)に誘われた。車は新車に近く、きれいで丸みを帯びた最新型のものだ。しかも、バスの2倍はありそうな超特急なスピードで走る!ぶつかって死にそうな勢いだ。このシガツェ〜ギャンツェ専用の車で、一日何回往復できるかが肝心なのだろう。それにしてもスピード出しすぎ! まずはギャンツェ・ゾン。ひときわ目立つ岩山の上にそびえる城塞で、その姿は近くよりも遠くで見たほうが威厳があり迫力がある。ギャンツェの町のどこからでも見渡すことができるだろう。言わば、町のシンボルでもあるのだろう。 内部は城塞といっても壊れていたり、壊されていたりと破損が激しい。ただ壁だけが残っている感じだ。ただし、小さなお寺もあり、壁画が一部残されている。あとは上から見下ろすギャンツェの街並みもおもしろかった。それだけは見ごたえがあったと言えるかどうか・・・。
ギャンツェはとってものんびりとした町。車はほとんどタクシーで、自家用車は少ない。馬やロバが闊歩していたり、学校帰りの子供がのんびり道草を食っているのだ。「漢民族街」以外はチベット特有のバターの匂いが漂い、道は石畳が続く。日帰りで帰ってしまうが、泊まってゆっくりギャンツェを堪能するのもいいかもしれない・・・。 |
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ジョカンの周りのバルコルはジョカンをコルラする巡礼路でもあるが、賑やかなショッピング街でもある。両サイドはアクセサリー、帽子、チュパ、タルチョ、お守り、マニ車などのチベタン風お土産グッズが山のように売られている。そこでショッピングするのも楽しいけれど、やっぱりおもしろいのがいろいろな地方からやって来たチベタン・ファッション! ポタラはきれいに塗られている!(mayu) ポタラは世界遺産に選ばれているだけあって、入場料が1人100元もする。行く前に聞いていた話によると、
※実際にはダライ・ラマが居住した"政治の中心"である「白宮」は、ポタラ宮でも最初に造営され、宗教の中心である「紅宮」が続いて造営された。ただし、ポタラ宮も日々修復されていたであろうし、中国がチベット侵略後にポタラ宮にも手を入れている。 ポタラは全部で999部屋があるとされているが、実際に見られるのはごく一部だ。たくさんの部屋があって全部見るのは大変だなぁと思って動いてしまうと、あっという間に出口に出てしまうことに気づいた。 チベット中の宝石はここに集まった?と思ってしまうぐらい凄い宝石の塊がある。 ポタラの外にも巡礼路がある。宮殿の正面は普通の大通りに面するのだけど、チベタンたちは場所構わずそんな「普通の道端」で五体投地してしまう!胸の前、額の前、口元の前、胸の前の順番で手を合わせ、最後には身体を地に伏せ額の上で再び手を合わせる。それの繰り返しだ。チベタンたちの敬虔さには尊敬させられる。 最後にトイレに入ったのだが、これまたスゴイ。トイレがある高い場所から随分と下に見える地上まで、己のものが急スピードで降下していく!これはガイドブックにも書いてあるぐらい有名なものらしかった。 再びノブさんとノリコさんに会えた! ポタラに大金を払っていた私たちは、ラサでは一番有名なゴンパのジョカンに行くのを少し躊躇していた。だけどノブさんが言う(ガイドブックにも書いてある)には、朝一番で行けばタダで入れちゃう!とのこと。早速、翌朝チャレンジしてみることにした。
私たちは、早すぎず遅すぎないタイミングでジョカンに入った。朝8時半頃に開くのだけど、早すぎると前過ぎて外国人だとばれてしまうし、遅すぎると人の渋滞に巻き込まれてしまう。私たちはラッキーにも普通に中に入れてしまった。入口前にはたくさんの警備人がいたにも関わらずだ。ここで改めて日本人とチベット人の顔が似ているコトに感謝!なのであった。 中ではポタラのように、いろんな地域からやって来た巡礼客でいっぱいだ。背中を押されるほどに混み混みの中を前に進んだ。私たちもチベタンに習い、お布施を投げ、仏前のガラス戸に頭を付けて祈る。さすがにチベットの中心となるジョカンだけあって威厳があり、壮大だ。 ●グルメ・ツアーになった?(ラサ) ラサはチベット中で一番おいしいはず! 日本食屋へ行けば、汁つけになり過ぎたカツ丼。洋食にパスタを頼むと、中国風の麺に固いヤク肉のソース。素材の不足もあるし、日本食のようにグツグツ煮込むのはここのような高地では難しいなどと、おいしくできない理由は分かるが、高いお金出してまでこれらを食べる理由がない! が、ラサ滞在の後半で突如グルメ・ツアーに急変した。 また、夜の屋台で出る煮・揚の串モノ。特に煮串はコンブがおでんみたいでおいしかった。ヤクホテル付近にこの2種の串モノとウイグル族の焼き鳥屋が隣合わせて営業している。そこを我々は「黄金の三角地帯」と名づけた! また、スノーランド・ホテルのレストランは夜の9時以降、ケーキが半額になるらしい! |
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冬期には、ランクルチャーターなどをする旅行者はかなり少ない。
(そろそろちゃんとネパール行きを決めないと。) 彼らはここ数日、真剣に仲間探しをしていたらしい。もう1人の仲間が数日後に中国ビザが切れてしまうので、その前にツアーを実施したかったのだ。 一緒に行くことになったのは以下の3人。 ●日本語ペラペラのグラさん。(ラサ)
しかも、勉強したこともなく、TVゲームとTVドラマ、それと実際の会話だけで覚えたのだという。難しい会話をしても大抵は通じる。TVドラマに出てこないような"下痢"、"ゲロ"など意外な単語は知らなかったりしたようだが、それにしても日本に住んだわけでもない彼のペラペラさには正直"凄い!!"と驚いた。
「写真、写真、5元。」 トイレに入った途端にチベタンが数人走ってきた。 まぁ、そんなことも忘れてヤムドク湖沿いを走り続ける。 ●ギャンツェ再び。 ツアーで再訪することになったギャンツェだが、到着したのは6時を回っていた。私たちはゴンパには前回訪問した際に入っていたので、入るつもりはなかった。でも、ともかくも皆と一緒に入口まで行く。 入口でフラフラと写真を撮り、チケット係が入るのかどうか聞いてくる。断っているとなぜか値段がどんどん下がる。 「門は全部閉まってました。」 そんなわけで、ゴンパを訪問するのにもやはり時間が重要なようだ。 その後、暗くなる道をシガツェに向かった。シガツェも訪問済みなので特に興味はなかったのだが、翌朝にタシルンポ寺の周りやパンチェン・ラマの夏の離宮を見に行った。 (それにしてもタシルンポは行った方が良かったのかなぁ?) シガチェは11時までしかいられない! 早起きした私は、歩いていけると思われるタシルンポ寺へ向かった。朝早かったのでタダで入れるかな〜と企んだのだ。だが、空しくも入口にて、 この前来た時と違い、朝が早かったので公園前(タシルンポを正面に見える位置)や寺周りをゴンパする人たちが五体投地をしている。決して無理をせず、自然体で祈りを捧げるチベタンを見ていると清々しい気持ちにさえなる。これが一日のスタートとなるのならとても素晴らしいこと!と思った。 それに感化された私は(笑)見よう見まねで五体投地をしてみた。 それからタシルンポの周りをコルラした。時間の都合で途中の旧市街へ降りれるショートカットをしてしまったが、祈りというよりは「運動」となった。 ラチェまでは普通の砂利道で順調に進んだ。 「あっちに中華料理があるよ。」 ラチェからの道は最悪だった。ほとんどが工事中で、全く平らな部分がない。気持悪くなるくらいぐらぐら揺られつつシェーカルまで我慢した。 シェーカルでは翌日のエベレスト自然保護区入域のために、入域料を払い(65元/1人 & 405元/車1台)美しい星空を見ながら寒い夜を過ごした。布団が薄かったのと、寝袋を使わなかったのがマズク、本当に寒い夜だった。 |
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しかし、ヒマラヤ山脈は全体としても十分に美しいし、チョモランマだけでない魅力がある。強風と日中の太陽熱の影響か、頂上付近から煙か雲が立ち上っている。夕刻にはその煙が赤く染められ、とても美しい。そういった自然現象は予想外の美しさを見せてくれる。
ゴンパからエベレストB.C.までは、夏期は80元のバスで移動するか歩きで行く必要がある。しかし、冬期はバスもなく、車の立ち入り禁止を監視する警察もいない。私たちは80元を払うことなくランクルでエベレストB.C.に向かうことが出来た。うん、たまには冬に来ることでいいこともあるのだ。・・・寒くて面倒なことも多いけれど。 ちなみに、ランクルにはポーランド人(日本語ペラペラ)と香港人のカップルがヒッチハイクで乗り込み、いつもより狭いがワイワイと賑やかな移動だった。 夜空を見上げると、満天の星! 布団にくるまってヌクヌクしていたがトイレに行きたくなりベットの外に出ると、タイミング良く消灯の時間。外に出ると、ちょうどマサキ君も出てきていた。 エベレストの夕日も朝日もきれいだったけど、この星空は格別だ。
大きな川が道を横切っている。水はシャーベットのようになっており、深さもタイヤくらい(いや、もっとか?)にある。とてもそんな川を渡れるとは思わなかったが、ランクルは何事もないように渡りきる。トヨタのランクルは、チベットではとても評判がよく、評価も高い。私たちも納得の性能で、渡河しきった際には車内で気持ち良く運転手と車を褒め称える拍手が起こった。 我慢してティンリーに辿り着き、ポーランド人と香港人を下ろし、ご飯を食べる。ティンリーのご飯は高めだが、おいしかった。
グラさんの友人である韓国人2人と偶然に出会い、ヒッチハイクで乗せることになったりと時間を浪費し、残念ながらネパールには辿り着けなかった。 田舎の夜も、星が綺麗に見れたりと良いこともある。が、この時期は寒すぎて外に長くいることもできない。田舎では、電気もなく、お店も早く閉まってしまう。暗い部屋で起きていても仕方がないので、結局寝るしかないのだが、それでは朝方の暗いうちに目が覚めて布団の中ですることもなく困る。 ●ダムからコダリへ、ついに中国出国! 中国のイミグレ、遅すぎ! 私たちは並んでから1時間半待たされた。列は10mくらいしかないのに・・・。窓口が1つしかないということと、作業が遅いことなど複合的なものだろうが、この遅さが恒常的だとすると旅行者の中国に対する印象(それも、最初か最後)はグッと悪くなるだろう。 イミグレには関係ないけれど、チベタンは列に並ぶ時にぴったりと身体を寄せ、前の人に触れてくる。ひどい時には押してくる。服がバター臭くなるので触れて欲しくないし、押されるのは押し返さないとならないのでもっと面倒。 ダムのイミグレでは珍しくパスポートの顔写真と実際の顔を真剣に比べている。一緒にいた韓国人の女性(ジ・フンさん)は、髪型などが大きく変わっていたこともありパスポートのコピーを取られたりして待たされていた。直後にいた私も、髪が随分と長くなっていたので後ろに束ねておいて通過した。 中国側のイミグレを通過しても、まだしばらくは中国の領土内。とても荒れた道を10kmほど行くと橋がかかっており、橋の中心が国境なのだ。 中国の正式な出国である橋でも、大きな行列が出来ている。 ネパールのイミグレは、ビザ取得も含んでいるけれど簡単なものですぐに終わった。列も出来ていないし、やっぱりこうあってほしい!町は中国側とは随分雰囲気が違い、国境越えを実感。 ところで、中国元からネパールルピーへの両替だが、国境の闇両替のレートが最も良かった。 |
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