![]() |
旅の日記*一覧 > 旅の日記*地図 |
|
ガイドのキーさんに遠くの遺跡に連れて行ってもらうのに、ガソリン代+@で交渉成立。@とは何か?そうお思いになるのは当然だろう。 「いらっしゃいませ〜〜。」 連れてきたガイドさんたちは椅子に座り、無料でもらったコーラを飲みクール・ダウン! バスはきれいめ、エアコン付きというのを確認し、プノンペン行きのバスチケットを予約した。キツキツの安いバスでもなければ、VIPバスの高いバスでもない、中間レベルといったところだろうか。 「あれ〜〜、どうしてこのバス?」 小型バスの唯一の良い点は、スピードが速いことだ。同時にスタートしたバスを引き離し、どんどん先を走っていくのはありがたい。途中、故障した同会社のバスを引く、といったちょっとしたハプニングもあったが、無事スムーズにプノンペンに到着した。プノンペンは熱気ある大都会だー。
昔からあるような中国系の小さい店、軽食を売っている屋台、または高級ホテル、百貨店、派手で成金なお寺が目を飽きさせない。金持ちも貧乏人も共存している、まさにそういった感じである。激しく行き交う道路の路肩にハンモックを掛けて寝ている人、スーツでピシッと決めているビジネス・マンなど様々だ。 夜になってもハンモックで寝ている人はそのままだ・・・。ハンモックだけでなく、木造りのベンチベッドで寝ている親子も多い。家がないのか、涼しいから外で寝ているのかどちらなのかは不明だが。 ●トゥールスレーン刑務所博物館(プノンペン) トゥールスレーン刑務所博物館は、1975年から約4年間におよんだポル・ポト政権の残虐行為を象徴する場所だ。もとは高校の校舎だったが、ポル・ポト時代には刑務所として使われていた。多くの人々がここで拷問の末に処刑された。 外から見ると、その姿は古く閉じている病院、もしくは閉校した学校といった風貌だ。コンクリートの建物は、冷たく寂しい面持ちで町の中に突如現れる。1階の部屋数は10室程度。昔は学校だったからか、部屋は狭く区切られている。各部屋の中央には拷問に使われたというベッドが置かれ、その上に拷問に使われた凶器などの道具が無造作に並べられている。さらに、壁には苦しんだ末に処刑された人の写真が飾られている。 1階の端には、処刑される直前の顔写真がたくさん並ぶ。最初に目に入った写真の人たちは、ごく普通の表情だったので処刑前ということが信じられない。微妙に微笑んでいる写真だってあるのだ。その後には口から泡を吹いている人、背中が赤く腫れ、血を流す人など、目を覆いたくなるような写真が続き、私はとても気が滅入ってしまった・・・。 館内は暗い雰囲気に包まれているが、周りは住宅街で人の笑い声も普通に聞こえるし、明るい太陽の陽射しと風、窓からは緑が顔を出している。当時もきっと同じで、中は暗く、外の自然は明るかったのだろう。 観光客はパラパラと入っている。みんな深刻な表情だが、とても分かる話だ。私も入ってすぐに気分が下がり、早く帰りたくなってしまったくらいだ。写真を撮るのも気が引ける、と思ったが、タカに(写真をよろしく!)と言われていたので、数枚だけ撮った。だが、撮ったベッドの写真はデジカメ上で見ると妙にきれいに写り、全く処刑所といった雰囲気でない。どちらかというと私たちの泊まるような安宿の写真にも見える。複雑な気分だ。 現実から目を反らすことはできないけれど、こういった処刑所とかキリング・フィールドとかは勇気と気合を出さないと行けない気がする。完全に見世物になっているような気がしてしまうのだ。 10年前に訪れた時に印象的だった、頭蓋骨で作ったカンボジアの地図は既に撤去されている。 マユがトゥールスレーンだけで"満腹"とのことで、キリング・フィールドは見にいかないことにした。 ただ、プノンペンをはじめとしたカンボジアの町を見て思う。 川の近辺は日本人旅行者は少ないようで、白人ばかりだ。日本人はCAPITOL近辺に集まっているのだろう。 ところで、プノンペン郊外にはハンモック・レストランが多い。10軒以上もがたくさん軒を連ねているのだ。ハンモックばかりがぶらさがっているレストランを見るのはとても面白い。 ●プノンペンのカジノ。 私は怖がりなので少ししか賭けていない。そして、ありがたくも少しだけ勝つことができた。 カンボジアにはカジノが多い。タイとの国境や、ベトナムとの国境、プノンペンなど大きなカジノが軒を連ねているのだ。ちょっと遊ぶには最高に楽しい。ハマってしまうのは問題があるかもしれないが、それは知らない(笑)。 ゲーム機でのカジノは、1US$未満など賭け金が少ない。そして、実際のテーブルは、ミニマム2〜25US$といろいろだった。私たちは、ぐるっと見回すと素直にゲーム機に20US$札を入れる。 ヒロシさんはどんどんお金を注ぎ込んでいる。細かく賭けるのが面倒なようで、1回で20US$分を全て賭けきっているのだ。う〜ん、勝つときも大きそうだが、私のような小心者にはできない。 |
|
|
●HAPPYがたくさん、カンボジアもラオスと同じ。(プノンペン)
もしかしたら、ラオスがあのようになる前には、カンボジアが訳ありの国だったのだろうか。 ●カンボジアの宿では、安くNHKが見られる!(プノンペン) シエムリアプでは、4US$。 その値段で、NHKが見られる。 何せチャンネルは100ほどもあり、それでも受信料は月に50US$程度なのだという。なぜそんなに安いのだろう? ●やはり注意が必要。(プノンペン) カンボジアには、依然としてたくさんの銃器が溢れているらしい。 私たちがプノンペンを去る前々日に、某バーでカンボジア人同士の銃撃があった。死者は出なかったとのことだが、恐ろしい。 ただし、昼間など普通に旅行している分には、怖い思いをすることはほとんどないようだ。 ●中級ホテルで大満足。(プノンペン) インターネット使い放題! そんな生活を、旅に出て初めてしてしまった。2人で大満足し、部屋から出るのが億劫で、せっかくカンボジアに来てくれたヒロシさんには悪いことをしてしまった(ヒロシさんは外に出かけたいのに、私たちと一緒に飲んでくれました・・・)。 ただし、これからこういった贅沢がくせにならないように気を引き締めないと!! ●カンボジアのアレコレ。(プノンペン) ヒロシさんから聞いた話を1つ。 お店をオープンする際に、物件を借りているオーナーにセキュリティを雇うことを勧められたらしい。 そして、実際に雇ったのだが、ライフル持参のカンボジア人の1ヶ月の給料は100US$未満。大学出の通訳を雇った1ヶ月の給料も、100US$未満。カンボジアでは(ラオスもですね・・・)、未だにこれといった産業がないようだ。そして、失業者が溢れているのだ。 さらに、飲み屋などをする場合には、自分も銃を持ったほうが良いとも勧められたらしい。勧めたカンボジア人は、当然のように銃器を持っているのだ。そのオーナーは、お金持ちだから(息子はアメリカに留学中)なのだろうか。
10日ほど一緒にいたヒロシさんともお別れだ。 別のホテルに泊まっていたヒロシさんは、チェックアウト後に私たちのホテルにやって来た。 その後、私にとってショッキングな連絡を受け取った。ホテルでメールチェックをしていると、母親が倒れて緊急入院&手術したとの姉からのメールが来ていたのだ。・・・本気で震えた。 手術は成功し、体調は回復したとの連絡を受けた。本人からも父親からも「1人だけの旅じゃないんだし、簡単に帰れないのだろうから帰って来なくても良いよ。」と言われた。 帰るか、帰らないかという状況判断による決断は難しい。今月は友人の結婚式もある。結婚式のために帰る予定はなかったが、どういったことにどれだけ重きを置くかはとても大切なことだ。ただし、1つのことの重要度だけに比例して帰国が決まるわけでもない・・・。 だけれど、できるだけ何かの危機の際にはすぐに帰国する準備はしていたい。 |
|
|
|
|
||
![]() 日本食。とんかつ定食とカツカレーライス定食 。味噌汁付きが嬉しい。
|
|